表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/63

贔屓

 扉を開けた瞬間、オフィス内に漂っていた静寂は、まるで濁流が流れ込んで来たかのようなロビーの騒音に襲われた。

 アニさんは直ぐにオフィスから出るよう指示すると、扉を閉めた。しかしここでもアニさん。急いで扉を閉めたが、最後は扉を気遣うようにそっと閉じた。この人は何処まで行っても気遣いを忘れない。


「では参りましょう」


 俺としては、受付から見える景色より目を奪われる扉の閉め方だった。しかしアニさんにとっては当然なのだろう。扉の閉め方より、あの仕草の後の「では参りましょう」がとてもカッコよく見え、扉の閉め方をアニさんから盗もうと思った。


 扉の先は直ぐ受付になっており、仕切りのように並ぶ受付テーブルが、賑わうロビーの客から先輩スタッフを守る盾にさえ見えた。

 隣り合う受付には仕切りがあり、扉は無いものの、一つ一つの受付のスペースは区切られている。

 

「では、アリアさんとキリアさんは、ここの第二受付から先輩方の動きを見て学んで下さい」

「はい」


 アレ、俺は? 


 アニさんのまさかの人選に、煌びやかな受付からの景色を眺めようとする目線を奪われた。


「先輩方の邪魔にならないよう、この位置に立ち、見学して下さい。研修の規則上、椅子に座って見学する事は出来ません。申し訳ありませんが、我慢して下さい」


 先輩を前にして緊張している俺達を和ませようとして言ったのだろうが、アニさん! 俺だけハブられてるけど、もしかして俺の事嫌いなの!?


「リーパーさん」

「はい!」

「リーパーさんは私と、第一受付で見学致しましょう」

「は、はい!」


 なんで、なんでなの? 別に俺もここで良くない? 


「アニーさん。一つ良いですか?」

「はい。どうしましたキリアさん」


 困惑する俺を他所に、突然キリアが声を発した。何? トイレ? こいつどんだけ空気読めないんだよ!


「何故リーパー君だけ別なのですか?」


 まさかの援護! キリアはこういう差別は嫌う。それは生まれ育った環境なのか信念なのかは分からないが、好いてもいない俺の為に立ち上がったキリアに、生まれて初めて仲間意識を感じた。


「リーパー君ばかり贔屓されるのは、私としてはとても不愉快です。明確な説明を求めます」


 お前は何処に噛み付いてんだよ! アイツは俺が可愛がられてるように見えてるの!? どういう感覚してんだ!


 表情に出るほど不満をぶちまけるキリアに対し、アニさんは申し訳なさそうに答える。


 アニさん、そんな勘違い野郎に気を使う事はありませんぜ。言わしてやったって下さい!


「私の行為がキリアさんに不快を与えてしまった事は謝ります。私としては学習効率と、皆様方研修生を管理する上で、もっとも効果が期待できる方法を取らせて頂いたのですが、誠に申し訳ありませんでした」


 そうなの!? …………まぁ確かに、そう言われてみればそうかもしれない。

 俺とキリアをくっつければ高確率で喧嘩する。かと言って俺とアリアをくっつければ無駄話を始めてしまう……っとなると、俺とアニさんのセットが一番良い。アニさんが傍に居れば、俺は退屈だろうが欠伸すら出来ない。じゃあじゃあ、キリアとアリアなら? ……キリアはアリアには話し掛けない。アリアはキリアと話したいけど、奴がそれをさせない空気を出す。…………くそっ! 俺だってあっち側の人間になりたいよ!


「ただ」


 ただ?


「私と致しましては、シェオールの英雄とまで呼ばれたリーパーさんに、何かしらの興味が無かったわけではありません」


 やっべぇ肩書貰っちまったよ! あの時の顛末知ったら、アニさん絶対絶望するよ!


「そういう想いが、無意識に出ていたのかもしれません。キリアさん、アリアさん、誠に申し訳ありませんでした」


 アニさんは再度頭を下げ、キリアとアリアに謝罪した。


 キリアやっべぇよ! ミズガルドのギルドオーダーに頭下げさせるなんて、こいつある意味神だよ! っていうか、アニさんここで頭下げんの止めて! 俺もやべぇがアリアの動揺っぷりもやべぇ!


「アニーさん、頭を上げて下さい。私はアニーさんの謝罪の言葉が欲しいわけではありません。公平な教育を受ける事が出来れば、私は問題ありませんから」


 こいつ本当に偉そうだな! たしかにキリアは正しい事を言っているかもしれないが、普通はこういう時は我慢するもんだろ! こいつのこういうとこ嫌い。っていうかアニさん、なんで正直に言っちゃうかな? 立場的に自分の方が上なんだから、「そんなことは無い」って言って威厳を使っちゃえば良いのに……まぁ、だからこそアニさんなのかもしれない……


 キリアの言葉を聞いたアニさんはすっと姿勢を正し、「ありがとう御座います」ともう一度頭を下げた。もうどっちが上司か分かんねぇ。


「では、改めまして人選の配置を行います。よろしいですか?」


 キリアの我がままにより、無駄な配置換えが行われる事になった。っと思った矢先、キリアがまさかの言葉を放った。


「いえ。ミズガルドのギルドオーダーが思案を重ね選ばれた配置なら、私は変更する意義を感じません」


 こいつマジで言ってんの!? じゃあさっきのやり取り何だったの!?


「先ほどの発言は、私の未熟さゆえの稚拙な考えから生まれたものです。研修生並びに、講師のアニーさんの大切な学びというお時間を無駄にし、誠に申し訳ありませんでした。また、ミズガルドのギルドオーダーと知りながらも、その功績に傷をつけるような無礼極まる態度を見せた事を謝罪致します。誠に申し訳ありませんでした。如何なる処罰でも受け入れる覚悟ですので、どうぞお申しつけ下さい」

 

 謝る事だけは一人前! でもお時間を無駄にしてとか言っといてどんだけ喋んだよ! 時間が惜しいよ!


「キリアさん。非は私にもありますので、ここはどうか、お互い重い頭を下げたという事で、和解と致しませんか?」


 アニさんはギルドオーダーという立場があるから当然重いが、キリアの頭は軽いよ? 一万ゴールドする兜被せないと吊り合わないよ?


 上品な提案をするアニさんを、キリアは何かを考えているのか無言で見つめる。


 キリアの性格上、こういう大人の取引は嫌うはず。きっとキリアは、またアニさんに噛みつくだろ……


「ありがとう御座います」


 ええ! 


 謝罪の時よりキレのあるお辞儀をして、感謝の意を伝えるキリアに心底怯えた。こいつはもう、俺の知っているキリアじゃない! ……あれ? それとも元からこうだったっけ?


「ありがとう御座います。では、和解の印として、握手をしましょう」

「はい」


 なんだか闇の取引を見ているような気もするが、面倒くさいやり取りは終わったようで、二人は和解の握手をした。


「では、見学の方へ戻りましょう。キリアさん、アリアさん。お二人はこちらで受付業務を見学致して下さい。リーパーさんは、私とこちらで見学致します」


 そうだった! 結局なんだかんだ言って俺だけアニさんの手元だった! あれだけ唾吐いたキリアは無罪放免なのに、俺だけギルドオーダーの監視下!? ずるく無い?


「リーパーさん。では参りましょう」

「は、はい……」


 結局俺は、アニさんと一緒に第一受付にて見学する事となった。


 別に俺はアニさんとでも問題無いけど、さっきのキリアの態度は厳重注意くらいして欲しい。普通あんな事言ったらクビだよ? アニさんだったから許してくれたけど、あり得なくない? アイツはいつも可愛がられてズルいよ! 俺だって不満は一杯あるのに!


 そんな事を思ったが、口に出すことは出来なかった。何故なら、これも仕事だから……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ