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迷子のおっさん

 気付いた時にはもう前にいたアリアの姿は無く、慌てて人ごみの上から覗くように前方を見渡した。しかし多色の髪に、おばさま方の大きな帽子が邪魔をして全く分からない。っていうか、この雑貨屋はなんでこんなに混んでんの? お祭り騒ぎじゃねぇか!


 とにかく合流しなければと思い、人ごみをかき分け前へ進んだ。

 しばらく人の波を越えて進むとやっと抜けたのか、疎らな客しかいない薬屋の前へ出た。しかしそこにはアニさんたちの姿は無く、防具屋、魔法店、武器屋の前にもいるような気配はしなかった。


 もしかしたらまだあの中にいるのではと振り返ったが、バーゲンか誰か有名人でも来ているのかは知らないが、雑貨屋の前だけは物凄い混雑していた。


 これは困った。仕事中にまさかの迷子。早く合流しなければアニさんに怒られる。


 内心はかなりパニックを起こしていた。しかし、ハンターとしての経験がここで役に立った。

 まずこういう時は決して焦ってはならない。心の中にもやもやした嫌な感覚があるときは、先ず間違いなくパニックを起こしている。この感覚は誰しもが経験するらしいが、ほとんどの者はそれがパニックを起こしているという自覚がないらしい。俺は先輩ハンターから教わり、コントロールする術を身に付けていた。


 パニックを起こしているという自覚があるときは落ち着かせるのは当然だが、それがなかなか難しい。そんなときは無想! 習得するには長い年月を必要とするらしいが、俺は先輩の一言で一発で習得できた。その一言とは、


「お前、友達少ないだろ? じゃあ連休とかで、一日中やる事が無い時とかどう思う?」

「え? そうですね……暇すぎて死ぬ。ですかね?」

「それだよ、その感覚。天気は良いのに誰も遊び相手がいない。友達は彼女とデート。自分だけ何も無い独りぼっち。そんな感覚を思い出すんだよ」

「へ、へぇ~。そうなんですか……」


 ……くそっ! 嫌な思い出まで思い出したよ! しかし気持ちは大分落ち着いた。というか、凹むくらいの勢いだ。だがこれで冷静な判断が出来る。


 気持ちが落ち着いたのが分かると、アニさんの思考を読み、次にいる場所の推測を行った。


 アニさんは秒単位で工程を組んでいるはずだ。なら最短ルートで全ての店を回るはず。先ほどの雑貨店での滞在時間から、まだ全ての店を回る事は不可能。となると、防具屋を過ぎていてもまだ魔法店にいるはず。しかし見たところいるような気配は無い……というか、何故アニさんはわざわざあんなごった返す人ごみの中で講義したの? あれじゃあ逸れて当然だよ! 例えロンファンが声を掛けなくても逸れてたよ! これは俺だけの責任じゃないよね? いやもしかしたら、それもふまえての研修!? ヤバイよヤバイよ。


 一旦オフィスに戻るか。それとも受付で待つか。ここにいても埒が明かないと思い、行動を開始しようとした。しかし、ここでもハンター時代に学んだ経験が邪魔をする。


 山や森で逸れた場合、予め合流場所を決めておくのは常識だが、もしそれを怠り逸れた場合、もっとも効果のある合流方法はその場所を動かない事だ。

 今の俺のように、逸れた人数が多い方が捜索し、少ない方はその場で待機する。双方が探しに歩くと、効率が良いように見えて実際は悪循環になる。大抵は逸れた方が先を読み後を追い掛け、本隊の方は見失った場所に戻るからだ。


 しかし今の俺は時間を無駄に出来ない。合流する時間が延びれば伸びるほど、アニさんに怒られる可能性が上がる。出来るだけ早く、そして自分から見つけて合流しなければ、俺だけ今日の研修は無かった事になる可能性がある。それは嫌だ! それなら駆除クエストに参加していた方がマシだ!

 

 再度ロビーを見渡し探すが、状況が変化するような兆しは見えない。


 そんな状況に、もしかしてアニさんたちは俺がまだあの中にいて、探しているのではと思った。しかしあの人の群れの中に入るのは嫌だ。だがもしかしたら、人囲いの外から覗けば見つけられるかもしれない。

 そう思い、雑貨屋の周りをうろつきながら、アニさんの青い髪を探した。


 ――ひと往復して元の場所に戻って来たが、一向にアニさんたちは見つからない。それどころか時間ばかりを浪費している。

 ますます迫る説教という危機に、俺の頭はフル回転した。そして閃いた! 


 ロンファンを探す! ロンファンならもしかしたら臭いで追えるかもしれない。


 確証も無い希望を胸に、ロンファンが先ほどまでいた観賞植物へ向かった。しかし、辿り着いた場所にはロンファンの姿は無い。そんなはずは無いと鉢まで調べたが、確実にいない!

 何処へ行った! と削られていく時間に焦りを感じていると、突然肩を触られる感覚がして驚いた。振り返るとアニさんがいて、ニッコリと笑っている。今はその笑みが怖い。


「リーパーさん。さぁ戻りましょう」

「はい……」


 穏やかな口調で優しい笑顔を見せたアニさんに恐怖を覚え、大人しく連行されることにした。


 アニさんについて行くと、スタッフ専用口を通り研修室に向かい歩き始めた。

 まさかの説教? 俺のせいでアリアたちの見学中止を余儀なくされ、アニさんの講義計画を狂わした罰として説教を受けるの? もう俺二十七だよ? ……神様~!


 これから怒られるのかと憂鬱になりながら進むと、アニさんは研修室を素通りした。


 俺は一体どこに連れていかれるの!? こっちって何があるの!?


 ギルド内の地図は確かにマニュアルで見た。それでも自分には関係無い場所は覚えていない。っていうか、元から覚える気はない!


 研修室を過ぎると、アニさんはそのまま突き当りの裏口へ向かった。


 まさか!? 俺はこのまま裏口へ連れていかれ、「では、お帰り下さい」なんて言われて追い出されるの!? それは嫌だ! トイレ掃除でもなんでもしますから、それだけは勘弁して下せぇ!


 裏口から表へ出たアニさんは、俺の予想に反してそのままギルド裏の街道を進む。

 時折俺がちゃんとついて来ているか確認するようにこちらを見るアニさんだが、一切口を開かない。それが余計に俺を不安にさせた。

 しばらく街道を小さくなりながらついて行くと、アニさんは扉の前で足を止めた。


「こちらは、ミズガルドギルドに併設される、商業施設のスタッフが出入りする入り口となっています」


 てっきり怒っていると思っていたアニさんは、普段と変わらず説明を始めた。一切咎めるような素振りを見せないアニさんには驚いたが、心の奥では、「良かった~。アニさんにとってはこんなのはトラブルにも入らないんだろう。別に俺なんていなくても問題無いもんね? ああ良かった~」と、安堵した。


 …………逆にそれはそれで寂しい! ごめんなさいアニさん! 


「あ、あの~……」

「どうしました、リーパーさん?」

「先ほどは勝手に離れてしまい、申し訳ありませんでした……」


 無視されるのは怒られるより辛い! ここは処罰を受けようとも、自分から謝る!


 あまりの心細さに自ら謝罪すると、アニさんは小さく頷いた。


「いえ。私の方こそ申し訳ありませんでした。普段ならあれほど混雑はしていないため、いつもの感覚で近づきすぎてしまいました。私がもう少し配慮していれば、リーパーさんは逸れるような事はありませんでした。誠に申し訳ありませんでした」


 まさかの謝罪! アニさんは上に立つ者としては不適合じゃね? ギルドオーダークラスの役職がある人間は、所かまわずそんなに簡単に頭下げないよ? まぁ、逆にこの低姿勢がアニさんの凄味でもあるけど……


「私の不手際ですので、リーパーさんがお気になさるような事ではありません。こんな頼りない教育係ですが、今後ともよろしくお願い致します」


 誰かの名言で、自分の非を認められる者こそが真の強者。と聞いたことがあるが、アニさんを見て、この言葉の真意を知った気がした。

 恐らくこの名言は、力のある者こそ謙虚であれという意味なのだろう。


「こ、こちらこそよろしくお願いします」


 人に頭を下げられた経験が少ない俺は、咄嗟に挨拶してしまった。

 

「では参りましょう」


 俺が頭を下げると、何事も無かったようにアニさんは扉を開けた。


 あれ? 俺達って今日初めて出会ったビジネスマンじゃないよね?


 扉の中に入ると、ロッカーが狭い廊下をさらに狭くし、それをさらに狭くするように所かまわず詰まれる箱の山に驚いた。同じギルドのはずなのに汚い!

 窓の無い廊下は魔法ランプの明かりだけ。詰まれる箱はくたびれ、蓋も閉められていない。でも床だけは綺麗。

 清掃員は機能しているようだが、この荷物の山では床だけ掃除するのが精一杯のようだ。


「こちらです」


 この汚さを見ても平然としているアニさんは、もう諦めているのだろう。荷物だらけの狭い廊下を避けるように、左の廊下に進んだ。

 こちら側の廊下は窓があるお陰で明るく、無駄なものは一切置かれていない。もちろん掃除も行き届いていて美しい。


 一体あっちの廊下はなんの部署なのか疑問になったが、どんどん進むアニさんは、先ほどの件もあり声を掛けづらい。


 声を掛けるのを諦めて通過する扉はなんの部屋なのかと見ると、それぞれの扉に店名が張られていた。そこで初めて今歩いている廊下が、ギルドに併設される店の裏口だと気付いた。

 

 俺は今一般人が入ることが出来ない裏側にいる! 


 バックヤードとは程遠くとも、関係者しか入れないという空間にテンションが上がった。そんな俺を他所に、アニさんは“武器屋 よろず”と書かれた扉の前で止まり、「では、どうぞ」と言って中に入った。

 どうやら雑貨屋、魔法店、防具屋はとうに終わっているらしく、キリア達はここで待機しているようだ。俺、魔法店見たかったのに!


 自分の失態にがっかりしながら中に入ると、そこは倉庫なのか、まだ店頭に並ぶ前の武器の山に、そんな憂いは一瞬で飛んだ。

 

 大切そうに紙で包装され、デザインなどは確認できないが、形状から高そうな剣、ハンマー、槍など、手に取ってみたくなる物ばかりだ。棚に置かれる気品あふれる箱には有名ブランドのロゴが刻まれ、部屋全体に新品独特のあの透き通るような爽やかな香りが漂う。そして、倉庫独特の薄暗さがまた良い!


 戦闘を主とする職業をしていた為、今でも武器には興味があった。さすがに何年も離れていたこともあり、もういい加減飽きたと思っていたが、実際にこの山を目の当たりにすると、どうしても手に取って見たくなる! 自分の知らない魔法店の裏側には確かに興味を惹かれたが、やっぱり一番は武器屋だ!

 

 キリアとアリアも待機しながら武器を物色している。キリアも元ハンターだけあって、この空間は堪らないだろう。


 ますますテンションの上がる俺は、この宝の山の中で、アニさんからどんな武器についての講義を受けられるのかと期待した。しかし! そんな俺の期待を裏切るようにアニさんは言った。


「では、次へ移動します」


 えええ!! そりゃないっすよアニさん! 俺まだ講義受けて無いっすよ!? 講師としてキチンと講義受けさせなきゃ駄目じゃないんですか! とは言えず、自分の無能さを嘆いた。


「次は、広報部や経理部などの、営利関係の部署を見て回りましょう」


 そう言うとアニさんは、店員に「どうもお騒がせ致しました」と丁寧な挨拶をした。そしてそれが終わると無情にも、「では参りましょう」とお決まりのフレーズを放った。


 ウンコ垂れ! 


 こうして俺はとても大切な学びの時間を失い、次のどうでもいい部署の見学に向かう事になった。



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