良い人
ランケイさんに簡易だが魔法による治療を施してもらい、腰の痛みは大分和らいだ。だが受付まで歩くのには大分苦労した。それでも受付でマリア達の顔を見たときはその苦労が報われた気がした。
自分ではそれほどとは思っていなかったが、二人の顔を見た瞬間なんだかホッとした。たった三日だが、どうやらホームシックに罹っていたらしい。心の緊張が取れた気がした。
「どうした? また腰でもやったのか?」
「まぁ、そんなところ……」
顔を見たクレアは、俺がよちよち歩くのを見てそう聞いた。そんな普段と変わらない言葉が毒気を抜いてくれる。ただ、クレアがシェオールでは見た事の無い今どきの服装に、ちょっぴり色気を感じた。
「また? リーパーさん、やっぱりちゃんと治療した方が良いよ?」
「腰はもうこれ以上治らないよ。後は筋肉付けるしかないって言ったろ」
マリアもボーイッシュな服装で、大人っぽさを感じた。
「だってリーパーさん、筋トレするにも、腰に負担掛けたらダメだって言ってなかったっけ?」
「そうだっけ? そんな事言ったかな~?」
マリアは本当に記憶力が良い。本当に困っちゃう……
「それより、二人ともどうした? わざわざミズガルドまで来て、観光か?」
「違うよ。はいこれ。ヒーさんから預かって来たの」
そう言うとマリアは、ヒーからだという手紙を出した。
「手紙?」
「そう。あとこれも」
再びポケットに手を入れたマリアは、小さな雫の形をした物を手渡してきた。
「なんだこれ?」
持ち上げると小さな鎖が垂れ、それがペンダントだと分かった。
「ヒーが寂しがっていたぞ。だから私達が観光ついでに届けに来た」
「寂しがってるってまだ三日目だぞ? ……ってあれ? 今来たって事は、お前ら今朝来たんだろ?」
「そうだ」
「じゃあまだ二日で寂しがってたのか?」
「まぁ、そういう事になるな」
ヒーってどんだけ俺に首ったけなんだよ! 恋する乙女って歳は関係無いの?
「リーパーさんは寂しくなかったの?」
「俺もう二十七だぞ? 五日ぐらいは平気だよ」
本当は嘘です~。初日からホームシックになってました~。
「あ~! ヒーさんに言ってやろう」
「余計な事は言わなくていいの!」
「は~い」
二人のお陰で、とても落ち着くことが出来た。本当に良いタイミングで来てくれた。
「そう言えば、来たのは二人だけか?」
クレアとマリアは、それほど仲が良いというイメージは無かった。もしかしたらマリアがハンターになった事で、二人の関係は良くなったのかもしれないが、それでも二人きりで観光に行くほどになったとは思えなかった。
「フーちゃんも一緒だよ」
マリアは、ミサキの事をフーと呼ぶようになった。フウラ・ミサキだからフーらしい。あれ? ミサキ・フウラだっけ?
「そうなんだ。ミサキは何処にいんだ?」
「それが……」
ミサキがいない事を聞くと、マリアとクレアは顔を見合わせた。
「ミサキはここのギルドで怒られたことがあるらしく、それを根に持って中には入りたくないと言って外で待っている」
さすがブロークンギア。これだけ大きなギルドでもやらかしているらしい。
「そうなんだ……」
それにしても根に持つって、子供か!
「まぁでも、今回は観光だから、リーパーさんがいなければギルドにも寄らなかったし、いいんじゃない?」
マリア、ミサキに気を使いすぎ。
「それよりリーパー。お前が帰るのは三日後か?」
「あぁ、そうだけど?」
「いやなに。私達も帰るとき、お前に合わせようと思ってな」
「そうなのか? 別に気を使わなくてもいいんだぞ?」
クレアはいつもキツイ事を言うけれど、本当は優しい奴だという事を俺は知っている。きっと俺が寂しい思いをしていないかと心配で、一緒に帰ろうと言ってくれてるんだ。もしヒーと付き合っていなければ、惚れてしまう所だった。
「別にお前に気を使っているわけじゃない。私達が先に帰れば、ヒーがお前からの手紙を寄こせと言ってくるからな。お前が手紙を書くのを待っていたら、一緒に帰った方が早いだろ?」
前言撤回。こいつには絶対惚れない。
「ははははは。そうだな……」
「そうだ」
すぐに返事を書いて叩きつけてやりたい! こいつ絶対結婚出来ないタイプだ!
「まぁついでだか……はっ!」
楽しく談笑していると、クレアの後ろにある観葉植物の陰から、こちらを覗くロンファンと目が合った。ロンファンにその気がなくとも、俺とベタベタしている所を二人に見られるわけにはいかない! 二人にはさっさとお引き取り願おう!
「どうした?」
「い、いや。何でもない……お、俺、仕事中だったから、そろそろいいか?」
「え? そうだった。邪魔してごめんなさい」
「いや良いよ。観光楽しんでな」
「うん!」
やべぇやべぇ。こいつらに見られたら、絶対ヒーにチクられる。
「おい。ちょっと待て」
「どうしたのクレア?」
「リーパー。貴様何か隠しているな?」
「えっ!」
勘の良いクレアは何かを察知したようで、突然問い詰めだした。こいつのこういう所悪い癖!
「べ、別に何も隠してねぇよ。ただ仕事中だったのを思い出しただけだよ」
「嘘を付くなよ。何かやましい事があるんだろ?」
「べ、別にねぇよ……」
本当にやましい事など一切無い! ただロンファンの事を知られれば、こいつらは絶対勘違いする! ロンファンは健気に俺を待っているだけで、可愛い奴なんだよ!
そんな事を思いながらロンファンを一瞬見たのが悪かったのか、俺の目線に気付いたクレアが後ろを振り返り、完全にロンファンを見つけたのかしばらくそのまま動かなくなった。
「まさかロンファン・イル・ローエルか!」
「!!」
何故かクレアがロンファンのフルネームを知っていた事に驚いた。
「お前、知り合いか?」
「いや」
「じゃあなんで名前知ってんだ?」
「ミズガルドじゃ有名だからな、知っていても別段不思議な話じゃないだろ?」
「そうなの!?」
ロンファンって結構有名人だったの!? 全然知らなかった。
「お前知らなかったのか? 魔人と孤狼、その二人を従えた鬼神のいるチームを」
知らなかった~……ロンファンってそんな物凄いチームに所属していたんだ……
「貴様、なんて……」
「魔人って! もしかしてインペリアル!?」
マリアはインペリアルを知っているようで、クレアの言葉を遮るように驚きの声を上げた。
「マリア。インペリアルって知ってんのか?」
「リーパーさん知らないの!? インペリアルだよ!?」
「えっ! ま、まぁ……」
インペリアルってそんな有名な種族なの!? インペリアルだよって言われても、ただやんちゃな種族としか思わないけど……
「インペリアルって……」
「マリア、話し込むのはもう止そう。リーパーは仕事中だった」
「え? あっ、ごめん……」
ノンライセンスの受付に一般の客が来た事に気付いたクレアが、ここで話の腰を折った。クレアは意外と気配り上手で、こういう事には気が良く回る。
「あぁ、別に気にしなくてもいいよ。俺見学だしさ」
サボりというわけではないが、折角足を運んでくれたクレア達に、もう少しだけ接待してあげたかった。なのに、
「何を言っている! 貴様の仕事だろ! 貴様の仕事は私達の相手をする事じゃないだろ!」
まさかの説教! って言うか、それ自分で言っちゃうの!? 分かってるならさっさと帰れ! ここはガツンと言ってやる!
「あぁ、そうだった……すまん……」
言えるわけがない! 今こいつは客だし、何より言い返したら絶対ぶん殴られる!
「ただ、これで終わりじゃないからな。お前の仕事が終わったらロビーに来い! その時ロンファン・イル・ローエルに会わせて貰うからな! 準備しておけ!」
「…………」
チンピラじゃないよね? こいつヒーの手紙届けてくれた良い人だよね?
「仕事の邪魔をして悪かったな、頑張れよ。行くぞマリア」
「うん」
クレアって、男だったらめちゃめちゃモテたと思う……
「じゃあ仕事頑張ってね。また夕方になったら来るから。じゃあね」
「あぁ、じゃあね……」
小さく手をパクつかせたマリアは、クレアを追いかけ去って行った。
本日も夕食の約束が入った俺は、ミズガルドに来てから人気者だ。ただ、今晩は面倒臭い事になりそうだ……
クレア達が去った後は、ずっと受付の見学でその日を終えた。王様へ恩を売りたいハンター達が出払っていた為、ノンライセンスの受付に来る客しかいなく、本日の受付は閑古鳥が鳴くような状態だった。
それでも研修であるため、俺達はアニさんの声が掛かるまで見学を続けた。
ただ座って見ているだけの業務であったが、腰を痛めている俺にはかなりしんどく、正直地獄のような時間だった。




