89.三つ子の魂百まで
その日、住之江は愛する鉄郎の部屋で目覚めた、まだ隣で寝ている鉄郎の横顔を見て思わずに顔がにやけるのを止められない。
身体を起こし薄いシーツを豊かな胸に巻き付けると、自分のお腹をゆっくりとさすった、昨晩のことを思い出すと幸福感が溢れ出し、治まったはずの劣情が再びムラムラと涌き上がってくる。
「あかん、ものごっつーエッチな身体にされてもうた、これは鉄君には責任取ってもらわなあかんな」
そう呟くと住之江はそお〜っと寝ている鉄郎の頬に唇を押し当てた、物理的にも恋人になった彼女にはすでに遠慮はない。
「ううん……」
昨日の連戦の疲れでまだ眠いのかそれ位では起きない、鉄郎が身じろぐとその姿が面白かったのか、調子に乗った住之江が鉄郎の耳たぶを噛んだ。
「わっ!! な、何?」
流石に目を覚ました鉄郎だが、まだ意識が混乱していてこのシュチュエーションに頭がついてこずにわたわたしている。
「鉄君、おはようさん」
「あっ、真澄先生、……お、おはようございます」
薄布一枚で微笑む住之江、窓から差し込む朝日の所為も有り鉄郎にはキラキラと輝いて見えた、無防備にさらされた鎖骨とこぼれ落ちそうな胸の谷間に昨日の記憶が蘇り顔を赤くする鉄郎、たった1日で随分と大人の階段を駆け上がったものである。
「こ〜ら、先生ちゃうやろ」
ペチリと痛くもないデコピンをかます住之江、あざとく頬を膨らませる。
「あっ、ま、真澄?」
「はい、よくできました」
ニコニコしながら住之江は鉄郎の唇に軽くキスをした、夢にまで見た甘甘な行為に住之江ご満悦である。このままもう1戦したろかと思った瞬間、鉄郎の部屋の扉がノックされる。
コンコンコン
「鉄郎様、住之江様、朝食のご用意が出来ております、食堂までお越しください」
扉の向こうから聞こえる児島の声に、ベッドの上でビクリと身体を震わせる鉄郎と住之江、住之江の名まで呼ばれると言う事は色々ばれている可能性が大きい訳で……。
今、新しい朝が幕を上げた。
慌てて身支度をして食堂に入った鉄郎と住之江だが、その2人の姿を見て食堂に集まっていた面々がざわめく。
それも無理はない、2人の手はしっかりと恋人つなぎされていたのだから、朝から少しやつれた雰囲気の鉄郎、だがそのわりにどこか幸せそうな笑顔を浮かべている、住之江にとって敵地の真っただ中でのこの行為は、ある意味自殺行為とも言えるが幸せ絶頂でメンタル図太い彼女はおかまい無しだ、幸せボケとも言える、幸いな事にこの場にいたら危険と思われる貴子と夏子の姿はなかった。
ザワザワ…ザワ
「何、あの親しい感じ、以前とは距離感が違うと言うか、手、手繋いじゃってるんですけど」
「ウソ、あの年増まさか……」
元委員長多摩川忍と元副会長平山が声を震わせ呟く、藤堂リカはまだ寝込んでいるのか食堂に顔を出していない。
そしてこの状況で黙ってないのは麗華である、今日は白のチャイナドレスを着た麗華がツカツカと鉄郎に近づいて来る、その額にはくっきりと青筋が浮かんでいた。
「鉄君、そいつ (住之江)が新婚さんのように浮かれてるのは何でなのかなぁ〜、そこんとこお姉さんに詳しく説明してくれるかな〜」
優しい言葉遣いではあったが見事なまでに目が笑っていない、こう言う人間が一番危ない、危険な奴いるじゃねえか。
「り、李姉ちゃん、これは、その」
「ふふん、うちと鉄君は名実共に恋人同士や、あっ、でも式は挙げてへんから新婚さんにはまだちょっと早いんやないかな〜、ああ、デキちゃった婚はありえるか〜」
「ちょ、真澄、そんな皆の前で」
住之江のドヤ顔での宣言に食堂中から悲鳴と殺意が上がり怨嗟の念で空間が歪む、その歪んだ空間の中心は麗華だった、ハイライトが消えた瞳がギロリと鉄郎に向いた。
「ま・す・みぃ〜、ふ〜ん、鉄君はなんでこいつを呼び捨てになっちゃてるのかな〜」
「ほほほ、まだネンネの李お・ね・え・ちゃんにはこの意味がわからんのかな〜」
「真澄はちょっと黙っててくれるかな〜、思わず殺っちゃいそうになるから」
「ちょ、ちょっと落ち着いて、ね、李姉ちゃん」
かな〜かな〜が飛び交う食堂、カナ〜カナ〜と書くと蝉が鳴いてるようである、それぐらい騒がしくあちらこちらからささやく呪詛の声が上がる、そして混乱するその場を納めたのは、やはり春子であった。
パンパンと天井に向けて撃ち出される9mmの弾丸、突然の銃声に一斉に視線が奥に座る春子に集まる。
「いいかげんにおし、おみおつけが冷めちまうよ、話は朝飯が済んでからにしな!! それと、鉄と真澄さんは後で私の部屋においで」
「「は、はい!!」」
その後はシ〜ンと静まり返った食堂でカチャカチャと食器の音だけが響く、その静けさが怖い。
「う〜む、なんか人間関係が悪化してるような?」
他人事のような発言の鉄郎だが当然他人事でいられるはずもなく、その後各方面から責めらる事となる。
一方、バベルの塔の1室では夏子と京香で鑑賞会が徹夜で行われていた。
100インチの4K高精細液晶TV、Z9Dシリーズ。今その大画面に映し出されているのは絡み合う1組の男女、鉄郎と京香であった。
この国の重要施設であるバベルの塔には無数の監視カメラが設置してある、それは診察室も例外ではなく、むしろ他の部屋より多いくらいで、ベッド脇のカメラなど監視以外の目的で付けられているとしか思えなかった。鉄郎がこの事を知ったら二度とこの部屋には近づかないだろう。
「はぁ、はぁ、本気の鉄君おっきいわ」
「ああ、男性に攻められるなんて、世界初の映像ですわ」
「うそっ! そんな後ろからなんて……」
「これは凄かったですわ……思い出してもキュンキュンしますわ」
「うわっ、激しっ! あんた鉄君にナニさせてんのよ」
「これも医療の発展のためですわ」
「うそつけ!!」
「……」
「…………んっ」
アラフォーコンビが食い入るように画面を凝視する、ちなみにもう5回目の上映だった、最初の頃はわーきゃーと騒がしかったが回が進むごとに口数は減って行き、荒い息遣いだけが聞こえてくるようになる。
男性の数が激減して50年、男にとってはまるで義務のようなS○X、女性が主導権を握り男性が受け身なのが当たり前の現代において、男性の方から攻めらるこの映像は非常に刺激が強い、医療関係に従事する二人にとってもお目にかかったことがない夢のようなお宝映像である。まぁ、画面の中に当事者がいる事と、一緒に鑑賞しているのがその男性の母親であるのはゆゆしき問題だが。
「はぁ〜、これ見せられちゃうと、男性特区の教育ってダメダメだよね、あいつら義務でやってるうえに流れ作業だもん、愛がないよ愛が」
「そうですわね、鉄ちゃんのように田舎で情報管理しながら育った方が男性の本能が呼び起こされる気がしますわ、それに最初が肝心ですわね、凄く素直で私のお願いも疑いもせず聞いてくださいましたし」
「そうよね、やっぱり私の教育は間違っていなかった!!」
「いや、貴女の教育ではなく、春子さんや麗華さんの育て方が良かったのですわ」
「にゃにお〜!! 一人だけ良い思いしやがって、あんあんうるさいんじゃ、そんなに私の息子は良かったんか!!」
「ほほほ、本当に鉄ちゃんは最高でした、我が人生に一片の悔いなしですわ」
いい歳こいて何を話しとるんだとお思いだろうが、ことが人類滅亡に繋がると思えば実は結構深刻な話しだったりするのだ、そしてその時部屋の警告灯が一瞬点滅したのを夏子は見逃さなかった。
エロくても武闘派の医者で鳴らしてる夏子の勘はするどい、脇に置いてあった愛刀を咄嗟に握りしめる、刀の柄がなぜかヌラヌラと濡れているのは御愛嬌だ。
京香が夏子の突然の行動に首を傾げる。
「どうなさいましたの?」
「何か来るわ」
バベルの塔が見渡せる高台の上で白衣の幼女が怒りをあらわに腕を組んで立っている、傍らにはその幼女そっくりの顔が3体並んでいた。
「ふふふふふふふふふふふふふ、正妻である私に断りもなく鉄郎君に手をだした不届き者には、正義の鉄槌を食らわせなくてはいかんよな」
「ママ、警報装置は黙らせたゾ」
瞳をチカチカさせながら赤い髪の31号が報告を入れると、貴子が軽く頷いた。
「いいか、29号、30号、31号、あのヤブ医者を生きたまま連れて来て私の前に跪かせろ、わかったら行け」
「「「こんなつまらない事ヨリ、早くパパに会わせロ」」」
「この件が済んだら会わしてやるから、とっとと行けよ」
「「「人使いが荒イ」」」
不満気な顔を隠しもせずバベルの塔に駆けて行く3体のゴスロリ幼女達、そのスピードは人間を遥かに凌駕する、あっという間にその姿は小さくなって行った。
その姿を貴子達の後ろから静観していた黒夢がボソリと呟く。
「パパのお母さんも一緒にいるノヲ妹達はわかっているのカ」
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