勝手な人たち
「おい、早くしろ!」
散々待たせた挙句やっと部屋を出たクレア達は、腰の悪い俺を全く気遣う様子も無く先に進む。こっちはまだ本調子とは程遠いのになんて奴らだ!
「ちょっと待てよ! 俺は昨日腰痛めたの! 知ってるだろ!」
そう言うとクレアは、あっそうだった見たいな顔を一瞬見せると、急に優しい顔になった。
「仕方が無い奴だな。どれ、腰を見せてみろ」
普段のクレアでもここまで優しく気遣うことは無い。恐らく俺がいなければ商品をゲットできないからだろう……怖いわ!
優しい表情で近づいたクレアは、これまた優しく俺の裾を上げ、腰に手を当て触診を始めた。
「……まぁそうだな。状態は大分良いようだ。これくらいなら私の治療でも効くだろう」
ランケイさんに施された治療はかなり効果があった。それは同じ魔法治療が出来るクレアから見ても上等なものだったようだ。ランケイさんはああ見えて、意外と凄い人なのかもしれない。
「よし」
温かい手で腰を優しく摩るクレアは痛い所が分かるのか、特定の個所に範囲を狭めるとそう言い手を止めた。
「じっとしていれよ」
「ああ」
ホテルの廊下で背中を出し、同年代の女性に背中を摩られる俺は自分でも変態に思える。しかしなんかこのプレイは悪くない。クレアって意外といい女なんだと……はっ! もう騙されないぞ! こいつには絶対惚れない!
手を当てるクレアは、少し力を入れて腰を押した。すると温かいクレアの手がさらに温かくなり、次第に熱いくらいに変化した。その熱さはとても心地良く、腰回りの筋肉が柔らかくなるような感覚さえする。
これは気持ち良い。そしてこの優しく触れる手の温もりは癒される。この女、普通に生きれば絶対モテる!
しばらくすると、最後にクレアは腰全体を撫でるように摩り手を離した。
「どうだ?」
治療は終わったのか、そう聞かれ背筋を伸ばすと、腰の痛みが全くない! どちらかと言えば軽いくらいだ!
「おお。全然違う。サンキューな」
「別に構わん。お前を治療した人物の腕が良かったから、魔力の流れを調整するだけで済んだからな」
「そうなのか。まぁそれでも、ありがとな」
「私とお前の仲だろ。礼はいらん」
優しく微笑むクレアには惚れそうになる。もしヒーと付き合っていなければ告白していたかもしれない。
「じゃあ行こうか」
「あぁ。じゃあついて来い!」
ええ! 折角良い雰囲気だったのにアイツ走りだしたよ!
「もたもたするな! 善は急げだ!」
善は急げって、それはお前だけだろ! 強欲な女め! お前は一生独身でいろ!
それでもクレアのお陰で腰の調子が良くなり、なんとか追い掛けることが出来た。三人は相当テンションが高いのか、笑いながら階段を下りていく。そう、まるで子供がお誕生日会でケーキを求めて走る様に。
ロビーに降りた三人は階段の下で俺を呼ぶと、全く待つ素振りもみせず再び走り出した。あのくそったれ共はグリッツ城に置いてこよう。
ロビーに降りると三人はもうすでに遥か彼方で軽やかに走っている。その後姿が憎たらしい。キリアもそうだけど、俺、アイツらとクエストに行ったら置いてかれない?
そんな寂しさを感じながら後を追うと突然背中に気配を感じ、振り返るとそこにはロンファンの姿があった。
忘れてた! キリアを追うのに必死で、ロンファンに声を掛けるのを忘れてた!
「ロンファン! 悪い忘れてた!」
「ええ~!」
これは俺が悪いわけじゃない。ロンファンは立派な戦力だし、まして可愛い弟子を置いてきぼりにするような事など考えた事も無い! 悪いのは地方から来たハンターどもだ!
「ごめんロンファン。別にロンファンの事を忘れてたわけじゃないからな」
恐らく存在自体を忘れていたと勘違いしたロンファンは、とても悲し気な表情になり、泣き出しそうに口元が緩んだ。言葉の綾!
だが今は機嫌を直している時間は無い。そこで簡潔に用件を伝える事にした。
「ロンファン、とにかく聞いてくれ! 今から俺達はハントに出る。だからロンファンも一緒に来てくれ!」
「はい~!」
表情一変! 今まで泣きそうな顔していたのに、まるで散歩と言われた犬のように目を輝かせ、満面の笑みで返事をした。ロンファンにとっては、俺とハントに行くのはそれほど嬉しい事らしい。
「道具とかはすぐに準備できるのか?」
「はい~! 師匠に言われた通り~、いつも持ち歩いています~!」
元気に返事をすると、ロンファンはジャキーンと鉄爪を出した。ロンファンが愛用するのは三センチほどの鉄爪のグローブだ。大型のモンスターに致命傷を与えるにはかなり困難だが、両手を自由に使える利便性と、咄嗟に攻撃するには絶大な威力を発揮する武具だ。
「おいロンファン! 武器を仕舞え!」
「は~い!」
危うく武器使用で捕まるとこだった。ロンファンテンション高すぎ!
「とにかく。俺は今から準備するから、ロンファンも一緒に来い!」
「は~い!」
運よくロンファンと合流できた、あっ、運よくとか言っちゃった……とにかくこうしてロンファンと無事合流できた俺は、クレア達が待つ武器屋に駆け込んだ。
俺達の姿が確認できると、三人はここでも待つ事は無く勝手に店の中へと消えて行った。
店に着くとここでも勝手に話を付けていたのか、「話は聞いてるよ。好きな物持って行ってくれ」と店主に言われた。当然勝手に話を付けた三人はすでに倉庫の中にいて、もう泥棒のように物色を始めている。クレアといいマリアといい、シェオールの女性ハンターは犯罪者予備軍らしい。だが装備の無い俺もそれに加わるしかない。
三人のせいでなんだかとても罪悪感に苛まれるが、今はそんな事を言っていられないため、とにかく使えそうな武器を探した。
さすが都会の武器屋だけあって冒険者用の物まである。大剣、バトルハンマー、デュアルアックス。どれも花形武器で目を引くが、腰の悪い俺には扱えない。というか、もともと重すぎて使えない。そういうわけで中型の武器を選ぶことにした。
中型の武器は現役時代に使っていた。特にメインで使っていたのがランスだ。基本的に全ての武器を使用できるよう鍛錬したお陰で、特殊な武器以外は扱えるのだが、どうやらそれは現役時代の話のようで、いざランスを手に持つと本当にこんなの使ってたの? というくらい重く、軽そうな剣を選んだ。だがしかし! 中型の剣は冒険者用の物ですら重く感じ、構えるだけで精一杯! 本当に皆これで戦ってんの!?
結局アホみたいに重たい中型の武器を諦め、機動力を確保でき、なおかつ利便性に特化した小型の武器を選ぶことにした。やはり熟練者ともなれば小型の武器を選ぶ。派手さや威力ばかりに拘り武器を選ぶのは素人の考え方だ。
それをさすがの読書好きのマリアは知っているようで、俺もマリアの横で武器を選ぶことにした。
ミサキは魔導士だから当然ロッドを選んでい……ミサキ、ロッド二本も必要? 確かに魔導士はロッドで大分変わると聞くが、今持ってるやつで十分じゃないの? それにクレアも剣持っているよね? さすがに中型以上の武器は持って来てないみたいだけど、今見てるのって装飾剣だよね? あいつそんなの何に使う気してんの? ロンファンを見習えよ! ロンファンは行儀良く……あれ? ロンファン勝手に爪研いじゃダメ!
本当にただの暴徒にしか見えなくなった三人に驚いていると、マリアは武器を決めたのか店主の元へと向かい話し始めた。それを見て俺も急がなくてはいけないと思い、青いハンドルの、クリップポイントのハンティングナイフを選んだ。
ブレッドクルーブのラインが美しく、ハンター用の物だけあってそこそこの刃渡りと重量がある。見た目もカッコよく、光を当てるとダマスカス鋼の模様が堪らない。まぁ、使うことは無いけど……
本来ならこんな武器で向かえば、「お前何しに来たの?」と言われるだろうが、俺はあくまでパーティーの知識と経験である以上戦うことは無い。戦うのはクレア達の仕事だ。それ故に戦闘要員のクレアはまだ悩んでいるようで、このままではいつまで掛かるか分からないと思い声を掛けた。
「クレア、早くしろよ。まだ道具だってあるんだぞ」
「分かっている。だがリーダーはバイオレット殿なのだろう?」
「そうだけど?」
緊急等のクエストでは、基本的にリーダーは一番ランクの高い者がなる。
「なら、例え性能が落ちようとも、装飾用の剣で向かうのが礼儀だろ?」
「何に拘ってんだよ! お前これからハントに行くの分かってんのか!?」
「ああ」
ああって。俺達にしてみれば、バイオレットは雲の上のような存在だ。Sそれもシルバーまで行ったハンターともなれば誰だって緊張する。しかしそれは今じゃない! 見栄えに拘るのは平和な時にやれ!
「お前、そんな風に武器選ぶんなら、お前は無しね」
「ちょっと待ってくれ! 分かった! ちゃんとこっちの剣を選ぶから、それだけは勘弁してくれ!」
クレアは慌てて実用性のある細剣を取った。だが、なんだかんだ言って手に取った剣は、超有名ブランドの剣だ。確かにブランドである以上その性能に狂いはない。でも今それ選ぶ? お前二本差しで行く気なの?
「よ、よし! じゃあ道具を揃えに行こう! マリア! ミサキ! 準備はいいか!」
本当に大丈夫なのこのチーム?
「もう少し待って下さい。今アタッチメントの方を用意して貰っていますから」
「こっちももうちょっと待って! 今取ってきてもらってるから!」
ミサキは銀色のロッドの先にある魔法石に拘っているようで、店主と会話中。マリアも店員に何か頼んでいるらしく待機中。楽しい買い物か! っていうか、ミサキの選んだロッドってプリースト用のやつだよね? 後で俺怒られない?
すっかり女子たちの買い物になってしまった状況にため息を漏らしていると、さすがに待ちくたびれたキリアがやって来た。
「おい早くしろ! もう出発するぞ!」
すでにギルドコンバットの装備に着替えを終えたキリアは準備万端だ。
ギルドには、調査やキャンプの修繕などを行う実行部隊がいる。それがギルドコンバットだ。ギルドコンバットにはハンターから転職した者も多いが、直接的にハントに行くような部隊ではなく、ハンターの補助的な存在だ。しかしその割には衣装が格好良く、俺はあまり好感を抱いてはいない。
黒に銀のラインが美しいコートを羽織り、つばの広い羽の付いた帽子。その姿はハンターでも憧れるデザインで、これからそれを着れるのかと思うと期待に胸が膨らんだ。しかしキリアの装備はどう見ても式典用の物で、グリーブやガントレットはどう見てもやっすい物にしか見えなかった。ちゃんとしたのくれよ!
「待て! まだ道具が揃ってない!」
「道具ならこちらで人数分用意した! もう出るぞ!」
さすがキリア。気が利いて助かる。
「ちょっと待って! 今私の頼んだのも来るから」
「それは必要な物か!」
「うん!」
マリアは既に作戦が浮かんでいるのか、特別な物を頼んでいるらしい。
「私も……どうも。では行きましょう!」
ミサキ自分本位過ぎじゃね? 今絶対待ってって言おうとしてたよね? もうロンファンもこの状態に飽きたみたいで欠伸してるよ!
「これ以上バイオレットさんを待たせる気か!」
「だって……あっ! 今来た!」
丁度良いタイミングで店員が戻ってきて、マリアに小さな紙袋を渡した。
「私もいいよ! 行こう!」
「じゃあ行くぞ! リーパーは研修室に行け! 装備が届いてる!」
「分かった! あっ、ちょっと待って!」
「どうした!」
「サインしていくから」
いくらギルドから提供された武器とはいえ、受け取りサインをしないわけにはいかない。というかもう聞いちゃいない! ほんとに勝手な人たちだよ!
こうして武器を手に入れた俺は、防具を装備するため研修室へと向かった。
今回ミサキがプリースト用のロッドを選んだのは、魔力を柔らかく出来るからです。魔力には個々によって硬さがあり、硬い魔力は微調整や性質変化や他者との同調などの色合わせが難しくなります。しかし硬い魔力は炸裂させたり維持が簡単なため攻撃系に適しています。
逆に柔らかい魔力は回復などの他者と同調させることが容易で、コントロールも比較的楽になります。そのため色合わせが苦手なミサキはプリースト用のロッドを選びました。そしてアタッチメントは色々あり、特定の性質変化を促してくれます。ちなみにミサキが選んだアタッチメントは、魔力をどれにでも変化させやすくなる物です。




