出撃
研修室へ入ると、机の上に色鮮やかなコンバットの装備が並べられ、アリアが待機していた。
「リーパーさん遅かったですね。早く着替えて下さい」
「ああ御免」
研修が中止にでもなったのだろう。それでもこうしてサポートしてくれるアリアは偉い。俺ならもう着替えを終え遊びに行っている。
早速着替えようと並べられる服を見ると、やはり式典用の物しかない。そのうえ赤や白など派手な色ばかりだ。馬鹿なの!
これは説明するまでも無いと思うが、赤や白は迷彩力ゼロ。それだけならまだしも、目立つせいでめちゃめちゃモンスターに狙われる。紫や、黄色と黒の縞模様なら警戒色として役立つが、これならまだ今の制服の方がよっぽどマシだ!
「これしかないの!?」
「はい。他のギルドにも回しているみたいで、今あるのはこれだけみたいです」
絶対嘘! どうせ運んで来たのは余されたトッポイ奴でしょ! じゃなきゃ普通怒られるよ!
「もしかしてロンファンさんも着替えるんですか?」
「え? いや、ロンファンは違うから」
応接室で待つのが嫌だったのか、ロンファンは俺について来ていた。本来なら作戦会議に参加していなければならないのだが、仕方ないよね。あそこに置いて行ったらいなくなっちゃうから……
「そうなんですか……」
アリアはなんでロンファンが来たのか不思議な顔をしている。しかし今はアリアには構っていられず、無いよりマシと服を選ぶことにした。
赤や白の他にも青はあるが、森や平原で戦うには目立ちすぎる。それでも赤よりはマシと、青いコンバット装備を選んだ。しかし! ここでもケツ神様は微笑まない!
いざ青いズボンに足を通すと小さい! 完全にSサイズ!
「アリア、サイズはこれしかないの!?」
「はい。ここにあるだけです」
くそったれ! もう完全にケツ神は俺に囮になれって言ってるよね! あんな色で森に入ったら、フローライトドラゴンより先に他の獣に襲われるよね!
「あっ、でも、一番良いのを持って来たって言ってましたよ。防具もたくさんあるし」
一番良いやつってそういう事!? それに防具ったって、やっすいやつでしょ! よく見たら誰か使ったやつじゃん! 靴だって絶対一回誰か履いたやつだよね!
それでもこのままの姿で行くわけにもいかず赤を選ぼうとすると、置いてある箱の中に黒い服が見えた。
「まだ黒あんじゃん」
「あ、でもそれ……」
アリアが何か言い掛けたが、構わず箱の中から服を取り出すと、何故かズボンだけ出て来た。
「黒だけはズボンが二着あったみたいです。でも、上下の色を揃えないと駄目みたいですよ?」
それは式典に出るならの話! 持って来た奴って馬鹿なの?
「大丈夫。これ色なんて関係ないから」
「そうなんですか?」
「そう」
身なりのカッコ良さなど今は要らない。必要なのは安全性!
幸いズボンのサイズは少し大きいが、ベルトを付ければ問題無い。
「アリア、防具取って」
「はい」
コートを着る前にブレストプレートを整え、最悪コートは羽織らないで良しとしようとした。しかしブレストプレートはどうやらベストタイプのものらしく、どうやっても白か赤を着るしかない! 今から防具屋に走ろうと思っても時間が無い! 白か赤か……クソ! せめて赤だ!
もう半分やけくそでワイシャツの上から赤のベストを身に付け、コートを羽織った。腹立つ事にベストとコートはサイズがピッタリで、初めから俺の為に用意させたようで余計に腹が立つ。
「よし! 後は……」
一通りの装備が整い、最後に頭を守る物は無いか探した。するとあるのはあのつばの広い帽子とフルフェイスの兜だけだ。防御力的に兜の方が良いのは分かるが、フルフェイスはバイザーのせいで視界が狭く、音も聞き取り辛くなる。慣れればそうでもないそうだが、俺は嫌いだ。何よりここにある兜は絶対誰かが使ったやつで、被ると臭そうだ。
ふざけているとしか思われないかもしれないが、キリアだって被ってたし、今しか被るチャンスが無いからと思い、迷わず帽子を被った。
「じゃあ行ってくる!」
「はい! 気を付けて行って下さい!」
「ああ。行くぞロンファン!」
「は~い」
出撃準備が整った俺は、ロンファンと共に応接室へ走った。久しぶりのフル装備はけっこう重い!
「悪い待たせた!」
ノックもせず扉を開けると、すぐにでも出発できるよう声を掛けた。部屋の中ではもう作戦会議は終わっていたらしく、全員の眼つきが鋭くなっている事に万全の準備が整った事が分かった。
ハイランクハンターが出す威圧感に、付き添いでいたアニさんが小さく見える。
「では、行きましょう」
バイオレットは静かにそう言った。その声はとても穏やかでゆったりとしたものだったが、キレのある言葉に、無言で立ち上がるクレア達のギアが一気に上がったのが伝わる。
「皆さん、お気をつけて下さい。ミズガルドギルドは皆様方の無事を祈っております」
バイオレットを先頭に部屋を出て行く俺達に、アニさんは武運を祈り深々と頭を下げた。
この懐かしい緊張感に気合が乗る中、ギルドマスターが言っていたCとDクラスのハンターがいない事に気付いた。
「マリア、ミズガルドのハンターが二人来るって言ってたけど、どうした?」
「え? ああ、なんか来ないみたい。だから置いて行くって」
「ああそう……」
逃げやがった! たしかにこういうハンターはちょくちょくいる。だけど今回はマズくない? バイオレットだっているし、何より勅命だよ? あの二人はもうミズガルドには戻れないだろう……
出発早々すでに貴重な戦力を二人も失ったバイオレット隊長は、全く気にする様子も無い。どうやら初めから当てにはしていなかったようだ。まぁそれも仕方が無い。ある一定以上のランクになると、力の無い者は場の空気にさえ耐えられなくなる。これは才能の無い者は経験で培うしかない。あの二人が悪いわけではないのは、バイオレットも分かっているのだろう。
「ではアニーさん。行ってきます」
部屋を出るときキリアがアニさんを気遣い、声を掛けた。
「よろしくお願い致します」
アニさんはそれ以上何も言わなかった。アニさんにも思う所があったのだろう、恐らく言えなかったのだろう。
「行ってきます。必ず戻ってくるので、アリアと待っていて下さい」
アニさんが悪いわけじゃない。だけどアニさんなら自分に責任があると思っているはずだ。だから少しでも今までの感謝を伝える為そう言った。
「ありがとう御座います。二人の席は必ず開けておきますから、どうぞご無事でお戻り下さい」
「はい」
最後にマリアが扉を閉めるまで、アニさんは頭を下げたままだった。
表へ出ると、すでに扉の開いた王国の豪華な馬車が用意されており、ギルドマスターと女性スタッフが待っていた。
「御武運をお祈り致します」
ギルドマスターが深々と頭を下げる中、バイオレットは足を止めることなく、「行ってきます」と静かに言い馬車に乗った。それに続くクレア達も無言で乗り込む。
キリアと俺は一応上司に当たるため、軽く会釈はしたが声は一切掛けなかった。
全員が馬車に乗ると兵士が扉を閉め、馬車はグリッツ城へ向け出発した。




