ミズガルドの希望
「現在グリッツ城近郊で、フローライトドラゴンが確認され、ミズガルドに向かっていると報告があった」
フローライトドラゴンは、鉱石に匹敵する鱗を持つ大型のトカゲなのだが、見た目からドラゴンと呼ばれる。雑食で動きは遅く、自らは戦闘を好まないと言われている。しかし繁殖期になるとオスはメスの産卵場所を確保し、それを求愛のアピールとして使用する為、特に高い城壁のある街を好む。
体長は十メートルを超え、重量も半端ない。そしてその重い体でも垂直の壁を登れる鋭い爪と、力を秘めたSクラスモンスターだ。主な生息地はプルフラム地方。
何故そんなモンスターがミズガルドに!? って言うか、何故俺達にそんな事言うの!?
「そこで君たちにも討伐に参加してもらいたい」
マジで言ってんの!?
「軍も西門へ配備され、冒険者ギルド並びに魔法学園の方へも応援を要請している」
じゃあ俺達は必要なくない? そんなに一騎当千の猛者が集まってるなら、俺達必要無くない?
「だが、国民への混乱を招く恐れがあるため、内密に行動をお願いしたい」
お願いしたいって、もう行く事決まってるの!? つーか俺達二人だけ!? 専属どう……駆除クエストのせいか!
「一つ良いですか?」
「あぁ、構わない」
キリアが動く。頼むから断る方向へ頼むよ。
「軍が動いているのなら、既に国民にはそれとなく周知されているのではないのですか?」
そりゃそうだ。軍が動いてるのに内密はおかしい。マスター嘘言ってない? 軍いれば俺達が行くと思ったの? ……必死か!
「国民には臨時の演習だと伝えてある。実際街では混乱は起きてはいない。君は通勤なのだろう? なら分かっているはずだ」
この話を持ち掛けたのは、どうやら髭のお偉いさんのようで、話に割り込んできた。
「ええ。出勤途中で小規模の隊が行進しているのを見ました」
そうなの? じゃあなんで朝言わないの? それ聞いてればなんとなく事の重大さに気付いたよ?
「軍は分隊に分け、各門から外を回り西門で合流するようにした。殿下はそれほど民を気にかけている」
それはどうでもいいよ! 王様自慢は後でやれ!
「君たちも知っていると思うが、現在王子を襲った獣の駆除に、大半の戦力をつぎ込んでいる。そのためハンターもそうだが、軍も冒険者も足りていない」
でしょうね。だったらすぐに兵隊戻せよ! 何やってんの髭のおっさん! つーか名を名乗れ!
「駆除を中止させ、全ての戦力を呼び戻すことは出来ないのですか?」
良いぞキリア。その調子で諦めさせろ。
「この事態は今、現地に伝えている」
今~! 対処遅くない? リリアが王様なら、おっさんぶん殴られてるよ?
「だが、駆除自体は王の勅命である以上、中止させるわけにはいかない」
いやいやいや、国のピンチだよ? ここは少しくらい泥被ろうよ王様?
「こちらでもバイオレット・エリシオは確保できたのだが、残りのハンターがCとDランクと、三名しか確保できていないんだ」
バイオレット・エリシオは、ミズガルドギルドを拠点とするSランクハンターだ。今はどうかは知らないが、当時はシルバークラウン(専属ギルドの№,2)だった。
ハント中の事故で左足を失い、黒鉄の義足をしている事から“黒蹄”の名を持つ女性ハンターだ。
「他のギルドの方はどうなっているんですか?」
そうだ忘れてた! ミズガルドにあるギルドはここだけじゃない! そうだよ、ここは三人しかいなくても他から集めればいいじゃん。
「各ギルドにも召集させて向かわせている。隠密命令が出ている以上ここには集められないのだ。だが安心したまえ、すでに第三ギルドでは四名のハンターが向かったと報告があった」
確かにその人数では無理がある。それでも持病持ちのおっさんハンターに頼む? 有名人とパーティーを組めるのはかなり惜しいが、あっ! そうだ! クレア達がギルドのホテルに泊まっている! あいつらには悪いが、頑張って……あれ? アドラとロンファンは?
「あ、あの~」
「どうしたリーパー君?」
「アドラ・メデクと、ロンファン・イル・ローエルはどうしたんですか?」
あの二人には悪いが、ここを拠点にしている以上、参加させないわけにはいかない。これは決して自分が行きたくないから言っているわけではなく、師匠として弟子には真っ当なハンターになってもらいたい親心だ。だから決して自分が行きたくないわけではない。俺だってシェ、シェオールの英雄と呼ばれる男だ。国の一大事には力を貸したい! しかし地元の事は地元の人がなんとかしないとね……
「アドラ・メデクは現在、単独でフローライトドラゴンと交戦中だ」
アドラー! お前はなんて素晴らしい弟子だ! もうすでに国の為に戦っているとは、俺も鼻が高いよ。
「ロンファン・イル・ローエルは、君の指示が無いと動けないと頑なに断っている。だから君たちを呼んだんだ」
ロンファンー! お前はなんて我儘な弟子だ! 今戦わないでいつ戦う気だよ! 俺は師匠としてがっかりだよ!
「これも陛下からの勅命である以上、このまま断り続ければライセンスの剥奪もある。リーパー君は彼女の師であると聞くが……」
くそっ! マスターめネチネチ言いやがって! まるで「君も剥奪になるよ?」みたいな顔しやがって! いいよ! こんなくそライセンスなんて要らないよ!
「しかし私達は、既に戦えるような体ではありません。仮に参加しても、足を引っ張るだけの存在になりかねませんよ?」
そうだキリア言ってやれ! 俺達はもう引退したの!
「それは分かっている。だが君たちは仮にもAランクまで行っている。直接戦わずとも、その知識と経験はこちらにとって貴重だ」
どんだけ~! どんだけ必死なんだよ! 知識と経験はこちらにとって貴重だ。知ってる? 俺山亀の時、マリアより役に立ってなかったんだよ? 何が知識と経験だ!
「しかし」
「軍や冒険者は戦闘には長けているが、モンスターの知識では圧倒的にハンターには及ばない。君たちはハンターとして、誇りは無いのかね?」
うっせーよ髭のおっさん! 誇りは無いのかね? ええありませんよ! あるのならギルドスタッフにはなっていませ~ん。
「必要な武具や道具は、現在こちらに届けて貰っている。それが届くまでバイオレット・エリシオ達と作戦を立ててくれ。彼女は今、応接室で待機している」
もう決定なの!? 最初の「君たちにお願いがある」はなんだったの!?
「ちょっと待って下さい! ここのホテルに、フウラ・ミサキとクレア・シャルパンティエという二人のAランクハンターが泊まっています!」
「馬鹿!」
キリアが咄嗟にそう言ったが、今はなりふり構ってはいられない! 例え知り合いを犠牲にしてでも、ここはギルドスタッフとしてお断りさせてもらう!
「そうか! さすがリーパー君だ! では早速その二人も加えて作戦を立ててくれ!」
「えっ!」
ええっ! なんで!? そこは「彼女たちに任せよう!」じゃないの!?
「では私は早速王へ報告し軍と合流する。そちらの方でも随時ハンターを集め、現地に向かわせてくれ」
「分かりました。ご足労ありがとう御座いました、ゴルドー将軍」
なんか勝手に話はまとまったようで、ゴルドー将軍は勝手に退出して行った。ゴルドー将軍ー! まだ行くって言ってないですけど!
「出発にはこちらで馬車を用意してある。だが防具の方もまだ届いていないから、君たちはミサキ君たちを呼んできてくれ」
ど、どうすんのこれ!?
「それと、必要な物があればギルド内の店から勝手に持って行ってもらっても構わない。こちらで用件を伝えておくから、気にせず持って行ってくれ」
うっほー! それはありがたく頂戴致します!
「しかし、まだ……」
「さぁ行ってくれ。君たちはミズガルドの希望だ」
「あ…………」
こういう所はさすがギルドマスターだよね。良いこと言ってるけど完全に脅しだよね? キリアでさえ言い返せないなんて……もう貰う物だけ貰ったらさっさと逃げてやる!
「先ずはバイオレット君と合流してくれ。アニー、彼らをバイオレット君の元へ」
「はい。ではお二人とも、私について来て下さい」
アニさんも完全にギルドマスターの味方。待ってましたと言わんばかりにドアノブに手を掛けたよ。
「どうしました? お時間が惜しいので、お早くお願い致します」
「……はい」
もう行くしかない!
強引なお願いにキリアも諦めたのか、俺達は二人してため息を付いて準備に向かった。




