83.南国
スリランカは仏教の国だ、町中が極彩色をイメージさせる色で溢れている、日本でも神社仏閣で派手な色彩の所もあるが、この国はピンクや緑、空色が多い気がする、とにかく街がカラフルなのだ。僕は真っ赤なトゥクトゥクと呼ばれる三輪車でコロンボの街を軽快に走る。
このトゥクトゥクは貴子ちゃんが電動に改造したおかげで、原付スクーターより簡単に運転出来る、バイクのようなハンドルとアクセル、ブレーキは右足で操作だ、幌の屋根は朝晩スコールが降るために付けられている、後は日避けの意味もあるか。あまりスピードが出ないのでお母さんには不評のようだが。
ヴィイイイイイイイイイ
「トゥクトゥク面白〜い、ドアがないから風が凄く気持ちいい〜」
「て、鉄くん、運転大丈夫、お姉ちゃん変わろうか?」
後ろに乗っている李姉ちゃんが心配そうに聞いてくる、やだな〜お母さんじゃないんだから安全運転ですよ、スピードだって、あれ60kmは出てるな、いけない、いけない。
「あっ、鉄郎さん、その角を右ですわ」
「りょ〜かい、テヤッ!!」
ハンドルを切ると後のタイヤが滑って流れる。
「キャッ!!」
急に曲がったせいで藤堂会長に後ろから抱きつかれる、恥ずかしそうに頬を染めながらも中々離れてくれない藤堂会長、運転に集中出来ないので離れて欲しい、李姉ちゃんが羨ましそうに見てるけど、姉ちゃんの強靭な足腰ならこのくらいの揺れは平気なの知ってるからね。
今日は貴子ちゃんに作ってもらった翻訳機のテストも兼ねて、藤堂会長と李姉ちゃんの3人で街に買い出しに出かけている。
正直な所、新しい武田邸は建設途中の部分がまだ多くて連日トンカン工事がうるさいので、気分転換の意味合いもあるのだ、婆ちゃんと真澄先生は日本庭園を作るべく頑張ってるし、お母さんと京香さんは研究所に入り浸っている。あれ?貴子ちゃんと黒夢は何してたっけ。
「おおぉ、流石は南国、えっ、バナナってこんなに種類あるの?」
新鮮なトロピカルフルーツが1年中採れるだけに、市場には色とりどり数多くのフルーツが並んでいる、バナナにパインにランブータン、マゴスチンまで普通に売っている、あまりの種類の多さに目移りしてしまう。
「あっ、ココナッツジュース!! これ外国に来たら一度は飲んでみたかったんだ」
早速首にぶら下げた翻訳機のスイッチを入れて、売り子のおばちゃんに話かける、通じるかなちょっと緊張する。
「おばちゃん、ココナツ、コレ、コレください」
『おや、嬉しいね、新しい国王さまじゃないか! こんなカッコいい男の子が国王さまなんて、この国に残った甲斐があったよ、ハッハッハ』
「おおう、スピーカーから声が、言ってることがわかる。 なんか迫力あるおばちゃんだ、おばちゃんコレ、プリーズ、ギブミー」
「鉄郎さん、言語が中途半端になってますわ」
『あんだい王様、ココナツジュースが飲みたいのかい、ちょっと待ってな、……ほら、一番大きいのをサービスだよ』
よかった言葉はなんとかなりそうだ、おばちゃんはメロンくらいのココナツをカカカッと豪快に鉈で削るとストローを挿して渡してきた。
やったあ、夢にまで見た念願の一杯だ、どれどれ。
チューーッ
「うみゅ、なんか青臭いポカリみたいだな、ココナツジュースってこんな味なんだ、不味くはないが微妙な……」
「ふふ、私も初めて飲んだ時は同じ感想でしたわ」
「だから藤堂会長はバナナジュースたのんだの、狡い」
李姉ちゃんはといえばいつのまにかワインショップに行って、ライオンの絵が描かれたビールを買ってきて飲んでいた。おいこら、護衛役が酒飲むな。
「鉄く〜ん、ココナツだったらアラックって言うココナツのお酒もあるよ、そっちなら美味しいよ」
「「まだ、未成年です!!」」
こうして市場を散策していると、僕たちの周りに人だかりが雪だるま式に増えてゆく、ここでもやっぱり男性は珍しいのだろう、隣のインドに行かないと男性特区無いらしいからね、そりゃ揃って国外に移民しようとするわな。
しばらく市場を散策していると一人の女性が近づいてくる、李姉ちゃんが咄嗟に庇うように前に出た。
『突然済みません、新しい国王様とお見受けします、どうかこの国にも男性特区を作ってください、お願いします』
空色のサリー (スリランカの民族衣装)を着たオリエンタルな感じのマダムが真剣な顔つきで僕に話かけてくる。外人さんって歳がわかりづらいよね、多分30歳位だと思うのだがもうちょっと若いのかな?
立ち話で済ます雰囲気でもなかったので僕らは近くのオープンカフェに移動する、うん、バナナシェイク美味い、これは当たりだ。
目の前に座る女性の腕にはめたシルバーのリングがチャラリと鳴った、しかしサリーというのは中々色っぽいな、日本の着物も外人さんが見るとそう見えるのかな。
すると李姉ちゃんが自分のチャイナドレスを指さしている、スリットから太ももを覗かせチラチラと見せつけてきた、サリーに対抗してるのかな? う〜ん李姉ちゃんのチャイナドレスは、小さい頃から見てるから新鮮味と言う意味ではサリーに軍配が上がるかな、無視してサリーの女性に向き直ると李姉ちゃんはちょっとショックを受けた表情を作った。
『私チャンドリカと言います。ヌワラエリヤで紅茶農園の経営をやってます。国王様、お時間を取ってもらいありがとうございます、しかしどうしてもお願い聞いてもらいたいのです』
「お願いって、さっき言ってた男性特区のお話?」
『そうです……新しい国になったので、是非考えて欲しいのです』
チャンドリカさんの話によれば、元々このスリランカにも男性特区はあったそうなのだが、8年前になぜかインドに合併され、この地にあった男性特区は閉鎖されてしまったと言う、男性の地球規模の減少と言う裏事情を知る身としては、なんとなく理由を察することが出来るのだが、事情を知らない人にとっては青天の霹靂と言えるだろう。よく暴動とか起きなかったな。
「では旦那さんはその時インドに」
『あ、いえ、元々多くの女性と結婚していた人だったので、10年前、娘が生まれてすぐにイギリスの方の所へ』
「良く有る話よ、日本の法律では3人と結婚となっていたけど、他国では10人位平気で認められている所もあるから、子供が出来たらさようならって男も結構いるわね」
李姉ちゃんが説明を挟んでくれた、なるほど、でもそれって男としてちょっと無責任じゃないの。残された奥さんや子供は寂しいだろうに。
「そこに来て今回の政権交代か、一応国王となった僕に要望が出されるのはいたしかたないか」
「でも、鉄郎さん、今世界では男性の数が……」
藤堂会長が心配そうに僕を見て来る、そうなんだよねこっちとしても無い袖は振れない、圧倒的に男性の数が足らないのだ。無理矢理他の国から男性をスカウトしたら、国際問題どころか戦争が起きかねない。マイケルさんなら政府も手放すかな、あんまり役に立ってるわけじゃなさそうだし。
チャンドリカさんが僕達が難しい顔をしたのがわかったのか、必死に頭を下げる。
『私はもういいのです!! 結婚も籍だけとはいえ出来ましたし、娘も産むことが出来ました、でもその娘の将来を思うと……』
僕を見つめるチャンドリカさんの大きな瞳から涙が溢れる、その涙を見て僕は改めて今の世界が危機的状況に有る事を実感した。
『願いを叶えてくれるのでしたら、私が国王様の性奴隷になってでも色々ご奉仕しますから!!』
「「間に合ってます(わ)!!」」ダンッ
せ、性奴隷って、いきなり何てこと言うんだこの人、ちょっと引くわ。その発言の所為で李姉ちゃんも藤堂会長も殺気立ってしまったじゃないか。自分の身を差し出そうとするほど切実なのは理解したんだけど、最後目が本気だったよな。
結局、その場では色好い返事をすることが出来ないままチャンドリカさんとは別れることになった、肩を落とし、とぼとぼと去って行く彼女に罪悪感が湧く、僕達が頑張ってもいきなり人口が増える訳ではない、少なくとも20年はかかる、だがその努力だけはしないと未来は人類滅亡という最悪の結果が待っている。まずは小さい事からコツコツとだな。
「う〜ん、なるべく早く赤ちゃん作った方がいいのかな?」
ボソリと呟いた僕の言葉が、あんな悲劇を産むなんてその時の僕には想像も出来なかったのだ。
「しかし、これだけ色々花が咲いてるってのに、桜でお花見したくなるのは日本人の贅沢ってもんかね」
春子は造成中の中庭を眺めながらそんな事を考えていた。庭の隅では住之江が汗だくになりながら刀を振るっている、短い期間で随分と様になって来た、この分なら自分の身ぐらいは守れる程度には育てることが出来るだろう、まあ、その基準が自分を始め、貴子や夏子と言うのが酷な話ではあるのだが。こいつら相手に身を守れるなら世間一般では十分達人レベルだ。
春子は満足気に微笑むと住之江に近づいて行く。
「真澄さん」
「はぁ、はぁ、春子お祖母様、な、何か?」
「なに、真澄さんが頑張ってるから、次の段階に進んでもいい頃かと思ってね」
「次の段階?」
「ああ、私の元部下に真澄さんの指導を頼もうとロシアに連絡したら、快諾してくれたよ」
「えっ、それって」
「ああ、心配しなくても大丈夫、腕は確かだよ、格闘では家の麗華だってまだ敵わない、ただ少しばかり教え方が厳しいがね」
「ヒィィ」
ここにきて住之江も流石に疑問を覚え始めた、春子お婆さまは一体うちに何をさせたいんやと、武田家の嫁となるのに護身術くらいはと習ってはいるが、どうもその域を超えているのではないか、うちは勝った負けたの武術家がしたいのではなくて、ただ鉄君とやりたいだけなんやが。
大分、色々と溜まって来ている住之江であった。
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