90.夏子と春子
カシューーーッ
先頭を行く白い髪の29号の瞳が青く光ると、認証ロックされてるはずの研究所の玄関扉がまるで自動ドアのように開かれる、今やバベルの塔への侵入はケーティーシリーズにとってなんの障害もないはずだった。貴子の指定する人物を搔っ攫いお持ち帰りするだけの簡単なお仕事、対象には戦闘能力はない、そう言う認識で3体は無造作に行動を進める。
真っ白な廊下を小さな靴音を立てて進む3体のケーティーシリーズ、目前に目的の部屋が近づくとその歩みをピタリと一斉に止めた。
そして3体が揃ってポキュリと首を傾げた。
「お嬢ちゃん達、朝っぱらからこんな所へ、なんの御用かしら?」
刀で肩をトントンと叩きながら、黒髪ボブカットの白衣の女が行く手に立ちはだかる、その顔はどこか愉悦に満ちていた。
「て言うか、貴子そっくりね、ゴスロリ服じゃなきゃ間違えそうだわ」
「識別、武田夏子。 パパのお母さんト確認」
ケーティーシリーズと夏子が廊下で対峙していると、後ろのドアが開きひょこりと京香が顔を覗かせた。
「あら、黒ちゃんの妹さん達でしたの、いつのまにこんなに増えましたの?」
「識別、藤堂京香。 拉致対象ト確認」
「ぷっ、ほ〜ら、やっぱり標的はあんたよ京香、貴子の奴ブチ切れてんじゃない」
ゲラゲラと京香を指差して笑う夏子。
「まぁ、心の狭い方ですわね」
「あんたね〜」
「ママ怒ってタ、ソッチの茶髪メガネを連れて来イ、ブチ殺す言ってタ」
白髪の29号が無表情で口を開くが、それに対して夏子がニヤニヤと笑みを浮かべながら答えた。
「あら〜、それは困っちゃうわね、今はこいつを殺させるわけにはいかないのよ、抵抗してもいいかしら?」
3体が揃ってポキュリと首を傾げる。
「「「チョット、マッテ」」」
少し下がった所で3体はしゃがみこんで円陣を組むと、ヒソヒソと幼女会議を始める。
29号「オイ、ドウスル、パパのお母さんハ対象外ダゾ」
30号「コノ邪魔は、想定外、モウ帰るカ」
31号「ケド、お仕事はシッカリやらないと黒夢姉様ガ怒るカモ……」
「「「ソレハ、マズイ!!」」」
30号「とりあえず、パパのお母さん倒すカ」
29号31号「「賛成」」
30号の提案に挙手で賛同する29号と30号、会議が終わると改めて夏子と向き合った、ここに幼女対白衣の鬼のカードが実現する。
傍目には子供と大人が睨み合ってるようにしか見えないのが玉に傷だ。
1歩前に出た金髪幼女の30号がスチャリと両手に出刃包丁を構える。 (お前はメリーさんか)他の2体はまだ構えを取らない。
「パパのお母さんとイエド、ジャマするなら、排除スル、ドケ」
「その包丁はどこから出したの?」
「女には、隠せる部分が多インダヨ、細かい事は気にスルナ」
「ん、やるのはあなた一人なのかしら?」
「人間相手にはワタシだけで充分、ババア一人問題な……」
ズドカッ!!
「「ナッ!!」」
30号の話を遮るように炸裂する夏子の前蹴り、タイトスカートから真っ直ぐ伸びた脚が30号の腹部にめり込む。金髪を振り乱しながらガランゴロンと吹っ飛ばされた30号が廊下の端で動きを止め沈黙する。静まり返るその場で29号と31号と京香が夏子に驚愕の目を向けた。
「さっきまで、教育は大事よねって話をしてたのよね、お勉強させてあげるから全力で来なさ〜い」ニコリ
右手をクイクイと動かし挑発する夏子に、残った2体が素早くバックスッテップで距離を取った。
「ちょっと夏子さん、この建物新築なんだから壊さないでくださる!!」
京香が文句を言うがアドレナリンが出始めた夏子はどこ吹く風だ。残った29号と30号がヒソヒソと話し合う。
29号「黒夢姉様のデータより速イゾ」
30号「アレ人間ダヨナ?」
白髪の29号が幅広の中華包丁を赤髪の31号がメリケンサックを両手に構える、黒夢と違い武器使用が標準らしい。
それを見た夏子も、左手に持った愛刀である正宗の脇差をゆっくりと引き抜いた、澄んだ刀身に天井のLEDの光がギラリと反射する。
「あっ、ちょっと待って、柄が濡れたまんまだった」
いそいそと白衣の裾で謎の液体を拭き取る夏子を、京香が白い目で見つめていた。
朝食の後に春子の部屋に呼び出された鉄郎と住之江、いつにない真剣な顔つきの春子に2人の間に緊張が走る。
「鉄も真澄さんも正座」
「「は、はひぃ!!」」
「で、鉄は真澄さんとそういう関係になったと言う事でいいのかい?」
一呼吸おいた後に単刀直入に切り出した春子に、鉄郎が神妙な面もちで答える。
「は、はい、真澄とはそういう関係になりました」
「鉄君……」
即答する鉄郎の横顔を頬を染めながら見つめる住之江、思わず鉄郎の手をぎゅっと握りしめた。
「そうかい、鉄、あんたは16で学生の身分だ、そのうえまだ働いているわけでもないから収入だってない、それで真澄さんを養っていけると思うのかい」
「うぐっ、そ、それは……」
「春子お婆さま、でも鉄君には政府から男性特別手当が出てるんやないんですか、それにいざとなったらうちが」
「真澄さん、ここは政府の管轄から離れた独立国だよ」
「あっ」
鉄郎王国は世界統一政府の加盟国ではない、当然ながらその国民に政府支給の男性特別手当などもらえるはずもない、実際は日本政府から貴子の生贄にした事に対する慰謝料をかなりの額ふんだくってあるし、今までの男性特別手当もほとんど手付かずなので金銭的にはなんら問題ないのだが、その金は春子が管理しているので鉄郎はその額を知らない。
「ふ〜、それに真澄さんもちょっと軽率じゃないかい、教師が教え子とそう言う関係を持つのはちと早かったんじゃないかね、うちの鉄をヒモにでもする気かい」
「うぐっ、そ、それは……」
春子に反論の言葉が見つからず黙り込んでしまう住之江、確かに昨夜は勢いもあっただけに少し考えが足りなかった事は否めない、だが後悔はしていない、互いを好きな気持ちに嘘偽りはないのだから。
「でも、婆ちゃんそれは僕が」
「人の親になるのには、色々責任ってもんがついてくるもんだよ、今の鉄にそれを背負う覚悟があるのかい」
「うん、頑張る。 卒業したらちゃんと働いて真澄には苦労はさせない!!」
即答である。
「鉄君♡」
そのセリフで住之江はもうメロメロだ、チョロインもいいとこである。
だがここで問題なのは、今この武田邸にいるほとんどの女性が鉄郎との結婚を望んでいる事だろう、人類滅亡を回避するためには鉄郎の遺伝子を出来るだけ多く後世に残さねばならない、必然的に日本にいる時とは比べ物にならない数の嫁と子供が出来ると言う事である、鉄郎はまだその辺の理解が浅い。
「覚悟はあるんだね。じゃあ、鉄は将来どんな仕事をしようと思ってるんだい?」
「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん、紅茶農園で雇ってもらうとか?」
「はあ〜、あんた国王の自覚はないんだね、王様が茶ぁ摘んでどうすんだい」
「婆ちゃん、ため息つくことはないでしょ、僕一生懸命働くよ。ん、でも国王の仕事って何するんだ?」
「うちも王様に知り合いはおらへんからな、外交とか他の国のお偉いさんとお話するんやないの、でもこの国ってたしか鎖国状態やったんやっけ?」
「鉄、あんたこの国に来た一番の目的を忘れてるんじゃないだろうね」
「あっ、人類滅亡を阻止する事」
「あ、そ、それやったら、早く子供作らなあかんのやし、そ、その、いっぱい頑張った方がええんちゃう」
色々想像したのか住之江が顔を赤くしてわたわたと手を振った、昨日まで処女だったくせに結構想像たくましい。
「くぅ〜〜っ、鉄君のすけべ! どすけべ!! で、でもうち、3人位なら産んであげてもええよ」
「えっ、僕そんなにすけべかな?」
ちょっと落ち込む鉄郎とおめでたい住之江を見て、春子が再度大きなため息をついた、まあ高校生男子にいきなり国王の自覚を持てと言っても難しいかとも思う、だがこうなった以上これだけは言っておかなくてはと口を開いた、おそらく鉄郎はこの先の事態を予想していない。
「鉄、真澄さん、あんた達の関係が1歩進んだ以上、周りの女供がだまっちゃいないよ、そして鉄はその女達とも子孫を残さなきゃならない、そうなればもう真澄さんだけの問題じゃなくなってるんだ、そこは良く考えておきな。 まったく、後2年おとなしくしてれば貴子達の研究も進んで状況が変わるかもしれなかったのに、我慢できなかったのかね」
「うぐっ、そ、それは……」
「いや、その研究者が一番我慢出来なかったんやけど……」ボソリ
春子としても鉄郎と住之江は好き合っている者同士だ、いずれはこうなるだろうとは思っていた、しかし思いの他早くそうなってしまったために一言くらいは文句を言いたくなったのだ、だがここで鉄郎が住之江だけでなくすでに京香とも関係を持ったと知っていたら、この程度の説教では済まなかったことだろう。
「とにかく、これから言い寄ってくる女が増えると思うけど、不誠実な事だけはするんじゃないよ鉄」
「「………………」」
京香ともすでに浮気していた鉄郎と、それを知っている住之江はとりあえずこの場は沈黙するのだった。それだけ目の前にいる春子が怖かったのだ、2人して冷や汗が止まらない。
だが、後からその事を知った春子に、鉄郎がこっぴどくしかられるのは確定事項だったりする、当然の結末である。
他の女性陣からは、「意外と節操ないな鉄君」と影で言われるようになるが、そのおかげで皆遠慮なく迫ってくるようになったとか。
「あんまり身持ちが固くててもこっちにチャンスないからね、大体あんな年増供に負けてられないわ!!」
「中年女にめちゃくちゃに犯される、美少年……ゴクリ」
「やばい、私ってNTR願望あるのかしら、ちょっと興奮してきた」
いいのかそんなんで!!
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