鬼神化
冒険者たちの行いに怒りが収まらない俺は、バイオレットの提案を飲むことにした。悪魔を倒せるなんて微塵も思っていないが、それでもどうしても戦場へ行き、彼らに心の在り方を教えたかった。
本当ならアイツらをぶん殴ってやりたいところだが、俺にはそんな力は無い。
そんな想いを秘めて戻ると、二人は輪になり両手を握り、まるで心を同調させるかのような神秘的な雰囲気を醸し出していた。しかし俺達が近づくとそれを止めた。
「あ、リーパー君。さっきの話なんだけど……」
「はい、分かってます」
「どうしても駄目?」
「いえ。出来る事は知れてますが、俺が行きます。それならお前も一緒に戦うんだろ、アドラ!」
「おお! 師匠本気出すのか!」
「ああ。お前が本気出せばな」
「当たり前だろ!」
俺はいつも全力で戦っていた。それでもアドラにとってはそうは感じなかったのだろう。それだけ俺とアドラには力の差があったという事だ。
「ホント! じゃあ時間が無いから、ここに立って!」
半分諦めていたようなバイオレットも、俺の心変わりに目を輝かせた。
指定された場所に立つと二人は俺を囲み、輪を作るように手を繋いだ。
「今から君を私がボトムアップさせる。一応聞いておくけど、君、ボトムアップは初めて?」
ラクリマは初めてと訊くけど、ボトムアップが裾上げではないことくらいしか分からない。
「あの、ボトムアップってなんですか?」
この質問にラクリマは、あっ、そうなの? というような顔を見せた。
「身体能力を上げる魔法。ただ、これから君に掛ける魔法は、バイオレットが私の魔力を倍増させて掛けるから、ほとんど光人化と変わらないけど」
こうじんかって何? よく分からないが今は時間が無いため、物凄く力がアップするものだと解釈した。
「大体分かりました。それで構いません」
「わかった。じゃあ一応もう一回聞くけど、君はこの魔法初めてだよね?」
「はい」
「それなら一つだけ気を付けて。この魔法は身体能力も上がるけど、精神……気持ちの方も影響を受けるの」
「気持ちですか?」
精神くらい分かるよ! まぁでも、ラクリマは分かり易く説明しようとしてくれてるんだろう……
「うん。分かり易く言うとかなり攻撃的な気持ちになるから、イライラしても気持ちを落ち着かせて。あんまりひどくなると、なんでもいいから壊したくなっちゃうから」
「わ、分かりました……」
やはりそういうリスクはあるようだ。しかし、一時的とはいえ限界を超えるような力を得るのなら仕方が無い。
「ホントに気を付けてよ。もしそうなったら、今なら冒険者たちに攻撃されるから」
「は、はい……」
それを聞いて怖くなった。でももう辞められない!
「あ、それと、魔力を強化するような物持ってないよね?」
「え? ああ、大丈夫です。俺魔法使えないし」
キリアが用意してくれた道具も、きちんと俺が魔法を使えない事を考慮したものになっていた。武器だって……
「あ! この服、強化魔法が掛かってるんですけど、大丈夫ですか?」
「え? ああギルドのやつでしょ? それなら大丈夫。この魔法は有機……生き物にしか効かないやつだから大丈夫」
「そうなんですか?」
「そう。君自身に掛ける魔法だから……」
「ラクリマ。時間が無いから、説明はそれくらいにして。リーパー君も、今はなんとなくでいいから」
「あ、すみません」
そうだった。勉強会は後だ。
「じゃあラクリマ、やるよ?」
「うん」
「リーパー君は目を閉じて、気持ちを落ち着かせて」
「分かりました」
「じゃあやるよ!」
「はい! お願いします!」
一体どれほど力が上がるのかは未知だ。しかし一度こういう魔法は掛けて貰いたかった。そんな期待と不安が入り混じる中、目を閉じて気持ちを落ち着かせた。
目を閉じると、不安なのか期待なのかは分からないが、自分の心臓が強く脈打っているのが分かった。そんな体を落ち着かせるため、深く息を吐き、出来るだけ気持ちが落ち着くような想像をした。
天気が良く、気温も丁度良い。窓から差し込む日差しは赤い絨毯とジャンナのテーブルを照らす。開けっ放しのドアからはキリギリスや蝉の声が聞こえる。
そんなシェオールのギルドは、客は誰もおらず、フィリアがカウンターに寄り掛かり暇そうにしている。
受付では研修を終えて戻った俺に気付き、ヒーが嬉しそうに笑顔を見せ、たまたまマスタールームから出て来たリリアが、「お土産は買ってきましたか?」という。そんなリリアに、「俺は仕事で行ったの! お土産なんてあるわけないだろ!」と返すが、手荷物には沢山のお土産が入っていて、「嘘だよ。ほら!」と言って渡す。そしたらリリアが満面の笑みを見せる。
これが終わったら、土産話も付けて帰ろう。そしてまた、あの場所で平穏な毎日を過ごそう……
「……パー君! ……リーパー君!」
魔法のお陰なのか、バイオレットが呼ぶ声に気付かないほど集中していた。呼ばれている事に気が付き目を開けると、体があり得ないほど軽い事に気付いた。そして何故か尻餅を付き、驚いた表情を見せるバイオレットとラクリマが、異様に軽く、脆く見えた。
「リーパー君! 君何か持ってるでしょ!」
「え?」
「なんでちゃんと言わないの!」
「え?」
理由は分からないが何か不都合が起きたようで、バイオレットが怒鳴るように言う。
「いえ。俺は特に変な物持ってませんよ?」
「うそ! 君大変な事になってるんだよ!」
「えっ!」
大変な事って何!? 俺の体に何が起きたの!?
慌てて自分の体を見るが、特に異常は感じられ……前髪が白くなっている! まさかお爺ちゃんになったの!?
「な、何があったんですか! 俺……」
興奮したせいか鼻水が出てしまい、隠すように左手で拭うと、拭った手が真っ赤になっている。
「とにかく早く魔力を放出して! 君死んじゃうよ!」
「え! えっ!」
早くと言われても、俺魔力の放出方法知らないんですけど!
「どどど、どうすればいいんですか! 俺魔力の使い方分からないんですけど!」
「とにかく走って! 動き回れば無くなるから!」
「え! 分かりま……」
「もうそのまま行って! ここで動き回られたら私達が危ないじゃない! だからもう行って!」
えええ! ラクリマ適当過ぎじゃね!? なんか大変な事になってるのは分かるけど、もう行っては酷くね!?
「そ、そうね! リーパー君! もう行って! とにかく動き回ってれば死なないはずだから!」
うぇえええ! はずって何!? そんな事ってある!? この二人に頼んだの失敗じゃね!?
「で、でも……」
明確な説明が欲しい! こっちは命掛かってんだよ!
「いいから行って! 私達まで爆発に巻き込まれるから!」
えええ!? ばばば、爆発すんの!? どどどっ、どうしよう! ……ああもう!
「行くぞアドラ!」
「オッケ~! ロンファン、俺達が戻って来るまで待ってろよ。迎えに来るから」
「は、はい~!」
アドラってホントロンファン想いの良い奴だよね~。っていうか時間が無いの! 俺爆死したくないの!
「先に行くぞアドラ!」
「あっ! し……」
爆死したくない俺は、可愛い弟子など構わず走り出した。




