61.再会
ピコーン、ピコーン、ピコーン
「お、下の方に移動してるな、第4格納庫か? ふふふ、逃がさんぞぉ!」
端末片手に研究所の廊下をピコピコ歩く貴子と児島、その後ろには極東マネージャーの花琳がコツコツとヒールを鳴らしながらついて来ていた、どうしても貴子が作った黒夢を早く見たかったらしい。研究所に乗り込んだ途端、通路に次々とシャッターが下ろされたのだが、そこは本来この研究所の主である貴子だ、閉められたシャッターをこれまた、いとも簡単に次々と解除して行く。時折ルンバ改が彼女達を遠巻きにジッと見つめているのが少しうっとおしい。
「小賢しい、こんなもので私の行く手を阻めると思うなよ、ってこの扉、物理的に壊されてて開かないじゃないか!!」
「どきな貴子」
「春子?」
一番後ろから着いて来ていた春子とエヴァンジェリーナが貴子の一歩前に出る、閉じられた隔壁を刀の鞘でコンコンと叩く。
「これは斬った方が早いね」
春子は言うやいなや愛刀来国長を抜き放つ、一見無造作に振られた刀がまるで紙を斬るように逆袈裟に金属の扉に吸い込まれる、キンッと刀を鞘に納めるとスッとその場を引いた。その後を継ぐように前に出たエヴァンジェリーナの身体がくるりと回る、高速の後ろ回し蹴り。
厚さ5cmは有ろう鉄製の扉が轟音とともに吹き飛んだ。技の1号、力の2号か。
「ほら、進むよ」
児島と華琳がおぉ〜と感嘆の声を上げる中、あまりに見事な断面と遠くでへしゃげた扉を見て貴子が呟く。
「お前ら、人間か?」
「チッ、早いナ」
「ん、どうかしたの黒夢?」
「ウウン、なんでもナイ」
「それにしてもこの研究所広いよね、何、この道ってあの海底展望台とかにも続いてるの」
「えっ、なんやそれ、そんなロマンチックな場所があるん?」
「すっごーい綺麗な所だよ、魚が目の前で幻想的に泳いでいて、海の中がぜ〜んぶ見渡せるんだ!!」
「鉄君、鉄君、うちもそこ見たい! 麗華なんか放っといて見に行こ!!」
黒夢を先頭にカンカンと狭い螺旋階段を下る。落とし穴に落とされた李姉ちゃんを助けに行くために、僕達は地下貯水槽を目指している、まるで迷路のような巨大な建物、黒夢が居なかったらすぐに迷子になりそうだ。
「ツイタ、ここからなら貯水槽の中がまる見エ」
凄く大きな扉の前で黒夢が止まる、その目がチカチカと青く光ると扉が自動的に左右に開いて行く。
格納庫のような部屋の中に入ると、ガラス張りの巨大な水槽が目の前に広がって優しげな青い光を放つ、黒夢の話だとここで貯めた海水を真水に変換するらしい。
「あっ、麗華がおった!」
真澄先生が水槽の上を指差すと頭は水面上に有るのか、李姉ちゃんの長い脚が見えた、身体のラインがぴっちりとしたチャイナドレスは水の中ではまるで人魚のように見えて綺麗だ、長い黒髪はさしずめ人魚のひれと言った所か。ユラユラと水面に浮いていた李姉ちゃんだったが僕達の気配に気付いたのか、潜って近づいてきた。ゴンとガラスを叩くと凄い形相で黒夢を睨む。
李姉ちゃん、髪の毛が逆立ってて怖い、それじゃあ人魚と言うよりゴーゴンだよ。
「うぷぷ、ちょ、麗華、なんやおもろいことになっとるな」
「フッ、不細工」
真澄先生と黒夢が指差して笑うもんだから、ますます李姉ちゃんの怒りのボルテージが上がる。ダンダンとガラスを激しく叩いているが、よほど分厚いガラスなのか傷一つつかない、流石の李姉ちゃんも水の中では力が出せないようだ。
「コラッ!! 2人とも笑ってないで早く助けてあげてよ、このままじゃ李姉ちゃんがふやけちゃう」
「エッ、ここからじゃ無理ダヨ、パパ」
「はい?」
「助けるナラ、落とした穴の上からロープを垂らすカ、このまま海に吐き出すしかナイ」
「へっ、じゃあなんでここまで降りてきたの?」
「パパが乳オバケを見学しに行こウって言ったカラ」
「う〜ん、ちょっと意味あいが違ったかな〜」
「麗華やったら、海泳いで帰れそうやけどな」
真澄先生が無責任なことを言うが、確かに李姉ちゃんなら本当にやれそうな気もするな。
さて、どうしたものだろうと考え込んでいた時だった。
「鉄郎君!!」
後ろを向くと部屋の入口に立っていたのは貴子ちゃん、ようやく黒夢の保護者?登場だ。
あっ、婆ちゃんに児島さんもいる、軍服とスーツのお姉さんは誰だ? なんにせよこれで、この迷惑な親子喧嘩にも幕が降ろせるかな。
「ママ、もう来たカ、13分20秒予定より早イ」
黒夢がツカツカと貴子ちゃんの前まで歩いて行く。うん、早くお互いに謝っちゃいな、それが仲直りの第一歩だよ。黒夢が口を開く。
「私、パパと寝たワ」
「ぶーーーーっ!!」
「なっ、この泥棒猫ぉ!!」
パチーンと貴子ちゃんの平手打ちの音が響く、昼ドラか。絵面は白と黒の幼女だけど。
そしてなぜかその場にいた全員の視線が冷たく僕に突き刺さる、いや、ちょっと待って欲しい、確かに知らない間に素っ裸で添い寝されていたけど、そんなことなら李姉ちゃんだってしてたし。
あれ?考えてみると世間様ではこういうのはアウトになっちゃうのか?
「「「「鉄郎 (様、君)」」」
「パパ、ベッドの中で激しかっタ……」
「寝相がって事だよね!!」
「「「「寝たんだ(寝たんや、寝たんですね)」」」
おいおい、なにやら風向きがおかしいぞ、貴子ちゃんと真澄先生と児島さんの目が冷たい、後ろではスーツのお姉さんがニヤニヤしてる、助けを求めて前科者の李姉ちゃんを振り返って見れば、水槽の上の方に昇って行くのが見えた、逃げたな。いや、息が続かないだけか?
「鉄君、うちがあれだけアピールしても襲ってきーへんかったんは、……ま、まさかロリ○ン」
真澄先生の瞳からハイライトが消えている。フラットな瞳には希望の光が見えない。
「ち、違うよ、なにもしてないよ、気を失って寝ていたら黒夢が勝手に裸で潜り込んで来てたんだよ!! それに真澄先生に同じ事をされたら、僕、我慢出来ないで襲っちゃう自信あるからね!! ロリ○ンじゃないからね!! 黒夢みたいに小さな子に手は出さないから」
「「「は、裸ぁ!!」」」
真澄先生に早口でまくし立てると、婆ちゃん以外の女性陣が顔を赤くして固まっていた。何を想像してるのか真澄先生なんか顔から湯気が出ていた。
「……えっ、ええの、ええのんか? 裸で夜這いなんて、せやけどそれで鉄君に襲われるなら……我が生涯に一片の悔いなし……」
「貴子様も試しにやってみたらどうです」
「うにゃーーーーっ!! 無理無理無理無理、鉄郎君の前でそんなはしたない事ぉ、無理無理無理無理」
真澄先生はブツブツと独り言を言い始めるし、恋愛初心者の貴子ちゃんはゴロゴロと悶え転がった。やばい、真面目なシーンのはずがなんか空気が変だ、どこで言葉を間違えたのか。
パコン!
「痛っ、ば、婆ちゃん…」
「鉄、落ち着きな。まったく、なんだいこの緊張感の無さは、貴子も転がってないでシャキっとおし!!」
婆ちゃんは貴子ちゃんの白衣の衿をむんずと掴んで持ち上げた、猫のように手足がプラプラと揺れる中、婆ちゃんが黒夢に声をかける。
「あんたが、黒夢だね」
「パパのオバアチャン?」
「ああ、鉄の祖母の春子だよ」
黒夢がコテリと首を傾げて婆ちゃんを見つめる、婆ちゃんも観察するように黒夢を見つめている、しばしの沈黙が流れる。
すると婆ちゃんが静かに話し出した。
「ふむ、今回の騒ぎ、原因がコレ(貴子)に有るとは言え、ちょ〜っとおいたが過ぎだね、どう落とし前つけるつもりだい?」
「ウッ、パパも怒ってたシ、世界征服は諦めル」
黒夢の言葉に一瞬青ざめる、危なかった、なに、この子本当に世界征服するつもりだったの。実際やれそうな所が怖いわぁ。
「違うだろ、こういう時はごめんなさいって言うんだ、頭のデータの中には無かったかい」
「ゴ、ゴメンナサイ」
黒夢がペコリと頭を下げる、黒夢のやつ婆ちゃんの前では素直だな。
「ほら、貴子も」
「ぐぬぬ、ご、ごめんなさい」
「ぐぬぬ?ってなんだい」
婆ちゃんが持ち上げてた貴子ちゃんの顔を近づけて眉間に皺を寄せながら睨む、う〜ん、なんか猫の躾みたいだな。
「ごめんなさい!!」
「そう、それでいいんだよ、余計な言葉つけんじゃないよ、まったく」
「みぎゃ!」
婆ちゃんが手を放すと、貴子ちゃんがそのままぺちゃっと床に落ちる。
「それじゃあ、これで手打ちって事でいいね、この子が壊した軍艦は、親であるあんたが責任持って弁償か修理しな」
「ええぇ〜!! 一体何隻あるのよ!!」
「大丈夫、マダ、655隻、穴開けただけだかラ」
貴子ちゃんの悲鳴が広い格納庫に空しく響いた。これによりグリーンノアは、JAFのロードサービスのように各地の港を修理して回るはめになる。
うん、頑張れ貴子ちゃん。
黒夢家出編は次話で一区切りです、まさか10話も使うとは…。
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