72.F-35B
展望露天風呂から見える沖合で空に昇る光が見えた時だった、つい立ての向こうの女湯から回転しながら飛来する物体があった。
クルクルクルクルクルーーッ、バシャーーーン!!!
「おわぁ!何だ!?」
ザバァ
「パパ、なにかクル…速いヨ」
黒夢だった。
しかも泡まみれで湯船に飛び込みやがった、思わず黒夢の頭を両手で挟んで目を合わせる。
「こらっ!泡付いたままお風呂にはいっちゃ駄目でしょ!メッ」
怒られたことがわかると黒夢はシュンとするが、何かを訴えるような目で僕を見てくる。
「ゴメンなさい、ちょっと洗濯の途中ダッタ、それより戦闘機がコッチに向かってル」
「「「戦闘機!!!」」」
僕と京香さん、李姉ちゃんが揃って驚いた声をあげる、そうこうしてるうちに、いつのまにか目視出来るくらいに飛行機が接近していた。本当に速い。
「撃ちオトス?」
首を傾げながら聞いて来る黒夢に「出来るんかい!」と一瞬突っ込みそうになるがこの子なら本当にやりそうで怖い。だけど敵か味方かわからないのに撃ち落としちゃ駄目でしょう。
ゴウッ!!
次の瞬間、轟音をなびかせ僕達の頭上を派手なピンク色の機体が通り過ぎる、遅れてビリビリと空気が震えた。のわぁ風が!寒ぅ!
闇夜を切り裂きP&W F135ジェットエンジンの轟音が静寂を破る。菱形の主翼と大きな水平尾翼を持つ機体が佐渡の夜空をぐるりと旋回する、アフターバーナーのオレンジ色の炎が綺麗な円を描く、ショッキンピンクの戦闘機は鉄郎達が見守るなか旅館の前まで戻ってきて動きを止める。
F−35Bライトニングは第5世代ジェット戦闘機となるステルス機だ、特にF−35Bは短い距離で離陸でき、さらに排気ノズルを下向きにして垂直着陸が出来ると言う特徴を持っている。
(従来の滑走路からの離着陸を行う戦闘機を見慣れている者にとっては、この垂直着陸はもの凄い違和感がある、是非YouTubeとかで見て頂きたい、前身とも言えるハリアーと比べるともの凄く進化してのがわかる)
目の前でピンク色の戦闘機が月を背負ってユラユラと空中に浮いている、何だあれ、ちょっとずんぐりした感じだけど戦闘機だよな、えっ、飛行機って空中で止まれるもんなの?
そんな事を考えていると下面からタイヤがニョキと出て来て、そのままスゥーっと下降し始めた。
キュイイイイイイイイイイイイイィーーーッ、カシューッ
「あっ、降りた」
皆で展望露天風呂から下を覗きこむ、奇妙な動きで降り立ったF−35Bのキャノピーがゆっくり開くと、中から出て来たのはなにやらゴテゴテとしたヘルメットを被った白衣姿の女性だった。んん、あれって。
ヘルメットを脱ぎ捨てると綺麗な黒髪が現れる、軽く頭を振ると屋上を見上げ、僕達に手を振って来た。
「て〜つ〜く〜ん、今そっちに行くね〜〜〜ッ」
「お母さん!!」
僕の母親、武田夏子だった。何考えてるんだあの人……。
しばらく呆然としてると風呂場入口の扉が勢い良く開けられ、素っ裸の母親が露天風呂に怒鳴り込んで来る。
「ちょっとぉ!私抜きでなに皆で混浴楽しんでるのよ!!私も混ぜなさいよ!」
「お母さん!まずは飛行機を駐車場に入れて来なさい!!」
「「えっ、そう言う問題?」」
京香さんと李姉ちゃんに揃って、なんとも言えない表情で見られた。気づくと3人がジッとこっちを見ている、そう言えば皆んな裸のままでしたね、色々ショックで忘れてたわ、意識するとまた元気になっちゃいそうになったので僕は急いで露店風呂を後にした。くそぉー、せっかくの露天風呂なのに全然ゆっくり出来なかった!
残された女性陣と言えば…
「きゃーっ!奥さん、見ました!見ました!あれ私の息子よ、あんなに立派になっちゃて!」
「ええ、じっくりと拝見させていただきましたわ、ご立派ですわ」じゅる
「…………」
「推定○○cm、平均値と比べルと大きイ」
なんだかんだで部屋に戻ってきた僕達、目の前で美味しそうにブリしゃぶを食べている母親に、冷めた視線を送る。
「あっ、中居さ〜ん。景虎の純米、熱燗で追加ね!」
「お母さん!! すみません、母がご迷惑かけちゃって」
「はは、中々豪快なお母様ですね……(やっぱりこんな美少年の母親なんてまともな人じゃ出来ないんだな)」
従業員の皆さんに頭を下げまくって疲れた、意外とすんなり許してくれたが、いきなり戦闘機で乗り付けた客なんて初めてだろうに、おかげでこの時期は観光客も少ないとは言え、凄い数の野次馬が集まってしまった、そんな非常識な人物を前に“豪快な人ですね”などと言葉を選んでくれる中居さんに、感謝の言葉を述べたくなるのは当然のことだろう、流石に乾いた笑いを浮かべて去っていったが。
「で、お母さん、あの飛行機はどうしたの? まさか盗んで来たんじゃないでしょうね」
「ん、貴子に借りたのよ。横須賀で会ったんだけど、こっちに向かうって言うから途中まで乗っけてもらったの、くぅ〜、ブリしゃぶおいしぃーーっ!」
「うんうん、ブリしゃぶ美味しいよね。って、えっ、貴子ちゃんも来てるの」
「ああ、貴子の奴は船だからね、夜明け前には着くんじゃない」
「なにしに来るのさ?」
「さあ? お母さん貴子の用事までは知らないわよ」
「それじゃあ、お母さんは何しに来たの?」
「もっちろん鉄君に会いに来たのよ! ついでに京香にちょっと用事も有ったし」
「まさか、戦闘機で佐渡まで押し掛けるとは思いませんでしたわ、明日の夜には長野に戻りましたのに」
隣で聞いていた京香さんが呆れた顔で冷酒に口を付ける、浴衣姿色っぽいですね、でも前がはだけ過ぎですよ。
「と言うか、なに母親である私を差し置いて、鉄君と旅行なんか来てるのよ京香!私の鉄君に手ぇ出してないでしょうね」
「あら、私と鉄ちゃんの仲ですもの、旅行くらいしますわ。ねぇ〜、鉄ちゃん」
見せつけるように僕にしなだれかかってくる京香さん、それを見た反対側のお母さんが殺気立つ。
「京香あんたねぇ、あまり調子に乗ってると、痛い目みるわよ」
カシュンと伸縮警棒を伸ばして京香さんの首元に突きつけるお母さん、ちょ、僕を挟んで争わないでくれませんか。
「あらあら、そうやってすぐに暴力に訴えるのは、鉄ちゃんの教育に良くありませんわよ、母親失格ですわ」
「ぐぬぬ」
おお、流石は京香さんだ、正論でお母さんを黙らせる。いいぞ、もっと言ってやって下さい。でも京香さん、後ろでなぜかぐったりとして寝ている娘さんの事は、ほっといてよろしいんでしょうか。なんか「いやぁ〜らめぇ」とか言ってうなされてますが。一体お風呂で何があったんだろう。
カラリと襖が開けられる。
「パパ、飛行機駐車場に入れてキタ」
「あっ、黒夢ありがとね。ちゃんと動かせた?」
「モーマンタイ」
「問題有りでしょ、旅館前のアスファルト溶けてたわよ、あれって専用の耐熱滑走路とかじゃないと駄目なんじゃないの」
お母さんの乗ってきた飛行機を駐車場に入れにいった黒夢と李姉ちゃんが帰ってくる、あの飛行機はコンピュータ化が進んでいるらしく黒夢なら自動操縦で動かせると言う話だった、でも着陸する時にジェット噴射で道が溶けちゃたらしい。
「うわっ、マジで。後でまた旅館の人に謝らなくちゃ」
「大丈夫よ鉄君、あれは貴子の持ち物なんだから、あいつに弁償させましょう」
「乗ってきたのはお母さんでしょ、あれ? そう言えばお母さんって飛行機の運転出来たの?」
「ん、お母さん、速い乗り物はなんでも好きよ。それに空にはぶつかる物がないから簡単よ」
「何、その謎理論」
夜の10時、旅館のラウンジに夏子と京香が並んで座っている。美魔女と言われる2人だけに、浴衣姿で並んでいると中々に艶めいていてとても絵になるのだが、今2人の間にはちょっとした緊張感が漂っていた。
夏子がカランとグラスの氷を鳴らすと話を切り出した。夏子にしては珍しく中身はただの炭酸水だ。
「電話で言ってた事って本当なの?」
「私の所にあるサンプルだと間違いありませんわね、そっちの結果はどうなんですの」
「そうね、私の方はこれと言って問題はなかったわ、今その資料見れるの」
「こんな危ないもの肌身離さず持ってますわ、病院のデータは消してますから、残ってる資料は私の持ってる分だけ……」
そう言って京香はノートパソコンにUSBを差し込んでパスワードを打ち込むと、夏子に手渡した。
しばらく画面を食い入るように見つめていた夏子だったが、京香に視線を移すと小さく呟いた。
「マジ?」
夏子の呟きに京香は無言のまま小さく首を縦に振った。
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