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ロンファン

「ではリーパー、気を付けて行って下さい」

「あぁ。心配すんな」


 あれから十日。遂にミズガルドへ研修に行く日がやって来た。

 今日も出勤のヒーだったが、朝早くにもかかわらず見送りに来てくれた。まぁ恋人だから、当然っちゃ言えば当然だけど。

 

 リリアも見送りの為に昨日は少し早くヒーを休ませたらしい。ギルドを出るとき、「路銀を無駄遣いしたらぶん殴りますよ!」と釘を刺されたが、なんだかんだ言って、妹想いの優しい奴だ。


「おっ、そろそろ時間だ。じゃあ行ってくるわ」


 御者のおっさんの荷物の積み込みが終わったらしく、乗客が乗り込みだした。


「あっ……はい。気を付けて行って下さい……」


 たった五日間の別れなのに、ヒーは昨日から悲しそうな表情を浮かべていた。それを見て、どんだけ俺に夢中なんだよ! と思ったが、ヒーにとっては断腸の思いなのだろう。ヒーの悲しそうな表情を見ると、なんだか可哀想になる。


「ヒー」


 背中を見せて馬車に向かおうとすると、ヒーが一層悲し気に肩を落としたのに気づき、声を掛けた。

 ヒーはそれに驚いたように、「はい!」とキレのある返事をした。純粋過ぎだろこの子。


「ちょっといい?」

「はい。どうしました?」


 さすがに英雄視される公衆の面前で、抱きしめるような事を出来ない俺は、ヒーの後頭部に手をまわし、おでことおでこをくっつけた。

 ヒーは突然の事に目を丸くしたが、鼻がくっつきそうな距離でも逃げようとはせず、目を反らしはにかんだ。

 間近のヒーからは優しい甘い香りがし、後頭部に触れる柔らかい感触と、おでこに伝わる温もりが心地よかった。


「行ってくる。ちょっとの間だけど、我慢すれよ? 帰ってきたら抱きしめてやるから」


 落ち込むヒーに、励ますつもりで言った。

 するとヒーは口元をふにゃふにゃさせ、視線を下げたまま、俺でもはっきりわかるくらい頬を赤くした。


 しばらくそのままの状態でヒーの言葉を待ったが、恥ずかしがり目を泳がせ、ずっと口をもにょもにょさせるだけで、何も言わない。

 結局ヒーは言葉を発する事は無く、離れ際に額にキスをして馬車に向かった。


 馬車に乗り込み、出発するまでヒーは俯いたままで、馬車が動き出し、「じゃあ行ってくるわ!」と声を掛けると、やっと顔を上げ、黙って手を振っていた。

 その顔には必死に作った笑みがこぼれ、耳は真っ赤になっていた。


 

 カタカタ揺れる荷馬車の中は、同乗する者たちのひそひそ声が穏やかさを出し、鳥の鳴き声がそれをさらに心地良くさせた。

 車外は今日も朝から元気の良い太陽の強い日差しが、緑の広がる広野に点在する農家を美しく見せた。

 そんな景色を、屋根のお陰で過ごしやすい気温の車内から、のほほんと眺めていた。


 シェオールからミズガルドまでは、馬車でおよそ半日かかる。

 先の長い旅路に、しばらくは景色を眺めて時間を潰していたが、気付いた時には涎をたらし、ビクッとしては起きる事を繰り返していた。

 リリアにこの姿を見られたら、「これも仕事です!」と怒られそうだが、眠いものは眠い! 

 周りの客も、最初の元気も無くなり、船を漕ぐ者の方が多い。正に平和な時間だ。

  

 そんな長旅故に馬車は何度も休憩に止まり、そのたびにケツの痛みを取りながらなんとか半日かけ、ミズガルドに着いた。


 およそ三年。それくらい久しぶりに来たミズガルドは相変わらず、いや、前以上の都会っぷりだった。

 綺麗にレンガが敷かれた馬車の通る道と、人が歩く道が分かれ、街灯がそびえる。

 すれ違う馬車はどれも近代的で、天を仰ぐほど高々とレンガ造りの四角い建物が並び、色とりどりの看板があちらこちらに掲げられている。そして、連なる店舗の前を悠然と歩く人々は、シェオールでは見る事の無いお洒落な服装をしている。とくに女性のあのデカイ帽子は、そんなに? と思うほどイカしている。

 俺が最後に訪れてから僅か三年ほどなのに、魔王の侵略よろしく、物凄い速さで発展を遂げていた。


 まるで初めて来た街の景色に、ようやく着いた停車場で馬車を降りると、早速迷子になってしまった。

 街並みだけでなく、まさか道路まで変わっているなど、誰も思わないだろう。だから、俺が良い歳こいて迷子になっても、それは決して恥ずかしい事ではない! そう、これは決して恥ずかしい事ではない!

 それに、今日中にギルドに着けばいいのだから、これは迷子というより、探索なのだ!


 とにかく、あまり遊んでいられない俺は、一度停車場に戻る事にした。だが、ここでまさかの見失いを起こしてしまう!

 ハンター時代、木々が生い茂る森の中でも、表情の違う木を覚え、正確に方角を見極められた俺だが、さすがは都会。どこを見てもお洒落過ぎる建物に、逆に全く覚えられない! 道も三回ほどしか曲がっていないのに、既に大通りに出られなくなった。


 ここは正に、夜の森だ!


 夜の森では、月の光程度では視界も悪く、木々……


「やっぱり師匠だ~!」

「?」


 どこかで誰かがそう言った気がした。夜の森では視界だけでなく、幻惑作用のある植物がさらに迷い……


「どうしたんですか~、こんなところで~? あ~! もしかして~、私に会いに来てくれたんですか~?」

「?」


 ミズガルドは恐ろしい所だ! こんな人工物……俺は走って逃げた!


 あり得ない! ここでまさか奴に会うなど、絶対にあり得ない! 恐らく妖精か魔獣の類が、俺をさらなる闇に引きずり込もうとしているのだろう! もし森の中でそれに遭遇した場合、戦おうなどと思ってはならない! 逃げるのがハンターの常識だ!


「どこに行くんですか~? 私はここですよ~?」


 余程高位の幻獣らしく、ホワンと喋る女性の声と、チャリンチャリンと耳当たりの良い鈴の音まで再現されている。そして、異常なまでの体力と脚力! 

 壊れた腰などお構いなしに全開で飛ばし、自分の荒い呼吸が耳障りなほど息が乱れる俺に対して、奴は涼し気な声を飛ばしてくる!


「待って下さい~!」


 化け物め!


 もう道は分からないが、兎にも角にも、先ずは安全を確保するためとにかく走った。だが、恐ろしい化け物はあっという間に俺に追いつき、並走を始めた。


「私の体力を試しているんですね~? 私は師匠に言われた通り~、毎日走って~体力を付けました~。でも~、まだ全然師匠には敵わないです~。でもでも~、出来るだけ師匠について行って~、修行の成果を~、師匠に見て貰います~!」


 絶対に目を合わせては駄目だ! もちろん会話などしてはいけない! こうやって幻獣は人を困惑させ喰う! 憲兵さん! 助けて下さい!


 ――それから僅かというほど短い時間で体力が切れた。背中に背負うリュック、片手に持つトランク、ギルドの革靴、ピチピチのパンツ、それから……もう諦めるしかないのか!


 荒ぶる呼吸を鎮めるため、トランクを投げ出し膝に手をつき、下を向いたまま策を練る。その間も奴は息一つ乱さず言う。


「大丈夫ですか~? 師匠は腰が悪かったんですよね~? それなのに~、私の為に付き合わせちゃって~、本当に~申し訳ありません~!」


 こいつはどんだけ走り続けていたんだ! たしかにお前の脚力を活かすには体力が必要だとは教えたが、どんだけ走り込んだんだよ! 俺なんてもう、背中までびっしょりだよ!


 まだ全然呼吸が整わない俺に比べ、彼奴きゃつは平然としている。正に化け物!


「もし師匠の腰が悪くなかったら~、私なんて~全然敵わないですよ~」


 気を使っているのか、項垂れる俺に彼奴はそう言う。もう勘弁して~!


「でも~、どうして師匠は~、ギルドの服なんて~着てるんですか~?」

   

 引退したからだよ! と言いたかったが、全然呼吸が整わない。それどころか、まだ顔すら上げられない。


「あ~! もしかして~、ギルドで働いてるんですか~? それなら~、私も今行くところなので~、一緒に行きましょう~!」


 俺が知る中で、こいつほど世話の掛かる人物には今まで出会ったことが無い。

 ほわほわ口調で鼻が良く、化け物みたいな体力と脚力。お姫様のようにカールを巻いた金髪に、とても目立つ綺麗な青い瞳。そしてオオカミのような尻尾のアクセサリーと、いくら言っても手放さない鈴。

 こいつが俺の弟子、ロンファンだ!


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