82.新たな出発
「ようこそ新世界へ!!」
貴子ちゃんはグリーンノアの甲板上で両手を広げながら叫んだ。貴子ちゃんの国を作る話を聞いてから2ヶ月、様々な準備を経て、今僕は洋上で潮風に吹かれながら新天地である異国の地を眺めている。
熱帯地方独特の水の匂いがする風が鼻をくすぐる、海岸部や平地では平均気温も27度と高いが、高地に行けば1年中春のような穏やかな気候らしい、寒い長野に住んでいた者としては暖かいのは嬉しい、めっちゃ嬉しい、人間は寒いより暖かいほうが優しくなれると思う。これからは毎年恒例の雪かきはやらなくて済みそうだ。
貴子ちゃんが世界を相手に分捕った領地のスリランカが眼前に迫る、かつてはセイロンと呼ばれたこの地の歴史は古く、紀元前5世紀までさかのぼることが出来る、その長い歴史の果てに今、新しい女王 (貴子ちゃん)が誕生した、仏教の国だけになんか罰が当たりそうで怖い。
「そう言えば、元々ここに住んでた人達ってどうなるの?」
僕は隣に立つ児島さんに質問する。まさか建国にともなって強制的に追い出したりしてないだろうな。
「男性が激減してからはここも随分と過疎化が進んでましたからね、土地を買い取ると皆さん喜んで男性特区のあるインドに移って行きましたよ、まだそれなりの人数が残ってますけどね」
「ありゃ、こんな所でも貴子ちゃんの影響が、本当に人口が減ってきてるんだな」
「そうですね、今の時代どうしても大都市に人が集まった方が効率がいいですから、そのおかげで格安でしたよ」
「いやいや、そうは言ってもお高いんでしょ」
「それがなんと500億スリランカルピー、ポッキリ」
「う〜ん、高いんだか安いんだかピンとこない、て言うか国って買えるもんなの」
「色々面倒臭くて、そんなに単純じゃないですけどね、実際は名義変更して借りてるようなもんです」
児島さんからそんな話を聞くとまた見方が違ってくる、貴子ちゃん借りてる土地のわりには随分好き勝手に色々建設してないか、何、あの天に向かって伸びる真っ白な巨大な塔は?
そうこうするうちにグリーンノアはスリランカ最大の都市コロンボに到着する、元々はここがスリランカの首都だったのだが、今の首都は隣のスリジャヤワルダナプラコッテって長い名前の都市になっている、覚えづらいなおい。
貴子ちゃんの国になったら名前とかどうするんだろう、えっ、僕が決めていいの、マジか。
それにしても想像してたものとは違い凄い大都市だな、長野とは比べ物にならないくらい都会だ、それに結構人も残ってるじゃないか、ヤシの木が並ぶ南国風の海岸沿いに高層建築がそびえ立つおしゃれな町並み、初めての海外がこんな綺麗な場所とは感激だ。
道行くおばちゃんがニコニコと手を振って来る、歓迎はされているのかな、一応手を振りかえしておこう。
児島さんが運転する黒塗りのデッカいメルセデスのリムジンに乗り込んで、僕達が住む家にさっそく移動する、先行している婆ちゃん達に合流する為だ。
「あっ、貴子ちゃん、僕こっちの言葉わかんないよ、スリランカって何語だっけ?」
「ん、公用語はシンハラ語だったかな、大丈夫、通訳だったら私や黒夢がいるから困らないよ、それでも不便なら翻訳機くらい作るよ、でも後半年もすれば大半の人間はインドに移るけどね」
「はぁ〜、まさに貴子王国だね」
「何言ってるんだい、ここは鉄郎王国だよ」
「うぇ〜、その話は断ったじゃん、貴子王国で行こうよ〜」
「チッチッチッそこは譲れないなぁ、目指せ千年王国だよ!」
「僕の家、浄土真宗なんだけど」
「あっ、見えた!! あれが私達が住む新居だよ!」
「…………」
何やら禍々しい門を潜り、左右に庭園が広がる道を車で10分。大きな噴水の向こうに建っているは正に宮殿と呼べるものだった、中央に玄関、コの字に配置されたているのは白壁の豪華な5階建ての建築物、なんだこの大きさ、ベルサイユ宮殿か?
「総面積700ヘクタール、部屋数は1000を超える、その名も◯刻館!!」
「その名前はやめて!!」
「いいと思うんだけどな、美人の管理人さんは私がやるし、ロクな住人が住んでないからな」
「このスケールで◯刻館はないでしょ!!」
「将来増える子供の数を考えると、この大きさはどうしてもね」
「何それ、怖い」
キキッ
サッカー出来るんじゃねと思わせるただ広い玄関前広場にリムジンが止まると、黒いゴスロリ服の黒夢が駆け寄ってきてドアを開ける。
外に出た瞬間。
「「「「おかえりなさいませ、鉄郎さま!!」」」」
「ぶーーーーーっ!!」
玄関前に並ぶメイド服姿の関係者の方々、100人以上はいる。前列には真澄先生を始め、李姉ちゃん、京香さん親子、ってお母さんもか! あっ、さすがに婆ちゃんは着物姿だ、ちょっと安心。
でも藤堂会長、顔が豪華すぎてメイドに見えねぇ〜、上に立つ根っからのお嬢様だな、反対に一番メイドさんぽいのはラクシュミーさんだな、使用人ぽさが滲み出てる。なんなのこのコスプレ大会。
「どう、このサプライズ、お出迎え用に皆にメイド服着させてみたんだ」
「これ、貴子ちゃんの仕業?」
「うん、夏子お母様なんかノリノリだったぞ、春子はノリが悪くて駄目だな」
確かに吃驚したわ、何させてるんだこの子は。それにメイド服は本職の人が着るから良いのであって、コスプレに使うもんじゃないんだぞ。
そんな事を考えていると、真澄先生が小走りで近寄って来て僕の前でクルリと回った。
「て、鉄君、ど、どやろ、うちのメイド姿」
真澄先生はオーソドックスなロングスカートの黒いワンピースに白いエプロン、頭にはカチューシャを付けていた、ちょっと恥ずかしいのか、もじもじと聞いてくる姿はなんとも可愛いものである、普段のスーツ姿も凛々しくて良いが、こういった可愛い格好も似合うとは発見だな、さっきまでの自分の考えを否定する。けど関西弁ってこの服装には合わないのはなんでだろう?
「うん、凄っごく可愛いです!!」
「ほんま! ほ、ほな、今晩ご主人様プレ……ぐえっ」
「「は〜い、交代」」
真澄先生の衿を後ろから引っ張って、お母さんと京香さんが前に出て来る。
「「鉄君、私達はどうどう、可愛い?」」
なぜにこの2人はいい歳こいてミニスカメイドなんでしょう? 素材は良いんだからヴィクトリアンスタイルとかならしっくりくるのに、それとお母さん、ネコ耳カチューシャだけはやめなさい、あなたはバニーちゃんの方がぴったりだから。
「うん、これは無いな。日本に帰りたくなってきた」
「「ガーーーーン」」
膝から崩れ落ちる2人を前に、この新天地でうまくやっていけるか少し不安になってきた僕だった。
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