65.ダイナマイトが150トン
貴子を乗せたグリーンノアは20ノットの速度で四国沖を北上していた。長く伸びた滑走路の上ではお掃除ロボのルンバ改がブラシを掛けながら忙しくウィンウィンと動き回っている。
「う〜頭痛いウオッカ飲み過ぎた。おい、インド人ブラックコーヒーくれ、ミルクと砂糖多めで」
「どっち?…さぼってないでちょっとは手伝ってくださいよ〜、もう、児島さん早く帰ってこないかな〜」
「うるさい!! わざわざ乗せてやってるんだキリキリ働け」
滑走路に備え付けたビーチパラソルの下では貴子がだらしなく机に突っ伏している、鉄郎に置いてかれたのを根に持ってやけ酒の真っ最中だ。見た目幼女なだけに随分と不味い絵面になっている。
そしてその傍らでは、さすらいのインド娘ラクシュミーがえっちらとルンバ改の残骸を片付けていた。度重なる乗り物酔いに絶えられなかったのか夏子と別れ、今はグリーンノアで働かされていた。
ここで勘違いしてはいけないのだが、花琳の豪華客船青龍は本来乗り心地のとても良い船である、行きは貴子が無茶な使い方をしたのでめっちゃ揺れたが、帰りはさぞ快適な船旅を楽しめたことであろう。
ぶつぶつとしつこく文句を言ってくるラクシュミー、それを鬱陶しく思った貴子が札束でラクシュミーの頬をペチーンと引っ叩いて黙らせる。ついでに引っ叩くのに使った帯封の付いた札束をポンとその足元に落とした。アルバイト代?
「ははーーっ、なんなりとわたくしめにお申し付けください、貴子様!!」
目を輝けせ地面に頭を擦り付ける勢いで土下座するラクシュミー、見事な手の平返し、己の欲望に負けた敗者の姿だ。
ザザザーーン
ミャーミャーとウミネコが頭上を飛んでいる、澄み渡った青い空に、平和っていいなと思いながらラクシュミーは目線を手元に移した。
すこし現実逃避も入っているかもしれない。
「それにしてもこのルンバ改何で出来てるんです、滅茶苦茶硬いんですけど」コンコン
綺麗な断面を見せる蜘蛛のような脚を持ち上げ、覗きこみながら拳で叩く、異様に軽い。
「ん〜、おもにチタン合金で出来てる、鉄じゃ重いし、アルミだと太くしないと形状的に強度が足らないからな」
「えっ、これ全部ですか」
ラクシュミーは山と積まれた残骸を見上げる、そのほとんどが夏子により真っ二つにされており時々バチバチと火花が散っている。
「もったいないな〜、まだ動く奴一匹くださいよ〜」
「なんだ部屋の掃除に使うのか? 貴様の部屋汚そうだしな」
「違いますよ!! と言うか、なんでお掃除ロボがこんな無駄に高性能なんです、壁登ったりワイヤー射出機能なんか必要なんですか?」
「高い所掃除するのに便利なんだよ。……それにしても貴様が煎れたこの珈琲、カレーの匂いがするな」
「いじめだ……」
さめざめと涙しながら残骸の片付けを再開するラクシュミーだが、ポケットに突っ込んだ札束の感触に気分を持ち直す。現金な奴だ。
「後、ハッキング下手だな貴様、YAMATO(グリーンノアのAI)が呆れてたぞ、それでもIT大国のインド人か」
「ばれました、いや〜、ハッキングには自信があったんですけどね、グリーンノアのAIは駄目ですね、あんなの人間では突破できませんよ」
「当たり前だ、誰が作ったと思ってるんだインド人、で、何をしようとしてたんだ」
ふうっ、ため息を一つつくとブラウスに付いた埃をパンと払い姿勢を正す。ミディアムショートのブロンドが陽の光をあびてキラキラと光った。ちなみにいつも着ている白衣はゲ◯まみれになったので脱いでいる。
「では、あらためまして、世界政府の本部から来ましたラクシュミーです」
「なんだ貴様、夏子お母様の部下じゃないのか?」
「いわゆるダブルってやつですね、あの人と一緒にいると色々と振り回されるので大変なんですよ」
「で?」
「貴女相手に駆け引きもなんですから、単刀直入に。貴子さん、私と一緒にインドに来ませんか」
「山奥で修行でもするのか?」
「今時そんな人いませんよ!! 貴女の頭脳を世界政府の為に使って欲しいんです」
「私は政府にとって世界最恐のテロリストだったはずだが」
「でも、今は生まれ変わったのでしょう、戸籍も綺麗な状態ですし書面上は問題ありません、アメリカやヨーロッパの邪魔な組織も貴女達があらかた潰してますし、文句は言わせませんよ、まぁロシアや中国はナインの影響が強いのでちょっと苦労しそうですけど」
「………」
ピロン
無言の貴子だったが、その時白衣のポケットからメール着信を知らせる音がした、差出人は黒夢とある。しばらく画面を見つめていた貴子だったが、光を失った瞳がラクシュミーの方を向いた。
「神は死んだ。 おい、インド人。大阪を消滅させるのに何発ミサイル打ち込んだらいいと思う?」
「はい?」
「絶望した、こんな世界滅んでしまえーーーっ!!」
「ちょ、ちょっと待ってください!! 一体何が、って鉄郎君絡みに決まってますよね〜、も〜うあの親子は〜〜〜っ!!!」
ラクシュミーの絶叫が海原に響き渡る、頑張れラクシュミー、今世界を救えるのは君だけだ。
大きな鉄板の上でジュウジュウと音をたてる円形の物体、ソースが焦げる香ばしい香り、マヨネーズの白い網がかけられ、青のりの緑が鮮やかだ、一番上で花かつおがユラユラと楽しそうに揺れている。
「はい、お待ちっ!!」
「おお〜、これが本場のお好み焼き!! お姉さんお箸もらえますか?」
「ん、お兄ちゃんどっから来たん? お好み焼きはコテ使うて食べるんやで、その方が熱々のまんまで美味いんや、まあこのお好み焼きより美味いもんなんか、この世には数える程しか無いんやけどね」
「へ〜、なるほど。よっと、あむっ、ハフッ、ん〜〜〜っ、うまっ!! カリカリのふわふわ」
鉄郎が笑顔でサムズアップすると、店主が嬉しそうに微笑んでいる、すっげー嬉しそうに微笑んでいる、それもそのはず店主にとって男性へお好み焼きを出したのはこれが初めてだったのだから。緊張で手が震えながらも長年の経験の賜物か、なんとか納得のいくものを出す事が出来た、今日この瞬間を一生の思い出にしようと心に決める。
「ほら、鉄君口元ソースついてんで、こっち向いてみ」
「え、どこ」
「ほら、じっとしてて」
隣に陣取った住之江がかいがいしく鉄郎の口元をハンカチで拭う、その行為に殺意に満ちた店内の温度が急激に下がる。左隣に座っている黒夢は「出遅れたっ!!」とショックの表情を作った。
今、鉄郎達は東浅香山にあるお好み焼き店チエちゃんに来ている、鉄郎たっての希望で昼食はお好み焼きとなったのだ。昼の時間も近いことから、店内は近所のおばちゃんや道路工事で昼休憩のいかつい姉ちゃん達でそこそこ賑わっていたのだが、鉄郎達が来店すると雰囲気が一変する。
「いらっしゃ…………いぃ〜〜〜っ!!」
固まる店主と客、静まりかえる店内。いくら男性特区大阪と言えどここ堺はその外側に位置する、そんな場所で経営するこの店に男性客はまず来る事はない、特区の中にも飲食店は数多く有るし少なくとも、男性にこんな庶民の食べ物を特区の外で誘う女性客もまずいない、もっとオサレな店に誘うのが一般的だ、脱サラして店を持って9年、この店にとって初めての男性客だった。いや、以前にも来たことはあるのだが、その時は扉を空けた途端引き返えされたのだ。
「ん〜っソースの良い匂い、真澄先生と同じ匂いだ」
「うそ。うちソースの匂いする」クンクン
「うん、すごく美味しそうな匂い」(多分深い意味はない)
「えっ!!……た、食べたい?」
スコーーン
「痛っ!!」
「真澄ぃ!! あんたねぇ何調子こいちゃってんの、馬鹿言ってないで早く席座んなさいよ」
「れ、麗華、めっちゃ後頭部痛いんやけど」
麗華にツッコミを入れられ頭を抱えてうずくまる住之江、後ろから来た妹真波がゴミでも見るように冷ややかに見下ろす。
「お姉にまじもんの殺意おぼえたんは初めてや、大和川に流したろか」
しかし幸せ絶頂の住之江はこの位ではへこたれない、嫉妬されるのは彼氏持ちの特権だ。すぐに立ち上がるも、鉄郎はすでにカウンター席に座っていた、食欲に忠実な男だ。
「お姉さん、僕スジ玉デラックスー!!」
「あ、あの、お客はん? 家お好み焼きしかやってないんやけど」
「? えっ、だからスジ玉デラックス?」
大阪の人特有のボケかとも思った鉄郎だが、店主の方は男性客である鉄郎にまだ半信半疑だ、彼女の耳にはスジ玉デラックスが高級フレンチのメニューに聞こえたのだ。
「おばちゃん、どて焼きにビール」
「うち、トン玉にビール」
「う〜ん、お母ちゃんは焼きそばにしとこか、それと生中な」
「みんな早いなぁ、うちミックスでええわ、後、生一つな」
「エネループはアルカ」
次々と連れの女共が聞きなれたメニューを注文するので、店主もようやくスジ玉デラックスがお好み焼きである事を思い出した。(後、昼に飲むビールはとても美味しいので困る)黒夢には引き出しに入っていたエボルタneoの単三電池が不思議そうに手渡された。
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「お姉さん、すっごく美味しかったです、ごちそうさま」ニコッ
「どういたしまして、美味しそうに食べてもろておばちゃんうれしかったわ、あっ、兄ちゃん兄ちゃん、サイン書いてもろてええかな、チエちゃんへって一筆そえて」
ニコニコと色紙を差し出す店主に鉄郎も戸惑いを見せる。
「サインですか? 僕只の一般人の高校生ですよ」
「たのむわぁ、店の家宝にするさかい!!」
大阪なんだから男なんて珍しくないのではと思いつつ、拝み倒され押し切られる形でサインする鉄郎だったが、この店はこの後とんでもなく繁盛することになる、鉄郎の書いたサインとちゃっかりと使用したコテが額に飾られ、それを見たさに訪れる客が詰めかけたのだ。店主は語る「いややわぁ、空気なんて読まへんよ、気持ちを読まな商売人なんてやってられんわ」と、流石大阪、商魂たくましい。
本場のお好み焼きを堪能した鉄郎達が店を後にする、店内にいた店主と客が全員で手を振って見送った。
店の外に出ると黒山の人だかりが出来ていた、だが鉄郎の姿が見えると皆一斉に道を開ける、まるでモーゼのようだ、そしてその先には一人の人物が腕を組んで立っていた。
「おい、そこの少年!!」
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