ギルドオーダー
「あ~! もう着いちゃいましたね~?」
すっかり変わった街並みに、今どこにいるのか分からない俺に、ロンファンが残念そうに声を上げた。
大通りに面したモダンなレンガ造りの三階建ての大きな建物。そこにギルドの赤とミズガルドの青の垂れ幕が掛かり、玄関前の花壇が高級感を醸し出している。
ガラス張りの光沢のある茶色の大きな正面扉と、大きな窓ガラスからは賑わうギルド内が良く見え、清潔感溢れる店内はまるでお洒落なレストランにすら感じる。
俺が知っていたミズガルドのギルドは建物こそ同じだが、こんなに大きな窓ガラスは無く、もっと暗く泥臭い雰囲気があった。
しかし今、目にしているギルドは、汚い格好で入ったら追い出されそうな“店”だ!
どんどん近代化する都会では、より綺麗に、且つ美しくが求められている。それに合わせて、ミズガルドもこうなったのだろう。アルカナにも負けないくらい嫌味だ! シェオールのギルドが芋臭いじゃないか!
「随分変わったな~……いつ直したんだ?」
「確か~……去年~?……分かりません!」
「そ、そうか……」
まぁ、ロンファンに訊いても駄目だろうとは思ってた。それでも、キチンと俺を指定のギルドまで案内してくれた事には感謝だ。
広いミズガルド市内には三つのハンターギルドがある。ロンファンの事だから、慣れ親しんだギルドでしか依頼は受けない事は分かっていた。それでも、もしかしたら? という疑念はあった。疑ってごめん、ロンファン!
「でも助かったよ。ロンファンは仕事してくのか?」
「いえ~。私は~、師匠の匂いがしたから~、探しただけで~、師匠なら~、絶対に~、ギルドに行くと~、思ってましたから~」
そうなの!? 確かにロンファンは熊並みに鼻が良いのは知ってたけど、これだけの人がいる都会で俺の臭いを嗅ぎ分けれるなんて……怖いわ!
「そ、そうか……」
「はい~。でも~私~、今日は師匠がいるから~、ギルドに~、入ろう~かな~って……」
この口振り、もしかしてロンファンは、今まで一人でギルドに入れなかったの!?
「な、なぁロンファン?」
「はい~?」
「最後に仕事したの、いつ?」
「確か~……ひと月くらい~、前です~」
「それって、誰とした?」
「アドラです~」
アドラ会社興したの最近じゃん! っていうか、ロンファンはこの先どうやって食っていく気だったんだ!? チョー心配!
「ロっ、ロンファン?」
「はい~?」
「今、貯金はいくらあるんだ?」
「十、五……? ……十三万ゴールドくらいです~」
「そ、そうか」
良かった~! ロンファンが無駄遣いしない子で。
親元を引き離しミズガルドに連れて来たは良いが、一人では特定のエリアからは出られないロンファンを正直心配していた。
アドラがいるから大丈夫だとタカを括っていたが、もうそのアドラがいなくなったロンファンは、ギルドにすら一人で入る事を恐れている。しかし貯金がそれだけあるならしばらくは安心だ。
「なぁロンファン?」
「はい~?」
「実家には帰ってるのか?」
「はい~。この間~、アドラが~、一緒に~、来てくれたから~、帰りました~」
絶対アドラはロンファンを実家に帰す気だった! それなのに、なんでここにいるの!?
「そ、その時、なんでコスタに帰ろうと思わなかったんだ?」
「え~? だって~、そしたら~、アドラも~師匠も~、もう~、会えなくなるじゃないですか~?」
そんなことは無い! 確かにコスタに行くようなことは無いかもしれないが、俺だって一応師匠。そのうち会いに行っていたはずだ!
「ロッ……」
「?」
実家に帰った方が良い! と言いそうになったが、ロンファンがどれだけ寂しかったのかという想いが脳裏をよぎり、言えなかった。最悪の場合シェオールに連れて行くしかない。
「まぁとにかく。ロンファンも一緒に入ろう。俺がいるからさ」
「はい~!」
なんだかそんなロンファンが可哀想になり、手続きが終わったら一緒に食事でもしようかと思い、誘った。
ロンファンは元気よく返事をすると、ささっと俺の手を勝手に握った。
これは心細さなど不安を感じたとき、ロンファンが見せる癖だった。久しぶりの事だったが、手を握られたときそうだったなと思いだした。
金色のドアノブを掴み、曇り一つないギルドの扉を開くと、一面真っ赤な絨毯に二階まで吹き抜けの白い壁紙が際立った。天井には大きなシャンデリアが三つもあり、木材の爽やかな香りがより高級感を漂わせた。
来店している客は無骨なハンターもいるが、併設のレストランや薬屋、防具店などがあり、そこを訪れている一般客はどれもお洒落な服装をしていた。
その光景に、本当にここがギルドなのかと思うほどだった。
しかし、あまりの変わりように驚く俺に対し、慣れたはずのロンファンは俺の背中に隠れるように張り付く。それも手を握っているのをお構いなしでだ。これじゃあまるで、捕まえられた犯人だ!
それでも、怯えるようなロンファンには逆らえず、そのまま受付へと進んだ。
ミズガルドの受付は、ハンター用の受注カウンター二つと、ノンライセンス用の受付が一つある。カウンターは艶のある木材で作られ、バーカウンターのような上品な物だ!
シェオールのギルドの受付なんて、埃をかぶったような色あせた物なのに、なんて贅沢な仕上がりだろう。羨ましくなる!
それに、受付には数人並んで自分の番を待っている! 当時はその待ち時間が鬱陶しく、空くまで椅子に腰かけて待っていたが、ギルドスタッフとなった今の俺には、逆にその待ち時間が出来るほど忙しい受付が羨ましい!
そんな事を思いながら、リリアに言われた通り、ロンファンを連れたままノンライセンスの受付に並んだ。
ノンライセンスの受付は混んではいなく、受付をしている若者が終わると、すぐに順番が回って来た。
「よ、よう。久しぶり」
「ようこそミズガルドギルドへ! リーパー様、ロンファン様。お久しぶりです」
受付にいたのは、顔見知りのアイという女性スタッフと、初顔の女性スタッフだった。アイには当時それなりに親しく話し掛けていた。
それでも、ロンファンは全く話し掛ける事は無く、声を掛けられるとさらに後ろに隠れたのを見て、全然馴染んでいないことが分かった。本当に大丈夫なのこの子!?
「シェオールから来たんだけど……」
「はい、伺っております。必要書類を提出して下さい」
「はい」
中身は見ていないが、出発前リリアに渡された封筒を渡した。
「では、あちらの席でお待ちください」
そう言うとアイは、隣に座る女性スタッフにお願いして、奥の部屋に向かわせた。
アイは、と言うより、ミズガルドのギルドスタッフは、皆綺麗な敬語を使う。アルカナの場合は、多少仲良くなると平然とため口を使ってくる。俺はどちらかと言えばため口の方が気が楽なのだが、ミズガルドに住む人々は、とにかくお堅い。全ての人がそうでは無いのだが、ミズガルドと言えば学者、と言われるほどお堅いイメージがあった。
当然そのイメージの通り、ミズガルドのスタッフは決してため口など聞いてこなかった。今も俺に対して様を付けて呼んだ事から、スタッフとしてではなく、ハンターとして接したのだろう。ロンファンがなかなか馴染めないのも、仕方が無いのかもしれない。
待合ソファーに座りしばらくすると、一人の男性スタッフがやって来た。
それに気付いたロンファンはさらに小さく縮こまり、俺の背中とソファーの間に顔を突っ込んだ。
「シェオールギルドから研修に来られた、リーパーさんですね?」
「は、はい……」
上げ過ぎではないかと思うほど高い位置のベルト。そこにインされピンっと張られたシワ一つない真っ白なワイシャツ。埃一つない黒のベストの左胸に輝く、天秤が描かれた職責スタッフの金色のバッジ。苦しくないのかと思うほど絞められた青いネクタイ。モデルのように伸びた背筋。青みがかる髪を綺麗に七三に分け、四角い黒ぶち眼鏡を、白い手袋をはめた手の中指を使い、鼻筋で直す。ギルドスタッフの神様が出て来た!
「私は、モンスターハンター協会、ミズガルド本部、ミズガルドギルド、ギルドオーダーを任されている、アニー・ウォールというものです。以後よろしくお願い致します」
「ど、どうも……シェオールギルドから来た、リーパー・アルバインというものです。よ、よろしくお願い致します」
両手を体の横に付け、軽く頭を下げ、キレのあるお辞儀を見せたアニー・ウォールに度肝を抜かれ、失礼のないよう立ち上がり、お辞儀をして挨拶をした。
ギルドオーダーとは、職責スタッフの一つで、主にギルド内の規律を管理しているらしく、ほとんど接客はしないらしい。だから今まで、こんな凄いスタッフがミズガルドのギルドにいるとは知らなかった。
ちなみに、スタッフの少ないシェオールのギルドでは、役職はついていないが、ヒーがこれを担当しているらしい。
他にもギルドマネージャー、ギルドキーパー、ギルドワーカーなど色々いるのだが、残念ながらヒーの説明を聞いても、全くその役割は覚えられなかった。
「では、お部屋にご案内致します。ご説明はそちらで行いますので、ご同行願えますか?」
「あ、はい……」
言葉遣い、仕草、服装。どれをとっても一級品のスタッフだ。しかし、この人と一緒に仕事すんの嫌だな……
「あっ!」
早速部屋に向かおうとすると、ロンファンが珍しくキレのある声を出した。
振り向くと、ソファーの上で亀のように丸くなっていたロンファンが、助けを求めるように俺に向かって手を伸ばしていた。この子どんだけ!?
それを見たアニーさんが言う。
「どう致しました? ……なるほど。では、ロンファン様もご一緒願えますか?」
「えっ! 良いんですか?」
「はい。お部屋には、リーパーさんお一人だけのご案内になりますが、いつもお世話になっておりますロンファン様には、本日は特別に、応接室にてお待ち頂きたく願います。ご同伴、願えますか?」
気遣い! アニーさん、いや、アニさん! あんた本当にギルドスタッフの鏡だよ!
足を交差させ、左腕を腰に回し、右腕を胸に当て、ロンファンに優雅にお辞儀するアニさんは、キモいけどカッコ良かった!
しかし、逆にそれがロンファンの警戒心を高めたようで、物凄い速さで俺を盾に隠れた。そりゃそうだよね。俺が女性なら、気持ちわるっ! って絶対思うもん。
「ロンファン、折角だから、待合室で待っててくれるか?」
そう言うと、ロンファンは目を泳がせ、口をモニョモニョさせた。だが、
「分かりました~。でもでも~、すぐに戻ってきてくださいよ~師匠~」と、渋々ながらすぐに言う事を聞いてくれた。
ロンファンが同行を承諾すると、アニさんは爽やかな笑顔を見せ、カウンター横にある扉へと案内した。
この扉はスタッフ専用のもので、関係者以外立ち入り禁止だ。
そんな特別な扉の向こう、サンクチュアリへ行ける事に、心が躍った。
しかしアニさんは、期待に胸膨らませる俺などお構いなしに普通に開け、「どうぞ」と招いた。
さすが神様。こんなものは自宅のトイレと変わらないらしい。
扉の先は廊下となっており、左側は窓となっていて、賑わう町の景色が都会を感じさせた。右手側にはいくつかの扉があり、それぞれに、スタッフルームやスタッフオフィスなどのネームプレートが付けられていた。
白い壁紙に茶色の巾木がとても映え、ワックスで艶のある廊下に感動を覚え進むと、リセプションオフィス、のプレートが張られた部屋の前で、アニさんは足を止めた。
「こちらが応接室になります。ロンファン様は、こちらでお待ち頂きたく存じます」
「えっ! ……分かりました~……」
ずっと俺のベストの裾を掴んで付いてきたロンファンが、残念そうに言う。
気持ちは分からんでもない。研修生として来ているからそうでもないが、これがもしハンターとしてだったら、チョー不安になる。まぁでも、こうでもしなければ、ロンファンはずっとトイレにでも閉じこもっていただろう……それって超迷惑じゃね?
応接室に預けたロンファンに着替えのシャツを渡し、アニさんの案内の下、部屋へと向かった。
ロンファンは鼻が良いため、心許した人の匂いが付いた物を渡しておけば、大人しく出来る子だった。