表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/63

ハイ

 走り出して僅か二歩目。森の木々が視界の中心から流れるように消えて行く。耳には風の轟音がけたたましく、自分が今物凄い勢いで走っている事が分かる。

 体は重力から解放され、飛び上がれば簡単に空の彼方に行けそうなくらい軽い。


 これがボトムアップ! 初めて体験するが、こんなに凄いものなのか! これなら悪魔も簡単に倒せそうだ!


 能力を遥かに超えた力に飛んで行った帽子の事など忘れ、今は体を動かすのが楽しい。それにもっとこの状態の自分の限界を知りたい。そこでアドラの事などすっかり忘れ、さらに加速した。すると風の影響を受け上半身が煽られた。それでも構わず加速すると、どんどん風が邪魔になって来た。


 何だこれ! 滅茶苦茶走り辛い! 風邪魔なんだよ!


 加速すればするほど体が煽られ、徐々に体が浮き始める。体が浮き始めると次の一歩を出すタイミングがずれ転びそうになる。折角気持ち良く走っていたのにイライラする!

 そんな苦戦をする俺にアドラが追いつき、並走を始めた。


「……しょ……てんだ……に……ぞ?」


 横でアドラが何か言うが、風がうるさくて全然聞き取れない。しかしアドラがロンファンのように前屈みになり、腕を後ろに放り出して頭を低くして走っている事に気付いた。


 そういう事なの? だからロンファンってあんな走り方してたんだ。アドラって意外と良く見てる。


 今アドラが俺と並走している事から、俺はまだロンファンよりは速く走ってはいないのだろう。しかし今アドラのお陰で風の攻略方法を知り、楽しくなってきた。アドラには悪いが今は置いて行く。


 体を動かすことの喜びに駆られた俺は、アドラのように頭を下げ、前傾姿勢を取った。すると思った通り風の影響が小さくなり、さらに加速できた。


 チョー楽しい! このままずっと走ってたい!


 さらなる加速で世界が変わる。姿勢を低くしたことで地面が迫り、未体験の感覚が堪らない。力はまだ半分くらいだがこの景色だけでも最高だ。ここまで来るとこの先も見たくなる! そう思いさらに力を入れた。すると、ここでもまた風が邪魔をする。


 前傾姿勢になったお陰で、上半身は机にでももたれ掛かるように安定したが、少しでも頭の位置がずれると横揺れが凄く、視界が安定しない。


 もうなんだよ! 折角パワーアップしてもこれじゃ意味無いじゃん!


 加速すればするほど鬱積する。風もそうだが、一番はやはり全力を出せない事だ。

 そんな状況に、驚くべき事態が発生する。それはアドラが俺を追い抜き、あっという間に置き去りにされてしまった事だ。それもご丁寧に飛んで行った俺の帽子を抱えたまんまで。


 えええ! アドラってめっちゃ足速いじゃん! 多分今、俺ロンファンより速いくらいで走ってんのに、あり得なくない!?


 走りの技術なのか、それとも本当に今までアドラが本気を出していなかったのかは知らないが、これには驚きを通り越して、邪魔をする風に怒りが沸いてきた。


 風うぜぇ! なんでこの世に風なんて存在すんだよ! これが無ければ俺はもっと速い!


 そんな怒りを抱えながら悪戦苦闘していると、もう平原に出た。が、あまりに速すぎて止まれない。それに悪魔と戦っているのか、兵士たちが背を向けてずらりと並び、俺の進路を塞いでいる。


 このままではぶつかってしまうと思った俺は、人垣を飛び越えるつもりで大きくジャンプした。すると、ここで初めて俺は、自分の身体能力が予想を絶するものだと痛感する。

 

 予定では人垣を越え、悪魔を囲むように円形になっているであろう陣の真ん中に降りる筈だった。それなのに、高く上がり過ぎた俺は、そのまま悪魔と戦う冒険者たちの頭上を飛び越え、さらにその後ろにいた兵士達までも通り過ぎた。

 

 ああ~やっちまったぜ! 俺どこ行くの?


 多くの兵士は俺に気付き、驚くように見上げる。しかしその表情が堪らない。


 アイツらは俺の力に驚き、何が起きたのか分かっていない! アホ面下げて呑気なもんだ。


 本来なら人前で挨拶する事すら緊張する俺だったが、今は逆に目立ちたい。この力は体だけでなく、どうやら心まっ! ……突然爆音とともに何かにぶつかり、目の前が真っ暗になった。

 一体何が起こった!? と一瞬動揺したが、痛みは全く感じなく、感触で今自分が崖に激突したのだと分かった。


 ……チョー恥ずかしい! 絶対皆気付いたよね? ドゴーンって落としたもん! これも全部雑魚兵士どもが悪い!


 とにかくこれでやっと体勢を立て直すことが出来た俺は、悪魔の周りに出来た広い空間目掛け、飛び降りる事が出来た。が、いまいち力加減が分からず、狙い通りの場所には降りられたものの、着地の際に爆音とともに地面が陥没し、物凄い土煙が上がった。


 ……まぁ~近くに誰もいない場所を狙ったし、誰も巻き込んでいないと思うから、まっ、いっか!


 それにしても土煙が凄い。自分でやっておいてなんだが、周りが全く見えない。これじゃいつ悪魔に攻撃されるか分からないと思っていると、着地の瞬間を見ていたのか、アドラが姿を現した。


「師匠、クールだな!」

「え? ……ああ! そうだろ!」


 Cool! 今の俺クール! なんかめっちゃカッコ良くね。


「ほら師匠。帽子拾っておいた」

「おおサンキュー!」


 いや~、アドラってホント気が付く良い奴だな。やっぱこんな大勢の人前に出るなら、おめかしはしないとな。


「よし! じゃあショータイムと行こうぜ!」


 俺が帽子を被るのを確認するとアドラはそう言い、背中の剣を大きく薙ぎ払った。その瞬間、折角被った帽子が吹き飛ばされそうになるほどの強風が起き、周りの土煙を振り払った。

 それを見て、アドラは今まで本当に実力の半分も出していないのだと知った。インペリアルが魔界の帝王と呼ばれる所以は嘘じゃないらしい。


 アドラの驚きの力に唖然としていると、煙の向こうからこちらを向いている悪魔と目が合った。だが不思議な事に、今は悪魔が全く怖くない。それどころか、今は悪魔が鉄の塊のように感じ、今の俺の力でも破壊できるのか試したくなった。そして煙が完全に晴れると、全注目が俺達に集中しているのに気づき、楽しくなってきた。


「おい! ここからは俺達がやる! 小石君たちはどいてろ!」


 何故かは分からないが、先ほどから冒険者や兵士たちが小石やマッチ棒のような存在に感じる。正確には人それぞれによって違うが、とても軽く、片手でも投げ飛ばせそうな感じだ。

 そんな彼らが鉄の塊のような悪魔に勝てるわけもなく、ただいても邪魔だと感じそう言った。


「なっ! なんだお前! お前らだけで倒せるわけないだろ!」


 悪魔と戦っていたのだろう、埃まみれで汚らしい姿になった冒険者が言う。さっき俺達ごと悪魔を爆発させようとした奴かは知らないが、せいぜいコイン程度の石にしか感じない冒険者が言っても、こいつは馬鹿だなくらいにしか思わなかった。

 だが、アドラには違ったようで、おちょくるように返した。


「ここからは主役の仕事なんだよ。ショーを邪魔するなら、お前から飛ばすぞ?」


 主役! いいねアドラ! そう! ここからは俺達のショータイムだ!


「ああ! お前アドラ・メデクだろ。てめぇらがこの悪魔呼んだのか!」


 邪魔。何を偉そうに言っているんだか知らないが、俺達無しで勝てると思ってるのアイツ? アドラの言う通り、邪魔するなら先にやっちゃうよ。と余裕ぶっこいていると、今まで拳くらいの岩にしか感じなかったアドラが、突然大きな山のような存在に感じ、悪寒が走った。しかし慌ててアドラを確認しても姿は変わらない。だが、アドラの存在が大きくなった圧迫感だけは消えていない。

 

 もしかしてこれがクレア達の感じていた感覚。だから周りの兵士たちが小さな小石に感じるのか! 


「仕方ねぇな。師匠、先にアイツら片づけなきゃ駄目みたい。どうする?」


 圧迫感がするほど大きく、重々しい気配を漂わすアドラだったが、普段と変わらず俺に指示を仰ごうとする姿に頼もしさを感じ、それと同時にアドラが言う事を聞くと言う優越感が俺をさらに高揚させた。


「まぁ待てアドラ。あいつらもそれなりに頑張ったんだ、ここはお願いの仕方を変えよう」

「お願い?」

「あぁ、まぁ見てろ」


 力でねじ伏せても構わないが、とても非力で脆弱な冒険者を虐めるのは可哀そうだと思い、ここは紳士的にお願いする事にした。


 力の調整はまだ完ぺきではないが、先ほどのランとジャンプで凡そは掴んだ。そこで力試しのついでに、八割ほどの力で冒険者に近づいた。

 

 動き出した瞬間に蹴り出した地面が抉れ、強烈な空気の抵抗を受けたが、距離が近かった事もあり難なく冒険者の背後に回ることが出来た。その代わりアドラが折角拾ってくれた帽子は、あっという間に紛失した。


 冒険者には俺の姿を捉えることが出来なかったようで、肩に手を当てるまで背中を取られたことに気付いていない。


「なぁ頼むよ。お前らだって俺達の獲物取っただろ。ここはおあいこって事にしようぜ」


 驚くように背筋を伸ばした冒険者を見て、強くなった自分にさらに楽しくなってきた。


「なぁ頼むよ?」


 驚きで声が出ないのか返事をしない。そんな彼に、このままもう少し脅かしてやろうと思っていると、リーダーらしき人物が声を上げた。


「分かった! ここはお前らに任せる! だからそいつから離れろ!」


 冒険者の中では一番強い存在なのだろう、叫ぶ彼が鉄くずの塊のように感じる。


「そう怒鳴るな。ちょっとからかっただけだ。分かったからさっさとどけ」


 相手との実力差も分からないとは、冒険者は雑魚ばかりだ。それでもやっと邪魔が消えたお陰で、俺達は心ゆくまで戦える。悪魔が先に壊れなければの話だが……


 ふと思いました。もし私が小説家を十年早く目指していれば、今頃は小説家になれたかもしれないと。すると、この十年は無駄に生きていたと気付きました。これをヒーに話したところ、「それを今気付けたなら、この先ケシゴムは人生を無駄にしないでしょう。それでもまだ後悔しているのなら、今は通過点だと思いましょう。もしケシゴムが死ぬとき、本当に無駄な人生だったと言えたなら、それは本当に無駄な人生です」と言われました。

 リーパーが何故新社会人ではないのかというのは、そういう私の想いからなのかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ