85.白い巨塔
廊下であられもない姿で倒れている4人に、風邪をひかないようにと白いシーツをかける。あれ?やばい、シーツを掛けるとなんか余計に死体のようだ。すると廊下の向こうからパタパタと貴子ちゃんが走ってくるのが見えた、ん、これって貴子ちゃんの仕業じゃないだろうな。
「おっはよ!! 鉄郎君、清々しい朝だね」
ニコニコと朝の挨拶をしてくる貴子ちゃん、何やら機嫌が良さそうだ、何か良い事でもあったかな。
「やあ、おはよう貴子ちゃん」
廊下にシーツをかけられた人間を見て貴子ちゃんが首を傾げながら問いかけてくる。
「ところで、この死体の山は一体なんなの? 鉄郎君がやったの? 言ってくれれば手伝ったのに」
「まさか〜、僕はてっきり貴子ちゃんが催眠ガスでも使ったのかと思ったよ」
「やだな〜、私だったらこんな死体は残さず処理するよ〜」
それもそうか、まあ、死んでないけどね、じゃあ一体昨日の夜中に皆んなに何があったんだろう?
「そんな事よりごめんね、この所忙しくて、夫である君には寂しい独り寝をさせてしまったね、妻としては失格だよ」
「僕はまだ夫になった覚えは無いんだけど」
「えっ、この国の国王を引き受けてくれた時点で、了承してくれたんじゃないの、後は鉄郎君のサインを入れればいいだけの婚姻届も用意してあるよ、ほら」
常に持ち歩いてるの? あぶねー、この子外堀から埋めてきたよ、気づかないうちに結婚させられる所だった。
「いやいや、まだそんな急がなくても」
「むむ、いいかい鉄郎君、人生は計画的に行かないと駄目だよ、油断してると10年20年なんてあっという間に過ぎちゃうよ」
「貴子ちゃんから計画的なんて言葉が出てくるとは」
「心外だな、私は凄く計画的な女だよ、鉄郎君と一緒のお墓に入るまでのスケジュールはびっちりだね、とりあえず、海の見えるチャペルを予約しようか?」
「うん、妄想と計画は違うと思うよ、それよりこんな朝早くにどうしたの?」
「ああ、そうそうキャンディに行くよ!」
「飴玉?」
スリランカの中央に位置する都市キャンディ、標高500mと高地にあるのでコロンボの街よりやや涼しい、お釈迦様の犬歯が収められている仏歯寺は仏教の聖地として世界遺産にもなっているので、仏教の聖地としても有名な場所だ。
コロンボからキャンディの町までは車だと3時間以上と結構かかるが、貴子ちゃんのヘリなら20分もあれば着くと言う、お母さんは車でも1時間半あれば着くわよと豪語していたが、絶対に隣になんか乗らんぞ!何キロ出したらそのタイムになるんだ。
バタバタバタバタバタバタバタバタ
「貴子ちゃん、あれって」
「ふふん、ようやく完成したのだよ」
オスプレイの窓から入国の時にも見えていた白い塔が近づいてくる、近くで見ると本当に大きい、一体何メートルあるんだろう、スカイツリーより高いし大きいんじゃないか。
「その名もずばり、バベルの塔!!」
「それって絶対神罰が下る塔だよね」
「やだな〜、神様に祈るくらいなら、私に祈りなよ、よっぽどご利益あるよ」
「神をも恐れぬ貴子ちゃんらしいよ、ところででっかい怪鳥や黒豹、それに海とかにでっかいロボットとか作ってないだろうね」
「鳥やロボットならなんとかなるんだけど、黒豹がね、形状記憶合金だけじゃ難しいんだよ、挑戦してみる?」
「いや、絶対作らないようにって言おうとしただけだから」
「あっ、鉄◯やジャイアント◯ボなら作れるよ、はい、腕時計型リモコン」
「半ズボンならもうはかないよ、◯太郎や草間◯作くんじゃあるまいし」
児島さんの操縦するオスプレイは塔の横にあるヘリポートに降り立つ、ヘリの外に出て真下からだとその巨大さが良く分かる、見上げながら目をこらすが地上からはまるで先が見えない。思わず口が半開きになる。
「…………貴子ちゃんこれって何の塔なの」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれたね、旧約聖書に登場し紀元前6世紀にバビロンで実際建築されたとも言われるバベルの塔、神の世界に近づこうとした人間が神の怒りを買い崩されたとされている、私に言わせれば当時の建築水準の低さから途中で崩壊しただけだろうけどね」
「まあ、実現不可能な例えになるくらい有名な塔だよね」
「そこはほれ、私の手にかかれば不可能も可能になるってもんで、グリーンノアのYAMATOや黒夢の第5世代AIの設計により約2400mの超高層を実現したのだよ」
「ほへ〜、凄いねスカイツリーより高いんだ」
「いや、あんな600m程度しかないようなのと比べられてもね」
「で、これって何のための塔なの、展望台? BS放送用のアンテナ?」
貴子ちゃんがドヤ顔でチッチッチッっと人差し指を振る。
「この鉄郎王国を経済的にも軍事的にも支える発電施設だよ、宇宙に飛ばした人工衛星で太陽光発電して電力をマイクロ波に変換して受信する、それを各地の電力施設に共鳴伝送させるんだ、無公害で世界一クリーンな発電所と言えるね、原子力なんか目じゃないよ。成層圏に近い方がエネルギーロスが少ないから、結構な高さになっちゃたけどね。電力消費量10兆9千億kWhを賄える夢のシステムだよ」
「……ようするに、発電所なんだね」
難しいことは良く分からないが、貴子ちゃんが作ったのだから凄い発明なのだろう、うん、凄い、凄い。
「ワーハッハ、とうとう人類は完璧なエネルギーをこの手に掴んだのだ!! このシステムによりこの国は世界でトップの力を誇るのだ、今の世の中電気を制する者が世界を制すんだ、ハーッハッハ」
バサリと白衣をひるがえし、両手を天に掲げ高笑いする貴子ちゃん、ちょっと自分に酔っちゃてるかな。
「けど、そんなことしたらアメリカさんとか、怒ってミサイルとか撃ってくるんじゃない」
「心配ご無用! この国の衛星防御システムと黒夢が居れば、近づく物皆木っ端みじんに迎撃しちゃうよ」
「物騒だね、戦争でもする気?」
「まさか、でもこれが完成したおかげで、どの国も私達に手を出せないのは間違いないね」
ジャリ
「そうですわね、これでなんの心配もなく研究に打ち込むことができますわ」
「あ、京香さん」
声がして後ろを振り向くと京香さんが珍しく白衣姿で近づいてきた、朝からお美しい。
「なんだ、病院の方の準備はもういいのか」
「ええ、後は電気が通れば問題ありませんわ、ありがとうございます貴子さん、ここまでの設備を揃えて貰えるとは思いませんでしたわ」
なるほど、京香さんは病院施設を担当していたのか、いよいよ本格的に僕の検査が始まるのかな。
「ふん、鉄郎君に人類を救ってくれと頼まれてしまったからな、さて、ではバベルを稼働させるとするか、黒夢」
「モウいいのカ」
「やれ」
貴子ちゃんの合図で黒夢の瞳が青く光る、すると目の前の巨大な塔からヴオンと低い音がして振動し始めた、ピリッとした空気に鳥肌が立つ、次の瞬間、遥か上空からバリバリと雷鳴が轟いた。衛星からの電気を地上に向けて放出しているのだ。
澄み渡った青い空に塔を中心に青白いオーロラが波紋のように広がってゆく、空からはパラパラと雪の様なものが舞い落ちて来た。
「うわー、綺麗、これって雪? それにこんな南の国でオーロラ!!」
「冷却用の液体窒素についた霜が塔からはがれ落ちてきてるんだよ、オーロラは強力な電磁波で発生したんだ、電気が安定してくれば治まるよ」
赤道近くのこの国で雪にオーロラとは、僕達はその神秘的な光景に首が痛くなるのも忘れて魅入っていた、それは人類が新たなエネルギーを手に入れた歴史的な瞬間だった。
「アッ、充電サレタ」
後ろにいた黒夢がボソリと呟く、おいおいまさか漏電してるんじゃないだろうな。
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