アドラに手紙を出しても読みません
お洒落な一軒家が並び、煌々と夜を照らす街灯の下を、帰宅途中のスーツ姿のオヤジたちが歩く。そんな住宅街に全く似つかわしくない汚い姿で現れた男の子は、俺達にそう訊いてきた。
俺は最初、物乞いかと思い、声を掛けられても無視するつもりだった。しかしその男の子は、見当違いの質問をして来た。
「おじさん達、アドラって人じゃないの?」
「アドラならこの人だけど?」
俺が指さすと、男の子は「はい」と言って、黒ずんだ手に持っていた手紙のような物をアドラに差し出した。アドラはそれを見て、どうすればいい? と投げかけるように俺の顔を見た。
男の子の意図が読めず返答に困っていると、ロンファンが言った。
「アドラ~。貰ってあげないの~?」
ロンファンは、子供と特定の女性は怖がらない。子供は自分より弱い生き物だからだと思うが、特定の女性に関しては良く分からない。ただ一つだけ分かっているのは、俺から見ても裏表のある女性は怖がる。
ロンファンの声と、アドラが受け取るまでじっと佇む男の子を見て、アドラに受け取れと頷いた。
アドラがそれを受け取ると、男の子は「じゃあね」とだけ言い、暗い路地へ姿を消した。
「なんだそれ?」
「多分手紙」
アドラは受け取った封筒を見せた。
黒い封筒には白線で魔法陣が描かれ、封には赤い蝋が押されていた。
「手紙? 仕事の依頼か何かか?」
「さぁ?」
さぁ? って。あんな怪しい封筒をあんな風に渡されたら、ヤバイ仕事か脅迫状しかないよね?
アドラは数回手紙を翻すと、ポケットに入れた。
「読めよ!」
「え?」
「えじゃねぇよ! お前それどうする気だったんだよ!」
アドラは一度何かを考えるように目線を下にずらし、再び俺の顔を見て、「え?」っと答えた。ヤバイはこの子。
「だから。今の手紙を今読め!」
無言で俺を見つめたアドラは、手紙を取り出し読み始めた。
アドラは意外と聞き分けが良い。というか、一応俺を師匠と認めているらしく、戦闘時以外は言う事を聞いてくれる。
街灯の光を上手く当てながら黒い便せんを黙読するアドラは、うんうんと声を出し頷いている。俺とロンファンはそれを黙って見守る。
しばらく納得するように手紙を読むアドラだったが、思わぬ事を口に出した。
「師匠。これなんて書いてあんの?」
忘れていた。アドラは文字がほとんど読めない。クエスト依頼書の必要最小限の文字ならなんとか理解できるが、出来てもそれくらいだ。ちなみにロンファンは、めちゃめちゃ読める。
「おめぇは何に頷いてたんだよ!」
さすがとしか言いようのないアドラから手紙を取り上げ、代わりに読んであげようとすると、突然手紙右隅に火が点いた。
「わぁっ! 何だこれ!」
封筒に描かれていた魔法陣は、恐らく機密書類などに使われるものだったのだろうか、証拠隠滅のために燃え始めた。
「やべぇ!」
アドラの大事な書類が消失してしまう危機に慌てふためいていると、アドラがそれを取り上げた。
しかしアドラは消すような素振りも、火を熱がるような素振りも見せず、ただじっと親指と人差し指で握ったまま手紙を見つめている。
そうこうしていると、残りの隅からも火が上がり始め、中心に向かって進み始めた。
「アドラ! 手紙が燃えちまうぞ!」
俺が声を掛けてもアドラは微動だにせず、黙って手紙を見つめる。
もしかしてアドラはこの危機的状況にインパニオン(※インペリアル)の力が覚醒し、手紙が読めるようになったのかもしれない! だから火の熱ささえ感じないくらい集中しているんだ!
手紙は勢いよく燃え始め、とうとう炎は手紙を包んでしまった。それでもアドラは熱がる素振りさえ見せず、手紙を凝視する。
いくら痛みに強いアドラを知っていても、燃え上がる手紙を持つ手は痛々しかった。
しばらくすると火は手紙を焼き尽くしたのか、消え去った。すると、アドラは平然と俺に燃えカスの手紙を渡した。
「はい」
「……はいって。俺、ゴミなんていらないんだけど……」
どういうつもり? 俺一応師匠なんだけど? お母さんじゃないよ?
「え? ゴミじゃねぇから? ちゃんと残ってるから読んで」
「はぁ?」
読んでって可愛く言われても、無理じゃない? アドラ絶対ゴミ渡す気だよね?
「じゃあ~、私が読みます~!」
ゴミを受け取る事を渋っていると、ロンファンが手紙を奪うように取った。そして、真っ黒になった……もともと真っ黒だった手紙を、声を出して読み始めた。
「明日の朝~、太陽が~昇ったら~、グリッツ城に~来るように~。ドーラルマーズより。って書いてあります~」
え? 友達? アドラには幼い友達でもいるの?
「ロンファン。本当に読んでるのか?」
「読んでますよ~師匠~」
たしかに燃えたはずの手紙は、しっかりとした紙の音を出している。それでも燃えた手紙だ、ロンファンがふざけているのではないかと、手紙を渡すよう手を出した。
「はい~どうぞ~」
ロンファンは両手で手紙を持ち、名刺のように差し出した。何故かロンファンはえらく上機嫌だ。
手紙を受け取ると、燃えたはずの手紙は、右隅以外そんな形跡を残してはいなかった事に驚いた。そして白線の文字もしっかり残っている。
「アドラ。お前何したんだ? なんで手紙燃えて無いんだ?」
「え? あぁそれ」
それ? どれと勘違いしたの?
「特に何もしてない。ただ燃えんな~って念力送っただけ」
何言ってんのこの子? 念力って何?
「アドラ。お前って魔法って使えたっけ?」
魔法陣の効果で燃えたのなら、おそらくアドラは魔法で対抗して手紙を守ったのだろう。しかしアドラが魔法を使っているところは見た事が無い。というか、アドラが術式や詠唱なんて面倒な事を、覚えようと思うわけがない。
「いや」
「……そうか」
インパリアン(※インペリアル)は多分、高魔族のように体内に沢山の魔力を貯める事が出来る種族なのだろう。内蔵する魔力の高い者は、魔法の知識が無くとも無意識に魔力を使えると聞いたことがある。
「アドラ~。これ~、お友達からの~手紙ですか~?」
「まぁそんなところ」
「そうですか~。良かったですね~」
「あぁ」
絶対違うよね? お友達が誰かを使って燃えるような手紙出さないよね?
「アドラ。ドーラルマーズって誰だ?」
人名にしてはかなり変わった名前だ。っていうか、絶対仕事か何かの依頼だよね?
「この間丸めた……もやしっ子たち」
「えっ! それって、ヤバイ奴じゃないの?」
「え? なんで?」
なんでって、完全に報復する気満々じゃん! なんでアドラ不思議そうな顔できんの!?
「だってそれ、お前に復讐する気だろ! お前殺されるぞ!」
「そうか?」
「そうだよ! 絶対行くなよ!」
「ええ! そりゃないぜ師匠」
こっちがええ! だよ! こいつ普通に行く気だったの!? ヤバイはこいつ。
「でも~師匠~。こんな~可愛い手紙~、書く人ですよ~? 大丈夫ですよ~?」
そう言われればそうだ。脅迫状にしては幼稚過ぎる。もしかして復讐を目論む残党は、子供しかいないのかもしれない……ん?
「アドラ、一つ聞いていいか?」
「ん?」
「お前さ、会社にこんなような手紙来なかったか?」
「え?」
もし相手が復讐を企てるなら、わざわざ俺達が三人でいるときに、手紙など渡すだろうか? という疑念が、もしかしたらアドラならという思考を働かせた。
「う~ん、そうだな……分かんねぇ」
やっぱり! 恐らく相手は再三アドラの会社に手紙を送ったが、一向に呼び出しに応じないアドラに痺れを切らし、男の子を使って直接渡しに来たのだろう。そして文章が稚拙なのは、アドラはあまり頭が良くないと思ったからだろう。
最初は多分、“明朝、日出刻、グリッツ城に参じよ”的な言葉を使っていたのだろうが、なかなか来ないアドラに、彼らはもしかして意味が分かってない? 的な推察をして、馬鹿でも分かるように書いたのだろう。だがアドラはその上を行っていた。文字が読めない。手紙は読まないならいざ知らず、手紙が来ていたことすら知らない。オッペルドーマン(※ドーラルマーズ)可哀想……
「そうか……」
俺の弟子って、投げやりな返事しかさせてくれない。俺ミズガルドに来てからアドラへの返事、そうかか、そうなのか、しかしてない気がする……
「それより、さっさとマドカに行こうぜ」
「そうでした~! 師匠~、早く行きましょう~!」
「……そうだな……」
結局、復讐など食事の前では、近所の野良犬の遠吠えくらいにしか思わない二人は、俺の心配など他所にマドカでの夕食を楽しんだ。
俺もそんな二人につられるように手紙の事など忘れ、その日を終えた。
まだ二日目! 自分で書いているはずですが、長い! 三日目はもう三万文字を超えましたが、まだ午後に入ったばかりです。小説には削る作業が必要だと言いますが、何処を削ればいいのか分かりません。私としては早く山場に持って行きたいのですが、全然その気配はありません。いっそ三日目は、昨日と同じで問題無く終わったか、何々があった的にダイジェストで行くべきでしょうか。って言うか、この作品何処が面白いの?




