資格
研修二日目。
まだ研修の緊張感も取れていないのか、今日も朝早くから目覚めてしまった。
それでも体のだるさや眠たさは感じず、逆にこのくらいの方が健康にいいのではと思ってしまった。
結局二度寝する時間も無く、マニュアルを読み、朝食までの時間を潰した。
時間になると着替えを済まし、食堂に向かう。
今朝も食堂にはほとんど人はおらず、アリアの姿も無かった。そしておばちゃんも昨日と同じく、挨拶しても頭を下げるだけだった。
ただ今日の朝食は趣向を凝らしており、白米に鮭、目玉焼きに漬物、そしてみそ汁と納豆と、今流行りの海外料理だった。
最近では海外料理がブームで、俺もそれなりに興味があった。それがまさか研修先で食べられるとは、さすが大都会ミズガルドのギルドだ。
そんな朝食を、こんなものかと少しがっかりしながら食べていると、昨日と同じようにアリアがやって来た。
「お早う御座います」
「おはよう」
今日のアリアは髪を後ろに束ねており、少し大人っぽく見えた。
服装が決められている職場のため、こういう所でしかお洒落が出来ないのは、アリアのような世代には辛いものがあるのかもしれない。
まぁ俺は、お洒落に興味は無いけど……
「今日のご飯、和風なんて凄いですね!」
アリアも気の利いた朝食に驚いているようで、嬉しそうにしている。
「これ和風なんだ? アリアちゃん詳しいね?」
「はい。私、和風料理食べてみたいな、って思ってたんです!」
女の子だけあって、流行の、それも食べ物となると、かなり興味があるようだ。
「そうなんだ。じゃあこの、納豆ってどうやって食べるのか教えて」
見たことも聞いたこともあるが、食べた事の無いこの納豆に、正直困っていた。
「これですか? これは醤油を掛けて食べるんですよ」
「そうなんだ。アリアちゃんは食べた事あるの?」
「一回だけあります。でも、納豆ってあんまり美味しく無いんですよ」
「そうなの!?」
「はい。臭いしヌルヌルするし、健康には凄く良いみたいなんですけど、なんでも大豆を腐らせたものらしくて、食べるなら気を付けた方が良いですよ」
腐ってる!? そんな食べ物は食べ物じゃない! 恐らくアリアは、間違って覚えているのだろう。本当に腐っているのなら、これを朝食に食べている外人は、魔族よりヤバイ!
「本当にこれ腐ってんの? ……あ、ホントだ。臭いがヤバイ」
腐ってはいないだろうが、臭いを嗅ぐと食べられる気がしない。
「あっ! 私の言い方が悪かったです。正確には腐っているわけでは無くて、発酵させたものらしいですよ」
「発酵ねぇ……」
物は言いようじゃね? 絶対体に悪いよね?
「生卵と混ぜて食べると臭いも無くなって、食べやすいみたいですよ。それに、無駄の無い筋肉がつくらしくって、スポーツ選手なんかが良く食べるみたいですよ」
「そうなんだ……確か倭国の人って、細い癖に素早くて、バネみたいな動きするもんな」
「美人も多いですし、植物から栄養を多くとるから、きっとそのお陰なのかもしれませんね?」
「まぁ、納豆見たら、多分そうだと思う」
倭国、と言うか、フィリムと呼ばれる種族は、体は細く力も弱い。だが体術を得意とし、多彩な武器の扱いに長ける。動きは俊敏で、とてもしなやか。そのうえ女性は黒髪が似合う美人が多い。
「折角ですから、納豆食べてみたらどうですか?」
「え? そ、そうだな……まぁ土産話に食べてみるか」
「そうですよ。納豆食べたって言ったら、皆羨ましがると思いますよ」
ヒーが納豆とかに興味があるのかは知らないが、アリアとでさえ納豆のお陰でこうして盛り上がれるのなら、良い土産話になるだろう。そう思い食べる事にした。
だがいざ食べてみると、納豆は食べ物では無いと知った。世の中には色々な食文化があるようで、これはこれで良い人生経験になった。
そんな朝食を済ませると自室に戻り、本日も少し早く出勤し、オフィス前で勤務時間まで待機した。
もちろんキリアとアリアも昨日と同じように出勤してきて、二人仲良く談笑していた。
そして就業の鐘が鳴ると朝礼が始まり、研修二日目が始まった。
朝礼は昨日と特に変わった所は無く、ギルドマスターの一言は、風邪に気を付けろとのことだった。朝礼が終わると、今日も研修室に連れていかれ、講義が始まった。
「本日は、資格についてお話したいと思います。ギルドスタッフの業務には、国家資格や、特別教育を受ける事で取得できる免許が必要になる作業があります。これは知らなかったなどという言い訳は通用しませんので、どのような作業には免許が必要なのか、しっかり覚えて行って下さい」
ギルドスタッフにも免許が必要だったなんて知らなかった。あっ、この時点で俺は失格だ。
ちなみに俺は、ハンターライセンス以外は持っていない。
「ギルドスタッフは主に、会計士、簿記、情報保護などの資格があると優遇されます。これは、事務的な作業を全般に行うスタッフに必要な資格で、分かり易く言うと、お金や個人情報を扱う書類の作成や保護をするのに必要な資格です。これらは等級があり、上級になるほどできる作業範囲が変わります。上級スタッフ以上を目指そうと思う方は、取得しておくと良いでしょう」
どうやら俺には関係無い資格のようだ。だって俺、別に上級スタッフ目指してないもん。
「次に必要となる資格が、調合師、取引販売士です。ギルドは規模にもよりますが、大抵何かしらの店を併設しています。資金に余裕のあるギルドでは、併設する店舗のスタッフは、専門の方を雇っている所もありますが、ほとんどのギルドは、その作業をスタッフが行っています。そのため、以上の二つはかなり重宝される資格となっています」
マジか! 俺、今までリリアやヒーと一緒に調合してたけど、あれって違法って事?
さすがにそれは気になり、アニさんに訊く事にした。
「すみません」
「どうしました、リーパーさん」
「俺、調合師の資格持ってないんですけど、今までシェオールのギルドで、何度か調合作業を手伝った事があるんですけど、それって、やっぱり問題ありました?」
ヒー達がそんなことも知らないとは思ってはいないが、もしかしたら、「田舎だから別にいいでしょう」みたいな事を思って、俺にやらせていたのかと心配になって来た。
もしそうなら、俺はギルドスタッフを辞めるかもしれないし、ヒーとも別れるかもしれない。
「リーパーさん。リーパーさんは調合師の資格を持っていますよ? ですから、何も問題ありませんよ?」
「え? いえ、俺調合師なんて持ってませんよ?」
今俺がアニさんに、調合師の資格を持っていないと言っている最中、突然キリアが手を上げた。
「はい」
「どうしましたキリアさん?」
こいつ、トイレにでも行きたいのかもしれないが、タイミングおかしくない? あっ、もしかして、かなり限界?
「調合師の資格について、私からリーパー君に教えてもいいですか?」
何!? なんでお前がそんな事言うの!? そんなの駄目だろ!
「リーパー君には、俺から教えた方がしっかり覚えられると思うので、よろしいですか?」
なんでだよ! なんでお前に教えられなきゃダメなんだよ!
「そうですね。同じハンターライセンスを持つ者同士、そちらの方が早いかもしれませんね。では、よろしくお願い致します」
「はい」
アニさん!? ハンターライセンスは関係無くね?
「おいリーパー。お前、昇格したとき貰った書類、読んだのか?」
アニさんの許しを得たキリアは、アリアを挟んで偉そうに話し掛けて来た。
ハンターは昇格すると、新たなライセンスと共に、ハンターの何たるかや規則が書かれた書類を渡される。
これは昇格する事によって、ハンターとして出来る事が増えたり、特権が増えるからだ。
「読んだよ。それがどうした?」
「嘘つくな」
「嘘なんて言ってねぇよ。確かに全部は読んでないけど、それなりには読んだぞ」
嘘は言ってない。さらっとは読んだ。というか、あれをきちんと全部読むハンターなんているわけがない!
なんで必死こいて昇格したのに、お勉強なんてしなきゃならないんだ。
「じゃあ、ライセンス昇格に付帯される資格、全部言ってみろ」
「付帯?」
付帯される資格って何? 難しい言葉使うから、余計に何言ってんのか分からん。
「昇格するたびに貰える資格だ」
「昇格するたび貰える資格? 何言ってんだ?」
「……お前、本気で言ってるのか?」
「はぁ?」
何言ってんのキリア? そんなおまけで免許貰えるなら、誰も資格なんて取りに行かないよね?
「ハンターライセンスは、Cランク以上で準調合師と縄師。Bランク以上で罠師。Aランク以上で調合師、ハンター教員資格。Sランクでモンスター準博士号を付与されます。キリアさんが言っているのはそういう事ですよ、リーパーさん」
マジですかアニさん!! ハンターライセンスってそんなお得なもんだったの!?
「でも俺、調合の知識なんてそんなに詳しいわけじゃないですよ? それなのに調合師なんて名乗って、本当に良いんですか?」
確かにハントの時は色々な調合をした。それでも、国家資格を貰えるほどの知識があるとは思えない。それなのに、Aランクだからって貰っちゃって本当に良いの? 一生懸命勉強して取得した人もいるだろうし、何より、にわか仕込みの俺が作った調合品なんて、誰も信用しないよね?
「リーパーさん。消毒薬の調合材と、調合方法を教えて貰えますか?」
「え? あ、はい」
どうしたの急に? そんなの誰だって知ってるでしょ?
それでもアニさんに質問された以上、答えないわけにはいかない。
「調合材は、オクラモドキと、蟻のギ酸。白花の茎と根。カラモラの木の皮と笹の葉です。調合手順は、白花の茎と根と笹の葉を沸騰したお湯に入れて煮込んで、そこに真っ黒になるまで焦がしたカラモラの木の皮を入れて、オクラモドキと蟻は一緒にネバネバになるまで混ぜて、最後にこの二つを一緒にして、完成です」
それを聞いたアニさんは、感心したように頷いた。
「なるほど。合っていますか、キリアさん?」
「はい」
アニさん知らなかったの? まさかそんなはずは無い。だってあのアニさんだよ?
「ですが、リーパー君の言う配合には、二つ足りない物があります」
「はぁ? そんなわけないだろ? 今のは誰が聞いても間違ってないって言うだろ?」
全くキリア君は。アニさんとアリアの前だからって、調子こいて「俺は正確な配合知っています」アピールし始めたよ。俺が言った配合は、世間一般的なものだ! 恥かけキリア!
「猫髭草とトロ芋が入ってないだろ」
「はぁ? 猫髭草なんていれたら、痒み出るだろ?」
「だからトロ芋を入れるんだろ?」
「トロ芋入れたら、熱持つだろ? 確かに痒みは消えるかもしれないけど、それだとあんまり意味無いだろ? 第一、トロ芋なんてそう簡単に見つからないだろ?」
「誰が現地調達での配合を聞いてるんだよ。アニーさんが聞いたのは、効果のある消毒薬の作り方だろ?」
「違うだろ。一般的な作り方だろ? なんで今お前のオリジナル聞かなきゃダメなんだよ! 馬鹿だろお前!」
「ぁあん!」
「ぁん!」
「お二人とも、仲がよろしいようで何よりです」
あっヤバイ! 研修中だった! アニさん怒ってる?
「す、すみません……」
「勤務中に申し訳ございませんでした……」
「いえいえ、お気になさらずに」
怒ってる? 怒ってない? アニさんの笑顔が怖い。
「リーパーさん」
「は、はいっ!」
えっ!? やっぱり怒られるのは俺だけ? なんで? 申し訳ございませんって言わなかったから?
「今のお二人の会話は、リーパーさんは気付いてはいないと思いますが、私にはとても理解出来ない会話でした」
「え?」
「私は調合師の資格を持っていませんので、キリアさんとリーパーさんの会話は、とても専門的な会話に聞こえました」
「そうなんですか?」
そうなの? 別に専門用語とか使ってないし、誰でも知ってる話じゃないの?
「アリアさんも、調合師の資格は持っていませんでしたよね?」
「はい」
「では、今のお二人の会話を聞いて、どう思いましたか?」
「はい。聞いた事の無い植物の名前や、木の皮を焦がすという調理というか、知識は、とても専門的な話に聞こえました」
そうなの!? ……そうなんだ。意外と調合って普通の人はしないんだ。
「リーパーさん」
「は、はい」
「ハンターという資格は、リーパーさんが思っている以上に特殊な資格なんです。ハンターライセンスに色々な資格が付帯されるのは、それほど特殊な作業が多いからなんです。リーパーさんは、調合や罠を現地で作ったりしましたか?」
「はい」
ハンターにとって現地調達、現地作成は、日常茶飯事だ。相手が生き物である以上臨機応変な作業が要求され、ある物だけでそれに対応しなければならない。そのため蔓を使って縄を作ったり、怪我をしたら野草を使う事だってあった。
「ハンターにとってそれは当然の作業ですが、私達のようなハンターライセンスはおろか、ハントにすら行った事の無い者にとっては、リーパーさんが当然と思う作業は至難を極めます」
そう言われればそうかもしれない。火を起こすのですら、最初は俺も苦労した。
「ですので、リーパーさんが調合師の資格を有するのは、決して不思議な事ではありませんよ? ハンターライセンスAとは、プロ中のプロという証でもあるのですから、もっと自信を持ってもらっても良いのですよ?」
なんか嬉しい。今まではAランクハンターが凄い凄い言われるのは、肩書のお陰かと思ってたけど、アニさんみたいに理論的に褒められると、皆が凄い凄い言う理由が良く分かった。
「あ、ありがとうございます」
俺がそう返事をすると、アニさんはニッコリ笑った。これもハンターライセンスの力か? Aランクライセンス万歳!
「では、資格についての話に戻ります。ギルドスタッフには……」
アニさんのお陰でAランクライセンスの有難みと、今まで積み重ねて来た自分の努力を再確認させてもらい、さらに資格についても教えて貰った俺は、とても有意義な午前の講習を受ける事が出来た。
細かい設定。魔法のランクについて。
魔法は、この世界では正式には第四級、第三級が初級、第二級は中級、第一級が上級魔法と呼ばれ、その上に準一級、禁忌があります。基本的に学者などの専門家以外は初級、中級魔法と呼びます。
ミサキが山亀に放った魔法はミサキのオリジナルで、ランク的には第二級程度の取得難度になりますが、威力は準一級クラスです。
ミサキの魔法は、弾を射出するが第三級、弾を生成するが第二級程度です。弾の生成にはかなりの時間と魔力を要します。




