他人の師匠
「ここで止まって。一応ここからが私達の作戦地点だから」
フローライトドラゴンの様子を確認するため前進すると、先頭を歩いていたバイオレットが俺達を止めた。
一応軍の指揮下にあるため、勝手な事は出来ないようだ。しかしハントに置いてこんな下らない制約は命取りになる。生き物相手に悠長に構えているなど、普通は考えられない。それでもバイオレットにはミズガルド本部のリーダーとしての責任があるため、従うしかないのだろう。だから軍は嫌い。
「ミサキちゃん。ここからだけど大丈夫?」
「はい。十分分かりました。では早速私とマリアで準備に向かいます」
「お願い。準備が出来たら青い狼煙を上げて」
「分かりました! マリア、行きましょう!」
「うん!」
武器屋から強奪してきた銀のロッドを横にし、それを物差し代わりにフローライトドラゴンの大きさを確認したミサキは、満面の笑みを浮かべ、マリアと嬉しそうに戻って行った。
あの子はただ単に魔法を撃ちたいだけのようだ。マリア! ちゃんと見張っててよ!
「じゃあ私は……あの木の上から狙うから、上手くここを歩かせて」
「分かりました!」
バイオレットも狙撃ポイントを決め、木に向かい走り出した。
「よし! 私達は正面で気を引く、キリア殿は左側を頼む!」
「あぁ」
キリアとクレアは既に連携が取れているようで、阿吽の呼吸が出来ている。
「リーパーとロンファン殿は右を頼む!」
「分かった」
「…………」
ロンファン何も言わず! まだクレアには慣れていないようで、黙って見ている。
「ガイドは私がするから、援護は頼むぞ!」
「任せろ」
「あ、あぁ……」
自信ねぇ~……久しぶりのハントという事もあるが、何よりこのランクパーティーでの援護でしょ? 今の俺にはそんな高いスキル無いよ?
このクラスでの援護となれば、それはもちろん一級品の援護をしなければならない。サポートするにしろ、メインで戦うにするにしろ、差があってはいけない。だからこそパーティーを組む時は慎重になる。今の俺はマリアより役に立たないかもしれない……しかしここまで来た以上やるしかない! そこで少しでも情報を得ようと、フローライトドラゴンを観察した。
フローライトドラゴンはまだ百メートル以上先にいて、首を高く上げ暴れている。その前には数名のハンターと、ひと際デカイ鎧を着たハンターがこれまたデカイ剣を持ち、構えている。恐らくあれがゴーギャンだ。
オソロ兄弟は後方で足を狙っているのか、やたら丸い図体のハンマーを持ったハンターが、後ろ脚へ果敢に攻撃を仕掛けている。
フローライトドラゴンの足には数本の縄が見え、レッグハントかリンボーを試みた跡がある。しかしそれは通用しなかったのだろう、引き千切れた縄が虚しい。
誘導には芳香狼煙などは使われていないようで、暴れるフローライトドラゴンの周りは立ち込める土埃だけだった。しかしさすがSランクのハンター。あの硬い皮膚を相手でも手傷を負わせているようで、フローライトドラゴンはびっこを引いている。
そんな中、振り回される頭の後ろに白髪の人影が見えた。アドラだ。
アドラは激しく揺られる頭の後ろにいても、左に持つ剣を振り上げ、まるでロデオのように乗りこなしている。
あの激しい動きの中ではしがみ付いているのがやっとなのだろうと思っていると、多分俺の気のせいだと思うが、何故か周りのハンターにやめろというような動きをしているように見えた。
多分指示をしているのだろうが、俺には何か違うように見える。
しかしそれだけの猛攻にあってもフローライトドラゴンは少しずつ前進してくる。サイドからの攻撃と後方からの追撃。この二つが前へ進むしか無いようにしているのだろう。ブレイクこそ出来てはいないが、正確にモンスターを動かすのは、さすがは各ギルドのクラウンクラスとしか言いようがない。
だがここで、近づくフローライトドラゴンを見て違和感を覚えた。何か色がおかしい。
フローライトドラゴンは基本的に灰褐色をしている。しかし今見ているのは、鉄のような重々しい色だ。あれはまるで鉄の塊だ。確かにあれなら三十トンはあると……あれ? もしかしてあれって、パイライトドラゴン? …………パイライトだよね!?
パイライトドラゴンは、フローライトドラゴンと似ているのだがドラゴンだ。飛行は出来ない分、鉄のような鱗に包まれていて、アーマードドラゴンと呼ばれるほど堅い。
弱点はフローライトドラゴンと同じなのだが、そのパワーと重量は二倍以上あると言われる。
将校の言ってたことホントだった!
慌てた俺は、クレアの「どこへ行く!」という声を無視して、木の上に待機しているバイオレットの元へ走った。
「どうしたの!?」
動揺する俺の姿にバイオレットは驚く。
「あれ、フローライトドラゴンじゃなくて、パイライトドラゴンです!」
「パイライト? ……えっ! あれパイライトドラゴンなの?」
「はい!」
「君の見間違いじゃないの?」
「いえ。俺フローライトドラゴンのハントに行くとき図鑑で調べましたから、間違いありません!」
「…………」
この報告にバイオレットは困った顔を見せた。
「どうしたリーパー! パイライトドラゴンとはどういう事だ!」
駆け寄るクレアが聞く。
「どうって、あれはフローライトドラゴンじゃなくて、パイライトドラゴンなんだよ!」
「それは本当なのか!?」
「ああ」
「……どうしますかバイオレット殿!」
討伐標的が変われば、当然作戦も変わる。しかし今はそんな時間は無い。
「……いえ、このまま行くわ! 君たちは作戦通り誘導をお願い!」
「しかし! ブレイクできるのですか!?」
「大丈夫。私のは特別だから」
特別! シルバークラウンになるまでのハンターだ、やはり飛びぬけた技を持っているようだ。
「ただ、ミサキちゃんには言っておいて。パイライトドラゴンなら、重さは本当に三十トンはあるかもしれないって」
「分かりました。私が言ってきます!」
「あっ! でも作戦自体は変更しないから、無理でもそのまま続行って言っておいて!」
「はい!」
この緊急時に討伐方法は変えられず、フローライトだろうがパイライトだろうが腹を見せて突くしかない。ただラッキーなのは、パイライトドラゴンは重いため、ひっくり返えるだけでも自重で死ぬと言われている。もしミサキの魔法でアプセット出来れば儲けものだ。
「そういう事だから、君たちも配置に戻って!」
「はい!」
持ち場を離れなかったキリアにも聞こえていたようで、頷いた。俺もバイオレットの特別を信じ、ロンファンと共に所定の位置に戻った。
しばらくするとクレアは息を切らし戻ってきて、「ミサキは吹き飛ばすつもりでやると言っていたから大丈夫だ!」と報告した。
全然大丈夫じゃない! ミサキの吹き飛ばすは、文字通り何もかも吹き飛ばすって意味だよね!? 山亀の時クレアも一緒だから知ってるよね!? と言いたかったが、力強く頷くクレアを見て、何も言えなかった。
それでも多少トラブルはあったが、バイオレットの一言で混乱は避けられた俺達は平常心を取り戻し、余裕を持って待つことが出来た。
そのお陰でクレアがどういう動きで誘導するのか、こうなったときはどうするのかなどの策を指示する時間も貰え、万全とは言えないが十分戦える準備は出来た。
その頃にはパイライトドラゴンもかなり近づいていて、ここからでもはっきりアドラの姿を確認する事が出来た。
すると、アドラはやはり邪魔をしているようで、「やめろ!」と何故か叫びながら後方のオソロ隊に怒鳴っていた。
何やってんのアイツ!? なんで邪魔してんの!?
アドラにも何か作戦があったのかは知らないが、黒のタンクトップに傷だらけの体で剣を振り回し叫ぶ姿は、邪魔以外の何物でもなかった。
この事態にはさすがに参った! 俺がオソロ兄弟やゴーギャンにこいつの師匠なんて知られたら、間違いなくタコ殴りにあう! ここは他人のフリをしよう! そう思っていると、アドラと目が合った。
やっべ~。どうしよう……
咄嗟に目を反らし帽子のつばで顔を隠した。この帽子はこういう風に使うための物だった!
ハント中に標的から目を反らすなどあり得ない。だから俺はパイライトドラゴンの首から下だけを視界に入れ、他人のフリをした。しかしアドラは完全に気付いており、何か叫んでいる。
こういう時は不思議なもので、「あの、リーパーさんですよね!」と呼ばれる自分の名前だけははっきり聞き取れる。なんであいつはこういう時は礼儀正しいの!?
俺達の番が来たら森の中に姿を隠し誘導しよう! そう思い今は他人の師匠でやり過ごそうとしていると、突然ロンファンが走り出した。
「ロンファン!」




