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企業の兵隊

「では次は、喧嘩が起こった際の対処の方法を教えます。皆さんお立ち下さい」


 どうやら次は、実演を交えた対処方法を教えてくれるようだ。


「リーパーさん、キリアさん。お二人には喧嘩をするハンター役をお願いします。こちらに来て、向かい合うように立ってもらえますか」

「はい」


 そう言われ、俺とキリアは前へ出て、向かい合うように立った。


「今、キリアさんとリーパーさんは喧嘩をしているとします。最初は口論が始まり、次にどちらか、またはお互いが相手の胸ぐらを掴み始めます。あっ、リーパーさん。今は本当に掴まないで頂かなくても結構ですよ」

「え? あ、はい……すみません」


 アニさんの言葉通り、リアリティーを出すためキリアの胸ぐらを掴んだが、余計な事だったらしい。さっきの話を聞いて、俺も少し気合が入り過ぎた。ただ、演技で胸ぐらを掴んだのに、キリアが本気で睨んできた。危うく本当の喧嘩になるところだった。


「揉め事が起きると、真っ先に憲兵に知らせて下さい。これが仲裁に入る際に必ず行わなければならない事です」


 まぁそれが一番の対処法だろう。こういう揉め事は憲兵に任せるのが一番だ。


「そして、憲兵の来るまでの間、他のお客様に被害が及ばないよう、別のスタッフが対応します。その対応方法を皆様に覚えて貰います」


 ここからはきちんと覚えておかなければならない。シェオールギルドで男性スタッフは俺しかいないため、この対応は俺がしなければならない。


「この時気を付けて頂きたいのが、例え喧嘩をしている者が武器を所持していなくても、決して不用意に近づいてはいけません。もしかすると刃物を隠し持っているかもしれませんから」


 今の御時世、いつどこで襲われるかも分からない。それ故に護身用で小型のナイフを携帯する者も少なくない。


「喧嘩の仲裁を行う際は、先ず大きな声で自分の存在を相手に認識させます。どうなされましたかお客様!」


 突然アニさんは、大きな声で叫んだ。

 普段のアニさんの穏やかなイメージが染みついた俺は、腹の底から叫んだ声に、驚いてしまった。

 キリアも突然の事に、目を丸くしている。


「今のように大きな声で叫ぶことによって自分を認識させ、周りのお客様、スタッフに、非常事態が起きた事を知らせます。また突然大声を出すことによって、喧嘩をする者を驚かせて、熱くなった頭を冷まさせる効果もあります」

「はい」


 ここでキリアは質問があるのか、手を上げた。


「どうしました、キリアさん」

「喧嘩などが起きた場合、敢えてそれを広めるような行為は、ギルド側としては悪評が広がる恐れがあるため、あまり好まれないのではありませんか?」


 確かに。接客業は客の評判を落とすような事を嫌う。まして喧嘩などという暴力行為が起きたとなれば、店としては穏便に済ませたいはずだ。


「キリアさんの言う事はごもっともです。しかし、ギルドにとって一番大切なのは、ハンター様でも一般のお客様でもなく、スタッフです!」


 ハンターギルドは、俺が思っているよりとても従業員想いの良い所なのかもしれない。


「と言うのは、私個人の意見です」


 ですよね~。所詮企業なんて、金さえ儲かれば従業員なんて使い捨て同然ですよね~。


「ギルドとしてはキリアさんの言った通り、悪評の立つ出来事は表に出したくはありません。ですから協会の方では、喧嘩などが起きた場合、直ちにその者たちをギルドの外へ追い出すよう謳っています」


 ハンター協会くそ。重役とかは下っ端の気持ちなど考えもしないから、平然と出来もしない事を簡単に言う。組織って、大きくなればなるほど腐る物なのかもしれない。


「私も本来ならそう教えなければならないのですが、私は敢えて対処方を教え、スタッフたちが怪我をしないよう教えています。ですが、研修としてはきちんと受けた事になるので、安心して下さい」


 アニさんが講師で良かった。俺は良い師に巡り合えたようだ。

 

「キリアさん。講義の方へ戻っても構いませんか?」

「はい。よろしくお願い致します」


 キリアも納得したようで、軽く頭を下げ返事をした。


「では。喧嘩の仲裁に入る際は先ずは大きな声を出し、周りに危険を知らせます。これにより他のお客様への警告となり、被害が広がるのを押さえます。そして、相手方が自分を認識した事が分かると、ここで初めて近づきます」


 そう言うとアニさんは、俺達の手の届く距離まで近づいた。


「ですが、今の私のようにここまで近づくと、標的にされる恐れがありますので、ここから、一、二」


 数を数えながら、アニさんは大股で二歩下がった。


「このくらい離れた距離から仲裁に入ります。仲裁の目的は、憲兵が来るまでの時間稼ぎですので、相手方に触れる必要はありません」


 アニさんはアリアを見て優しく話す。 

 この講習は、研修生である俺達のためのものだが、やはりこの中ではアリアをメインに教えなければならない。

 それを俺とキリアが理解しているのを察したのか、アニさんも特にアリアを気にかけているようだ。


「先ずこのくらいの距離まで近づくと、『ギルド内での揉め事は他のお客様のご迷惑となります。直ちにお止め下さい!』などの警告を発します」


 これはよく聞く。喧嘩が始まるとスタッフが来て、同じようなことを言う。まぁ大抵は相手にされない。


「この警告で喧嘩が治まる場合もありますが、ほとんどの場合効果はありません」


 やっぱり。正直ハンターはギルドスタッフを見下している。ギルドスタッフは受付だけをして、何かあれば偉そうに文句を言う。当時の俺も、アイツらは所詮事務員で、ハンターがどれだけ命懸けで戦っているのを知らない。ぬくぬくの室内で仕事をして、知識だけはあるが実際は何も出来ない奴ら。と思っていた。

 だが、自分がギルドスタッフになってみると、ギルドスタッフは俺が思っていた以上に責任のある仕事だと知った。

 ギルドスタッフもそうだが、職業に上も下も無い。


「この時点で憲兵が到着して頂ければ、無事解決なのですが、それでもまだ憲兵が到着していなければ、次はこのように間に入って……」


 アニさんは俺とキリアの間に入り、引き離すように手で押しのけた。


「止めろ。とハンター協会では教えています。ですが、これは決して行ってはいけない行為ですよ。怪我をするスタッフの半数以上はこれが原因で負傷しています」


 重役とかまでなる頭の良い人は、馬鹿な発想をする人が多い。どうせエリートとかは、俺達みたいな下々の人生を送っていないのだろう。だから安易な事を言えるのだろう。

 例え年間十八人も死んでもだ。


「協会ではそうすれと謳っていても、自分の命を守るのは自分しかいません。例え規約違反と言われようと、自分の命を第一に考えて下さい」


 そう言いながらアニさんは一人一人の顔を見た。

 その表情は今までの穏やかなものではなく、まるで叱りつけるような怖い顔をしていた。

 それを見て、仕事だから。契約だから。という考えは必要だが、仕事としてより、一人の人間として正しい事をすれと言われた気がした。


「私の教えは協会の理念と反していますが、もしこのような場面に面したら、迷わず周りのお客様を避難させ、憲兵が来るまで手を出さないようにして下さい」


 アニさんはそう言うが、協会では間に入ってでも止めろと言っている以上、なかなかそれは出来ない。そんな事をすれば処罰されかねない。


「それでもし罰則を受けるような事態に陥った場合、ミズガルドギルドのアニー・ウォールに、研修でそう教えられたと報告して頂いても構いません」


 この人は本当に凄い。アニさんのような人が協会の重役になれば、子供の将来なりたい職業の第一位は、冒険者を抜いてギルドスタッフになるだろう。


「アリアさん。キリアさん。リーパーさん。貴方達はこの先、社会を背負っていかなければならない世代です。確かに社会の発展は大切な役目です。ですが、命というものが大切だという事を次の世代に繋いでもらいたいと私は願います。仕事はお金を稼ぎ、己の生活を豊かにするためのものですが、仕事とは誰かに必要とされて初めて仕事となります。仕事には誰か、が必要な事を忘れないで下さい」

「はい!」


 俺達が返事をすると、アニさんは穏やかな表情になり、静かにお礼をするように頷いた。


 俺にはアニさんが伝えたかった事は、全て理解出来たわけではなかった。それでも、仕事はお金の為ではなく、誰かを想う事が大切なのだと教わったような気がする。

 リリアやヒーもきっと同じことを言うだろう。俺には大した才能も運も無いけれど、良い人と巡り合える天運があるような気がする。ギルドスタッフにならなければ気付けなかっただろう。そう思えた講義だった。


 その後、終業までの時間、アニさんはギルドスタッフになってから体験した面白い話をしてくれた。

 トイレットペーパーを盗むハンターを追い掛けて捕まえたとか、小屋の鍵を失くして窓ガラスを割って入ったら憲兵が来て怒られたとか、色々聞かせてくれた。

 その時間はとても楽しく、仕事とは言えないような時間だったが、これからギルドスタッフを続けて行く俺達には、とても為になる話ばかりだった。


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