アプセット
馬車が出発するとバイオレットが地図を広げ、俺とロンファンに作戦の説明を始めた。
「じゃあ先ず……ちょっとごめん」
「どうしました?」
俺の横で地図を広げ説明しようとしたバイオレットが、突然手を止めた。
「あの~ごめんね。君たちちょっと帽子脱いでくれる?」
「はい?」
「さっきから君たちの帽子のつばが、私の顔に当たってるんだよね」
「あっ! すみません!」
俺とキリアに挟まれるバイオレットに、ギルドコンバットのデカイ帽子が失礼を働いている! 持って来た奴はこれが目的か!
「貴様ら何故そんな物被って来た! やる気があるのか! それならまだ鍋でも被っていた方がマシだ!」
「え! いや……すみません……」
「あ、すまん……」
だってー、これしかなかったんだもん! とは言えず、謝るしかない! 帰ったらこれ持って来た奴しばく!
「すみませんでしたバイオレット殿。こいつらには後で言っておきますから」
クレアって俺達の責任者?
「いいわよ別に。それより、先ず君たちに聞きたいんだけど、フローライトドラゴンと戦ったことある?」
「はい。俺はあります。ロンファンは?」
「いえ~。私は初めてです」
ロンファンもこの緊張感にギアが入ったのか、ふわふわ言葉が変化し始めている。
「そう。じゃあ君に聞くけど、その時は討伐出来たの?」
「はい」
「そうなんだ。凄いわね」
「え? そ、そうでもないですよ。実際七人で討伐してますし」
その時はS二人、俺も入れてA三人、B二人のハイランクパーティーで討伐している。あっ、このパーティーも実はハイランク。
「実はね、この中でフローライトドラゴンと戦ったことあるの、君だけなんだ」
「え? 本当ですか?」
「本当」
確かにフローライトドラゴンはSクラスだが、それほどレアなモンスターではない……はず。
「その時はどうやってハントしたの?」
「傾斜を使ってアプセット(ひっくり返す)しました」
「やっぱりそうなんだ」
フローライトドラゴンのように固い皮膚で体を守られているモンスターは、喉仏から肛門に掛けての腹側を狙うのが常識だ。腹側部分は背中側より柔らかく、特に鳩尾と肛門付近が柔らかい。
「でも地図を見て。グリッツ城の周りは昔整地してるから、ほとんど平地なの。だからアプセットするなら、ドロップ(落とし穴)かリンボー(足を引っ掻けるロープの罠)しかないと思うんだけど、どう思う?」
「そうですね……」
ドロップは穴を掘るのに時間が掛かる。リンボーは上手く引っ掛けても、フローライトドラゴンのパワーに負けないくらい丈夫な縄とアンカーを作らなくてはいけない。
「少し強引ですけど、ネックハントはどうですか?」
ネックハントは首にロープを掛け、後ろに仰け反らせ反転させる技だ。掛け方にもよるが、鼻先の長い生き物は上へ首を引っ張られる力には弱い。ただし引っ張るには相当な熟練度が必要で、上手く仰け反らせなければただぐるぐる回すだけで、最後は力負けして飛ばされてしまう。
「う~ん……やっぱり魔法しかないか……」
「魔法ですか?」
「そう。ミサキちゃんの魔法で下からアプセットするの」
「そんな事出来んの? フローライトドラゴンって十トン以上するんだぞ?」
ミサキの魔法は確かに凄いが、あの体重を持ち上げられるとは思えない。
「はい。魔法陣を描く時間さえもらえれば、私の魔法でも十分転がせます」
ミサキは自信たっぷりに言うが、さすがに無理じゃない? それ出来たら建設作業員になった方が稼げるよ?
「ほんとか~? 山亀は横向きだったから動いたかもしれないけど、下から持ち上げるのは相当きついぞ?」
大工をしていた時、重いものをコロと呼ばれる丸太の上で押す作業があった。コロは車輪の効果を出し、とても動かせないような物でも動かせた。しかしそれをコロの上に乗せるには、その何十倍という労力を必要とした。重量物は押すと持ち上げるとでは雲泥の差がある。
「任せて下さい! 私は過去に何百キロという岩を飛ばし、飛行するドラゴンを仕留めた事があります!」
どんな戦い方してんだよ! ムキムキマンだらけのパーティーでもそんな戦い方しないよ? っというか、何十トンって言ってんだろ! 単位が全然違う!
「バイオレットさん、本当にそれで行くんですか?」
「ええ」
ええって、この人も実はヤバイ人? それで行けたらハンター要らないよね?
「一応失敗してもいいように、ここに、王国軍にドロップを作ってもらうわ」
地図にある開けた場所を指さし、バイオレットは言った。
地図には、グリッツ城は丘の上にあり、そこから緩やかなカーブを描き森へ続いている。丘を降りるとT字型に森とぶつかり、そこから東に進めば開けた平原があり、その平原を南下した所に軍の砦が記されていた。
森の西には町があり、バイオレットはこの森とグリッツ城の丘を利用して戦う作戦を立てたようだ。
「だから、ミサキちゃんの魔法の準備もあるけど、もしもの時の為にどうしてもブレイク(その場に張り付け)が必要になるの」
さすがはSランクハンター。只の頭のおかしい人ではないようだ。しっかりとした実績と経験を感じられる。
「じゃあ、ブレイクは俺達が担当するって事ですか?」
ブレイクったって、戦わなけりゃならない! 俺、全く戦う気はありませんぜ、バイオレット隊長。
「ううん。ブレイクは私がするから、君とキリア君、そしてクレアさんの三人でインダクション(誘導)して欲しいの。頼める?」
あの図体のモンスターをたった一人でブレイク!? イノシシでさえ一人で取り押さえるのに苦労するのに、そんな事できんの!?
「……分かりました」
シルバークラウンほどの人物に、「一人で出来るんですか?」なんて絶対聞けない。ここは折角だから任せよう。
「じゃあ、私はここの丘からこう狙うから、君たちは出来るだけこっちに近づけてくれる?」
バイオレットは地図に指で自分の位置を示し、そこから攻撃方向と誘導線を描く。
「この辺りでミサキちゃんが魔法陣を描いて、サポートにマリアちゃんが付くから」
「分かりました」
マリアはまだDになったばかりで、とても戦闘には参加させられない。ミサキの近くにいればこちらも安心できる。
「よし! じゃあ作戦は決まりね! だけど先に向かってる班次第では、動きは変わるけど、基本的な作戦は同じだから。何か質問はある?」
皆もこの作戦には賛成のようで、全員首を横に振った。
「そう。じゃあ作戦会議は終了。後は好きに寛いでいいわよ」
作戦が決まると、バイオレットから緊張が解けたのが分かった。それを感じ取った皆は、戦闘前の緊張をほぐすように雑談を始めた。
「フローライトドラゴンも、グリッツ城から出てくれば楽だったのにね。そしたらゴロゴロって落とせたのに」
マリアが言う。
「グリッツ城がフローライトドラゴンの住みかで、そこからお出かけするみたいに出てくるんですか?」
ミサキが冗談で返す。
「それは面白いな。なら用事が済んだらまた門から入るのか?」
クレアも乗っかる。この三人は場を和ませるのが上手いようだ。
「まさか~。だって壁登れるんでしょう? だったら門要らないじゃん」
「でもそしたら、折角の壁が壊れてしまいますよ?」
「あっ、そうか!」
戦闘前の張り詰めた空気が、心地よい緊張感に変わる。良い雰囲気だ。
しかしマリアも面白い事を言う。確かにフローライトドラゴンがグリッツ城から出てくれば、丘から転げ落とせばすぐ終わる。それこそこんな作戦立てなくても、アドラでもでき……グリッツ城、アドラ……
「ロンファン。今朝はアドラと会わなかったのか?」
「はい~」
この和やかな空気に、ロンファンも緊張が取れたようだ。
「アドラは~昨日~、ドーラルマーズのところに~……あっ! 知りません~……」
嘘下手! 絶対アドラに口止めされてた! っというか、この騒ぎ、もしかしてアドラのせい!?
「アドラ君がどうしたの?」
「えッ!? あっ、いえ……」
バイオレットさん! 今はそれ聞かないで~!
しかしこれから命懸けで戦う以上、些細な情報でも共有しなければ命取りになる。だけど今それを言ったら大変な事にもなる! どうする!
「作戦に必要な事なら、ちゃんと言っとかないと駄目だよ?」
状況が状況だけに、答えないわけにはいかなくなった。
「あ……すみません……実は……」




