62.帰還
「さて、話も纏まった所で、黒夢や」
「ナニ?」
「あの水槽の中にいる馬鹿をなんとかしてくれるかい」
婆ちゃんが水槽の中でペコペコ謝っている李姉ちゃんを指差す。
「ワカッタ、上の階からルンバ改を降ろス」
おお、そうやって言えば良かったのか、それにしても婆ちゃんには随分と素直だな、どういう事?
「黒夢、えらく婆ちゃんには素直だね」
「パパ、あれは逆らっチャいけない生き物ダヨ」
「あっ、そういうのロボットでもわかるんだ」
「トウゼン、黒夢は世界最高峰のアンドロイド、それくらいワカル、児島や夏子ママくらいなら闘っても問題ないケド、オバアチャンとあの軍服はヤバイ、人間じゃナイ」
そんな話をしていると、ちょうどその軍服のお姉さんに声をかけられる。近くで見ると青い瞳がとても綺麗な人だ、僕より背が高くて立ち姿も一本筋が通っていてカッコいい。この肌の白さは北欧系かな?
「こんにちわ、鉄郎さん。こうして会うのは初めてですね」
「あ、はい、え〜と、お姉さんは?」
「申し遅れましたエヴァンジェリーナです。フフ、それにしても、こんなおばさんにお姉さんなんて嬉しいですね、武田隊長の教育が良いのがわかります、モテるのも納得です」
スッと右手を出して握手を求めて来たので握り返す、あっ、意外と硬い手だ、李姉ちゃんと似ている、これは武道をやってる人の手だ。
「婆ちゃんの部下の人なのですか?」
「元部下ですね。今はナインで警備の仕事をしています、ほらあそこの蒼いスーツの女性の護衛役ですよ」
エヴァンジェリーナさんが目線を送ると、離れて立っていたスーツのお姉さんがこちらに気付いてニコリと笑う、そのままこちらに歩いて来た。へぇ〜、ナインのお偉いさんなのか。それにしても超スカート短いな、目のやり場に困る。
「ナインエンタープライズ極東マネージャーの李花琳よ、よろしくね鉄君♪」
「た、武田鉄郎です。よろしくお願いします!」
胸ポケットから取り出した名刺を渡される、肩書きはCEO、うわ、本当にお偉いさんだ、花琳さんは後ろに束ねた長い髪を揺らしながら細い目で微笑んでる、なんとなくお稲荷さんみたいな印象を受ける。
「今回は貴子さん達の親子喧嘩に巻き込まれて大変だったわね、貴子さんは鉄君の事になると過激だから」
「ママは凶暴……」
黒夢が呟くと、花琳さんはいきなり黒夢の両脇に手を入れてひょいと持ち上げた、満面の笑みだ。
「きゃーーっ!! やっと会えたわ!! 本当に貴子さんに似てる、眠そうな目なんかそっくり、凄っごく可愛い!!」
その貴子ちゃんによく似たジト目で花琳さんを見る黒夢、ちょっと嫌そう。花琳さんが黒夢を持ち上げながらその場でクルクルと回る、パッと見落ち着いた感じの人かと思ったけど、意外とテンション高い人なんだな。
「ちょっと貴子さん!! この娘って鉄郎さんに売約済みなんですよね、でしたらもう一機私用に作ってくださらない、もちろん費用は出しますわ!!」
「え〜、同じ物2回作るのは苦手なんだよ。それにまた今回みたいな事が起こるのは勘弁だ」
「えぇ〜〜、そんなぁ〜、こんなに貴子さんに似て可愛いのにぃ〜、せめて頭だけでも飾っておきたいですわ」
「怖いわぁ!! それに私の方が100倍可愛いわ!!」
「……ロリババアのくせに」ボソッ
何気に毒を吐く黒夢、早く仲直りしなさい。後、花琳さん、頭だけ飾ってたら生首だから、それがしゃべったらちょっとしたホラーですよ。
そうこうしているうちに皆でぞろぞろと階段を登る、途中ずぶ濡れの李姉ちゃんを回収して研究所の外に出た。外はすっかり明るくなっていて朝日が眩しい。するとふいに高い所から声がかかる。
「あら、もう終わったの?」
うずたかく積もったルンバ改の山の上でお母さんが立っていた、手にしている大きな刀に陽の光が反射してギラギラと光っている。
そっか、この人を忘れる所だった。
「そこの黒いのが……。 ねえ、お嬢ちゃん。お姉さんと少し遊んでいかない、それによっては家に置いてやってもいいわよ」
「夏子!! このバカ娘は何勝手な事言ってんだい」
婆ちゃんが睨むがお母さんに怯んだ様子はない。あれは大分ハイになってるな、笑顔なのに目が笑っていない、肩をトントンと刀で叩きながら口を弧に開く。
「その様子だとそのお嬢ちゃんは、ババアが手元に置いとこうって感じでしょ、でもね、鉄君の母としては、無条件でそんな危ないのをそばに置いとくわけにはいかないのよ」
「イイヨ、パパのお母さんに勝ったラ、パパの傍にいてイイノ?」
「ちょっと待って黒夢! 今のお母さんはやばいって、どっちかが怪我するよ!」
慌てて止めに入るが、黒夢はお母さんを見つめたまま動かない。
「ん? お嬢ちゃんは鉄君の娘になりたいの、お嫁さんじゃなくて」
黒夢が不思議そうに首を傾げる。
「? 黒夢はパパの娘ダヨ」
「ふ〜〜ん、まあいいわ。でも、家も舐められたままじゃ面子がたたないのよね〜」
ヤクザかあんたは!! お母さんはずぶ濡れの李姉ちゃんに一瞬目を向けた、あれ、もしかしてお母さんは李姉ちゃんの仇を打とうとしているのかな? あんなのでも身内には結構優しい所があるからなぁ。婆ちゃんも若干呆れ顔で肩をすくめている。
でも、いくらお母さんでも黒夢に勝負を挑むのは、分が悪い気がする、なにせあの李姉ちゃんを圧倒するスピードが黒夢には有るからな。
李姉ちゃんも何か言いたそうにしているが、口をつぐんだ。
「イツでもイイヨ」
「余裕あるわね、ババアに刀借りなくてもいいの」
「ん、まだ武器は使ったコトナイカラ、これでイイ」
そう言って黒夢は手刀を作った、それを受けてお母さんは蜻蛉の構えをとる、居合い抜きを得意とするお母さんにしては珍しい上段の構えだけど、あの長い刀では居合いは難しいのだろう。それにしても、幼女に向かって刀を振り上げる大人という構図は、お母さん悪役感が凄いな。心配になってきた。
「ねえ、お婆ちゃん……」
「大丈夫、あれも今は冷静になってるよ。貴子、多少壊れても直せるんだろ」
「はぁ? いくら夏子お母様でも今の黒夢には傷一つ付けられんよ、あんなのでも戦闘力は春子クラスだぞ」
一方、黒夢と対峙している夏子だが戸惑いの顔を見せている。
あら? 流石にロボットね、生身の人間と違って筋肉とか呼吸で動きが読めないわね、これじゃあ麗華もやりずらいはずだわ。
まぁいいか、どうせ1回しかチャンスも無さそうだし、先手必勝よね。
麗華がヘクチッとくしゃみをすると、それを合図に夏子は前に出していた左足に力を込めた、わずか一歩の踏み込みで一気に間合いを詰める、袈裟に打ち下ろされた刀が黒夢を襲うがバックステップで躱される、その場に残った黒夢の髪が斬られて数本宙に舞った。
「まだ、ここから!!」
夏子は躱された刀を瞬時にV字に切り上げる、逆袈裟の刀がバックステップで宙に浮いた黒夢を捉える。四尺を超える長い刀身が逃げる事を許さない、夏子流の燕返しである。
ギャリ!グワシャッ!!
「黒夢!!」
真っ二つになる黒夢を一瞬想像するが、殴られたように吹っ飛ばされる。クルクルと回転しながら着地した黒夢、その右手首には折れた刀が深々と刺さっていた。ちょっと、お母さん本当に斬るつもりだったの!!
お母さんはと言えば折れた刀をしばらく見つめたかと思うと、カランと折れた刀を放り投げた。
「うん、合格!! 貴女良いわぁ〜、是非家にいらっしゃい」
「エッ、もうイイノ」
「うん、それぐらい腕が立つなら安心して鉄君をまかせられるわぁ、あと、たま〜に私と遊んでくれればいいから」
手の平返しでニタリと危ない笑顔で言い放つお母さん、あ、駄目だこれ、新しい玩具を見つけたって顔してる。
「花琳ちゃん、ごめ〜ん、刀折れちゃった。てへ」
てへじゃねえよ、一歩間違えれば黒夢真っ二つじゃねえか、どこが冷静になってるんだ。流石に頭にきて前に出ようとするが、婆ちゃんに肩を掴まれる。
「刀が保たない事がわかってたんだよ、あれだけロボット斬りまくった後だからね、本気でやるなら私の刀を寄越せって言ってたさ」
「でも隊長、今の黒夢の動き。確実に夏子さんの刀を折りに行ってましたよ、あれでは断ち切るのは難しい、見事です」
エバンジェリーナさんまで補足してくる、う〜っ、確かに僕ではあのレベルの戦いは理解出来ないけど、それにしたって……。
「お母さん!! 今日のご飯抜きっ!!!」
「えっ、何で鉄君怒ってるの」
ヴァッ、ヴォイヴォイヴォイヴォイヴォイヴォイヴォイヴォイ
MV−22改ミサゴ(通称オスプレイ)のジェットエンジンがアイドリングを開始する。
タラップを登り座席に座った、ふぅ、やっと家に戻れるな。なんだかんだで1泊2日の旅になってしまった。ピンク色のMV-22改に乗り込んだのは僕と婆ちゃんに李姉ちゃん、それと黒夢に真澄先生だ、お母さんは仙台に車と刀を忘れたとかで、花琳さんとエヴァンジェリーナさんと一緒に船で戻る事になった、僕が怒ってたから逃げたな。ちなみに船のトイレで頭をぶつけて気絶しているラクシュミーさんが発見されたらしい、あのインドの姉ちゃんも来ていたのか。一体何しに来たんだ?
残る貴子ちゃんといえば……。
ヘリコプターの窓に張り付いていた。
「鉄郎君、私も一緒に行っちゃだめ?」
「だってこの研究所、このままにしとけないでしょ」
滑走路の周りを見渡せば、建物は吹き飛んでるわ、迎撃用の砲台は粉々、ルンバ改の死体は山のように転がっている。まるで戦争をしたかのような騒ぎだ、こんなものがプカプカ海に浮いてたら幽霊島に間違えられちゃう。
「じゃあ、黒夢が残ればいいじゃん、こいつの方がグリーンノアと直結で操縦できるし、修理だって早いぞ」
「イヤッ!! 黒夢はパパと一緒に帰ル、元々グリーンノアはママの物、もうココに用はナイ」
黒夢が貴子ちゃんに向かって修理の終わった右手中指を立てる、だからそのサインは下品だからやめなさい。僕に抱きつきながらそんな事するもんだから、貴子ちゃんもフシャーと髪の毛を逆立てる。
「ぐぬぬ、今度自爆装置付けてやるからなぁ〜」
『貴子様、そろそろ出発しますよ、離れて下さい』
スピーカーから操縦席の児島さんの声が流れる。
「児島! すぐ戻ってこいよ!! 10分で戻ってこいよ!!」
『はいはい、鉄郎さまを送り届けたらすぐに戻りますよ、貴子さまも少しは研究所を片付けといて下さいね』
涙目でとぼとぼと離れて行く貴子ちゃん、あっ、いじけて体育座りを始めた。それを見て婆ちゃんが呟く。
「子供かあいつは」
皆が苦笑いを浮かべていると、機体がフワリと浮いた。左右のローターがバラバラと五月蝿く回っている。
「そや、長野に帰る前に大阪に寄ってもらってええかな、荷物実家に置いたままやねん」
真澄先生が操縦席の児島さんに話しかける、大阪、確か男性特区がある所だよね、まだ行った事無かったな、今回の件もあるし先生のお母さんにも挨拶しといたほうがいいかな。僕からも児島さんにお願いする。
「児島さ〜ん、長野に帰る前に大阪に寄ってもらっていいですか」
「おっ、鉄君おおきに、お礼に本場のたこ焼き奢ったるわ!!」
『了解です、では行きますね、少し揺れますからシートベルトをしっかりはめて下さいね』
キュイイイイイイイイ
「あっ!! 真澄先生立ってると……」
バシューーーーーーッッ!!!
「うにゃーーーーーーーーーーっ!!」ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ、ベチャ
真澄先生が機内をゴロゴロと転がって行く、うん、このヘリコプター?スッゴイ加速するんだよ。
海上に長い飛行機雲を残しながらグリーンノアを後にする、色々あったけど退屈はしない2日間だった。
また今度遊びにお邪魔しようと、小さくなっていくグリーンノアを見ながら思う。
お読みいただきありがとうございます。感想絶賛受付中ですので是非!!




