身支度
「では私は先にホテルと店の方へ出向き、事情を説明してきます。お二人は先にバイオレット様の元へお願い致します」
「……お願いします」
応接室の前に来るとアニさんはそう言い、逃げるように俺達から離れた。忙しいのも分かるが、こういう空気を敏感に察し、文句を言われる前に逃げたのだろう。さすがギルドオーダー。
「どうすんだこれ」
「やるしかないだろ」
「やるしかないって、お前、本当に俺達が行って何か出来ると思ってんのか?」
「そんな事は分かっている。大体お前が余計な事を言わなければ、こうはならなかったんだぞ」
余計な事? 何? こうなったのは俺が原因?
「余計な事ってなんだよ?」
「お前、ミサキたちがここに泊っていると言っただろ」
「あぁ、言ったよ? それが?」
「あの状況であんな事を言えば、自ら仲間を集めますと言っているもんだろう!」
「はぁ!? なんでそんな風に聞こえんだよ! どっちかって言えば、現役のハンターに任せようってなるだろ!」
そう言うとキリアは深くため息を付いた。
「ギルドとしては王の勅命が降りた以上、少しでも多くのハンターを集め、例え失敗しても最善を尽くしたと見せなければならないんだ。だからこんな俺達でさえ召集されているんだぞ?」
「あ……」
くそ! 出たよ大人の事情。所詮一般ピープルの俺達は道具ですよ~。
「とにかく、今はバイオレットさんの元へ向かうぞ!」
「お、おう」
不満は爆発だが、今はSランクの超有名人を待たせるわけにもいかず、応接室へ入る事にした。
俺としてはこんな状況でも結構緊張するのだが、キリアは扉を結構な勢いでノックし、勝手に「入ります」と言って扉を開けた。
さすが貴族! このくらいの有名人には臆さないようだ。
中に入ると、紫色のキレイな髪に、黒が多い中に金色が目立つお洒落な防具を付け、背中に大きな弓を携えた片足義足の女性が座っていた。
あれが黒蹄のバイオレット! 何度か見た事はあるが、こうして対面するのは初めてだ! なんか物凄く良い匂いがしそうな美人だ!
「初めまして。私はキリア・ラインハルトと申します。この男はリーパー・アルバインと言います。準備があるため、今は挨拶だけで失礼しますので、もう少々お待ちください」
「ご丁寧な挨拶ありがとうね。こちらもまだ二人が準備から戻ってないから大丈夫よ」
「分かりました。では、また後程」
「はい」
手短に挨拶を済ますと、キリアは俺を引っ張るようにして、もう応接室を出た。
おい! 俺は自分の口から挨拶もしてないよ! 時間が無いのは分かるけど、ちょっとくらい良いじゃん! 有名人だよ?
「よし! 先ずはミサキたちの元へ行くぞ!」
応接室を出ると、全く俺に喋る隙を与えずキリアは走り出した。ちょっと待って~! 俺まだ腰治ってないんですけど!
全く、全然、さっぱり俺の事など気にしないキリアは、俺を置き去りにして行ってしまう。あまりの連帯感の無さに開いた口が塞がらなかったが、ここにいてもまた面倒に巻き込まれると思い、重い腰を引きずってキリアを追いかけた。
はぁはぁ言いながらなんとかロビーを抜けホテルの受付に辿り着くと、すでにキリアの姿は無く、フロントに声を掛けると、「クレア様一行のお部屋は三〇三号室になります」と言われ、たらい回しのように部屋に向かう事になった。
クレア達の部屋はよりにもよって二階で、腰を酷使しながら階段を上り、なんとか部屋に辿り着いた。キリアは既に部屋の中にいて、ノックすると中から入るよう言われた。
「クレア達は今準備をしている。俺は先に装備を整えに店へ行く、お前はクレア達の準備が出来たら一緒に来い!」
部屋へ入るや否やキリアはそう言い、再び俺を置き去りにして部屋を飛び出して行った。
アイツ、これから俺達とハントに行くんだよね? 全然協調性を感じないんですけど……
そんなキリアと違い、クレア達は出発の為に三人して洗面所に入り、鏡の前で一生懸命身支度を整えている。ただ、狭い洗面所にさすがに三人も入ったため、ギュウギュウだ。
「おい! それは私のだ!」
「今は時間が無いからいいでしょ!」
「駄目だ! それはもう少ししかない!」
「じゃあ、そっちの私のとって!」
「あ、あの~、押さないで下さい!」
なんでこれからハントに向かうのに、この三人は髪の毛整えたり化粧品を顔に塗ってんの!? 今日死ぬかもしんないんだよ! あっ! そういう事なの?
ハンターにとって効率というのは非常に大切な技術だ。それなのにこの三人は狭い洗面所にギュウギュウになって身支度を整えている。駄目じゃないこのパーティー?
「おい! 早くしろ! 俺だってまだ準備出来て無いんだぞ!」
「あぁあ! じゃあ先に行って準備しろ! 私達は準備出来たら受付に声を掛ける!」
どんだけ化粧が大切なのか、全く手を止める気配が無い!
「準備って、お前ら道具とか持って来てんのか!」
「武器と防具はある! 足りない道具は買って行くから心配するな!」
買って行くって、今現在後どれくらい掛かるのか分からない状態なのに、この後買い物する気なの!? だがこいつらがいなければ、戦闘になったとき俺が戦わなくてはならない。なんとかして連れ出さねば! ……あっ! そうだ!
「俺は緊急でギルドから要請されたから、必要な武器や道具は無料で貰えるんだぞ! 今俺と来れば、好きな物貰えるぞ!」
これなら……
「私もう準備終わったから一緒に行く!」
マリア早っ! 寝ぐせ直ってないけどもう行くの!?
「私も準備完了です! だから私も連れて行って下さい!」
ミサキは金持ってんだろ! なんで飛びついてんの!?
「待てリーパー! 私ももう終わる! だから待ってろ!」
いやさっき、クレア先に行けって言ったよね? こいつら駄目じゃね?
「……少ししか待たんぞ!」
なんなのこいつら? 大丈夫なの?
俺の呼びかけに拍車が掛ったのか、マリアは洗面所を飛び出し荷物をまとめ出し、ミサキも同様に飛び出したかと思えば今から着替えるようで、赤い服を持ってトイレに駆け込んだ。一方のクレアもぱちゃぱちゃ音を立て化粧水を顔に付け、乱暴に髪をとかす。
――女性のもう少しは当てにならん! ややしばらく待つが、まだ三人は慌ただしく動き回る。
「荷物は帰って来てからでいいだろ!」
「だって盗まれたら困るもん!」
「そんなの受付に言っとけよ! 俺達は緊急で出るんだから、部屋くらいはこのまま確保してくれるよ!」
「でも~!」
何故女性はこんな時でも荷物の心配をするのだろうか? もしかしたらもう戻ってこれないかもしれないんだよ? めっちゃ前向き!
「とにかく早くしろ! もう俺行くぞ!」
「ちょっと待てリーパー! 今私達を置いて行ったら一生恨むぞ!」
とうとうクレアは言っちゃったよ! こいつらどんだけ強欲なんだよ!
「じゃあ早くしろ! バイオレットさんだって待たせてんだぞ!」
「それは分かっている! だからこそもう少し待て!」
だからこそって何? クレアもう言葉の選択おかしくない?
「そうだリーパー! お前、手が開いているんだろ?」
「ああ、お前らのせいでな!」
「じゃあ、私の剣でも研いでおいてくれないか?」
「殺すぞお前!」
「リーパーさん!」
今度はマリアが俺を呼ぶ。
「どうした」
「そこにある私の手帳取って!」
「…………これか?」
「そう!」
「ほら!」
「ありがとう!」
「リーパーさん」
今度はミサキ。
「何?」
「そこをどいて下さい」
「え? ああ悪い」
「すみません」
ミサキはまた洗面所へと入っていく。
「おいリーパー! まだいるか!」
「いるよ!」
「そうか! ただ呼んだだけだ!」
あっ! もう帰ろう……




