説教!?
「だからうちでは、次の日にもう一度チェックするんですよ。一日置くと、その日は気付かなかったミスとかに気付くんですよ」
「へぇ~、そうなんだ。しっかりしてるな……」
「あぁ。カミラルのギルドは信用が置けるな」
待機を続けてしばらく経つが、一向にアニさんが戻ってくる気配は無い。暇を持て余した俺達は仕事中という事もあり、本日の研修内容でもある受付書類の話をして時間を潰していた。
「アリアも書類のチェックとかするの?」
「はい。たまにですけど」
「凄いなアリア。じゃあもう受付とかは出来るんじゃないのか?」
「いえ。まだ自信無いですよ。いつもお母さんやお姉ちゃんと一緒に受付してますけど、一人じゃまだ無理ですよ」
親族の多い職場ならではだ。
「リーパーさんたちだって、書類のチェックくらいやらせてもらえないんですか?」
「無理だよ。うちはスタッフの数だって少ないから、信用無い俺にはやれって言わないもん」
俺達のような普通の社会人では、なかなか先輩の仕事に手を出すことが出来ない。自分からやりたいと言っても良いが、もしリリアにそんな事を言えば、「貴方にはまず、覚える仕事があるでしょう?」的な事を言われるだろう。
「キリアさんもそうなんですか?」
「あぁ。アルカナはスタッフの数が多いからな。決められたこと以外をすることは許されん」
そんな事は無いと思うけど……まぁ、大きなギルドなら派閥とかあるし、下手にやる気を見せれば生意気だと思われかねないのだろう。
「やっぱり都会のギルドは違いますね。カミラルは小さいから、全ての仕事を覚えないといけないんですよ」
「あ~、それ分かる。うちもスタッフは三人しかいないから、どうしてもやらないといけないもんね」
人が少なければ仕事量も増える。覚えることだらけで大変だが、シェオールに居ればギルドの仕事のほとんどを覚えられる利点がある。
「三人!? リーパーさんのとこ、三人しかいないんですか!?」
つい口が滑った。しかしそんなに驚くほどの数なのか?
「まぁ、まぁ……でも全部合わせれば七人いるし、一人はウェイトレスしてるから、ヘルプにはいつでも入れるよ」
「そうなんですか。私びっくりしましたよ。まさかたった三人だけしかいないギルドかと思っちゃいました」
「まさか~」
俺の言い方も悪かった。危うくシェオールのギルドはボロボロの掘立小屋かと思われるところだった。
「シェオールのギルドには、ヒーさんとリリアさんの上級スタッフが二人もいるからな。三人でもリーパー一人くらいの面倒は見れるんだろう」
「お前、ヒーとリリアを知ってんのか!?」
さすがはライバル。まさかシェオールギルドのスタッフの事まで知っているとは……しかし、リーパー一人くらい面倒は見れるは余計だ!
「あぁ。何度かシェオールでもハントしているからな」
「そうなのか? お前、真面目だな?」
ハンターとしてではなく、ライバルとして俺の故郷を調べているキリアを真面目な奴だと思った。
「ま、まぁな……」
褒めたのが引っ掛かったのか、何故かキリアは言葉を詰まらせた。
アリアもキリアが言葉を詰まらせたことに不思議がり、一瞬の間が出来た。その間を置いてキリアが俺を呼ぶ。
「おい」
「どうした?」
「その~……ヒーさんとリリアさんは元気か?」
「え? ……ああ、元気だよ?」
「そ、そうか……」
何? キリアもしかしてシェオールのギルドで何かやらかしたの? リリア達の口からキリアの名前聞いた事ないけど?
「お前、シェオールのギルドで、何……」
そこまで言い掛けると、アニさんが戻ってきた。俺達は雑談を止め、すぐにでも講習が始まって良いよう構えた。
しかしアニさんは講習を始めるどころか、何故か俺とキリアを呼んだ。
「リーパーさん、キリアさん。申し訳ありませんが、私と一緒にマスタールームの方へお越し頂けますか?」
「えっ!」
突然の申し出に、思わず声を零してしまった。
まさか昨日の喧嘩がバレた!? 俺達クビじゃないよね!?
この緊急の呼び出しに戸惑っていると、覚悟は出来ていたのか、キリアは立ち上がり俺に行くぞと顎で合図した。
この歳で喧嘩が原因で説教!? キリアは颯爽と旅立とうとしているけど、やってることは子供と変わんないんだよ? 勘弁してよ~。
それでもここまで来て逃げれるはずも無く、諦めて説教を受ける為アニさんについて行くことにした。
マスタールームへはオフィスを抜けて向かうため、俺達はオフィスに足を踏み入れた。
オフィス内は今朝の件もあり慌ただしさがある。昨日はデスクに向かって作業する先輩が多かったが、今日は立ち上がり動き回る先輩の方が多い。その繁忙ぶりに、まさかこの騒ぎは昨日の俺達の喧嘩のせい? と思ってしまった。そう思うと、先輩たちの背中から俺達を刺すようなオーラが出ている気さえする。
そんな忙しいオフィスに目もくれずアニさんはマスタールームへと向かうと、軽くネクタイを直しノックした。
いよいよ説教の始まりだ。この扉を潜れば、次にここを出るときにはみっともないおっさんになっている。いや、既に喧嘩で怒られることが確定している以上、俺達はみっともないおっさんだ。つまりここを出るときには、俺達は惨めなおっさんにパワーアップする事になる。……パワーアップって何! パワーダウンじゃないの!?
いっそギルドマスターの前へ出たとき、すぐさま土下座した方がパワーダウンは防げるような気がし、ギルドマスターに、「君たち。何故呼ばれたのか分かるかね?」と言われたら、空かさず土下座しようと思った。
中から、「どうぞ」という声が聞こえると、「アニー・ウォール入ります」と声を掛け、アニさんは扉を開き中へ入った。それに続いて俺達も入る。
アニさんは部屋に入るとギルドマスターに頭を下げ、それに続くキリアも同じように頭を下げた。
どうやらこれは、お偉いさんへ面会するときの儀式なのだと思い、俺も真似て軽く会釈した。
マスタールームは赤い絨毯に高級そうな家具が並び、ギルドマスターの机は俺でも高いのが分かる。白い部屋壁も綺麗で、ただの茶色い窓枠さえ高価に見えた。
同じマスタールームなのに、シェオールのマスタールームとは全く格が違う。いくらニルが毎日部屋ではぁはぁ言いながら紙を無駄遣いしているとはいえ、ここまで差があるものなのか!? 匂いすら気品がある!
しかしそんな豪華な部屋よりも、ギルドマスターと秘書的な職責スタッフの他にいた、腕章をたくさんつけ、三人の取り巻きを付けた将軍みたいな人に驚いた。
何処のどなたか知りませんが、立派な白髭を蓄え、装飾用のほっそい剣を携えて、とても威厳が有られる。
何!? 俺達の喧嘩ってそんなに重罪なの!? これもう極刑なんじゃないの!?
もう切り札の土下座を出すしかない! そんな空気の中でもキリアは堂々と胸を張っておられる。恐らくキリアは、死する最後の時まで誇りをこの胸タイプなのだろう。俺は違うからね!
アニさんでさえ緊張しているのか、表情が硬く見える。そんな中、どのタイミングで土下座をすれば良いのか機を窺っていると、遂にギルドマスターが口を開いた。
「研修中にすまないね。君たちを呼んだのは……」
来た! 俺達を呼んだ理由を言った瞬間が好機だ! 言ってすぐに土下座では、まるで初めから分かっていたのに今まで知らん顔していたみたいでマズイ。ここは一瞬驚いたような表情を見せてから苦虫を噛み潰したような顔を見せて、申し訳なさそうに土下座するのがベストだ! この刹那のタイミングを逃せば終わりだ!
一瞬のずれも許されない緻密な作戦に鼓動が高鳴る中、遂にその時が来た。
「二人に、Aランクハンターとしてお願いしたい事がある」
「え?」
今回の話で、基本的にリーパーは馬鹿だと気付きました。おっさんのパワーアップかダウンかはどうでもいいです。
いよいよここからいつものパターンに入ります。ですが、今回もここからが長い! 無駄話のオンパレードにご期待ください。




