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ミズガルドギルドの怪談

「あ、いたいた。あの二人だよアリア」


 昨日の約束では、俺の仕事が終わる時間にロンファンたちがギルドに来る事になっていた。そのためロビーにアリアを連れ、探しに来ていた。


 今日もミズガルドのギルドは人々で賑わい、活気があった。こんな時間からでもクエストを受ける為受付に並ぶハンターや、親子連れで買い物に来る一般人。ハンターギルドにも関わらず食事をする冒険者や憲兵の姿も見えた。

 都会という事と綺麗な内装のお陰なのか、揉めているような輩もいなく、とても雰囲気が良い。

 やはり近代化の進む大都会だと、住む人々も上品な性格になるのだろう。


 そんなギルドなのに、二人はわざわざ見つかりにくい端っこのソファーに座っていた。

 

 ロンファンは人ごみを嫌うからアドラが気を使っているのもあるが、アドラ自身も人ごみを嫌う。

 アドラは乱暴な性格をしているのに、意外と静かな空間と一人でいる時間を好む。


「お~い。悪いな待たせて」


 声を掛けると二人は気付き、アドラの陰で小さくなっていたロンファンが駆け寄って来て、早速腕にしがみ付いた。


「師匠~! 遅いですよ~」

「ごめんごめん」

「早く飯に行こうぜ師匠」

「あぁ。でもごめん。俺着替えなきゃいけないから、もうちょっと待ってて」

「え~! マジか……」


 アドラはソファーに足を組んだまま背もたれに寄り掛かり、残念そうな声を上げた。


「それと、今日は俺の仕事の仲間も一緒だけど、良いか?」

「え? 俺は別にいいけど……」


 アドラも結構人見知りするが、俺が紹介する人物には人見知りしない変わった所があった。


「ロンファンは?」

「無理です!」


 そう言うとは分かってた。アリアには、二人が良いと言えば一緒に食事をすると約束していた。それでも先ほどの件もあるため、俺としてはなんとかして一緒に食事をしたかった。

 なのにロンファンはいつものほわほわ口調ではなく、はっきりとキレのある否定をした。ロンファンがこう言うときは、本気で嫌だという意思表示である。


「どうしてもか?」

「無理です!」


 困った。だが、ロンファンは俺が命令すると嫌々でも承諾してくれることを知っていた。俺としてはやりたくはない事だが、今日だけは許してロンファン!

 それでも、もしかしたらアリアを見ればロンファンもOKしてくれるのではと思い、先ずはアリアを二人に紹介する事にしたのだが、振り返るとアリアが強張った表情をしてアドラを見ている事に気付いた。


「アリア?」

「えっ! あ、はい……」


 声を掛けると、アリアは驚いたように返事をした。それを見て、しまった! と思った。


 アリアは恐らく、ロンファンがベタベタ、まるで恋人のように俺に接するのを見て、気持ち悪がったのかもしれない。それであまりの光景に、俺が視界に入らないようにアドラだけを見ていたのかもしれない。

 アドラは俺から見てもイケメンだと思う。きっとアリアは、おっさんと良い歳こいた女性がベタベタするというこの世の地獄絵図を見て、本能的に目の保養にアドラを見ていたのだろう。

 俺はこの先、アリアから白い目で見られる人生を送る事になるのだろう。しかし! これは決してロンファンのせいではない。俺のナヨナヨした性格のせいだ! そのせいでロンファンまで悪いイメージを持たれてしまった。俺は本当に情けない師匠だ!


「あ、あの~……紹介するね……」

「あっ、はい!」


 もうすでに、アリアの中ではキモいおっさんとなってしまった俺は、それでも社会人の先輩として、社交辞令を貫こうと誓った。


「こ、この子がロンファン。で、あっちの白い髪がアドラって言うんだ……アッ、アドラは一応、会社の社長なんだよ」


 例えキモいおっさんと思われても、挽回するチャンスは必ずある! それが例え弟子の功績でもだ! 娘にさえキモいと言われようが、世の中の為に頑張るお父さんは沢山いる! 今俺は、その全てのお父さんのために戦う! 例え弟子を踏み台にしてもだ!


「あ、あの~……そ、そう言えば私、約束があったの忘れてました。私からお願いしたのにすみません! 今日はやっぱり一緒に行けません。ごめんなさい!」

「えっ! そう……」


 アリアは頭を下げると俺の言葉も聞かず、慌てるように去って行った。

 

「…………」

「師匠~?」


 俺は明日から、ミズガルドのギルドの全ての女性スタッフから気持ち悪がられるだろう。いや、下手をすれば、男性も含めた全ての関係者からかもしれない。

 俺にとっては可愛い弟子。娘のような存在のロンファンでも、はたから見ればそこそこ年齢のいった女性だ。

 そんなロンファンと三十近い俺が、周りの目も気にせずベタベタしているのを見れば、誰だって気持ち悪がるだろう。俺だってそう思う。 

 若い男女がイチャイチャするのとは違い、良い歳こいた大人がする事ではない。

 

 それに、そんな噂が広がれば、いずれはヒーの耳にも入るだろう。ミズガルドに来る前に、ロンファンと会う事を一番の不安材料にしていたはずだったのに、いざ会うとすっかりその不安を払拭されてしまった。


 それもこれも、慣れない研修という出張と、出会いたくない様々な知り合い。経験した事の無い仕事に、もしかしたらパワハラや、研修とは厳しいものなのかもしれないという不安。馴染めない職場のせいでホームシックになり、逃げだすかもしれないという心の弱さ。かといって逃げ帰ればリリアやヒーに白い目で見られ、ヒーからは「クズめ!」と捨てられる。そうなればギルドスタッフを辞める事になり、その噂は瞬く間にシェオールに広がり、俺はシェオールの人々だけでなく、家族からも蔑まれ、最後は心を病み、辛い人生を送る事になる。

 そしたら、マリアやミサキだけでなく、実家の牛たちにも気持ち悪がられ、俺は、俺……うおおおぉぉぉ! それだけは嫌だ! なんとかしてアリアの誤解を解かなければ!


 この日、ハンター協会に新たな逸話が生まれた。

 それは、ミズガルドのギルドで、ある男性スタッフが犇めき合うギルド内を、音も無くまるで光のように走ったというものだった。

 話によると、彼は人々をすり抜け、最後は壁の中に消えて行ったそうだ。だが、ミズガルドのスタッフによれば、そのようなスタッフはいなかったらしい。事実、ミズガルドの従業員名簿にも彼の名は存在せず、当時の人々は、彼をゴーストと呼んだらしい。

 恐らく彼は、勤務中に不慮の事故で無くなったスタッフだったのだろう。

 これがミズガルドのギルドに伝わる、幽霊スタッフの怪談だ。 

 

 必死になってアリアを追い掛けると、スタッフ専用口に入るアリアを見つけた。俺はそれを追い、扉が閉まる僅かな隙間に体を通し入った。


「アリア!」


 酸素を脳に送るための呼吸さえも犠牲にし、アリアを呼び止めた。するとアリアは、驚いたように振り返った。


「どうしたんですかリーパーさん!」


 おっさんが息を切らし駆け込んで来たのを見て、アリアは何事かという顔で叫んだ。


「いや……はぁはぁ……さっきの、事……なんだけど……はぁはぁ……」

「…………」


 そう言うと、アリアの表情が再び曇った。そりゃそうだ。キモいおっさんがさっきの事ではぁはぁ息を切らして追いかけて来たんだ。もう気持ち悪いを通り越して、嫌悪になっているだろう。それでも! 俺は誤解を解かなければならない! もうなりふりは構っていられない!


「ロンファンは、……ああいう子、だから……別に、俺達は……付き合ってる、わけじゃ、……ないから……」

 

 全然言葉が足りない! もっと説得力のある言葉を放ちたいが、酸素を取り入れる作業が優先されるため、言葉が続かない!


「だから、ロンファンは……ただの、後輩、だから……俺も、本当は、ベタベタ、したくない、けど……ロンファンが、するから……仕方が、無いん、だよ……俺だって、勘違い、されたく、無いから……いつも……」

「リーパーさん? それは私だって分かってますよ? カミラルは獣人の人が多いから、大丈夫ですよ?」

「……獣、人?」

「えっ?」


 えっ? ロンファンって獣人だったの? アリアは知らなかったのみたいな顔をしたけど……ロンファンって獣人だったの!?


「…………」

「…………」


 しばらく俺達の間には、沈黙が流れた。お陰で呼吸を整える時間を貰えたが、変な空気になってしまった。


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