せんとう
「キリアさん、リーパーさん。今日はこの後暇ですか?」
研修が終わり、アニさんがいなくなると、いつものようにアリアのお誘いが始まった。
まだ社会人としては幼いアリアは、息抜きをしてストレスを発散させなければ、寮生活に耐えられないのだろう。
俺もアルカナに出た当初は、仕事が終わると金も無いのに毎日出歩いていた。そうでもしなければ、将来の不安や寂しさに押しつぶされていただろう。
これは誰しもが経験する社会の洗礼なのかもしれない。だが、もう中堅クラスの年齢の俺達にとっては正直迷惑。
「あ、ごめん。今日も俺、約束あるんだよ……」
昨日の帰り、今日の晩も一緒に食事をする約束をあの二人としていた。
それを聞いて、キリアはチッと舌打ちをした気がした。というかした。アイツも正直迷惑なのだろうが、大人としてアリアに気を使い、アリアには聞こえないように舌打ちをしたのだろう。が、アリアにも聞こえていたらしく、アリアはなんの音かと後ろを振り返った。
当然キリアは知らん顔。やるわアイツ。
「そうなんですか……じゃあ、その人たちも一緒にどうですか?」
「えっ! いや……どうかな……」
俺としては別に構わないのだが、ロンファンがね~……
「お店とか予約しているんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……結構人見知りする子なんだよね」
「もしかして、彼女さんですか~?」
こういう話は女性だけあって好きなようで、アリアは嬉しそうに訊いてきた。
「違うよ。ハンターの後輩」
「へぇ~。さすがハンターさんですね。一緒に食事に行けるお知合いにハンターがいるなんて凄いです!」
「そ、そう?」
「はい!」
自分がハンターをやっていたから気付かなかったが、そう言われればそうかもしれない。
世間では、冒険者やハンターを知り合いにしたがるのは、政治家や社長などの成功者が多いと聞く。ランクの高いという条件が付くが……
それほど冒険者やハンターは、社会のヒエラルキーの中で高いと言われている。
確かにランクが上がれば上がるほど収入も増え、名前も売れる。一般人から比べればハンターも社会の成功者なのだろうが、Aランクにまでなった俺から言わせてもらえば、そんなに評価されるほどの職業では無いような気がする……だってそのAランクハンターがギルドスタッフの見習いやってんだよ。
「リーパーさん。無理は承知でお願いしますが、私もご一緒させて貰えませんか?」
「えっ! それは……」
アリアって意外と積極的! まぁでも、それだけのお願い事を出来る関係になったという事でもあるのかと思うと、少し嬉しかった。しかし、ロンファンがね~……
「悪いが今日は用事がある。だからアリア、俺は先に上がらせてもらう」
キリアめ! この隙をついて逃げる気だ。
「えっ! あ、そうですか……お疲れ様です!」
アリア鞍替えはやっ! 今朝までキリアキリア言ってたのに、ハンターの知り合いが出来るかもと分かると、あっという間に切り捨てたよ! 女性って怖い……
「じゃあ、後は頼んだぞリーパー。お疲れ」
「お疲れ様でした!」
キリアはそう言うと、アリアが二度目のお疲れ様をして頭を下げた瞬間、「昨日は俺が相手をしたから、今日はお前の番だ」と言わんばかりに顎をクイッと上げた。
確かに順番的に俺の番かもしれないが、何故だか物凄い敗北感を感じた。
キリアが退室すると、アリアはもう俺しか誘う者がいないためだろうか、必死に連れて行けアピールを始めた。
「リーパーさん、お願いします! 私、ハンターさんの知り合い欲しいんです!」
俺もキリアもハンターライセンス持っているんだけど!? 俺たちはまだ知り合いじゃないの!? それに、もう言い方が露骨過ぎじゃない!? 完全に友達に自慢したい欲丸出しだよね?
「そう言われてもねぇ……俺は良くても、あっちがなんて言うか……」
「そこをお願いします! ハンターさんたちが食べるような高い食事代は出せませんが、その代わり、銭湯代くらいは私が出します!」
「戦闘代!?」
えっ? 何? アリアは俺達に何をさせる気なの!?
「はい。今日は私、皆を銭湯に誘おうと思っていたんです」
戦闘に‼ 確かにハンターは戦う事も仕事だけど、まさかコロシアムに連れて行く気だったの!? っていうか、アリアって訛り凄いな!?
「リーパーさんの後輩さんて、女の子ですか?」
「え? あぁ、女の子と、男」
「えっ!? 流石リーパーさんです! ハンターさん二人と食事できるなんて、羨ましいです!」
「そ、そうかな? ……そう?」
「はい!」
アリアが両手を組み、目を輝かせたのを見て、俺の力じゃないけど、なんだかキリアに勝った気がして嬉しくなった。俺は良い弟子を持った。
「ま、まぁ後輩って言っても、実は弟子だけどね」
「弟子! リーパーさん弟子なんていたんですか! さすがAランクハンターですね!」
「ま、まぁね」
「お弟子さんたちのランクは、どれくらいなんですか?」
「最近一人がAになったって言ってた。女の子の方はB」
「リーパーさんって、本当は凄いハンターだったんですね!」
「そうかな? そんな事は無いよ」
「ありますよ! 私尊敬しちゃいます!」
いや~参ったね! でも俺Aランクハンターだし、普通の人はそう思っちゃうのかな。それに俺が育てたアドラはAランクになっちゃったし、ロンファンだってBランクだもんね。そう思っちゃっても仕方が無いよね?
「リーパーさんお願いします! せめて銭湯だけでも一緒に行ってもらえませんか? 女性の方もいるんだし、人見知りしても一緒に銭湯に入っちゃえばすぐに仲良くなれますよ!」
そうだった! アリアを二人に合わせても良いが、戦闘に巻き込まれるところだった!
「いやでも、戦闘はちょっと無理……かも」
一瞬アドラなら喜ぶと思ってしまった。けど、俺は絶対嫌だ!
「なんでですか? あっ! やっぱり女の子って彼女さんだからですか?」
「いや、そういうわけじゃないよ。俺にはもうシェオールに彼女いるし」
「もしかして二股ですか!?」
「ちっ、違うよ! だからロン……その子は弟子なだけだよ!」
「本当ですか~?」
俺は嘘を言っていない! 断じてロンファンは彼女ではない! 強いて言うなら、俺にとってロンファンは娘のような存在だ。
「それなら銭湯くらい良いじゃないですか? 別に裸の付き合いをしたからって、何も問題ありませんよね?」
裸!? 裸で戦うの!? 俺武器無いと一般人と変わらないよ!? 格闘術なんてなんも使えないよ!?
「えっ、何? 裸で戦うの? それなら俺は無理だよ」
「えっ? リーパーさん何と戦うんですか?」
「え? いやだって、戦闘に行くんでしょう?」
「戦闘じゃなくて銭湯ですよ? リーパーさんって訛り凄いですね?」
あれ? 俺の発音がおかしいの? いやそんなはずは無い! アルカナにいたときも皆そう発音していた。アリアは地元から出たのは初めてなのだろう。
「いや、戦闘が正しい発音だよアリア? 多分訛ってるのはアリアの方だよ」
「そんなわけありませんよ。リーパーさん、銭湯ってどういう所だか知ってますか?」
「え? そりゃ一応元ハンターだからね。当たり前だよ」
全くアリアは。俺がどれほどの死線を潜り抜けて来たと思っているのか。俺にとってはそんなのは日常茶飯事だったよ。
「あれだろ……あの……口で言うのは難しいな」
なんと言ったらいいのだろう。アリアはどういう所と訊いてきた。この含みのある言葉のせいで、ただの戦いという言葉ではアリアを納得させるのが難しくなった。さすが戦闘を趣味として好む子だけあって、質問自体が深い。
「う~ん……何て言うか、お互いが何かを賭けて戦う場所? 違うな……そういう命懸けの生き方っていうか……」
「リーパーさん? もしかして銭湯に行ったことないんですか?」
「え? いやあるよ。ハンターやってた時はしょっちゅう行ってたよ?」
「本当ですか?」
「うん」
アリアが歴戦の勇者のように見えて来た。アリアは恐らく、俺以上に戦闘を経験しているのだろう。でなければ、Aランクライセンスを持つ俺に、戦闘に行ったことなど無いなどとは訊かないだろう。もしかしたらアリアにとっては、ハンターの戦いなど子供の遊びに感じているのかもしれない。この子はアドラ以上にクレイジーな子なのかもしれない。
「銭湯って、温泉の事ですよ?」
「え?」
おんせんって何? ……せんは多分戦闘の略だろうが、おんが分からない。
「あっ、すみません。銭湯って大浴場の事です」
アリアはおんせんの意味が分からない俺を見て、慌てて言い直した。
「大浴場って、お風呂の事?」
「はいそうです。すみません、私リーパーさんなら知ってると思って……ごめんなさい……」
ええ!? そんなに!? せんとうって知らない方がおかしいの!? 俺が悪いの?
「いや、大丈夫だよ。知らなかった俺が悪いんだし、アリアが謝る事ないよ……ごめんね」
「いえ。なんか私一人で盛り上がって、ごめんなさい……」
「……いいよいいよ。誰だって寮生活なんてすれば、色々遊びに行きたくなるんだから……なんかごめんね。折角アリアが一生懸命考えてくれたのに、俺がそういう流行に弱いせいで気を使わせちゃって……」
「いえ……」
俺が無知なせいで雰囲気を悪くしてしまい、楽しい空気は一変してしまった。
結局その罪滅ぼしとして、アリアを二人に紹介する事にした。




