69.サド
「ふう、この組み合わせなら確かに行けそうですわ、一体どんな頭してたらこんな発想を出来るのかしら、目から鱗とはこのことですわ」
松代総合病院の院長である藤堂京香は満足感のある笑みを浮かべ作業を打ち切る。壁の時計はすでに夜の11時を指していた。
先日、病院のヘリポートの使用代として貴子から渡された新薬のレシピ、その調合の為に今週は残業が続いていた。
なまじ製薬の知識もあったので一人残って試作をしていたのだ。
「これで後は製薬会社との交渉に入るだけですわね」
調剤室から院長室に戻り、高そうな椅子に背中を預けながら大きく伸びをする、後ろに纏めていた髪を解くとファサリと栗色の髪が広がる、卓上のマグカップに手を伸ばして紅茶を一口含んだ。
「それにしても加藤貴子、恐ろしい人。あのレシピ、恐らくもの凄く効果が高い、製薬会社で検証が終わればすぐにでも特効薬として製品化されるはずですわ。一体いくらの価値があるのか想像がつきませんわ」
ヘリポートの貸し出し代としては貰い過ぎかもしれないが、貴子の正体の口止め料も含んでいる事を考えれば、これも有りかと自分を納得させる、まぁ後の事は出たとこ勝負だ、何か問題があればその時考えよう、楽観するのも良くないが考え過ぎてもしかたがない。
京香は気分転換もかねて目の前のMacを立ち上げた、お気に入りWebサイトの中から「鉄君の部屋」をカチカチとクリックする。
「ふぁ〜〜〜っ、鉄ちゃん可愛いですわ!! この笑顔、いつ見てもたまりませんわ」
カチカチと幼い鉄郎のコスプレ画像を表示させてニマニマしていると、そう言えばと思い出したようにパスワードを打ち込んで一つのファイルを開いた。
「身長170cm、体重62kg、内蔵機能にも特に問題無し、体脂肪率13%、結構筋肉質、今の男性の平均値が33とおデブさんばかりですから、まさに理想的なお身体ですわ、じゅるり」
鉄郎は貴子の謎の薬により一度幼児に退行している、その後しばらくして元の高校生の身体に戻っているものの、小さくなった時も大きくなった時も京香はその現場に立ち会っている、特に武田家のお風呂場で大人に戻った瞬間など生唾もので随分と色々お世話になったものだ。
その後、怪我の経過も見る目的 (建前)で京香の病院で精密検査を受けている、今開いているファイルはその時のデータだった、当然極秘ファイルである。
ゆっくりとスクロールして行くと、ある項目でピタリと指の動きが止まる。
「ん? これって……えっ、何、うそっ!!」
京香は慌ててスマホを手にすると、深夜にも関わらず迷い無くコールボタンを押した。
「あっ、夏子さん!! ちょっとお願いがありますの」
春休みに入って1週間、この日は快晴で鉄郎は朝から気分が良かった。玄関先でソワソワと立っていると1台の車が門をくぐり、鉄郎の前で止まった。
カチャリとドアが開き黒いストッキングに包まれた脚が覗く、降りて来たのはベージュのトレンチコートに首元にはチェックのマフラー、薄オレンジのレイバンのティアドロップサングラスをかけた小柄な女性だった。母の夏子とはタイプの違う、とても可愛い系の美魔女である。(本人いわく深キョンにクリソツでしょ、との事だが歳は京香の方が上である)
「京香さ〜ん!!」
「鉄ちゃ〜ん!! 会いたかったわ〜〜!!」
ウェーブのかかった栗色の長い髪を揺らして抱きついて来る京香、甘い香りの香水が鉄郎の鼻をくすぐる。
「ちょ、京香さん。もう、いきなり抱きつくのはやめてよ、恥ずかしい」
「あらあら、お顔が赤いですわ、照れてますの、可愛いですわ!!」
「京香さんみたいに可愛い人に抱きつかれたら誰だって照れますよ」
「あら、お上手。鉄君にそう言ってもらえると私とても嬉しいですわ」
鉄郎の褒め言葉に頬を染める京香、結構無自覚に女性を誑し込む鉄郎だが、この場に住之江がいたら浮気者扱いされること間違いなしである。
(鉄君の浮気者ぉ!!)
声無き声が聞こえたようにキョロキョロと辺りを見渡す鉄郎、京香が抱きつきながら上目遣いで首を傾げる。
「で、後ろの二人は何ですの?」
「「(パパの、鉄君の)護衛」」
「鉄ちゃんに麗華さんが護衛に付くのはまだわかりますけど、隣の可愛いお嬢ちゃんは?」
「黒夢はパパの娘」
一瞬頭に?マークが浮かぶが、京香も世間では名医と呼ばれる医者である、この幼女が人間でないことはすぐに見破った。
何……この子人間じゃない、アンドロイド?と言うことは加藤貴子が作ったと言う事ですわね、それにしても……良く出来ている、まるで本物の人間のように自然、加藤貴子、本当に底が知れない人ですわね。
「でも、今日のデートで使う車は2シーターですわよ、定員オーバーですわ」
そう言って京香さんは後ろに止めてある真っ赤で小さなオープンカーを指差した、マツダロードスター、座席が2つしかない世界で一番売れたオープン2シーターである。
「「確信犯だな (ダナ)」」
「はぁ、わかりましたよ、では私達は後ろから別の車でついて行きます」
「まあ、鉄ちゃんの護衛なら仕方がないですわね。あっ、それならちょっと待ってくださる」
肩を竦める李姉ちゃんと黒夢を前に京香さんが林檎マークのスマホを胸ポケットから取り出した。
トゥルルルル、トゥルルルル、ピッ
「あっ、もしもしリカ? 今から私、鉄ちゃんと佐渡にデートに行きますけど、貴女も行きます?」
『vbぢっslfれbのbgzり!!!!dgdsflj;;!!!』
悲鳴とも怒声ともいえる声がスピーカーから大音量で響く、京香は思わず耳からスマホを耳から遠ざけながら面倒くさそうに通話を切った。
「す〜ぐに来ると思いますので、あの子もそっちの車に乗っけてあげてくださる、ちょとした親心ですわ」
「え〜〜っ、生徒会長も連れてくんですか〜」
麗華が不満の声を漏らすと、黒夢がクイクイと麗華のチャイナドレスの裾を引っ張った。
「ダレ?」
「あんたが学校で最初に襲った女よ、忘れたの?」
「ン、ああ、アノ人形みたいな悪役令嬢ダナ」(お前が言うな)
キキキーーーーーッ、バタンッ、ドタタタタ
お、早い早い、藤堂会長の家ってここから結構距離あるのにもう着いたみたいだ。
「お母様ぁ!! 鉄郎さんと佐渡に行くって一体どう言うことですのーーっ!!!」
「あっ、藤堂会長、おはようございま〜す」
「て、てて鉄郎さん、おはようございますですわ」
よほど慌てて来たのか藤堂会長はちょっと寝癖がついた頭で駆けて来た、真っ赤なショートコートに綺麗なブロンド、相変わらずフランス人形のような人だ、そんな藤堂会長が息荒く母親である京香さんに詰め寄った。綺麗な青い瞳に怒りの炎が見えた気がしたが気のせいだろうか。
「お母様がなんで鉄郎さんとデートなんて事になっっているんですの、きっちり説明してくださる!!」
「リカ、淑女が男性の前で声を荒げるなんてはしたないですわ、私と鉄ちゃんはお友達ですものデートくらいしますわよ、ねぇ〜鉄ちゃん」
「藤堂会長、京香さんには入院した時にお世話になってね、その時から色々相談に乗ってもらうようになったんだ」
「なっ、私を差し置いて、何を仲良さげに京香さんなんて名前で呼ばれてますの!! キィーーッ!!」
じたんだを踏む藤堂会長。あれ、会長と京香さんてもしかして仲悪いのかな、今日の佐渡行きも知らなかったみたいだし、勝手に旅行に行くの決めたのまずかったかな。ん、黒夢が会長の所に近寄って?
「カカカ、久しぶりダナ、お嬢ちゃん(フロイライン)」
「ヒッ、ヒエッ!! ななな、なんで黒の組織がここにいますのーーーーっ!!」
「「黒の組織?」」
ズザザザと後ろに後退する藤堂会長、なんだ黒の組織って?黒夢と会長って面識あったっけ? 京香さんと僕が首を傾げていると李姉ちゃんが会長と黒夢の間に割って入る。
「だ、大丈夫よ、藤堂さん。色々あったけど今は洗脳も解けてこっちの味方だから、ね、ねえ、黒夢」
「黒夢は最初カラ、パパの味方ダゾ」
「いいから話合わせなさいよ、学校で暴れたなんて鉄君にばれたら怒られるわよ」
「ツッ! それはマズイ。コワクナイヨ、クロムはトテモヤサシイヨ〜」
「ほ、本当ですの?……いじめない?」
「ダイジョウブ、コワクナイヨ〜、コワクナイヨ〜」
恐る恐る戻ってくる会長とジリジリと近寄って行く黒夢、まるで怯える猫に餌付けしてるみたいな光景、3人の間に何があったんだろう? 意味がわからず京香さんと顔を見合わせる、いつの間にか腕を組まれてるんですが、いい臭いがするので離れてください、この密着具合は友達の距離じゃありません。
「そう言えば鉄ちゃん、お婆さまは?」
「ああ、婆ちゃんなら今日はゲートボールの大会だって、朝早くに張り切って出かけて行きましたよ」
「あらそう、ご挨拶をと思ったけど仕方ありませんわ、じゃあ行きましょうか」
京香さんに腕を組まれたまま引っ張られて車に向かう、助手席のドアをさりげなく開けてくれる、こう言う所は大人だなぁと感心する。でも3人を置いてっちゃていいの?
ドゥルルン
「貴女達、時間も押してるから先に行くわよ」
「ハッ、ちょ、お母様ぁ!! 待ってぇ!待ちなさいよ!!」
「ムムッ」
「ほら、あんらも早く乗りなさいよ、置いてくわよ」
いち早く春子に借りたGT350に乗り込んだ麗華が黒夢とリカに乗車を促す、V8エンジンの野太い音が朝の温泉街に響き渡った。
ゴォーと風を切る音やエンジンの音が直接耳に飛び込んでくる。隣でハンドルを握る京香さんの髪がふわふわと風に舞う、なるほどオープンカーって前からよりも巻き込んだ風が後ろから吹いてくるのかと変な所で感心した。
長野インターから上信越自動車道に上がって、ここから上越インターまで約1時間のドライブだ、まだ暖かいとは言えない季節にオープンカーはどうなんだろうと思っていたが、足下がヒーターで暖められていると意外と寒さは気にならないものだ、これが頭寒足熱というやつか。隣を追い越して行く車に愛想よく手を振ると吃驚した顔をされる、ちゃんと前を見て事故には気をつけてくださいね。
「どう、鉄ちゃん、寒くない?」
「大丈夫、むしろ風が気持ち良くって、いいですねオープンカー」
「ふふ、それは良かったですわ」
ニッコリと優しく微笑む京香さん、お母さんと違って凄く安全運転なので安心していられる、あの人高速乗ると気違いみたいにめちゃめちゃ飛ばすから生きた心地がしないんだよな。後ろからは李姉ちゃんの運転する、黒のGT350がピッタリと付いて来るのがバックミラーに映る。
「ムキィーーーッ!! 鉄郎さんと2人でドライブなんて許せませんわ!! 今すぐ飛び移って、あの無駄に若い顔にマジックでヒゲを書いてさしあげますわ!!」
「さっきからウルサイゾ、フランス人形」
「ヒッ、……麗華さん本当にこの子、大丈夫なんですの」
「鉄君に害を加えなければ大丈夫よ」
「パパに害なすモノは、ミサイルでコナゴナ」
「ヒエッ!!」
麗華との格闘を学校で見ているだけに、黒夢の言葉に真実味を感じて鳥肌がたつリカだった。
そんな後ろのドタバタはつゆ知らず、鉄郎は佐渡への期待に胸を踊らせる、う〜ん佐渡で食べたいのは、やっぱりイカの刺身だな、穫ったばかりの透明でプリプリのイカ刺し、楽しみだなぁ。
京香さんの運転するロードスターは一路新潟の直江津港を目指す、そこからカーフェリーで佐渡に渡るのだ、直江津から出航する高速カーフェリー「あかね」は佐渡行きのカーフェリー三姉妹の末っ子と言うキャラクターが作られている、擬人化大国ニッポン、なんでもキャラが作られるな。
最新鋭の高速船でちょっと未来的なデザインがカッコいいので今から乗るのが楽しみだ。
あけおめ、ことよろです。今年も続けて書いて行きますので、感想などございましたらお気軽に。




