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約束

 着替えを終えると、一度鏡の前で自分の顔を確認した。もしかしたらロンファンへの憐れみが表情に出ているかもしれないと思ったからだ。

 本人への憐れみではないが、種族として辛い立場にあったロンファンを想うと、どうしても気持ちが晴れない。そんな感情が自分の表情を暗くしていないか心配だった。

 

 しかし鏡に映った表情はとても普通で、心中の悲し気な自分が嘘のようだった。それを見て、俺はなんて冷たい人間なんだと思った。

 それでも俺を待っていてくれる二人の為に、数度鏡の前で笑顔を作り、最後に表情筋をほぐすため、頬の筋肉が疲れるほど顔中の筋肉を動かした。

 

 師匠として、友として二人と接するため、必死に表情を変える鏡の自分は、切なかった。

 それでも顔が火照るほど繰り返したお陰か、俺の顔はとても明るくなった。


 よし! これなら大丈夫! 


 最後に両手で頬を叩き気合を入れると、二人の元へ戻り、早速昨日と同じくマドカで食事をするため、ギルドを出発した。


 道中二人は普段と変わらず、「アリアちゃん、今日は約束あったんだって。俺がハンター紹介してあげるって言ったから、喜んで忘れちゃったみたい」と、不自然に去ったアリアの事を話しても、そうなんだとさらりと聞き流した。


 二人は細かい事を気にするような性格ではない。それが余計にアリアに敬遠されるアドラと、差別を受ける種族のクォーターのロンファンを愛おしくさせた。 

 そんな俺の心中など知らない二人は、普段通り接する。


「師匠~」

「どうしたロンファン?」


 少なくとも二人は、俺にとっては大切な仲間。いや、家族と言えるかもしれない。今もこうして俺を慕ってくれる二人のために、余計な事を考えるのを止めた。


「私~、師匠が帰るとき~、一緒に~、ついて行っても~、良いですか~?」

「……あぁ良いよ。ロンファン、シェオールに拠点移すか?」


 正直嬉しかった。現状のロンファンの暮らしを知った事。ロンファンが何故人を恐れるのか。そして獣人という血脈。ロンファンにとっての障害を知ってしまった俺は、出来るだけロンファンを傍に置いておきたかった。そうすればロンファンの苦しみを和らげる助けに少しでもなれる。

 そんな想いから、ロンファンの提案を快諾した。


「やった~! じゃあ私~、明日から~、引っ越しの~準備します~!」

「そうか? でも、俺が帰るのは四日後だから、そんなに急がなくてもいいぞ?」


 ロンファンはあまり物を持たない断捨離のような暮らしをしていた。昔はそういう性格なのかと思っていたが、獣人の事を知った今は、その理由がはっきりと分かる。

 ロンファンは風呂に入るとき以外は、一切着替えない。それに風呂も俺が癖になるほど躾けるまで自分からはなかなか入ろうとしなかった。これは臭いがコミュニケーションの一つとアニさんが言っていたことから、そういう事なのだろう。


 寝るときは掛け布団に入らず、その上に寝る。それも汚れた防具を付けたまま。これは獣人の特性なのだろう。猫や犬は布団を掛けると嫌がるのと同じで、ロンファンにとっては体の上に何かを掛けて眠る事は不快なのだろう。


 ロンファンの料理はほとんどが生。野菜はもちろん、肉でも生で食べる。もちろん調理された料理の方が好きだが、自炊をさせるとそのまま食べてしまう。ミズガルドに拠点を移したとき、俺達はアドラが来るまで今のロンファンの家で、二人で生活していた。その時初めてこの狂食を知った。

 初めてそれを目にしたときは、あまりの衝撃にロンファンを叱りつけた。それからというものロンファンの狂食はピタリと止まったが、俺に隠れて狂食を続けるロンファンを知っていた。しかし今思うと、ロンファンにとってそれは普通の事であり、やめる事の出来ない本能だった。


 そこまで獣人の血が色濃く出ているロンファンは、世間一般人が必要とする生活用具を必要としない。

 

「でも~、もしかしたら~、師匠~いきなり帰る事になったら~、間に合いません~!」


 ……それって何気に、俺が問題起こして追い出されるって言ってるよね? ロンファンって意外と言うよね~。


「あぁ~! ごめんなさい~……別に師匠が~、帰るって言う~わけじゃ~、無いですよ~」


 どんだけ俺は情けない男だと思われているのか。ロンファンの中じゃ、俺は実家が恋しくなって逃げかえるような奴だと思われている! 俺最強じゃないの?


「わ、分かってるよ。ロンファンは置いてかないよ。約そっ……帰るとき必ず声を掛けるから」


 やっべ! 危うく約束と言いそうになった。ロンファンはあの風習を知らないだろうから大丈夫だとは思うが、あれ以降約束という言葉が怖い! 


「本当ですか~?」


 ロンファンは疑うように俺の顔を覗き込んだ。

 

 何? ロンファンは俺に約束って言わせたいの? 神様は俺を修羅場に送り込みたいの?


「大丈夫だよ。帰るときは迎えに行くから」


 そう言うと、ロンファンは歯を見せて笑った。

 ロンファンの笑顔を見るのが俺は大好きだった。だが、今までは可愛いとしか思わなかった綺麗に生えそろった犬歯を見て、悲しくなった。


 ロンファンは俺に恋心を抱ていないだろう。ロンファンにとって俺は父親か兄のような存在で、懐いているという表現が正しい。それはいくら鈍感な俺でも今なら分かる。だからこそ共同生活をしていてもお互い意識することは無かった。

 そんなロンファンだからこそ、アニさんの話が頭の片隅から消えなかった。

 

 それに、仮にロンファンが俺に恋をして、俺が二股をかけたとしよう。すると、あっという間にヒーの耳にそれが伝わり、あっという間に俺はろっ骨を数本へし折られるだろう。ヒーは俺の中じゃ、この世で一番怒らせてはいけない人物だ。


「そしたら~、アドラも一緒に~、行こう~?」


 俺とアドラ、そして自分も入れた三人で一緒にいる事が、ロンファンにとっては至福なのだろう。アドラが首を縦に振るとは思ってはいないだろうが、ロンファンは誘った。っていうか、アドラまで来たら色々困る!


「え? う~ん……あぁ良いよ」


 ええ!?


「やった~! じゃあ~、明日から~、一緒に~準備しましょう~!」

「明日? ……じゃあ迎えに来て」

「はい~!」


 マジで言ってんの!? ……まぁいいや。シェオール空き家一杯あるし、俺の仕事には影響ないだろう…………考えんのめんどくせぇ。何とかなるべ。


 口の悪いアドラだが、ロンファンにはとても柔らかい口調になる。アドラにとってロンファンは、それほど大切な仲間なのだろう。


「でもアドラ、お前会社の方はどうすんだ?」

「え? ああ。アレは別にいい」


 別にいいの!? 社長! ご乱心ですか?


「別にいいって、家賃とかどうすんだよ?」

「家賃? あぁ、言ってなかったっけ? あの家買ったんだよ」

「買ったの!?」


 さすが起業を目指す若人。やはりこれくらいの度量が無ければ、会社を興そうなどとは思わないのだろう。


「……いくらした?」

「え? たしか……六千ゴールドくらいだったかな……」


 安っ! 家ってそんなもんで買えんの? 今の俺の年収でも余裕で買えるよ? ……あれ? でもアドラの会社ってスラムにあるんだよね? ……高っ! 普通に家燃やされるような地区なら、高っ!


「そ、そうなんだ……」


 それは騙されている! とは言えなかった。アドラはお金には頓着が無く、常識というものにも疎い。頭が悪いわけではないが、そんな可愛い弟子に、「お前は馬鹿だ!」などとは言えない。アドラが満足しているのなら、そうかと頷くのが良い師匠だ。


「師匠~。アドラなら~、師匠の町に行っても~、絶対~、凄い社長に~なりますよ~」


 凄い社長って何? ロンファン、社長って何かの職業だと思ってるの? それにアドラって退魔師でしょ? シェオールにそんな需要ないよ? せいぜいあっても、納屋のネズミ退治くらいしか無いよ?


「本当に良いのかアドラ? ミズガルドよりは仕事減るぞ?」

「ああそれは大丈夫。ここにいてもまだ一件しか仕事してないし」


 こいつマジで言ってんの!? もっと足を使って仕事を取りにいけや!


「まぁ仕事がなけりゃ、ハントか冒険者ギルドで仕事でもする」

「そ、そうだな……その方が良い……」


 ハンターとしても冒険者としても高ランクのアドラなら、食いっぱぐれは無いだろう。後数か月もすれば冒険者ギルドも出来る事だし……


 そんな話をしながらマドカを目指し歩いていると、ボロを着た裸足の男の子が声を掛けて来た。


「ねぇ。アドラって誰?」

「え?」


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