ブリーフィング
「と、言うわけです……」
「えええ!!」
この事態の発端がアドラにある可能性があると説明すると、当然のように全員から驚きの声が上がった。
「アドラ殿ってインペリアルだろ!?」
「あ、あぁ、そうだけど?」
クレアは何故今それを聞いたの? 必要?
「そうだけどって、お前なんでそれを早く言わない!」
「俺だって今知ったんだよ!」
確かにこうなったのはアドラが悪いけど、なんで俺が責められなきゃならん!
「どうしますかバイオレットさん!」
「…………」
バイオレットはそう聞かれると、突然壁を叩き、御者に「緊急事態だ! 飛ばせ!」と荒々しく言った。御者もその口調から緊急性を感じ取ったのか、馬車は突然物凄い揺れを伴い速度を上げた。その勢いで俺達全員はてんやわんやになった。
「ど、どうしたんだよ急に! アドラってそんなに大変な事したのか!」
転がりながら近くにいたクレアに聞いた。
「貴様は馬鹿か!」
えええ! そんなに!
「インペリアルの血はな、召喚に使うと高位の悪魔を呼び出せるんだ!」
「え? ……えええ!!」
そうなの!? それってちょーヤバくない!?
「でもアドラだぞ! 普通の人間じゃ傷付けるのも大変だぞ!」
「呼び出すくらいだ! 万全の準備はしていて当然だろ!」
そりゃそうだ。
「あっ! でもアドラはフローライトドラゴンと戦ってるって言ってたぞ! もしかしたら失敗したんじゃないのか!」
「アホか貴様!」
アホって!
「インペリアルの血は数滴あれば十分なんだ! 手に入れば後は用無しだ!」
「そうなの!? でもまだ決まったわけじゃないじゃん!」
「フローライトドラゴンが出てきているという事はそういう事だ!」
「ど、どうすんだよ!」
「知らん! とにかく今は軍に報告するしかないだろ!」
どうすんの! どうすんのコレ!? もしそれが本当なら、俺死罪じゃね!?
もう嵐の中にでもいるような状態の車内でどうする事も出来ない俺達は、しばらく転がりながら馬車に揺られ、ようやく目的地に到着した。
馬車が停まるとバイオレットとクレア、そしてキリアは直ぐに飛び出し、司令部のある簡易のテントへと駆け込んでいった。
外に出るとそこには大勢の兵士がいて、まるで戦争中の砦の中にいるような雰囲気だった。
俺は激しく揺れた馬車と、心底マズイと思う精神状態のせいで僅かに車酔いしていた。それはミサキも同じで、気遣うマリアの横で頬を膨らませフーフー言っている。
「はい師匠~。帽子~」
「あ、ありがとう」
驚異の足腰とバランス感覚を持つロンファンは、あの中でも楽しそうに揺れに合わせて体を揺らしていた。そして俺が帽子を忘れている事にも気付くとは……恐るべき身体能力!
「おい! 何をしている! ブリーフィングを始めるぞ!」
「あ、ああ」
もたもたする俺達にクレアが呼びに来た。やはり現役とOBでは戦力としての差はデカイ!
テントに入るとテーブルの上に大きな地図が広げられていて、丸い赤い駒と青い駒、そしてフラッブの形の赤と青の駒が配置されていた。その周りには鎧も着ない軍のお偉いさんらしき人物が数名いた。
「じゃあ説明を始めて」
全員が揃ったのを確認すると、バイオレットが一人の将校に声を掛けた。将校は頷くと、説明を始めた。
「現在この位置にターゲットがいる」
ターゲット! ハンター用語では標的の事をヌクと呼ぶ。なんか兵隊になったような気分がして良い!
将校が指さす赤いフラッグ駒は、グリッツ城の丘から降りた森の少し西側にあった。そしてその横には青い駒がある。
「そして第三ギルドのオソロ兄弟率いる部隊が現在交戦中だ」
オソロ兄弟! 当時第三支部のクラウンを務めていた巨漢の兄弟だ。二人とも大型のバトルハンマーを主要武器とし、圧倒的な破壊力でハントする。驚異の破壊力よりアイスが異様に好きな事から、ソフトクリームの通り名を持つSランクハンターだ。
「戦況的にはかなり苦しいようで、徐々に後退している」
あの兄弟でも苦戦してるの!? もう無理じゃない?
「もしこのままD3ポイントまで後退するようなら、ここから第四ギルドのゴーギャン隊が合流する」
ゴーギャン! 第四支部のSランクハンターで、二メートル五十センチを超えると言われる長身を活かし、普通のハンターには使用できないと言われる超重量大型ソードを武器にハントする、ゴリアテの異名を持つハンター! もう俺達が出る幕は無い!
それにしてもD3とか、なんか作戦っぽい!
「それでも後退するようなら、D4ポイントで君たちバイオレット隊が合流し、対応してくれ」
「分かりました。第二支部のギルドの方はどうなっていますか?」
「今こちらに向かっているそうだ。第二ギルドはラクリマが隊を率いている。到着したらD6ポイントに配置し、現在制作中の落とし穴が完成したら、そこへターゲットを誘導してもらう」
「分かりました」
ラクリマ! ……知らない! 俺が知っている第二支部のクラウンはホーストというハンターだ。きっと世代交代があったのだろう。
「ヌ……フローライトドラゴンの詳細を教えて下さい」
あっ、今バイオレット、ヌクと言いそうになった。ハンターはやっぱりそっちの方で呼ぶよね?
「正確ではないが、全長約十一メートル、全高六メートル。重量は三十トンを超えると思われる」
重いしデカイ! 俺が戦ったのはせいぜい七メートルくらいだ。というか、重すぎない?
「ちょっと待って下さい。体長の割には重すぎませんか?」
そうだよね。バイオレットもそう思うよね?
「これはあくまで推測だ。正確な重さは分からん」
推測雑! 何? あ~これくらいかな? って事?
「…………」
睨んじゃダメバイオレット! あっちだって大変なんだよ?
「現在ターゲットには……」
やるな軍人。バイオレットの睨みすら意に介さないよ。
「アドラ・メデクが頭部に張り付きサポートしている」
あいつまだそんな戦い方してんの!? 俺達だけならいざ知らず、絶対邪魔だよね?
「流石アドラ殿だ……あっ! いえ。続けて下さい……」
クレアは何に感心してんの!? こいつの中のアドラってどうなってんの?
「……そのせいもあり大規模な攻撃が出来ず、苦戦を強いられているようだ」
やっぱり! 別に俺が教えた戦法じゃないよ。だから決して俺は悪くない!
「彼をフローライトドラゴンから降ろすことは出来ないのですか?」
「あぁ。ターゲットもかなり興奮していて、今彼を降ろすと負傷しかねない」
「そうですか……」
いや、多分大丈夫。あいつ普通に乗って普通に降りれるもん。
「報告は以上だ。何か質問はあるか?」
「はい。落とし穴の方は誰が指示しているんですか?」
「オソロ隊からコートナーというハンターが付いている」
コートナー? 知らない。
「分かりました」
コートナーというハンターをバイオレットは知っているのか、納得するように頷いた。
「君たちに言われた通り、グリッツ城には冒険者を向かわせた。彼らがどう動くかは分からないが、冒険者はハンターがいる限りターゲットには攻撃しない。それだけは肝に銘じておいてくれ」
「大丈夫です」
ハンターと冒険者は戦い方が全く違う。ハンターは遮蔽物のあるエリアを好み、対象をコントロールし、罠などを使い弱らせてからハントする。それに対して冒険者は、開けたエリアを好み、対象にダメージを蓄積させ削り、殺す。
狩りと排除の目的という違いはあるが、冒険者は罠などをほとんど使わず、直接的な攻撃を得意とするため、俺から見ても馬鹿みたいな戦い方をする。だから……いやもう、言っちゃうけど、一緒にいられると邪魔。この将校はそれを知ってるのかは分からないが、とても良い判断だ。
「他にも聞きたい事はあると思うが今は時間が無い。馬車がC1ポイントまで送って行く。後は現地のハンターと連携して討伐してくれ」
「はい、分かりました」
「では、早速出撃してくれ!」
「はい!」
確かに時間が無いのは分かるが、最後は「こいつらいつまでここにいる気なの? 早く行けや!」的に言われた気もするが、それでもバイオレットはしっかりと返事をした。
「じゃあ皆行くよ!」
そう言うとバイオレットは拳を出した。これはハントの成功を祈る儀式のようなもので、命を落とす危険が大きいハントの前に行う事がある。
これにはロンファンも何か感じ取ったのか、バイオレットが拳を出し全員が円陣を組むと輪に入り、それに触れるように拳を出した。全員の拳が出揃うと、バイオレットは軽く拳をぶつけた。
言葉は一切無いが、拳が触れ合とそれぞれが何かしらの意志を受け取り、全員が頷きテントを出た。




