98.国王のお仕事
南アジアのインド洋に浮かぶ常春の島国、鉄郎王国。
国王の名を冠したこの国はいまや世界政府の理から外れ、完全な独立国として世界中に知られることとなった。
この国の首都となったコロンボの街、武田邸からほど近くの喫茶店に国王の元気な声が響き渡る。
「は〜い、紅茶セットお待ちどうさま!!」
「ハ、ハイ、国王さま♡ありがとうございます!!」
国王直々の給仕にポォ〜っと頬を染める20前後の女性客。無理も無い、男性に給仕されることなど初めての経験なのだから。
「おばあちゃん、ワタラッパン(スリランカのプリン)お待ち。カシューナッツは多めに入れといたよ、ゆっくりしていってね」ニコリ
「ありがたいね〜、どうだい国王さま、うちの孫のお婿にこないかい」
「はは、間に合ってますので」
苦笑いで厨房の方に戻って行く鉄郎。
「チャンドリカさん、キャロットケーキの紅茶セットを2つ、それとパイナップルのアイスってまだ残ってます?」
「あ、は〜い、大丈夫、まだ残ってますよ〜」
良く通る声で注文を伝える鉄郎、薄いブルーの半袖シャツに黒のパンツ、少し長めのカフェエプロン、首元には棒タイ風に擬態した貴子お手製の翻訳機がぶらさがっている。清潔感ある黒髪の短髪が服装によく似合っていた。
紅茶農園を経営しているチャンドリカはこの街に直営の喫茶店を持っていた、最近では学校が終わる午後4時の鐘が鳴ると客が押し寄せるようになっていた、新しく採用したアルバイトくんの所為である。
新しいアルバイトの名は武田鉄郎と言う、最近では少し色気も出てきたと評判の国王さまである。
では、なぜ国王である鉄郎が喫茶店でギャルソンなんかやっているかと言うと、話は少し遡る。
ある日食堂で夕飯を皆で食べていた時の事だ、鉄郎が突然スクッと立ち上がり言い放った。
「僕、明日から働こうと思うんだ!!」
「「「「「はぁ?」」」」」
突然の宣言に皆「何言ってんだ鉄君?」という顔をした、春子は一人黙って味噌汁をすすっている。
「えっ、何、鉄郎君、何か欲しい物でもあるの? お小遣いくらいいくらでも出すよ、何億欲しいの?」
貴子が慌てたように鉄郎に声をかける、何か今の生活に不満があるのかと思ったのだ。
「違うんだよ貴子ちゃん、ほら、僕も真澄と藤堂会長と2人も婚約者がいて、しかも京香さんには赤ちゃんまで出来たでしょ、やっぱり男として自分で稼いだお金で養っていきたいんだよね」
その鉄郎の言葉でザワリと食堂全体が殺気立つ、その視線は住之江とリカに向けられる、京香はバベルの塔に逃げるよう引きこもって研究しているので、結果標的はこの2人に絞られる。殺気のこもった無数の視線に住之江はふふんと大きな胸を張り、リカはヒッと悲鳴をあげた。この辺はもう婚前交渉をやっちゃてる住之江の方が余裕がある、正妻の貫禄だ。
「でもだからって国王である鉄郎君が働かなくても、そうだ!! この国の電力会社の社長にでもなる、何もしなくてもお金入ってくるよ」
「それじゃ意味がないよ、僕は自分で働いたお金でお嫁さんを食べさして行きたいんだ、貴子ちゃんに頼ってばかりじゃ駄目な男になっちゃうでしょ」
「そ、そんなぁ、鉄郎君にだったら毎日「おかえり」って言ってくれるだけで月100万は出すよ、「愛してる」だったら500万でどお、それより私と結婚してくれれば無制限で使えるクレジットカード渡しちゃうよ」
貴子は男が出来ると貢いでしまうタイプのようだ、際限なく男を甘やかすダメンズ製造機である。そんな貴子にみそ汁を置いた春子が一喝した。
「貴子!! 往生際が悪いよ、鉄が働くって言ってんだ、それをそっと支えるのが内助の功ってもんだろ」
「むむっ、いつの時代の話だよ、春子の頭ん中50年前で止まってるんじゃないのか!!」
この貴子の意見には食堂に集まった皆うんうんと頭を振る、男性が貴重なこの時代だ、その男性を働かせたとあっては、それこそ女の沽券にかかわるってもんである。何だこいつら、皆んな同じタイプだったか。
「あんた達がそうやって甘やかすから、ダメダメな軟弱男が増えてるんだろうが、働くことの楽しさや苦労は経験しといた方が人間として成長するんだよ」
パチパチパチパチ
春子の意見に以外な所から拍手が起こる、居候のマイケルだ。
「さすがは春子おばあさまで〜す、私も大阪では街のパトロールという重要な仕事をしていたので、よ〜くわかります、人間暇なのはよくありませ〜ん、ハッハッハ」
「「あれが仕事ぉ?」」
住之江と麗華が眉間に皺をよせマイケルにジト目を向ける。街をブラブラしてるだけのパトロールは仕事とは言わない、だがそれで生活が成り立っているのがこの時代の恐ろしいところだ。(マイケルは社交的なロリなので、歩いているとワンチャン狙いで勝手に貢ぐ女が寄ってくるので金に困ったことはなく、男性特別手当もあって結構裕福だったのだ)
「そうだな、国王である鉄郎くんが働くなら、親友の私も一緒に付き合おうじゃないか、それなら幼女王も安心だろう」
「「いや、それのどこに安心する要素がある!!」」
住之江と麗華はマイケルが只のニートとわかっているので、つっこまざるをえなかった。
結局、男2人と最高権力者?である春子がその場を押し切る形となり、鉄郎はアルバイトを始めることとなった。
とりあえずこの国の代表的産業である紅茶農園で働くかと、以前男性特区設立の嘆願で面識のあるチャンドリカの農園をヘリで訪ねたのだが、突然の国王と女王の来訪にチャンドリカも驚きを隠せない。しかも小ちゃい女王様は「あ〜ん、てめえ、鉄君にきつい仕事させたらわかってんだろうな」と目で訴えてきた、圧が強い、一体どうしろと。
流石に国王に茶摘み仕事はさせれないと判断したチャンドリカは、コロンボにある農園直営の喫茶店でギャルソンとして雇うことにした。なんにせよ王様の仕事ではないが。
忙しく店内を走り回る鉄郎とは別に、奥のテーブルに10歳くらいの褐色の肌をした幼女がテトテトと歩み寄る。
「ねえ、おにーちゃんは働かないの?」
小さな手に母親に貰ったジンジャービール (ノンアル)を持ったまま、チャンドリカの娘であるチャリタリは目の前でのんびり紅茶を飲んでる男に話しかける。
「なにを言ってるんだい可愛いお嬢ちゃん、こうして席に座っているのが私の仕事なのだよ」
「ふ〜ん、そういうものなの?」
「私がここにいるだけでこうして客が大勢入っているではないか、これはもう立派な接客だろ」
「それは、国王様目当てのお客さんじゃないのかな?」
ポキュリと首を傾げるチャリタリ、幼女と言えどそれくらいの事はわかる。
「ハッハッハ、お嬢ちゃんにはまだわからないか、鉄郎くんがああして元気に働けるのは私が一緒の職場にいるからなんだよ、一種の精神安定剤みたいなものだね、ハッハッハ」
ガシッ
「ウルサイゾ、クズ。貴様はトイレ掃除でもシテロ」
「アガガガガガガガ、痛い、痛い、痛い、頭が潰れるぅ〜」
「あ、黒夢お姉ちゃん、亜金ちゃん、こんにちは」
座っていたマイケルの背後から頭を鷲掴みで持ち上げる黒夢、その後ろには亜金も付いてきていた。
「「コンニチハ」」
綺麗にハモっておじぎしながら挨拶する黒夢と亜金、鉄郎が働き出してからおまけでついてきているのでチャリタリとはもう顔なじみだ、お姫様のような服装の2人に幼いチャリタリはよくなついていた。
「黒夢お姉ちゃん、おにーちゃん動かなくなっちゃたよ」
「心配ナイ、マダ生きてル。それより亜金、コレは貴女の管轄、躾はシッカリスル」
そう言いながら黒夢は動かなくなったマイケルを亜金に差し出した、亜金は苦虫を噛み潰したような顔でマイケルを摘みながらトイレに引きずって行った。
その光景をを厨房から心配そうに見ていたチャンドリカであったが、期せずして我が娘が男性とのふれあいという貴重な体験を果たしていることに胸を撫でおろす、それだけで国王である鉄郎に感謝の念を抱き、知り合いになっておいて良かったと思っている。
チラリとホールに目を向ければその国王様が人懐っこい笑顔を店内に振りまいていた、その笑顔に当てられてチャンドリカも頬を染める、これはいずれ身体でご奉仕しなければと密かに決意するのだった。
ゾクリ
「ん、今なんかチャンドリカさんの視線を感じたような」
様々な経験を経て、ようやく女性の視線に反応出来るようになった鉄郎だったが、いまだ危機感は薄い。
その喫茶店の向かいにある酒場には暇そうな女が5人、テーブルを集団で囲んでいた。
「う〜ん、うちの為に一生懸命働く鉄君格好ええな〜」
「先生の為ではありませんわ、私の為ですわ」
「あんた達のその発言、凄くイラッとするんだけど殺していい?」
「なあ、あの店長鉄君に色目使いおったぞ、黒夢の奴何やってんだ、駆除しろそんな女!!」
「貴子様、バベルの真紅から報告が入ってますがどう致しますか?」
「今それどころじゃないだろう、後で聞く」
仕事しろお前ら。
その頃、バベルの塔の京香と真紅。
「オイ、京香、これはパパの眷属を増やしテ、世界を征服スル計画デイインダナ」
「まあ、鉄ちゃんの遺伝子が世界中に広まるって考えればそうとも言えますわね」
「フム、だが長男が家督を継げるようにしないト、お家騒動の元ダゾ」
「真紅ちゃん、あなた達どっから知識得て話してるの?」
「暴れん坊将軍」
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