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流儀

 黒い鎧に黒い剣。跨る馬は銀光する鎧を纏い、三メートルは超えるであろう全高は既にモンスター。

 そんな魔界の住民が、突如として俺達の目の前に現れた。


 どどど、どうすんのこれ!? ラクリマ達に構っていたせいで最悪の展開!


 俺にはこれだけ近くにいてもクレア達が感じたような強さは感じない。それでもその大きさと存在感に、計り知れない恐怖を覚えた。

 バイオレットたちも委縮して動けないようで、俺達はただその姿を唖然と見ているだけしかできなかった。


 そんな中、馬脚の陰からフードを被った黒いローブに身を包む人物が出て来た。恐らく悪魔を召喚した魔導士だと思うが、意外にも最初に口を開いたのは悪魔の方だった。


「fd`/jdw.0qdff`.”;e」se4mkw`r.3uqt`bbkdfed’w`r,/」


 重く低い声で言うが、悪魔の言語なのか俺には全く理解できない。バイオレットたちも理解出来ないのか誰も返答しない。それでも悪魔は何かを伝えようと、今度は赤いジャケットを見せ言った。


「at`$kw`rt/ b;f#uqkmkw`fuekw`uekd`rt/」


 一体何を伝えたいのか全く分からない。しかし動きから敵意があるようには感じない。もしかしたらこの悪魔は悪い奴なのではないのかもしれない。もしそうなら誰も犠牲にならずに済む! でも話し掛けるの超怖ぇ~……


 バイオレットたちは恐怖のせいなのか、紳士的な態度を見せる悪魔を前にしても動けずにいる。そんな中、先陣を切ったのがまさかのアドラだった。


「#Zc;&;k! xyg(-.&j%ee’zq`u」


 悪魔と同じような言語を放ったことにも驚いたが、それ以上にどうもどうもと右手を上げ悪魔に駆け寄るアドラに、こいつは神だと驚いた。


「e%,;eif&」v`jpy)」

「c$t? e’w`m,-ysqrtZq.b;gieZwqyq`」

「c$w+dqt.c$eZweqq`:>s,baom#lt`qew`r」

「e’e’,s`$ms`$m」


 知り合いなの!? 普通に話してるよ!?


「cbw`uyw`rt`,d`zf#uqi,&leZwb`c$q`yt`#ljdw」

「c$q`y? u……」


 仲良く話す二人だったが、突然会話を切るとアドラは大きく悪魔から離れた。それと同時に無数の光の雨が悪魔目掛け降り注いだ。

 その光輝く雨はあっという間に悪魔を隠したが、黒い閃光が走ったかと思えば無傷の悪魔が出て来た。

 降り注いだ雨は地面に突き刺さり、パイライトドラゴンまでもがハリネズミのような姿になっている。


「m$d0:#ljpy.ejfd`jt`&&eq/jq#sw`&$tt`expwmoejr.」


 一体何が起きたのか理解できずにいると、雨を振り払った悪魔はそう言い、手綱を引いて馬を跳ね上げた。その瞬間地面に刺さる光の雨から導火線に火を点けたような音が聞こえた。


「ラクリマ!」


 それと同時にバイオレットが叫ぶ。


 何かヤバイ! そう直感すると同時に、突然目の前が真っ白になり爆音が響いた。


 思いもしない事態に、身を護る時間も無く途轍もない爆音に襲われ、咄嗟に目を瞑り頭を守った。だが不思議な事に、感覚的には近くで爆発が起きたように感じるのだが、爆音の中にいても衝撃も痛みも感じない。

 この不思議な現象に目を開け確認すると、まるで透明な器が俺達の上に被さっているような空間にいる事に気付いた。


 器の外は黒煙のようなものが猛烈な勢いで流れ、時折赤い炎が見える。空間の中には轟音以外は何も聞こえず、嵐のど真ん中にいるような状態だ。

 

 もう本当に何なの!? 今日俺死ぬんじゃないの!? 


 何が何だか分からず、助けを求めるためにバイオレットを見た。すると、その横で青い光を放ちながら両手を突き出すラクリマが目に入った。


 まさかこれラクリマの力!? ラクリマがやったの!? ドジっ子だと思ったけど、やっぱりこの人凄い!


 この器のような結界も恐らくラクリマによるものだろう。そう思い、今は邪魔になるだろうと声を掛けるのを止めた。

 

 爆炎はしばらく経つと晴れ、次第に周りの景色が見え始めた。

 辺り一帯は爆風に吹き飛ばされ荒地になっている。木々は炭となり朽ち、地面には抉られた土が飛散し、煙を上げている。そんな中で、パイライトドラゴンはなんとか原型を留めている事に気付いた。しかし変色し皮膚の剥げた姿は無残としか言いようがなかった。


 爆発で悪魔は吹き飛んだのか姿は無く、荒れ果てた森は悲しさだけしかなかった。

 その状況にラクリマは安全と判断したのか、結界を解いた。結界が解かれると焦げ臭い臭いと、焼け残りの油分が皮膚をべた付かせた。


「皆大丈夫!」


 結界のお陰で怪我をしたような者はいないが、確認するようにバイオレットが訊く。


「俺は大丈夫です! ロンファン、アド……」


 ロンファン達の安否確認しようとすると、アドラが一人でパイライトドラゴンへ向かい、歩きだした。


「アドラ君! ど……」


 まだ悪魔が完全に消滅したのかは分からない。それなのに無防備に歩き始めたアドラを止めようとすると、数名の冒険者が物凄い勢いで横を走り去った。そしてその中の一人が少しスピードを落とし、「悪かった!」とだけ叫び去って行った。


 彼は一体何に対して謝っていたのか分からなかったのだが、バイオレットはその意味が分かったのか、遠ざかる彼らに、「悪かったじゃない! もう少しで死ぬとこだったんだよ!」と怒鳴った。


 えっ!? もしかしてさっきの爆発ってアイツらがやったの!? 俺達がいるのに!? ……くそだなアイツら!


 冒険者にとっては、悪魔を倒せる可能性があるのなら俺達の犠牲は測りにも掛けられないようだ。それでも世間では、もし今ので悪魔を倒せていたのなら評価されるのだろう。しかしまだ忙しなさそうに走っている所を見ると、倒せていないのだろう。冒険者なんてその程度の奴らだ。


 それでも冒険者たちが平原へ向かい走り去るのを見て、ここはもう安全だと確信した。


「バイオレットさん。少しだけ時間を貰ってもいいですか?」

「え? ……うん」


 俺達三人はある儀式をする決まりがある。これは全てでは無いが、可能な限りは行う。アドラはその為にパイライトドラゴンへ近づいた。


「ロンファン」

「……はい」


 ロンファンもアドラの行動に気付き、俺が手を出すと怯えながらも繋いでくれた。


「バイオレットさん。少しだけ離れますけど、パイライトドラゴンのところへ行くだけなんで、良いですよね?」

「え? ……分かった」

「ありがとう御座います。行こうロンファン」

「はい……」


 バイオレットも何をするのか察したようで、小さく頷いた。


 ハンターは恵みを与えてくれる自然への感謝を忘れない。全てのハンターがそうとも言えないが、少なくとも俺達はそうだ。だから狩猟を終えると、恵みとこの平凡な世界でも全力で戦うという喜びを与えてくれた感謝、そして命を奪った相手への冥福を祈る。

 これは俺が教えたわけではないが、いつのころからか俺達はそうするようになった。


「なぁ師匠……」


 パイライトドラゴンを見つめ、アドラが言う。


 パイライトドラゴンは、もしかしたらと思ったが、やはりすでに息絶えていた。俺としてはあまりにも無残な最期に、少しでもパイライトドラゴンが人生を振り返る時間を与えられていればという願いがあった。


「どうした?」

「悪いのは誰だ」


 悪い奴などどこにもいない。それぞれが何かを守る為に戦った。それは例え悪魔を召喚した魔導士でもだ。強いて言うなら……


「神様だ」

「……やっぱりか」


 この世には、天命、運命、宿命。呼び方は沢山あるが、どうしようもない事が山ほどある。そんな世の中で誰かを責めても何も変わらない。だからその恨みを買うために神様はいるのだろう。


「こいつ、俺を恨んでるかな?」


 アドラにとって戦いは常に遊び感覚だ。本人はどうか知らないが、ずっと一緒にハントしてきた俺はそう思う。だからなのか、命を奪った後はいつも寂しそうにする。


「だろうな」


 アドラは命を軽んじる。だがそれは、アドラにとっては命とは肉体の終わりであって、死ではないかららしい。肉体が滅んでもその者は魂となり、別の者へと生まれ変わるらしい。

 この考えはインペリアルだからなのか、生まれ育った環境から来るものなのかは分からないが、アドラはそう信じているようだ。


「そっか……」


 アドラはそう言い、寂しそうに笑うとパイライトドラゴンの鼻先に手を置いた。


「悪かったな。今度は最後まで付き合うから、今は勘弁してくれ」


 鉱石のようだった鱗は無くなり、露わになった肉は黒く変色し、血がにじんでいる。瞳は煤でもついたかのように濁り、重いはずの瞼が開きっぱなしになっている。力なく開く口からは舌が投げ出され、折れた牙が虚しい。

 普通ならこんな状態の死体になど誰も触れたくはないだろう。それでも目の前でそんな状態のパイライトドラゴンを優しくなでるアドラが、愛おしく思えた。


 ロンファンもそんなアドラに続き、優しく鼻先に手を置いた。悪魔の存在に未だ怯え縮こまっているが、パイライトドラゴンを想うように表情が和らいだ。

 

 この二人が弟子で本当に良かった。こんな状況、状態でも、大切なものを忘れない。俺はこの二人に出会えて幸運だ。


 二人に続き俺も右手で鼻先に触れた。

 

 黒く変色し、硬そうに見えた肉は柔らかく、生暖かい。少し圧を掛ければ血がにじみ、ぬるいお湯に手を浸しているようだ。肉が焦げるような臭いの中に油のような臭いも漂い、先ほどまでの勇ましい姿が微塵も無い。だが、手に伝わる感触が同じ生き物だと教えてくれる。


 本来ならここで感謝と冥福を祈らなければならないのだが、パイライトドラゴンを想えば想うほど、冒険者に対して怒りが沸いてきた。


 確かに悪魔を野放しにすれば多くの犠牲が出る。さっきの攻撃だって、悪魔を討伐出来ていればやむを得ないのかもしれない。それでもアイツらは身勝手すぎる! これじゃどっちが悪魔か分からない!

 パイライトドラゴンだって一つの命。結果的には俺達がその命を奪っていたかもしれない。それでもこんな惨い事はしない!


 理由的には俺も身勝手な考えかもしれないが、とても許せるような行為には思えなかった。


 アドラ達の手前そんな素振りは見せなかったが、考えれば考えるほど腸が煮えくり返って来た。今は悪魔より冒険者どもをぶちのめしたい!


「なぁ師匠」

「ん? どうした」


 アドラとロンファンに心中を悟られないよう、出来るだけ穏やかに答えた。


「なんかないか?」

「なんかって?」

「くようだっけ? なんかそんな感じの物」

「ああ、供養な。ちょっと待って」


 アドラも居た堪れないのだろう。少しでも償いがしたいのだろう。

 そんなアドラの気持ちに応える為、ポーチの中を調べた。すると、先ほどマリアに貰った香水が出て来た。

 こんな森の中で臭いのきつい物を使うのは本来なら駄目だが、今は悪魔のお陰で獣もいないだろうと、香水の香りで供養する事にした。


「これでいいか?」

「何これ?」

「香水だよ。甘くて良い匂いがするらしい。こいつ汚れちゃって臭いから、丁度良いだろ?」

「あぁ。ありがとう師匠。こいつもくせぇままだと可哀想だもんな」

「だろ?」


 俺の冗談に冗談を返し、ここでやっとアドラは笑顔を見せた。


「だけど少しだけな。獣来たら大変だから」

「ケチくせぇな師匠。派手に行こうぜ」

「馬鹿だなお前。供養は寂しいくらいでいいんだよ。それに香水ったって、全部使ったらくせぇから、ロンファン可哀想だろ?」

「あぁそうか……」


 アドラの気持ちも落ち着いたようで何よりだ。


 香水を少し多めに手に溜め、パイライトドラゴンに振りかけた 

 かなり強い香りが漂ったが、人気の香水だけあって透明感のあるフルーティーな香りがする。


「大丈夫かロンファン?」

「はい」


 果物畑のど真ん中にいるような香りは、鼻の良いロンファンでも苦にはならないらしい。


「よし! じゃあバイオレットさんたちのところに戻るか!」

「ああ」

「はい」


 香水のお陰か、二人の表情は随分明るくなった。しかし俺の怒りは未だに収まらず、パイライトドラゴンの血と香水が付いた手を強く握りしめた。


 次回予告! 

 無慈悲な冒険者の行為に怒りを覚えたリーパーは、ボトムアップを受ける決意を固める。ボトムアップに伴うリスク。初めて体験する魔法。様々な想いに期待と不安が入り混じるリーパーだったが、まさかの事態が起きる! 次回 鬼神化。 


「不労所得者に、俺はなる!」


 というわけで、次回予告を書いてみました。突拍子も無い事をするのがケシゴムなので、気にしないで下さい。


 

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