94.恐怖
YAMATO、黒夢、亜金、白雪、真紅の5機の第5世代AIによる人工衛星を介した世界同時ハッキングは黒夢1体の時と違い正に地球規模で行われた。これにより政府の軍事施設は全て貴子のコントロール下におかれ、鉄郎王国に集結しつつあった艦隊はその機能を完全に麻痺させられ沈黙する。ミサイルの1発も飛び交うことのないスマートな終戦となった。
この瞬間、貴子は「世界の王」と言っても過言ではない存在となったのだ。
「う、うそでしょ、あれだけの艦隊が……」
インドのカンチャーナ首相がデリーの官邸で部下の報告を聞いた第一声であった。
カンチャーナが主導しアメリカ、日本、インド、フランスなどの高い軍事力を誇る主要国で、鉄郎王国を包囲しようとした。しかし結果はその海域に侵入することすら出来なかったのだ、自国の軍などは空港や港から一歩も動かすことがかなわなかった。管制機関がハッキングを受けレーダーは沈黙、コンピュータ制御の機体はエンジンが始動しない状況におちいった。かつて黒夢が世界相手に引き起こした悪夢の再来である、いかに現代の兵器がコンピュータにたよっているか再認識させらる事態だった。
ピルルルルルル
カンチャーナの端末に非通知での着信が突然はいる、彼女は褐色の肌を青ざめさせならがらも通話ボタンを押した。
「わたし貴子ちゃん、今あなたの後ろにいるの……」
「ヒィッ!?」
スピーカーから聞こえる幼い声に、全身に鳥肌が立った。
後ろを振り向くが誰もいない、インド人であるカンチャーナが日本の都市伝説メリーさんを知る訳もないが、恐怖だけは世界共通と言える。
「冗談だ、王国からかけているよ。このタイミングで電話した意味はわかるよな」
「…な、何を言ってるのかしら」
「ふ〜ん、過ぎた欲望は身を滅ぼすぞ、建国の際に渡した特許技術で我慢しろよ、そちらが干渉してこなければこっちから手は出さないからさ」
「貴女、その国で一体何をしているの、あの白い塔は何なの!! また世界規模のテロを企んでるんじゃないわよね」
(コンピュータジャックも充分テロ行為と言えるんですけどね)
「キーキーうるさいな、そこまで教える義理はないね、じゃあ警告はしたからね、バ〜イ」
無音となったスピーカー、足下がおぼつかない、カンチャーナの中でグラリと世界が揺れた気がした。
加藤貴子を甘く見ていた、男一人を生贄に飼いならせると思っていた、どれだけ優れた頭脳を持とうが小国で世界相手に、ましてやIT大国である自国相手に逆らうとは、しかも武力すら通用しない事実、これでは人類は随分と前から貴子様に支配されているようなものではないか。
カンチャーナはここに来て、ようやく世界のパワーバランスを実感したのだった。
カンチャーナとの通話を終えるとすぐに貴子の端末に着信があった、バベルの塔にいる夏子からだった。
「は〜い、貴子です、夏子お母様そっちはどう」
「こっちは片付いたわ、流石にここまで侵入してこれただけの事は有るわね、結構手強くて10人程度だけど結構楽しめたわ」
「アメリカ?」
「いや、フランスも混じってたわね、真紅ちゃんが速攻で黙らせてた、あの子が頑張るおかげで4人も取り分減ったわ、どうしてくれんのよ」
「はは、それよりちゃんと生け捕りにしたんでしょうね」
「わかってるって、動けやしないけど死んでもないわよ、後で治療するわ、それよりソッチは大丈夫?」
「屋敷の方がよっぽど過剰戦力だよ、黒夢1体でもおつりがくるのに春子に児島にデカ乳にロシア人だからな、防犯システムと合わせてなんの問題もない」
「あ、そっ、でも捕まえた軍人どうすんの、国に送り返すの? まだこれと言ってたいした情報は取られてないと思うけど」
「いや、洗脳してこの国のために働いてもらうよ、富国強兵だね」
「うわ〜洗脳ってえげつないわね」
「ワーハッハハ、鉄郎君の素晴らしさを叩き込んで骨抜きにして信者にしてやる」
「まあ、それならいいか。それじゃしばらくしたら私もそっちに戻るわね」
「は〜い、ごくろうさんでした」ピッ
貴子の迎撃システムを搔い潜り王国内にまで侵入出来た優秀な各国のエージェントや軍人だが結局全員捉えられ、ある意味帰らぬ人となる。世界政府は貴重な人材をも失うこととなった。
外の世界でそんな物騒な事が起こっているとは露知らず、鉄郎は日課である武術の鍛錬を終え屋敷に戻ってきていた。
屋敷に作られた大きな風呂で汗を流しタオルを肩にかけながら自分の部屋の前まで来ると、ドアの前に体育座りをしている人影があった。
「真澄?」
住之江真澄だった。鉄郎が声をかけると、何やら落ち込んだ様子で顔を上げる。
「鉄君、あれから一度もしてくれてない、うちとのエッチ気持ちようなかった?」
「そ、そんなことは、とっても良かっと思います、でも今は周りの目が異様に殺気だってるし」
「せっっかく開けてもろた穴、塞がってまうぞ」
「へっ、アレってそう言うもんなの」
「いや知らんけど」
やりたい盛りのお姉さんは1週間で我慢の限界が来ていた、一度覚えた快楽が忘れられない、ある意味麻薬のようなものである、かたや鉄郎の方は色んな女性に迫られてそれどころではなかったのだが、住之江にこう言われるとあの時の記憶が蘇ってちょっとムラムラするものがった。男の子だししょうがないよね。
「真澄、今日の夜……」
「わたしリカちゃん、今鉄郎さまの後ろにいますの……」ボソリ
「ひぃいいいい!!」
うわ〜っ、吃驚した! 鳥肌が立つ、いきなり後ろから藤堂会長が声をかけてきた、真澄先生に気をとられて全然気づかなかった、それにしても何その地の底から聞こえるような低い声は。
あの〜、藤堂会長、お顔は笑ってらっしゃるんですが、綺麗なお目目のハイライトが消えてらしゃるんですが。
「鉄郎さん、お話がありますの」
「は、はい!」
「ちょい待ちぃ!! 今はうちが鉄君と」
ギロリ
「ひぃっ!!」
リカの輝きがまるで無いブルーの瞳に睨まれ後ずさる住之江、有無を言わせぬ迫力があり正直怖かった。それなりに胆力のある住之江だが女子高生にビビるとは思わなかったのか、呆然と二人を見送ってしまった。
藤堂会長の後について廊下をしばらく歩くと、会長の部屋の前で立ち止まった。
「どうぞ、お入りになって」
「えっ、いいの?」
女性の部屋に入る事に一瞬躊躇していると、藤堂会長がそのまま何も言わず部屋に入って行く、丈の短い赤のワンピースがふわりと揺れる、戸惑いながらもその後に続いて足を踏み入れると後ろでカチャリと鍵の締まる音がした。
「と、藤堂会長……?」
「そこのソファーに座ってお待ちください、今お茶をお煎れしますわ」
いつにない雰囲気を漂わせる会長に、おとなしくソファーに座って待つことにする。正直、京香さんとの件もあるので今は会長と顔を合わせづらい、キョロキョロと部屋を見渡せば、そこはヨーロッパ風のアンティークな家具にシックで落ち着いた壁紙、壁には大きな花束が飾ってあった。会長らしい品のある部屋で、どこかで嗅いだような微かに甘い香水の臭いがした。
「あれっていつぞやのお見舞いの時に渡した花束だよな、本当に大事にしてくれているんだ」
カチャリ
「お待たせしましたわ」
隣の部屋から藤堂会長が大きなワゴンにティーセットを乗せて戻ってきた、随分と大きなワゴンだな?
僕の前まで来ると、優雅な動きでティーポットから紅茶を注いでくれた、ああ会長って料理はアレだけどこう言う事は上手に出来るんだと、ちょっと失礼な事を思ってしまった、実際口にしてみれば本当に美味しいので吃驚する。
「やはりこの国では良い茶葉が手に入りますわ、キャンディからわざわざ仕入れましたの」
キャンディと言う地名にバベルの塔を連想して一瞬ドキッとするが、確かに渋みも少なくて飲みやすい、それでいてしっかりと紅茶らしいコクもある、緑茶党の僕だがこれなら毎日でも飲めそうだ。
そんな僕を見て満足したのかニコリと微笑む藤堂会長、正面で上品にカップを手にしている姿は美しいブロンドも相まって凄く絵になる、本当にこの人は綺麗な人だな。
「さて、鉄郎さん」
「は、はいっ」
コトリとカップを机に置くと会長が僕に話しかけて来る、その声になんとなく背筋を伸ばしてしまう。暖かい国なのにちょっと肌寒い雰囲気が漂う。
ゴトッ
その時、横に置いてあったワゴンの下から何か落ちる音が聞こえた。
「えっ」
「むぅーーーー、むぅー!! むぅーーーー」
猿ぐつわをされた小柄な女性がロープで縛られて横たわっている、眼鏡の奥の可愛い瞳は涙ぐんでいた。
「きょ、京香さん!!」
慌てて駆け寄り抱き起こす、猿ぐつわを外すと頬が少し赤くなっていた。
「鉄ちゃ〜ん、怖かったですわ!!」
続いてロープも解くと京香さんがヒシッと抱きついて来る。
「あ〜ら、お母様、娘の部屋ではしたないですわ」
後ろで藤堂会長がユラリと立ち上がるのが見える、僕と京香さんはゴクリと2人同時に唾を飲み込んだ。
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