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ケツ神様

 研修四日目。


 今日も朝から天気が良く、カーテンの隙間から差し込む朝日で目を覚ました。街行く人々も朝の心地良い騒音を奏で、歌う雀の声音が平和を物語っている。

 昨日の夕食で受けた苦痛も、この素晴らしい朝の前では割り込む隙も無かった。


 腰の方もランケイさんの治療のお陰で大分良い。魔法治療は寿命という代償を払うだけあって、湿布の効果と合わせて絶大だ。


 昨日の不運をチャラにするかのような素晴らしい朝に、早速着替えて食堂へ向う事にした。その際、ヒーから貰ったペンダントはつけるかどうか迷った。ギルドの契約では、不必要な物を身に付ける事は禁止されている。だが、愛しの恋人からの贈り物という事もあり、服の下なら分からないだろうと有難くぶら下げさせてもらった。


 お洒落でペンダントなどした事の無い俺には、それを身に着けると温かいものを感じ、ヒーと繋がっている気がした。


 今日は何か良い事がする予感を感じながら食堂に向かうと、今日は珍しくアリアが先に来ていた。


「おはようアリア」

「おはようございます」

「今日は早いね?」

「はい。昨日マリアちゃんと食事をしてから、なんか調子が良くって。昨日は本当にありがとう御座いました」

「そう? そう言ってもらえると有難いよ」


 アリアとマリアは、昨日だけで随分仲良くなったようで、研修のストレスを解放できたのであろうアリアは朝から元気だ。


「マリアとは仲良くなれた?」

「はい。昨日はマリアちゃんにお願いして、ユヌ・ランコートを買っておいて貰える約束もしました」

「ユヌ? ……ああ、香水ね」

「はい」

 

 同年代の二人は好みまで同じのようで、気が合うようだ。


「なかなか手に入れるのは難しいですけど、マリアちゃん今日はエルサーレで買うって張り切ってました」

「へ、へぇ~」


 あれだけ混んでいる店で買おうなんて、女性っていうのは相当根性がある生き物らしい。俺なら諦める! 大体香水なんて物は男には必要ない気がする……あれ?


「その香水ってさ、なんの匂いがするの?」


 もし俺でも調合できる成分なら、買わなくても素材だけ集めて作ることが出来るかもしれない。そうすれば帰ってからヒーに作ってあげることが出来る。なんたって俺は調合師の資格持っているんだし。


「ブルーアンビシャスです」


 ブルーアンビシャス? 


「へ、へぇ~……」


 あ、俺には無理だ。ブルーアンビシャスが分からん。


「とっても甘い香りがするんですけど、レモンの爽やかな香りもするんですよ。それに気持ちをリラックスさせる効果もあるみたいで、動物にも好まれるらしいんですよ!」

「そうなんだ」


 全然分からん。甘いのに爽やかとか想像出来ん。ただ、リラックスさせる効果と動物に好まれる匂いから、あの時ロンファンが人ごみをかき分けて俺に近づけた理由が何となく理解出来た。


「それになんと言っても、やっぱり運命の人に出会えるっていうのが良いですよね!」


 やっぱりそこなんだ。匂いとかリラックスより、やっぱりそこなんだ。そんな謳い文句を付ければ、ウンコだって売れるんじゃないの?


「私みたいな田舎暮らしでも、もしかしたらユヌ・ランコートを付ければ運命の人に出会えるかもしれないんですよ!」


 アリア朝からテンション高っ!


「知ってますか、運命の人に出会える確率って?」

「い、いや」

「この世界には……」


 香水でテンションが上がったアリアは、その後食事が終わるまでずっと喋り続けた。


 やっとアリアから解放された俺はいつものように自室で時間を潰すと、今日もオフィスの前で喧噪を眺めながら始業の時を待った。今日はキリアもまだ来ておらず、とても快適な朝のひと時を過ごすことが出来る。しかし今日は珍しく、いつもより早く数名の先輩スタッフが出勤してきてオフィスに入って行った。


 一人二人ならまだしも、さすがに憲兵のお偉いさんまでオフィスに入るのを見て、何かあったのだろうか? と思っていると、アニさんが出勤して来た。


「おはよう御座います」

「おはよう御座います。今日も早いですねリーパーさん」

「いえ。それより、何かあったんですか?」


 普段と変わらず落ち着いているアニさんだったが、この時間の出勤はただ事とは思えない。


「はい。ただ、まだ確認中なので、リーパーさんはお気になさらないで下さい」


 お気になさらないで下さいって、それは無理じゃない? 完全にトラブルだよね? 


「分かりました」


 本心を言えばめちゃめちゃ聞きたい。しかし所詮は研修生。俺に言ったところで何かが変わるはずもないし、下手をすれば変な噂を立ててしまう可能性がある。そう思い、というか、あんな言われ方をしたらもう聞けないよね?


「では、私は失礼します。リーパーさんはまだお時間がありますので、ごゆっくり仕事への集中力を高めて下さい」

「はい」


 最後にもっと気を引き締めろ的な事を言われたが、アニさんはそう言うとオフィスの中へと入って行った。

 何やら不穏な雰囲気に、今日の研修は大丈夫だろうか……本当は休みにならないかな~なんて思っていると、キリアとアリアが一緒にやって来た。


「おう。おはよう」

「おはようございます」

「あぁ」


 またこいつはおはようございますが言えない! あぁって何? おはようございますの略? おはようございますに“あ”なんて一言も入らないよ。


「おい! おはようは!」

「……おはよう」


 今日は渋々ながらもちゃんと挨拶出来たようで、少しは成長したようだ。


「今日は何かあったんですか?」

「え? ……あぁ」


 もう俺達のやり取りには慣れたのか、アリアはあっさりスルーして話題を振った。これはこれで大人として恥ずかしい。

 

「なんか分かんないけど、今日はもう仕事始めてるみたい」

「そうなんですか。何ですかね?」


 アリアのそうなんですかを聞いて、今の自分の答え方はまるでアドラのようだと気付いた。そのせいか、埒が明かないと思ったのか、アリアはキリアに助けを求めるように訊いた。今日の俺、絶不調?


「さぁな。どうせ駆除の方に成果が出ないから、また勅命でも降りたんだろう」

「あ~、そういう事ですか」

 

 キリアだって分からないのに、アリアはつじつまが合うような推測に納得している。俺だって少し時間貰えればそれくらい予想できたよ。俺多分、昨日のショックが尾を引いているんだと思う。だって今日は清々しい朝だよ? 不調のわけないじゃん!


「じゃあ今日は、見学はなさそうですね?」

「それはアニーさんが判断する事だ。俺達が決める事じゃない」


 キリアって結構厳しいこと言うよね。アリアは冗談で言ってるのに、何真面目に答えてんの?


「そうでした。すみません」


 注意され謝るアリアだが、頭に手を当て、てへっと可愛らしい仕草を見せた。


 あ~れれ? いつもならしょんぼりするのに今日はどうしたの!? もしかして、昨日の夕食だけで仲良くなったの!? 俺は誰とも仲良くなってないのに!


 それを証明するように、キリアが笑みを見せて応える。


「気にするな。分かってる」


 おんのれ~! 何仲良くなってんだよ! 羨ましいじゃねぇか!


 一体昨日の夕食で何が起こったのか。確か俺もその席には同伴していたはずだが、全く理解できない! 絆とはほんの少しのきっかけでできるというが、一体何が!? ……マリアか! マリアは人と人とを結ぶ才能でもあるのかもしれない。あの子は無邪気で愛想も良い。きっとマリアが間に入る事で二人は仲良くなれたのだろう…………なら俺も入れてよ!


「キリアさんも駆除に参加した方が良いんじゃないですか~? そしたらミズガルドの王様とお知合いになれるかもしれませんよ~?」


 アリアの口調がとても親密だ! まるで憧れの先輩に好意を抱く後輩だ! 


「興味は無い。今はギルドスタッフだからな」


 キリアがカッコいい! まるで学園一のイケメンパイセンに見える! 


「じゃあ、キリアさんがまだハンターやってたら、参加してました~?」

「さぁな。それは分からん」


 何? この二人付き合ってんじゃないよね? 昨日はキリアは別荘に帰ったし、アリアは俺達と一緒に戻って来たよね? そんな関係になれる隙なんて無かったよね?


「え~? 本当は真っ先に参加してたんじゃないですか~?」

「ふっ。どうだかな」


 鼻で笑ったよ! この二人絶対付き合ってるよね? 朝だって一緒に来たもんね? ……まさか!? 信じんぞ! 俺は信じんぞ!


「また~そんなこと言って。キリアさんって……」


 爽やかな朝。穏やかな日差し。小鳥たちが元気に歌い、今日という日が平和である事を物語る。昨日の腰の痛みも引き、眠気も気怠さも感じない。今まで生きて来た経験上、今日の俺は調子が良いはずだった。なのになぜ神様は俺を祝福しない! 俺の神様はケツを拭いた後のケツ神様なのか!


 打ち解け合った二人が楽しく雑談する横で、神様を恨んだ。


 ミサキの名前が覚えられません! ミサキ・フウラ? フウラ・ミサキ? 後クレアの苗字も覚えておりません! シャルパテシエ? シャルパンティエ? キリアはギリギリ覚えています。ラインハルト。レオンハルト? 一回一回読み直すの面倒臭い! もう間違えていても気にしないで下さい。もともとリーパー目線で進む物語なので、間違えているのはリーパーがそう覚えているからです。

ちなみにロンファンは、ロンファンが人間社会に使う名で、イルが獣人の名で、ローエルが母方の姓です。なので故郷ではイルちゃんです。

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