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クォーター

「リーパーさん知らなかったんですか!?」


 ロンファンが獣人だという衝撃の事実を知らなかった俺に、アリアは驚きの声を上げた。


「いや、その……それ本当なの!?」


 もしそれが本当なら、師匠としてそれを知らなかったのはかなり恥ずかしい事だ。だが、アリアよりずっと長い時間ロンファンと一緒にいた俺が気付かないのに、何故アリアがそれに気付けたのか疑問だった。


「えええ! 丸出しじゃないですか!? リーパーさん、本気で言ってるんですか?」


 丸出し!? 俺にはどこからどう見ても人間にしか見えない。


「それホント!? だって普通の人間と変わらないじゃん! どこに獣人みたいな特徴あるの!?」

「いえ、外見の話じゃなくって、性格見ればすぐに分かるじゃないですか!?」

「性格? ……どこに?」


 確かに変わった性格をしているとは思うが、獣人と分かるほどロンファンの性格ははっきりしているのだろうか? ……あっ、俺、獣人とかよく知らねぇや。


「どこって、行動とか見れば分かるじゃないですか!? あっ、でも、獣人って言っても、恐らくハーフかクォーターだと思いますけど……」

「そうなの!? ロンファンって獣人のハーフだったの!? でもそれって……」

「どうしました? ギルド内で大声を出してはいけませんよ?」


 気付かぬうちに大きくなっていた俺達の声を聞いて、アニさんがオフィスから出て来た。


「あっ……すみません……」

「すみませんでした……」


 まさかの失態! 今までアニさんに良い印象を与えていたはずだったのに、今の出来事のせいで、全てが台無しになってしまった。


「いえ。分かって頂ければ結構ですよ。それより、どうなさいましたか?」


 ただの雑談で盛り上がり過ぎました。と言っても良かったのだが、さすがにアリアの言っている事が気になり、敢えてアニさんに尋ねてみる事にした。俺としてはそれは嘘であってほしいが、このままではスッキリしない。


「アニーさんは、ロンファンの事を知……ご存知ですよね?」

「はい。ロンファン様はお得意様でもありますから、当然存じ上げていますし、リーパーさんがロンファン様と師弟関係に御座います事も存じております」


 さすがアニさんだ。そこまで知っているのなら、当然ロンファンがなんの種族かも知っているはずだ。


「ロンファンがなんの種族か知っていますか?」

「ええ。ロンファン様は、狼族の獣人と、エルフの血筋が混じったクォーターです」


 マジか! ロンファンってなんか色々混じってたのか! それでも混ざり過ぎじゃね?


 この世界で文明を気付く種族は、必ず何かしらの血筋が流れている。唯一純血と言われているのが、エインフェリアと呼ばれる種族だけだ。

 エインフェリアは神の血を受け継ぐ種族と云われ、人智を超えた力を持つ。しかし他の種族や世界には干渉せず、例えキャメロットの皇帝でも、なかなかエインフェリアの国に入る事すら難しいくらい隔離された種族だ。そのため世間では、天使や天属と呼ばれる。


「本当ですか!?」


 アニさんを疑っているわけじゃないけど、俺としては信じたくない事実だった。


「はい。ロンファン様のライセンスにも、獣人とエルフのクォーターと記載されています」


 そこまで記載されているなら、これは紛れも無い事実だ。俺は師匠として本当に無能だ!

 しかし、エルフはそれなりに知っているが、獣人に関しては全く知らない。というか、誰が何々の種族だからって、関係無くね? でも、師匠としてロンファンの事は知っておきたい。そこで、忙しいアニさんを足止めするのは気が引けたが、恥を忍んで訊く事にした。


「あの~、すみませんが、今時間はありますか?」

「ええ。それほどではありませんが、少しくらいなら構いませんよ? どうしましたか?」

「その~、狼の獣人って、どんな種族なんですか?」


 アニさんは俺の気持ちを察してくれたのか、穏やかに微笑むと、小さく頷いてくれた。


「性格は穏やかで、争いを嫌うと言われています。ですが、幼い頃から他の種族と暮らしている者以外は、基本的に他の種族には心を許さないと言われています」

 

 それを聞いて、ロンファンが恐れるように人見知りする理由に納得がいった。俺は幼い頃に虐待などを受けたせいだと思っていたが、そうでなくて良かった。


「他にも、縄張り意識や仲間意識が強く、一度心を許した相手には、一生尽くすと言われるほど従順な一面も持ち合わせているとも言われます」


 それであれほど俺に懐いているのだろう。確かにロンファンは命令をすると、断る事が無かった。師弟関係である以上、ロンファンは俺を敬い、従ってくれているのだとばかり思っていたが、あれが愛情表現の一つだと分かると、とても心が痛んだ。


「身体能力は高く、五感も鋭く、特に嗅覚は尋常ではないらしく、戦いとなるととても気性が荒くなるようで、相手を殺すことに関しては一流のようです。そのため昔は傭兵として活躍していたそうです」

「そうなんですか?」


 全く知らなかった。ハントや喧嘩などの争いごとが起きると、ロンファンは眼つきが鋭くなり、口調もはっきりする。普段はのほほんとしている分、その反動でそうなるのかと思っていた。

 それでも戦うときは、相手に敬意を払うような戦い方をしていた。しかし今思うと、それは“例え敵でも敬意を払え”という俺の教えを守っていただけなのかもしれない……


「はい。先祖が狼であるため、彼らにとって戦闘は生活の基盤にあたるため、迅速に、且つ確実に相手を仕留める事に特化しているようです」

「そうなんですか……」


 穏やかなロンファンを知っている分、聞けば聞くほど悲しくなってきた。


「リーパーさん。リーパーさんには聞きたくはない事実かもしれませんが、これから述べる事は、しっかり覚えておいて下さい」

「え? なんですか?」


 さらに声のトーンを落としたアニさんがそう言ったのを聞いて、とても嫌な予感がした。


「純粋な狼の獣人は、獣特有の独特の臭いがします。彼らにとって臭いというのはコミュニケーションの一つであるため、ごく自然な事なのですが、特に人間のような綺麗好きな種族には、とても不快に感じられるようです。そして、彼らの一番の武器は、強力な顎を使っての噛みつきだと聞きます。相手の口元に噛みつき窒息させたり、首元の肉を食いちぎり相手を無力化するらしいです。その姿はとてもおぞましく、臭いと合わせ嫌われています」


 ロンファンの事を言われているわけではないが、とても悲しくなった。アニさんだって俺の事を思い話してくれているのだろうが、もうこれ以上は聞きたくはなかった。それでも、俺がここで目を背けてしまってはいけないと、最後まで黙って聞くことにした。


「現在でも地方によっては弾圧などの差別をしているようで、沢山の獣人が殺されているようです。さらに、獣人の毛皮や尻尾などはコレクターに人気があるようで、そういう品を扱う店では、高額な値段で取引されています。実際禁止されているミズガルドでも、闇市などで取引されています」

「…………」


 何も言えなかった。何も考えられなかった。只、とてもロンファンが愛おしくなった。


「私が知っているのは、これくらいです。……他にも、何か聞きたい事はありませんか?」

「……いえ。もう十分です……」


 アニさんがそう聞いたのは、社交辞令としてだと分かった。何故なら、アニさんは悲しそうな表情をしていたからだ。


「そうですか。アリアさんは何か聞きたい事はありませんか?」

「いえ」

「分かりました。では、私は職務に戻らせて頂きます」


 気遣い上手なアニさんは、今の俺の心情を察したのだろう、早々と退散すると言った。

 俺としてもこれ以上ああだこうだ言われるのは、辛かった。


「あ、すみませんでした、時間を取らせちゃって……」

「構いませんよ。ただ、ギルド内ではお静かにお願いしますね」

「はい。すいませんでした」

「すいませんでした」


 俺とアリアが謝罪すると、アニさんは穏やかに頷き、オフィスへと戻って行った。

 それを見届けた俺は、なんだかとても疲れ、この先どんな顔をしてロンファンと接すればいいのか分からなかった。


 俺がきちんとロンファンの事を調べていれば、もっとしっかりとした関係を築けた。それに、ただの性格と勘違いして、今まで気付かぬうちにロンファンに苦痛を与えていた可能性もある。

 獣人の事、ロンファンの事をもっと勉強しておけば、俺はロンファンをミズガルドのような都会には連れてこなかった。

 俺が無知でなければ、ロンファンをミズガルドに置き去りにすることもなかった。

 そんな事ばかり考え、無能な自分に怒りを覚えた。


「すみませんでした……私がお二人に会いたいなんて言ったから……」


 アリアが傍にいたため、感情は顔に出さないようにしていたつもりだった。それでも無言になってしまった俺を見て、アリアは罪の意識を感じたのだろう。 


「いや、別にアリアが悪いわけじゃないよ。俺が悪いんだ」

「そんな事はありませんよ! 私がアドラさんを見て驚いたせいです……」


 アドラを見て驚いた? 俺はてっきり、ロンファンとイチャつく姿を見て逃げたのかと思っていた。


「アドラがどおしたの? 睨まれたりしたの?」


 アドラが意味も無くそんな事をするとは思えない。確かにアドラはやんちゃだが、誰彼構わず威勢を張るような小物ではない。


「いえ、そういうわけじゃありません……あの、リーパーさん」

「何?」

「リーパーさんは、インペリアルって種族知ってますか?」

「え? ……いや、良く知らない……」


 まさか、インペリアルも色々と事情のある種族なの? 


「そうですか……」


 アリアはそう言うと、黙ってしまった。


「インペリアルがどうしたの?」

「…………」


 そう聞き返すとアリアは俯き、口を紡いだ。きっとアリアは、インペリアルに嫌な思いをさせられた事があるのだろう。何も語りたくないというような態度を見て思った。


「そうか。分かった。ごめんな、嫌な思いさせちゃって。二人には、アリアちゃんは友達と約束があったって伝えとくから、気にしなくて良いよ」


 そう言うとアリアは、「ごめんなさい」と頭を下げ、去って行った。


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