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大都会のギルド

 高い天井に圧倒的な存在感を主張するシャンデリア。二階に掲げられる大きなクラウンハンターの肖像画は、金色の額縁により威厳のある物に見える。

 ロビーは沢山の人々で賑わい、大都会の喧騒を熱気さえ感じるほどにしていた。


 眼前の受付では、背中を見せる先輩スタッフが引っ切り無しに来るハンターへ休む暇なく対応を見せていた。

 シェオールのギルドとは全く違う繁忙ぶりに完全に飲まれてしまった俺は、とても自分がこれをこなせる自信が無かった。


 これが大規模ギルドの受付! 今まで俺がシェオールで過ごした日々は、ここでは全く役に立ちそうにない! とんでもない職業に就いちまった……

 見ている事さえ苦痛を感じ、もし転勤を命じられたら即退職願を書こうと誓った。

 

 そんな受付の後ろでしばらく見学を続けながらチラチラアニさんを見るが、まだ移動するとは言わない。こっちとしてはもう十分学んだ気もするし、この気の抜けない作業の連続にもうここから離れたい。


 アニさんの言う通り確かに言葉では学べない事は沢山ある。が、逆にたくさんあり過ぎて全く覚えられない! それでも仕事。何かしら盗まなければならない。

 そう思い、受付だけではなく、客の動きからも何か学べないかとロビーに目線を移した。

  

 ロビーは相変わらずゴミゴミしていて、客としてもなかなか来づらい。ハンター、冒険者、一般人。確かにギルドとしては利益を上げなければならないのは分かるが、ここ、ハンターギルドだよ? こんなに混んでたらロンファンでなくても足が向かないよ! 


 そんな事を思いながらもロビーを見渡していると、ハンターの数が少なくなっている事に気付いた。受付にはハンターが途切れなくやって来るが、待合ソファーに座るハンターの数が増えない。

 一時的な混雑なのかもしれないが、それでもロビー内をうろつくハンターの少なさに疑問を感じた。


「あ、あの~。一つ良いですか?」

「どうしました、リーパーさん?」

「なんかハンターが少ない気がするんですが、ミズガルドのギルドはいつも、この時間にハンターが集中するんですか?」


 俺の質問に、アニさんの表情が緩んだのが分かった。


「良い質問です。よく気が付きましたね」


 褒められた! 本当は退屈になってきて誰か知り合いはいないかと客を見ていたのに、褒められた!


「昨日から駆除クエストが始まりまして、ほとんどのハンター様がそちらに参加しているようです。その影響だと思います」


 駆除クエストとは、人を襲ったり作物を荒らす獣を駆除する仕事だ。ほとんどがモンスターとは言えないような獣の駆除になるが、ハンターの性質上こういう仕事もたまにある。ちなみに駆除クエストは、冒険者ギルドにも依頼される。そのため仲の悪い両者は、先に手柄を上げて格付けをしたいがために競うように躍起になる。それでも普段はここまで手薄になるほど参加することは無い。


「そうなんですか。でも、それにしては少ない気がしますけど、他にも何かあったんですか?」


 当時俺がミズガルドにいたときでも、三百人を超えるハンターがいた。あれから数年経ち、さらに綺麗になったミズガルドのギルドなら、もっと多くのハンターがいるはずだ。


「流石はミズガルドでもハント経験のあるリーパーさんですね。その節は誠にお世話になりました」

「あ、どうも……」


 えっ、今お礼言うの!? 礼儀正しすぎじゃね?


「実は、今回の駆除対象は、ミズガルド王の御子息様に危害を加えた野犬なんです」


 それは皆参加するよね。上手くいけば王族にコネクション作れるもんね。


「これは王室からギルドへの勅令のものでして、ハンター様方には公表しておりませんが、既に周知されているようです」

「じゃあ、もしかして今受付に来てたハンターって、全部駆除に行く人ばかりって事ですか?」

「まぁそうなりますね。中には、現在受けている依頼すらキャンセルして向かうハンター様もいるようです」


 そりゃハントどころじゃないよね。上手くいけば王室御用達のハンターになれるもん。


「それに」


 それに? 何? おまけ付きなの? 俺も参加した方が良くね?


「御子息様が襲われた際、生誕の記念に陛下から頂いたブレスレットを紛失されたようで、それを見つける事が出来れば、特別報酬が出るようになっているんですよ」


 マジか! 研修してる場合じゃないよ! 物探しで王族に恩売れるなら、ギルドスタッフなんてやってる場合じゃないよ!


「ですので、受付が混雑するのは今だけですので、しっかり勉強して下さい」

「……はい」


 そうですよね~。アニさんにとっては、俺は可愛い教え子ですもんね~。くそっ! 今日が休みなら、クビになってもいいから見つけるまでクエストしてたよ!


 そのアニさんの言葉通り、待合ソファーにいたハンターが受付を済ませると、さっきの怒涛の混雑が嘘のように去り、受付は一気に暇になった。


「どうやら、ほとんどのハンター様がクエストに向かわれてしまったようですね」


 クエストって言うか、コネを作るためにね。


「リーパーさん」

「はい」

「受付業務では、手の空いた時間さえ大切な業務になります。ここからもしっかり先輩スタッフの動きを見て、様々な事を学んで下さい」

「は、はい……」


 まだ続くんだ……暇な時間なんて特に見るとこなくない? 先輩だってそんな事言われたら息苦しんじゃない?


 すっかり慌ただしさを失った受付を見学するよう言われたが、正直そこはシェオールと何ら変わりはなかった。

 先輩たちはギルドオーダーの目があるため一切姿勢を崩すことが出来ず、無言で気を張り詰めたまま次の来客を待っている。一方の俺もアニさんの目があるため、だらけることが出来ない。


 ハンター達が姿を消したロビーは、一般客が我が物顔で行き来する。冒険者の方も“大切なお努め”があるため、ロビーからは姿を消した。

 そんなロビーで、ひと際煌びやかな衣装に身を包んだご婦人に目を奪われ、その姿を追うと、観賞植物の陰からこちらを覗くロンファンと目が合った。

 ロンファンは俺に近づくタイミングを探っているのか、目が合っても真剣な眼差しでじっと見つめるだけで、動こうとはしない。


 普段なら絶対に来ないギルドに、俺に会うために来ているロンファンの健気な姿に、こっちへおいでと手を振りたいが、今は駄目だ。恐らくロンファンは、俺が研修に来た次の日から、忠犬のように毎日ああやって俺を待っているのだろう。ごめんロンファン。今日の昼は会いに行くよ。


 そのあとはずっと、アニさんの移動の声が掛かるまでロンファンを見ていた。

 

「では、時間ですので移動します。リーパーさん、よろしいですか?」

「はい」


 こっちとしては待ってました。先輩方も早く行けオーラ出してましたし、一刻も早く移動しましょう。


「では参りましょう」


 そう言うと、アニさんはキリア達にも声を掛け、次の見学場所へと移動を開始した。


 次は一体どんな場所を見学させてくれるのだろう。俺としては店側のバックヤードを見てみたい。特にホテルなんかの。

 

 そんな俺の期待に応えるように、オフィスを出たアニさんは、ロビーへと向かった。

 

 スタッフ専用口からロビーに出ると、先ほどの受付と同じロビーなのに、全く異なった雰囲気を感じた。

 行き交う人々は俺達のすぐ横を通り、ほんの僅かの間だが、会話の内容まで聞き取れる。様々な人種、性別の臭いがし、受付のような自分だけのスペースはほとんど確保できない。シェオールではそれほど感じなかったが、ここに来て初めて、受付とは隔離された空間なのだと感じた。


「では次は、……を覗いて……しょう」


 がやがやするロビーの音で、こんなに近くにいてもアニさんの声は良く聞き取れない。それでも聞き直すのは手間。仕方が無いのでそのままついて行くことにした。


 ついて行くと、アニさんは一番手前にあった雑貨屋の前で足を止めた。


「……は、……を扱う……店です。ここでは……」


 店の前はご婦人方の買い物客で混み合い、先ほど以上にアニさんの説明が聞こえない。もう少し離れた場所から説明をしてもよさそうだが、アニさんの性格上、より臨場感のある現場を見せ講義したいのだろう。それでも、やっぱりそこは少し考えようアニさん。


 出来るだけ俺達に聞こえるよう大きな声を出し説明するアニさんだが、残念ながらほとんど聞き取れない。そのうえ客の多さから縦一列に並んだような俺達には、アニさんの姿を確認してはぐれないようにするだけで精一杯だ。ちなみに俺は、その列の最後尾。

 

 そんな中、ベストの裾をクイっと引っ張られた。振り返ると、忍び寄る強盗のように姿勢を低くしたロンファンがいた。


「ロンファン! 悪い、今は仕事中なんだ。後で声掛けに来るから、もうちょっとだけ待ってて」


 そう言うと、「え~! すぐに来てくれますか~?」とロンファンが言ったのが口の動きで分かった。

 さすがは獣人だけあって、ロンファンには俺の言葉が聞き取れたらしい。俺は全く聞き取れなかったけど。


「ああ。だからもうちょっとだけ我慢してくれ」

「はい~! じゃあ~、待ってま~す~」


 多分ロンファンはそんな事を言った。その証拠に、言い終わると一瞬にして人ごみに消えて行った。

 ロンファンにとってはこの人ゴミは相当辛い環境だっただろう。それでも俺に会いたいがために勇気を振り絞って近づいてくれた。そんなロンファンに追い払うような事を言った事と、辛い思いをしてやっと俺に近づいたのに、それを素直に受け入れ身を引いてくれたロンファンに、申し訳なさでいっぱいだった。


 そんな油断が俺をアニさんたちから逸れさせた。


最近気づきました。この物語、地味。ファンタジーなのに仕事しかしていません。そりゃ人気でないよ!

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