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新人研修

 モンスターと呼ばれるほど危険な獣を狩猟し、それを生業とする職業、モンスターハンター。

 知識、技術、体力、そして強い精神力。常に死が付き纏う職業に、人々は称賛し、時に英雄と呼ぶ。

 そんな世界でAランクハンターにまでになった俺だが、ハント中に不慮の事故で引退に追いやられ、今では故郷シェオールのモンスターハンターギルドでスタッフとして勤務していた。


 入職して間もなく、思わぬ事故で負傷し、しばらく入院する羽目になりほとんど勤務していないが、すでに三か月ほどが過ぎていた。


 

 高く上がった太陽につられ、青空に大きな入道雲が悠然と佇む。深い緑に色付く山には、日を追うごとに蝉の声が賑やかになっていき、渇いた街道には町を行きかう人々だけでなく、虫たちも往来するほど活気がある。

 外を歩けば、半袖でも汗ばむような気温に、青々しい草の匂いを感じる季節になった。

 

 復帰して一か月も経たないが、すっかり定着した受付の席で、今日も先輩ヒーの指導の下、開けっ放しの扉から見える往来を眺め、朝から退屈な時間を過ごしていた。ジャンナは既に来客があるというのに……


「はぁ~。暇だな、ヒー?」

「そうですね」


 ヒーは微笑み、そう返す。

 以前はこれほどはっきり表情を見せる事の無かったヒーだが、あの事件以降、表情の変化が豊かになった。というか、俺に対してだけだが……いや、もしかしたら俺自身が細かくヒーを観察するようになったのかもしれない。

 俺としてはまだ妹の域を脱していないのだが、プロポーズした事によって意識に変化が訪れたのかもしれない。


「そうだな……」

「はい」


 しかし随分社交的になったヒーだが、性格の方までは早々変わるものではないようで、相変わらず真面目で、口数は少ないままだった。

  

「リーパー。ちょっといいですか?」


 のほほんと穏やかに、というか、ボケら~っと受付をしていた俺に、マスタールームから出て来たリリアが言った。

 リリアはヒーの双子の姉であり、一応ここのサブマスターだ。


「どうした? なんか別の仕事でも出来たのか?」


 どうやら生来から待機という仕事に向かない俺には、例えトイレ掃除でも有難い。そんな期待を込め訊いたのだが、リリアの口から出たのは、思い出したくも無い用件だった。


「この間云っていたとおり、そろそろ貴方に、アルカナへ新人研修に行ってもらいます。そこで、今月か来月、どちらが都合が良いですか?」

「えっ!? ……そうだな……」


 最悪! ただでさえ出稼ぎでの生活が嫌なのに、それもまさかのアルカナ!? ハンター辞めるとき、もう会う事も無いだろうって思ってろくに挨拶もしないで帰って来たのに、アルカナ!? 絶対行きたくない! アルカナには確かに四つギルドはあるけど、絶対本部の方だよね? あり得なくない!


「……あ~……そうだな~……」

「どうしました? 何か不都合でもありましたか?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

「?」


 言葉を濁す俺を見て、リリアだけでなく、ヒーまでもあの首をコロンとする癖を見せた。流石双子!


「何か困り事があるなら、私にも協力させて下さい?」

「えっ! いや、そういうわけじゃないけど……」


 ヒーはそう言ってくれるけど、アルカナには元カノいるんだよ? 絶対そんな事言えないよね? あっ、でも、もしかしたらそれを言ったら、「駄目!」って言ってくれるかな?


「じっ、実はさ……」

「?」


 駄目だ言えない! そんな下らない理由を言えば、先ずリリアにぶっ飛ばされるし、ヒーの眼つきが鋭くなる! 


「なるほど。では、ミズガルドならどうですか?」

「?」


 勘の良いリリアは悟ってくれたようだ。ヒーはまた首を傾げているところを見ると、まだ気づいてはいない。だが……ミズガルドも駄目だ! あっちはあっちで、俺を師匠と呼ぶ弟子の天然女性ハンターがいる! 嫌いなわけじゃないが、引退した事も言ってないから色々面倒だ! あっちも嫌だ!


「そ、そうだな~……」

「…………」


 あっヤバイ! リリアの目がめっちゃ怖い!


「アハハハ……どうしても行かないと駄目?」

「駄目です! 貴方どれだけ手癖が悪いんですか!」

「手癖?」


 完全に俺の過去を見透かすリリアと、純粋に分かっていないヒー。そこはヒーに似ないと駄目だよリリア!


「リーパーにはあちこちに彼女がいるんですよ! だからアルカナもミズガルドも行きたくないんですよ! そうですよね!」

「本当ですかリーパー!」

 

 なんで言っちゃうかな!? あり得なくない?


「ちっ、違うよ! 元だよ元! そ、そんなわけないだろ! それに本当に俺がそんなにモテると思ってるのか!?」

「そうでした……すみません」

「リリア、脅かさないで下さい」


 えええ! 君たちの英雄そんなレベルなの!? 未来の旦那と義弟だよ? 


 あり得ない速さで謝罪の言葉を発したリリアと、その冗談は面白いみたいな顔をするヒーを見て、猛烈なパワハラを感じた。


「ですが、このまま駄々をこねていても、ギルドで働く以上、必ず行かなければなりませんよ? このままじゃいつまで経っても見習いのままですよ? 私達だっていつまでも貴方の面倒を見ていられないんですよ? 男の子なら自立しないと駄目ですよ」

「分かってるよ、そんな事……じゃあ、ミズガルドで良いよ!」

 

 仕事としてではなく、ネチネチネチネチ、まるでお母さんのような口ぶりのリリアに、速攻で根負けした。

 そこで、せめて知り合いの多い古巣のアルカナより、少しでも顔の知られていないミズガルドを選んだ。

 

「本当に良いんですね?」

「もうそれで良いよ! 五日間だろ? それくらいなら我慢するよ!」

「なるほど。つまりミズガルドには元カノはいないという事ですか?」

「!!」


 本当にリリアは余計な事ばかり口にする! お陰でヒーの視線が痛い!


「それと、貴方は勘違いしているようですが、正スタッフになるためには、いずれどちらにも行かないといけませんよ」

「マジで! 一回で良いだろ!?」

「分かっていませんね。貴方、契約書読んでいませんね?」


 正式にスタッフとして契約したとき、ニルから分厚い書類を貰った。だが、二ページほどしか読んでいなかった。

 だって字多いんだもん!


「よ、読んだよ……少しだけ……」


 それを聞いて、リリアは呆れたようにため息を付いた。


「まぁ良いです。とにかく、ミズガルドで研修を受けて下さい! 今の貴方には丁度いいかもしれません。日時は追って教えます。良いですね?」

「…………」

「返事は?」

「……分かりました……サブマスター……」


 研修ごときで離職するわけにもいかず、諦めた。もう知らないよ!


「ヒー! リーパーにスタッフのランクを教えてあげて下さい!」

「分かりました」


 そう言うと、リリアは不機嫌そうに戻って行った。


「では、スタッフのランクと昇格条件、そしてランクごとに与えられる職権を教えます」

「えっ!?」


 リリアの姿が見えなくなると、ヒーはいつもの如く作業に入る。


 真剣な表情をしているけど、絶対怒ってるよね? 俺が駄々をこねた事より、元カノの方に怒ってるよね?


 それを証明するように、あの怒涛の説明が始まった。


「ハンターギルドのスタッフには、見習い、準スタッフ、正スタッフ、上級スタッフ、職責スタッフの五段階があります。今リーパーは見習いになります。見習いは三か月の実習期間を終え、指定されたギルドで研修を行い、そこで認められると、準スタッフに昇格できます。準スタッフに昇格すると、仕事内容はそれほど変わりませんが、給料が上がります。次に……」


 もう完全に俺の事などお構いなし。どんどん進む。


「準スタッフも見習い同様、他のギルドで研修を行う事で、正スタッフに昇格します。ただし、準スタッフとして半年間の実習が必要になります。正スタッフになると、一人で受付を担当することができ、依頼者に対して、依頼の拒否権を行使できるようになります」

「え? そうなの?」

「はい。正スタッフ以上は、ギルドの業務を円滑に進める役目があるため、ギルド内では憲兵に等しい権限を持ちます」


 契約書を読まなかった俺が悪いのは自覚しているが、それほどの説明は口頭でするべきではないのだろうか? ……それにしても憲兵クラスとは、ギルドスタッフってヤバイね。


「つまり、ギルド内ではスタッフは無敵って事か?」

「物理的な力には、体を鍛えない限り変わりません。ですが、権限としてはそういう事になります」

「そ、そうなんだ……」


 クソ真面目! それくらいは俺にも分かるよ! わざとなの? 腹いせに嫌がらせしているの?


「そして、上級スタッフになるには……」

 

 えっ!? それ今説明するの? 今は必要なくない? 俺、そこまでは目指してないよ?


「協会が年に二回行う、昇格試験を受ける事になります。これには、お辞儀、言葉遣い、接客態度などの基本的な事はもちろん、モンスター、素材などの知識に加え、ランダムに選ばれる書類を書き上げる知識も必要になってきます」

「へ、へぇ~」


 もう相槌を入れるくらいしかできない! それ、今の俺に必要な知識?


「上級スタッフになると……」


 この後、長々と怒涛の説明を受け、全く頭に入らないまま相槌を入れ続けた。




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