63.大阪さん
男性特区大阪、東京に次ぎ日本第二の都市であるこの地は、古くは太閤秀吉により大阪城が築かれ政治・経済の中心都市でもあった。
現代では日本に4つしかない男性特区として日本中の女性の憧れの地として有名である。
オスプレイの窓から見える住之江競艇場を眼下にテンションが上がるのは春子だ、昨年末の賞金王決定戦では穴狙いで大きく予想を外したため、今年こそはと決意を新たに静かに闘志を燃やす。今年は絶対に外さん!!
だが鉄郎はボートレースに興味がないのでそれはどうでもよかった、むしろ空から見る仁徳天皇陵の大きさに目を奪われていた。
「ふぁ〜、大っきいお墓、でっかい鍵穴みたい」
「おっ、仁徳さんやね、大阪城も見せてやりたいけどあれは特区の壁の中やからな」
外の景色を眺めているとヒョイと真澄先生が一緒に窓を覗き込む、突然目の前に真澄先生の綺麗な横顔が現れてちょっと吃驚した。
「壁の中?」
「そっか、鉄君は大阪特区に来たことあらへんのか、ほれ、大和川をなぞるように高い壁があるやろ、その向こうが大阪市で男性特区やねん」
「東京とは違うね、壁に囲まれててなんか刑務所みたいだ……」
僕の呟きに婆ちゃんが口をはさんできた。
「当たらずとも遠からずって所だね、保護、管理なんてお題目を歌っちゃいるが、あんなのは緩やかな隔離さ」
「あの中には男の人ばっかりなの?」
「まさか、中の男どもの世話も有るから、実際は女性の方が遥かに多いのさ、あの中では男性様様だからね」
実際大阪市の人口は200万とも言われているが、男性の人口は30万に満たない、それでも他の地方都市からすれば夢のような男性の人口利率である。
「特区が出来た当時は納得する部分もあったんだが、まぁ男性出生率がもう少し上がれば、こんな歪な形にしなくてもいいんだがね」
婆ちゃんが少し悔しそうに呟いた、婆ちゃんは元政府の役人だが男性特区にはあまりいい印象は持っていないようだ。そう考えると田舎で自由に暮らしてる僕は、恵まれていると言えるのかな。けど特区の男性が不満を訴えるような話は今まで聞いたことないけど……。
ババババババ、バタバタバタバタバタ
砂塵が舞う。
堺駅近くの大浜公園の野球場にホバリングで降り立つピンク色のMV-22改、派手なカラーリングの機体に派手好きの大阪人がざわざわと騒ぎ出して集まり出した。
「ちょっ、なんやあの飛行機、自衛隊?」
「アホか、あんなピンク色の自衛隊がおるかいな、ありゃどこぞの芸能人ちゃうん」
「TVの中継なん? 読売、関テレ?」
「おっ、誰か降りてきよった」
「………………………」
大阪の地に降り立つ鉄郎と愉快な仲間達。まず降りてきたのは真っ赤なチャイナドレスの麗華だった、派手な虎の刺繍が目を引く。
次にやたらミリタリーな格好でどこか迫力が漂う白髪の女性、春子。
ホットパンツに黄色のウインドブレーカーの住之江がその後に続く。
そしてヘリのローターが起こす風に髪を抑えながら鉄郎が降りてくる、隣には黒ずくめで人形のような幼女がしっかりと手を繋いでいた。
そして操縦席には未だに女子高生の格好をした児島がいる、こうやって書くと何だこの集団、コスプレ集団かよって感じだな。
ヘリの着陸で集まっていた野次馬の目を釘付けにするのは、当然だが鉄郎だった。大阪とは言え堺は特区の外に位置する、そんな場所に派手な登場をした男の子だ、注目を集めない方がおかしい。黒髪の短髪に優し気な黒い瞳、少しはだけた白いシャツからのぞく引き締まった胸板、集まったギャラリー達の目を引くには充分であった。
「なに、あの男の子、カッコええ」
「夢じゃないよね、なんなのあの引き締まった身体、男って太ってるものじゃないの」
「あんな健康そうな男の子初めて見た、エロい!! めっちゃエロいわ」
「エモいわぁ、あの短髪の黒髪、尊い」
「ちゅうか、なんやあの取り巻きはチンドン屋か」
「その隣の黒い幼女が手握っとるんやけど、小さいうちからそない贅沢な経験したらあかんやろ、代わってほしいわ」
「鉄、婆ちゃんちょっと住之江(競艇場)行って船券買ってくるから、先生の所で時間潰してきな、迷子になるんじゃないよ、ちゃんと先生の言う事聞くんだよ」
「もう、子供じゃないんだから大丈夫だよ、婆ちゃんも早く帰ってきなよ、あんまり張り込んじゃ駄目だよ」
「まかしときな、鉄の小遣い来月は倍にしてやるよ」
パンと鉄扇を閉じると鼻息荒くスタスタと歩いて行く婆ちゃん、ああ言った時は必ずスって帰ってくるんだよな。長野の駄目な所は、競艇場がないことだといつも愚痴ってる婆ちゃん、このギャンブル癖がなけりゃ完璧なんだけどな。
「ほな、いこか鉄君」
ザワザワ、ザワ
そう言うと真澄先生がすかさず腕を組んでくる、途端に周りで遠巻きで見てた人達から悲鳴にも似た声が上がる。何事?
「へへ、鉄君大阪は初めてやろ、うちがしっかりエスコートするから迷子になったらあかんよ」
「真澄先生、だからってこんな人前で腕組むのは、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「えっ、えっ、人前やなかったらええの鉄君!!」
「調子にノルナ、繁殖用ガ」
隣にいた黒夢の右手がガシッと真澄先生の顔をわし掴んだ。
「うっ、うちは繁殖用でもまんぞ……いだだだだだだ、黒ちゃん痛い、らめぇ壊れちゃう〜」
「こらっ!! 黒夢。手を放しなさい、真澄先生は僕にとって大事な人(教師)なんだからそんな事しちゃ駄目でしょ」
「ッ……………大事な人……鉄君がうちの事」
「デモ、コイツ…………ワカッタ、パパが言うなら仕方ナイ」
渋々ながら手を放す黒夢、大丈夫ギャラリーは皆んな黒夢の味方だ「黒幼女頑張れー、やってまえ!!いてこませー!!」と声援があちこちから囁かれた。鉄郎の大事な人(教師)宣言でアヘ顔をしていた住之江だが、黒夢のアイアンクローのおかげで鉄郎にはその顔を見られないで済んだ。
「もう、黒夢は。先生大丈夫、ああ手形ついちゃってる、痛くない?」
だがここで空気を読まないのが鉄郎である、住之江の顔にそっと手を添えて顔を近づける、周りのギャラリーからぶわっと嫉妬の黒いオーラが湧き上がる。
コツン
「痛っ、何? 李姉ちゃん」
「サービスし過ぎ、ほら行くわよ」
「え? うん、わっ、ちょっと待ってよ李姉ちゃん」
鉄郎の手を引いて歩き出す麗華、その場には放心状態の住之江がヘラヘラと幸せそうに笑っていた。
「皆さま〜、私はここで待機してますから〜」
ヘリのドアから身を乗り出して児島が叫ぶ、鉄郎は麗華に引っ張られながらも笑顔で手を振った。
「はぁ、はぁ、ちょ、待ちいや麗華。そっちやない、場所も知らんと先行くなや」
走って追いついてきた真澄先生の先導で紀州街道をテクテク歩いて行く、それにしても流石大阪、長野とは比べ物にならない大都会だ、先生に言わせればこの辺りは全然たいした事ないらしい、梅田の方はもっと高いビルが立ち並んでいるとの事だ。
「あっ、李姉ちゃん千利休の屋敷跡だって、すっげー!! ねぇねぇ真澄先生、王将ないの大阪王将」
「はは、鉄君は元気やなぁ、何かええことでもあったんか」
「だって、初めて来た場所ってなんかテンション上がんない、僕長野から出ることって滅多にないからさ」
「うん、ほんま鉄君は可愛いなぁ」
テンション上げまくりで前しか見てない鉄郎だったが、その後ろからはハーメルンの笛吹きよろしくゾロゾロと女性達が着いて来ていた、公園で見ていたギャラリーがツイッターで拡散したらしい。流石にヘリで登場した謎の男の子に声をかける強者はいないが、謎の行列が出来ていた。
「バーチャルアイドルのTAKUMAくんみたいにカッコええわ!! CGやないよな」
「ネットと言えば、あれって鉄君のお兄さんなんじゃない、ほらあのサイトの」
「えっ、鉄君の部屋の、ほんまや!! 大っきくなったらあんな感じやん、ほんまよう似とるわ」
「鉄君もめっちゃ可愛いけど、あの子もたまらんなぁ」
後日、この事件は探偵ナイチョスクープで謎の美少年を探せと言う企画で放送されることになるのだが、鉄郎はあまりテレビを見ないので知る事はなかった。
阪堺線沿いに真澄先生の実家である自転車屋はあった、通りを歩いていると緑色のチンチン電車がその隣を走り抜けて行く。
「わぁ!! チンチン電車、チンチン電車だよ李姉ちゃん、チンチン電車」
「こら、男の子がチンチンなんて大声で連呼しないの!!」
「えっ、だってチンチン電車はチンチンだよ、ほらチンチンって鳴らしてる」
「鉄君わざとやっとるんかな?」
住之江が鉄郎の様子に首を傾げながら実家の前に立つ、小さな店先には所狭しと自転車が並んでいる、店の前を路面電車が走っていて、なにやらお寺さんが多い地域だ。
ガラリ
「おかん、ただいま〜」
ガラス戸を開けると住之江の母真琴が店の中で黙々とパンク修理をしていた、店先に立ってる住之江に気付くと……
「真澄ぃ!! いりなり出てったかと思えばどこほっつき歩いてたんだい、おかーちゃんめっちゃ心配したわ!!」
「こら、おかん。説教はまた今度聞いたる、けど今はお客さん連れて来とるんや、恥かかすなや」
「お客はん?」
住之江の後ろにいた鉄郎が一歩前に出てペコリと頭を下げる。
「真澄先生のお母さんですか、初めまして武田鉄郎です」ニコッ
「………………………………………、最近のCGはほんまよう出来とるんやな、本当にそこにおるみたいや……」
「しっかりせぇ、おかん。本物や!! 昨日写真見せたやろ、うちの大事な大事な鉄君本人や」
「せ、せやかて真澄、これは現実味ないわぁ、あんたがこんな美少年連れて来るなんて、あっ、おまわりさん呼んだほうがええ、自首するならおかあちゃん一緒に行って謝ったるよ」
「誘拐ちゃうわボケ!! むしろ誘拐されたんはうちの方や!!」
「ははっ、やっぱり大阪の人は面白いんですね、ボケとツッコミってやつですか」
「いや、だたの素やで」
「ほ、本物。ハッ、うちったらこないばっちい作業着で、ちょっと着替えてくる!!」
バタバタと奥の部屋に走り去る母真琴、ポカンと取り残された鉄郎達。
「まぁ、入ったって、茶でもだすわ」
お茶と一緒に黄緑色の餡がかかったお餅を出される、あっ、白玉だこれ、かかってるのはうぐいす餡か、くにくにした食感に甘すぎない餡がベストマッチで凄く美味しい。
「かん袋のくるみ餅や、少し先に行った所に店があんねん」
「胡桃?」
「ああ、ちゃうちゃう元々は包んで食べるからくるみ餅や、店に行けばかき氷のくるみ餅も食えるんやけどな」
「え、何それ美味しそう」
そうこうしているとバタバタと廊下から音が聞こえてくる、先生のお母さんが戻ってきたようだ。
「おまたせ!! 真澄の母やっとります住之江真琴ですぅ、鉄ちゃん言うたか、いや〜ほんま男前やね、いややわぁ、おばちゃん年甲斐もなくトキメイてまうわ、どないしよ〜、こら真澄!! そない餅やなくてステーキでもお出しせいや、もう気がきかへんのやから、ほんますんませ〜ん」
慌ただしく戻って来た真澄先生のお母さん、おぉーヒョウ柄、やっぱ大阪人だ。
「オイ、乳オバケ1号(麗華)」
「いい加減に麗華様って呼んでくれない、黒ちゃん」
「ダッテ、お前の特徴それしかナイダロ、後パパに貰った名前を変な呼び方スルナ、モグゾ」
「はぁ、もういいわ、で、何よ」
「パパはあの繁殖用の乳オバケ2号(住之江)を愛してるのカ?」
「愛してるって、また重い言葉を使ってきたわね」
「さっき、心理学のデータの中から見つけタ」
「う〜ん、そうね、まだ好きって段階だと思うわよ、もちろんラブじゃなくてライクの方ね」
「ふ〜ん、じゃあメイクラブにはまだ早いのカ?」
「ぶふっ!!」
「キタナイな、茶が飛んできたゾ」
「く、黒ちゃんてば本当に鉄君の子供が欲しいの」
「一人っ子はヨクナイ、出来れば弟がイイ」
「それなら私がいくらでも作ってあげるわよ、だからちょっと協力しなさいよ」ニヤリ
「……パパの子供ならどっちが産んでもイイカ、早く作れヨ」
「ま〜かせて!!」
ゾクリ
なんか後ろの方から妙な気配がするんだけど。何?
お読みいただきありがとうございます。感想絶賛受付中です、是非!!




