癖のある弟子たち
アドラとは会いたいと思っていた。これは決してアドラが社長になったからというわけではなく、俺は純粋にアドラの事が好きだったからだ。……これも決してそういう意味ではない! 友として好きなだけで、そういう意味ではない! 俺は女性が大好きだ! ……いや、そういう意味でもないからね! 襲いたいとかそういう意味じゃないからね!
アドラは欠伸をして、首筋をポリポリ掻きながら座り直した。それを確認したロンファンは、「手を拭いてきます~!」といそいそとママの元へ走って行った。やらなきゃいいのに。
「アドラ。お前会社始めたんだってな?」
「え? あぁ。そう」
あまり自分の事に興味の無いアドラは、赤い瞳を擦りながら素っ気ない返事をする。
アドラはキリアと似たような性格をしていると俺は思うが、アドラの場合、俺に対して敬意を持って接しているのが分かるため、例え口が悪くてもキリアのように腹は立たない。
「なんの会社始めたんだ?」
「え? 退魔師だけど? それが?」
退魔師とは、アンデッドや幽霊といわれる害悪を退治する職業だ。魔力の扱える者なら相手に損傷を与える事が可能で、インベーダーのアドラには容易なのだろう。
「へぇ~。お前アンデッドとか倒せたんだ?」
「まぁ。俺、インペリアルだから……」
あっ! インバーターじゃなくて、インペリアルだった。
「そうなんだ。仕事は上手くいってるのか?」
「そこそこ」
全然話に食いついてこない! 普通会社を興したり社長になったら、そこは触れてくれって頼むよね? 自分から催促するよね?
「忙しいのか?」
「いや。この間仕事終わらせたから、しばらくは暇だな。あ、それでも、客は良く来るから、そんなに退屈はしないな」
「そんなに客来るのか? 何処に会社持ったんだ?」
「え? サワー地区」
「サワー地区!?」
あのスラムの無法地帯!? 全ての家のガラスが割られ、道端には酒やたばこを吸う奇抜な格好のお兄さん方がいらっしゃる、サワー地区!?
じゃあ客って、そういうお客様!?
「なんでサワー地区にしたんだよ! お前、店大丈夫なのか?」
「まぁ。この間、二十人くらい来たから丸めてやった」
丸めた!? アドラが言うと全然可愛く聞こえない!
「もっと良い場所あったろ? お前の貯金なら、コンコート地区でも店出せたべ?」
コンコート地区は大通りに面する賑やかな地区で、店が多く人通りも多い。
「まぁね。だけど、サワーの方が俺好きだから」
それは喧嘩相手がいくらでもいるからだという意味だろう。
アドラは快楽主義者で、喧嘩大好き。それにサワー地区なら、いくら町を破壊しようが、いくら相手を傷つけようが憲兵に捕まることは無い。
サワー地区を治めている男爵だか伯爵は有名な賊長らしく、物凄い軍力を持っているようで、ミズガルドの王でさえ手が出せないらしい。
そのためサワー地区は、賊やギャング、浮浪者や乞食の巣窟となっている。と聞く。実際俺は怖くて行ったことが無い。
「そ、そうなんだ……じゃあ、気を付けろよ……」
「あぁ。ありがとう師匠」
師匠面して、「一度従業員にでも挨拶でも行くか?」なんて言おうかと思っていたけど、アドラも立派に成長したし、俺が顔を出さなくても大丈夫そうだ。
そこへロンファンがママと一緒に、料理を持ってやって来た。
「はい。アドラちゃんはピザ。師匠さんにはカレー。ロンファンちゃんにはステーキ。これで良いかい?」
さすがママ。久しぶりに来ても、キチンと俺のいつものを覚えていてくれた。
俺のこの店での一番のお気に入りは、カレーだ。どこか海の向こうの国の料理らしく、本来は米と一緒に食べるらしいが、俺はバターを塗ったパンと食べる。
ママはそれも覚えていて、自家製のロールパンと一緒に出してくれた。
「うん。大丈夫。ありがとうママ」
「そうかい。じゃあ、残さず食べるんだよ」
「分かってる」
ママはそう言うと、戻って行った。
ここの店では、というより、俺達には残さず食べろというルールを付けられている。これは、育ち盛りのロンファンとアドラに対してのママの優しさだ。まぁ、ロンファンがいれば絶対に残さないけど。
「師匠~。早く食べましょう~!」
ロンファンは食べ物を前にすると、落ち着きが無くなる。
出会った頃は、料理が出ると一目散に食べ始めていた。最初は貧しい育ちだったのだろうと哀れんだが、どうやらそういう性格らしく、最低限の食事のマナーを躾けるのが大変だった。
今では「待て!」を習得し、言いつけ通り「食べて良い」と言うまで食べない。
「あぁ。じゃあ食べようか。食べて良いよ」
俺がそう言うと、ロンファンは返事もしないで肉にかぶり付いた。それもフォークも使わないで。
フォークやスプーンの使い方は教えたはずなのに、もう忘れているらしい。
それでも、意外と綺麗に食べるロンファンに、まぁ良いかと思った。
アドラはピザを一切れずつ掴み、モグモグ食べている。ただ、食べるとき毎回ピザを上に持ち上げ、まるで悪魔が小人を食べるようにゆっくり口に運ぶ。
性格もそうだが、食べ方にも個性のある弟子たちだ。
俺はカレースープに、バターを塗った一口サイズのパンを浸し、ちまちま食べる。こうやってパンを一つずつ食べるのが上品で好きだ。
――料理を食べ始めてしばらくたつが、会話が全くない。
俺としてはもう少し会話を楽しみたいのだが、アドラは話し掛けてこない、ロンファンは食べるのに必死。……ねぇ! もっと話そうよ!
――しばらく無言のまま食事を続けると、もう食べ終わったらしく、ロンファンがアドラの横によそよそしく移動した。アドラのピザを狙っているのだ。
過去に何度も、「人の物を欲しがってはダメだ」と教えたため、ロンファンは俺からは貰おうとはしない。だが少食のアドラは、要らなくなるとロンファンにあげる。
そのせいでロンファンは食べ終わると、まるで犬のようにアドラの傍でずっと貰えるまで待っている。
ロンファンの家は決して貧しいわけではない。どちらかと言えば裕福な方だ。父親は兵隊長らしく、母は香水などを作って売っていて、広い庭付きの家に住んでいるらしいが、何故かロンファンは食に対して貪欲だ。
「ほら。後は食って良いぞ」
「ありがと~、アドラ~!」
約半分を残しもう十分なのか、アドラはピザをロンファンにあげた。
ロンファンは礼を言うと、一目散に食べ始めた。
それを見て、もう話し掛けてもいいだろうと思い、師匠の俺自ら話題を振った。
「そういえば今朝、朝礼で聞いたんだけど、サワー地区で事件起きてんだって? アドラ知ってんのか?」
「え? 事件? さぁ?」
ムシャムシャピザに食らいつくロンファンの頭を撫でるアドラは、足をテーブルに上げようとしたが、俺がまだ食べているのに気づき下ろした。
俺の前では見せないだろうが、一度染みついた癖はなかなか抜けないようだ。
「ギルドマスターが言ってたぞ? まだサワー地区で起きた事件の犯人が捕まってないって」
「事件ねぇ~……?」
近所の出来事さえ知らないアドラは、ちゃんと会社を経営していけるのだろうか?
「殺人とか放火とか、なんかそういうの起きなかったのか?」
「ああ、そういうのか」
どういうのなら事件なのか、アドラの感覚が分からない。
「火事ならあった」
「そうなのか? アドラの会社の近くか?」
ギルドマスターが言っていたのは恐らくこの事だろう。犯人が捕まっていないと言っていたことから、放火魔の仕業だろう……クレアじゃないよね?
「近くっていうか、俺の会社」
「はぁ?」
今、アドラの会社が燃えたと聞こえたのだが……アドラなりの冗談だろう。冗談まで言えるほど社交的になっているとは、本当に立派になった。
「…………」
のはずなのだが、それで? 的な顔をするアドラを見て、冗談では無いと分かった。
「お前、本気で言ってんの?」
「あぁ。この間、飯食いに行ってたら、燃やされてた」
「…………」
さすがスラム! 防犯もクソも無い!
「それって、良くあることなの?」
「いや。火事はあんまり無い」
ですよね~。いくらサワー地区と言えど、火事なんてそうそうないよね~?
「自警団とかには行ったのか?」
「いや。どうせ誰かの嫌がらせだし、そのうちまた来るから、その時に直してもらう」
スラムもチョー怖ぇけど、会社を燃やされて気にもしていないアドラは、チョー怖ぇ~。
「相手の目星は付いてんのか?」
「大体ね。この間の仕事の相手だと思う」
「仕事の相手? お前、退魔師だよな? 恨み買うような相手なんかと戦うのか?」
「いや。この間はたまたま」
そう言うと、アドラの中ではこの話は終わったらしく、ロンファンのピザを取ろうとちょっかいを出し始めた。
それを受けてロンファンは、餌を取られると思った犬のように、アドラの出す手に噛みつこうとしていた。……いや、話終わってないから!
「アドラ。この間はどんな仕事したんだ?」
こっちから掘り下げないと、アドラにとって興味の無い話は終わってしまう。結構自分勝手。
「悪魔召喚しようとしてた、オカルト集団の塒を探す仕事」
「退魔師って、そんな仕事もすんだ?」
「まぁ、一応ネクロマンサー相手だったから」
「でも、秘密基地探すだけの仕事だろ? なんで恨みなんか買ったんだ?」
「え? あぁ、本来は見つけるだけで良かったんだけど、サービスしたから」
アドラの言うサービスって、絶対乗り込んだんだよね? そして全員ボコったんだよね?
「サービスって?」
「ワンちゃん倒して、召喚した奴箱に詰めて、アジトを少し綺麗にした」
やりやがった! そうだよね。アドラが隠密作業で満足するわけないもんね!
「全員捕まえなかったのか?」
「え? ああいう奴らって、逃げ足は速いんだよ。それに、もしかしたらまた仕事くれるかもしれないだろ?」
そういう仕事は残しちゃだめ! だから家燃やされるんだよ!
「でもそのお陰で、三万もくれたし、また頼むってお得意様になってくれたんだぜ」
「そ、そうなんだ……」
そりゃね。ついでに壊滅させてくれるんなら、大分手間省けるもんね。
ここでロンファンがもう食べ終えたようで、もそもそっと俺の横に来た。くれとは言わないが、じっと俺のカレーを見ている。
ロンファンは、あるだけ食べる性質で、犬と変わらない。だから決められた分だけ食べさせなければならず、下手に追加注文すると、最後にはリバースしてしまう。
いくら食べても太りはしないが、健康上それは良くないため、いくら見ても絶対に与えない。
その代わり、頭を撫でてやる。こうすると、しばらくするとふて寝する。
「でも、本当に大丈夫なのか? そのうち大勢で来て、お前殺されないだろうな?」
その言葉には興味があったのか、アドラは嬉しそうな顔をした。
「いいなそれ。パーティー出来るじゃん!」
パーティー? 絶対違う意味だよね?
「まぁでも、あそこにそんなに大勢来たら、俺の店に着く前に他の奴に取られるからな~……」
何を残念そうに言ってんだ!? バトルマニアのアドラはやべぇ!
それでも、アドラの戦闘能力の高さを知っている俺からしたら、人間ではアドラを殺せないから大丈夫だと思う。
ドラゴンに尻尾でぶっ飛ばされても大丈夫。相当切れる刃物でなくては切り傷も付けられず、仮に刺さっても、頭以外なら二日もしないで治る治癒力。そのうえ、戦闘中は興奮しているのか、骨が折れても痛みを感じないらしい。
そのタフさに加え、三メートル以上飛び上がれる脚力。空中でのアクロバット。多彩な武器の使用。というか、ただの化け物。
そんなアドラたちとの楽しい夕食は、あっという間に過ぎて行った。
その後ロンファンの欠伸で夕食は終わり、俺はミズガルドでの研修初日を無事に終える事が出来た。
細かい設定。魔法。
魔法の使用には三種類あり、自分の魔力だけを使う直列型。自分の魔力を微量干渉させ、自然や他人の魔力を利用する交列型。直列と交列を交えて使う複式型があります。直列型は肉体強化などに使われ、火を出すなどには不向きです。交列型は扱う物質の知識などが必要なうえ、天性の才能か特殊な魔法で無ければ使用できません。しかし強大な威力を発揮します。
この世界では複式型が一般的で、自分6対象4くらいで魔力を使用出来れば高位の魔導士で、8対2で使用出来れば賢者クラスです。




