92.そう言えば児島さんて時給1,800円だったな
僕と真澄先生との関係が一歩進んでから1週間が過ぎた、あれから僕の周りが何やら騒がしい。
いつのまにか増えていた黒夢の妹達を紹介され名付け親になったと思ったら、その日のうちに一人貴子ちゃんそっくりの白髪の白雪がナインの極東マネージャーの李花琳さんにロシアにドナドナされて去って行った、あの白雪の悲し気な表情は忘れられない、だが李マネージャーは貴子ちゃんの熱烈な信者なので無下に扱われることはないだろう、それはそれで違う心配もあるのだが。
でもあれだけ貴子ちゃんにそっくりだと影武者みたいだな。
その代わりと言っては何だがエーヴァさんが真澄先生の武術教官としてこの国に残るそうだ、これは是非僕も武術を教えてもらはねばなるまい。
京香さんとはあれから1度も会えてない、電話したら「今はちょっと鉄ちゃんに合わせる顔じゃありませんの」とバベルの塔に行ったきりだ、もしかしてエッチが下手だったから愛想つかされちゃったのかな、けど真澄先生は満足してくれたみたいだったんだけど、なにぶん経験不足で基準がわからない、京香さんには今度ちゃんとお礼をして色々はっきりさせないといけないな。
そう言えばお母さんもバベルの塔に行ったきりだ、何してんだあの人?
色々考えながら廊下を歩いていると前方に見知った姿を発見した、白衣を着た幼女があくびをしながらこっちに向かってくる。
「やあ、貴子ちゃんおはよう、バベルからの帰り?」
「ててて、鉄郎君、お、お、おはようございます!! う、うんバベルから帰ってきた所だよ、決してやらしい事はしてないし見てないよ」
「はい? やらしい事? 発電所に行ってたんじゃないの」
「そそ、そう自家発電、じゃない、発電所の調子を見に行って、いや〜作ったばかりだから不具合も多くてね〜、あ〜忙しい忙しい、じゃ先を急ぐので」
何やら僕を見るなり顔を真っ赤にして、慌てて逃げるように行ってしまった、珍しいな貴子ちゃんがあんな態度を取るなんて。また何か企んでるんじゃないだろうな?
「おや、鉄郎様。 朝から難しい顔をしてどうなさいました」
「あ、児島さんおはようございます」
貴子ちゃんとは入れ替わりで児島さんが箒片手にやって来た、最近の児島さんはすっかりメイド服姿が定着している、今日はヴィクトリアンスタイルで淡いブルーのワンピースに白いエプロン、髪は作業の邪魔にならないようにかポニーテールにしている、どんな服装でも相変わらず凛としていて格好良い、いかにも仕事出来そうなメイドさんだ。
「そう言えば聞きましたよ、住之江さんだけでなく京香さんまでとは、見かけによらず手が早いのですね鉄郎様、見直しました」
「うぐっ」
言葉のナイフが心に突き刺さる、児島さんが全然見直してない「この節操なし」って言ってるような冷ややかな目で見てくる、やめてぇ〜児島さんにそんな目で見られたらめっちゃへこむ〜。
「それにしても腹立たしいですね、まさかあの若作り女が鉄郎様の初めてとは、やはりそう言った性癖をお持ちになっているのですか?
おっしゃって頂ければ私がお相手いたしましたのに、……で、私の番はいつになりますか?」
「いや、綺麗なお姉さんは好きですけど、性癖と言われるとどうなんでしょう、と言うか番って、順番なんですか?」
「違うのですか、てっきり鉄郎様もようやくその覚悟が出来たのかと思ってましたが」
「婆ちゃんから不誠実な事はするなと釘をさされたばかりなんですけど」
児島さんが呆れたように首を振る、こんな事言わなきゃわからないのって感じだ。今日の児島さんは厳しいな。
「はぁ〜、鉄郎様、なぜ今の世の中で結婚というシステムが上手く機能していないかわかりますか?
女性と言うのは本来独占欲がとても強い生き物なんです、でも男性の数が減って一夫一妻ではなく一夫多妻にならざるをえなかった、それでも男性から愛されている実感があればまだ我慢できるのでしょうが、特権階級になった男共は途端に女性達に愛情を注がなくなりました、それを不誠実と言うのですよ。
鉄郎様には是非私達を満足させる結果を考えて欲しいですね、でないと恋する乙女はすぐに暴走致しますよ」
なんで僕は朝から廊下で恋愛の心得を聞かされているんだろう。だけど児島さんの言う事にも一理ある、子供が増えると言う事はお嫁さんも増える可能性があるわけで、だけど今の僕には皆を養っていけるような財力はないんだよな、他の男の人ってどうしてるんだろう。
はぁ、とりあえずなんか良いバイトでも探すか。
「やばい、将来の事考えたらお腹痛くなってきた」
「あら、それはいけませんね、あの若作り女の病院に行きますか? 性格はともかく腕は確かですよ」
「えっ、だ、大丈夫、びょ、病院に行く程じゃ有りませんから」
やばい、やばい、まだ心の整理がついてないから京香さんの顔をまともに見る自信がない、クゥ〜、そう考えるとおちおち体調も崩せないな、気をつけねば。
「そうですか? それではまた後ほど、朝食の準備が出来たらお呼びしますね。 後、鉄郎様がその気になりましたらいつでもお声がけ下さい」
「ハハ……」
乾いた笑いしか出ないわ! どう答えろっていうんだ、まったく。朝一から精神的に疲れた、こう言う時は身体を動かすに限る、鍛錬でもしに行こう。
李姉ちゃんに稽古をつけてもらおうと中庭まで足をのばすと、そこは暴風吹き荒れる修羅の国だった。
ドガガガガ、ガッ、パンッ、ズガガガガガガ!!! パン、パパン、ガシュ、ダンッ!!
一旦距離を取った麗華がエーヴァに話かける。
「ふう、流石春さんの部隊にいただけのことはある、強いし上手いわ、中々絶招まで打たせてくれないもの」
「そちらこそ、天才拳士と謳われるだけのことはある、その若さでこれほどの功夫とは恐れ入る」
「これでも李氏直系の八極拳士ですからね、人間相手には遅れをとるわけにはいかないわ」
そう言って麗華とエーヴァは隣の黒夢を見た。
キュピーン
「見せてもらおうカ……、新型の性能とやらオ……」
「「イキマース!」」
「ホラ、足下がお留守ダゾ」タンッ
「ウキュ、黒夢お姉様、速イ」シュタタタ
「スキアリ!」
「アマイ」ゴンッ!
ポカ〜ン、凄、人外魔境かここは、李姉ちゃんとエーヴァさんが組み手をしていた、李姉ちゃんの実力は知っているだけに、それと互角に闘えるエーヴァさんの異常さがわかる、しかもまだ2人とも余裕を残してあの動きか……化物め。
その隣では黒夢が亜金と真紅相手に稽古?をつけている? 残像でなんか黒夢が一杯見えるうえに、正直速くてよくわからんがどうやら黒夢が押しているようだ、流石はお姉ちゃん。でも黒夢達は皆同じくらいの戦闘力と貴子ちゃんが言ってた気がするが、経験値の差か?
「おっ、鉄君」
「「「パパ」」」
「おはよう、朝から皆凄いね」
挨拶すると皆手を止めて近寄ってきた、李姉ちゃんが汗を拭きながらチャイナドレスの胸元を拡げるとユサリと揺れた。うおっ、揺れた。大事な事なので2回言っとく。大人になってしまった今の僕には非常に目の毒だ、思わず視線が吸い寄せられてしまう、わざとじゃないだろうな。
「いや〜、エーヴァさん強いわ、ロシアの格闘術も侮れないわね、鉄君も夜の格闘じゃなくて普通の武術を鍛え直してもらえば、勉強になるわよ」
「うぐっ、まだ怒ってます」
「とーぜん、だって私まだ鉄君にしてもらってないもん」
「いや、李姉ちゃんだと長く居過ぎてなんかもう近親相か……」
「ドーブラエ ウートラ(おはよう)鉄郎さん」
「あ、おはようございます、エーヴァさん」
李姉ちゃんとの会話を遮るようにエーヴァさんが声をかけてくれた、正直助かった、あれ以来女性陣が結構グイグイ来るので対応に困る時が多いのだ。
エーヴァさんはお婆ちゃんが軍に居た時の部下の人で、今はナインの警備主任さんをしている、極東マネージャーが白雪を連れてちゃったので交換みたいな形でうちに出向してくれているのだ。
「鉄郎さんは麗華さんの弟子だそうですね、今はどの段階まで進んでいるのですか?」
「まだ小八極で大八極の套路はまだ触りだけです」
「ほう、それではこれから実戦形式を始めるのですね、少し套路を見せていただいてもよろしいですか」
おお、エバーヴァさんのような達人級の人に見てもらうとなると緊張するな、李姉ちゃんを見ると腰に手を当てて大きく頷いた、これはやってみろってことだね。
パシン!
「ハッ!!」
ダンッと八極拳独特の震脚の後に腰を低く落として肘打ちを決める、小八極の套路を終え大きく息を吐いて姿勢をただし礼をとる。
するとエーヴァさんの拍手の音が聞こえてくる。
パチパチパチパチ
「ハラショー! 男でこれだけしっかりとした武術が出来るとは感心です、麗華さんの教え方が良いのですね」
エーヴァさんが青い瞳を細めてにっこり笑う、僕の武術だけでなく李姉ちゃんまで褒めてもらって凄く嬉しい気持ちになった。
「麗華さん、これだけ基礎が出来ているなら、そろそろ実戦形式にした方が上達が早いのでは」
「う〜ん、そうなんだけどね、鉄君ももう国王様だからあんまし厳しくするのも気が引けるのよね」
「えっ、僕だったら全然大丈夫だけど、むしろ李姉ちゃんみたいに強くなって皆を守れるようになりたい!」
「……鉄君、ふふ、嬉しい事言ってくれるわね」
「流石は隊長のお孫さんです、今の言葉を世の男共に聞かせてやりたいですね」
「よーしわかった! これからは厳しくいくわよ、それこそ手取り腰取りつきっきりで教えてあげる、ついて来なさいよ」
「はい!! 師匠!!」
決意を新たにした所で袖を引っ張られる、何かと思えば黒夢がいつのまにか隣にいた。
「パパ、武術なら黒夢が教えてもイイ、あのデカ乳2号よりツヨイゾ」
「う〜ん、黒夢達のさっきみたいな闘い方は、ちょ〜っと人間には難しいんじゃないかな」
ポキュリと揃って首を傾げる黒夢、亜金、真紅の3人、ちょっと可愛いな。でもね人間には分身の術は出来ないと思うんだ絶対。
次の瞬間、黒夢の瞳がチカチカと青く点滅する。よく見れば亜金と真紅の目も光っていた。恐っ!
「わっ、吃驚した、もしかして怒った?」
「チガウ、ちょっと急用、亜金」
「ハイ、お姉様」
チュイイイイとモーター音がすると金髪幼女の亜金の姿が目の前から突然消える、李姉ちゃんとエーヴァさんが向いた方向を見ると遠くで亜金が屋敷に入って行くのが見えた、速っ!! やっぱりあの動きは人間には無理だろ。
「黒夢さん、何か問題が?」
エーヴァさんが真剣な表情で黒夢に尋ねる、さっきまでの優しい顔から軍人さんの顔になっている、僕も気を引き締めて黒夢の言葉を聞いた。
「問題ナイ、海から鼠がやって来タダケ」
「「「鼠?」」」
「海から鼠ってレミングですか?」
エーヴァさんの言葉に何それと思っていると、黒夢の隣にいた真紅が「チュー」と鼠の真似をした、うん、余計にわからん。
「グリーンノアのYAMATOが妙な事を言ってル、亜金に確認サセル」
鉄郎王国(仮)の防衛は互いにリンクされた5つの第5世代AI、グリーンノアのYAMATO、黒夢、白雪、亜金、真紅が賄っている。本来防衛だけならYAMATOだけでもなんら問題無いそうなんだけど、YAMATOは黒夢達と違ってグリーンノアに固定されているので機動力に欠ける、そこで亜金がグリーンノアのサポートとして海からの守りを任されたらしい、その亜金が出動となると何か重大な事が起こっているのかもしれない。
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