60.白衣の鬼
「うわぁ〜、鬼だ、鬼がいるよ。悪い子はいねがぁ〜」
「それや、ほんまそれ」
「アレが魔王夏子、パパのお母さん? …ナマハゲ?」
モニターには一人の鬼が映っている、鬼は大きな刀を振り回して暴れている、鉄郎の母、夏子だった。
バイクに跨がり長大な刀を縦横無尽に振り回す、一振りするたびにルンバ改が次々と真っ二つにされて行く。ルンバ改に血が通っていたなら、とんでもないスプラッタな絵面になって居た事だろう。本来は殺傷力の高い武器も搭載しているルンバ改なのだが、鉄郎の母を殺めるわけにはいかず、まるでミツバチの大群のように取り囲んで動きを封じようとする、しかしそれで止まるような夏子ではない。
タイトスカートから伸びる長い脚で車体をホールドし、右手一本で器用にバイクをコントロールする、左手に持った永則でモケモケと迫る蜘蛛型ロボを薙ぎ払う、騎馬武者を思わせる立ち振る舞いは、まさに夏子無双状態だ。次々と増え続けるルンバ改に夏子が笑い声を上げる。
「あははははは、楽しぃ〜〜!!」
アドレナリン出過ぎである。
夏子のバイクが着地したのと同時に飛び降りた麗華は、夏子を囮に一路研究所の中を駆け抜ける、途中何台かのルンバ改をスクラップにしながら突き進む、昨日研究所内部を歩き回っていたのは幸いだった、野生の勘も手伝ってか、さして迷うことなく鉄郎達がいる部屋に辿り着いた。
ダンッ!ゴワシャッ!!
モニターの中の夏子無双に鉄郎達が見入っていると部屋のドアがいきなり吹き飛ぶ、吃驚して振り返れば、長い黒髪を逆立たせた麗華が、どす黒いオーラを纏って立っていた。
「見いつけ〜た〜」
「あっ、李姉ちゃん」
「げげっ、麗華!!」
「えっ、あれ、真澄? なんであんたがここに……」
何故かここに居るはずのない住之江に麗華が戸惑いを見せる、対する住之江と言えば開き直ったのか鉄郎にピタリと寄り添いドヤ顔を決めた。
「世界で一番優秀なコンピュータが、うちを鉄君のお嫁さんに選んだんや、もうこれは2人は結ばれる運命と言うことやね」
得意満面で応える住之江、横で聞いていた鉄郎がポンと手を打った。
「ああ、そう言う捉え方もあるのか」
「ただの、ハンショク用」
「「繁殖言うな!!」」
3人のやり取りにピキリとこめかみの血管を浮かべて、黒夢と真澄先生を睨みつける李姉ちゃん、うわぁ、なんか恐っ!
「真澄〜、あんたは後で説教ね。後、黒ちゃん、鉄君は返してもらうわよ」
「ひえっ」
真澄先生が咄嗟に僕の後ろに隠れる、李姉ちゃんが腰に巻いていたベルト?をジャラリと解くと、金属の筒を鎖で繋いだものだとわかった、あれって三節棍、いや違うな八節棍か?手首一つで蛇のようにうねっている。
なんにせよ、李姉ちゃんが素手じゃなく武器を持っているのは初めて見た、それだけでちょっと驚きだ。
「ナンダ、乳オバケ、武器を持ったくらいで勝てるとでも思ったカ」
「ふん、まだ勝敗はイーブンでしょうが、言っとくけど私、武器を持ったら更に強いわよ」
「御託はイイカラ、トットと来い、乳オバケ、Come On」
黒夢が持ち上げた手首をクイッと手前に曲げて挑発する。どうしてこう怒らせるかな、この子は。
「……絶対、泣かしちゃる」
李姉ちゃんが部屋の入口から一気に間合いを詰めるように飛び出した、速い!
「フン、オマエの相手はモウ飽きたゾ」
けれど二歩目を踏み出そうとした瞬間、姉ちゃんの着地した床が溶けるように一瞬で消える、ぽっかりと空いた空間には当然足場と呼べる物は無かった。落とし穴かよ!
「なっ、えっ、うぇええええええええ〜〜〜〜〜〜っ」
地球の引力に引っ張られ真っ逆さまに落ちて行く李姉ちゃん、咄嗟に八節棍を天井に撃ち出すが黒夢の目から出たビームがそれをさぜじと弾き落とす。あっ、出るようになったんだビーム。
「どちくしょぉ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!卑怯者ぉ〜〜〜ぉ、ぉ、ぉ」
…………パシャーーン
李姉ちゃんが落ちた穴の奥から小さく水音が聞こえる。
「ちょ、黒夢」
「地下40mの貯水槽に落としタ、しばらくは上がってコナイ」
黒夢の言葉に貯水槽なら大丈夫かと安堵するが、なんかさらに姉ちゃんを怒らせた気がする、こりゃあ家に帰ったら大変だぞ。
めまぐるしく変わる戦況に流されっぱなしの鉄郎、そんな鉄郎の肩を住之江がニコリと笑ってポンっと叩いた。
「大丈夫、鉄君にはうちがついてるから」
「真澄先生、さっき僕の後ろに隠れましたよね」
ここにきてようやく、住之江に疑問の目を向ける鉄郎だった。
夏子達が上陸した事で、対抗意識に目覚めたポンコツ貴子がようやく再起動を果たした、凄い勢いで走り出しブリッジに駆け込む。
「くそっ、出遅れた。児島!青龍をグリーンノアの船尾に回り込ませろ、ドックのシャッターが閉まっていようがかまわん、ぶつけてぶち破れ!」
「ちょっと貴子さん、そんなことしたらこの青龍が壊れちゃうんじゃ」
「後でいくらでも直してやる、今は鉄郎君の確保が最優先だ、囚われの王子を救い出すのは嫁である私の役目、他の者に出し抜かれるわけにはいかん!」
花琳が流石に不満げな表情を作るが、こうなった貴子はまず止められないことは知っている、花琳は舵をとる児島に小さく頷いて了承のサインとした。その合図を受け児島が左に舵を切って旋回をかける。
その頃春子は、ラウンジで一人紫煙をくゆらせていた。咥えていたキャメルを灰皿に押し付けると、脇に置いていた朱塗りの刀を手に取る。
「さて、そろそろ上陸か」
コンコンコン
「ん?」
「失礼します!武田隊長」
入室してきたのは切れ長の瞳でブロンドの短髪の女性だった、筋の通った敬礼、黒い軍服に似た制服に赤のベレーをあみだにかぶっている。長身で引き締まった体躯、歳の頃は40代後半と言った所か。この女性、名をエヴァンジェリーナと言う。ナイン極東支部で武術指南をしており、花琳の護衛部隊の隊長でもある。
「エーヴァか、そういえば貴様はナインに勤めてたんだったな」
「先日のアフリカ支部襲撃では、ご一緒出来ず申し訳有りませんでした」
「いや、あの時は時間もなかったしな、無理は言えんよ、おかげで集まったメンバーはまるで老人会だったがな」
エヴァンジェリーナは春子の率いていた137部隊の元隊員だった、初期の古参メンバーでは無いがロシアのスペツナズ(特殊部隊)から転属入隊した彼女は春子の元で新人として随分しごかれたものだ。もう少し若ければ鉄郎の護衛役として考えていた人物だ。
「ヴィソトニキ(空挺部隊)の貴様が居れば、私はもっと楽が出来たんだがな」
「ご謙遜を、しかし、今回は隊長と御一緒出来そうで光栄であります」
「なんだ、この老体の心配をしてくれるのか」
「いえ、隊長に限ってそんな心配は、せめて露払い位は自分が勤めようかと」
「ふむ、エーヴァは黒夢とやらをどう見る?」
「児島にも聞きましたが、にわかには信じられませんね、あの李麗華を凌ぐ格闘術とは…」
「まぁ、そんな単純な話じゃないだろうけど、麗華も認めてたからね。私が怖いのは、むしろ電子戦の方だね、わずか半日、いや、3、4時間で世界中の空と海を制圧する力なんざ、あれは貴子より数段たちが悪い」
春子としては若干の迷いが有った、夏子の言葉ではないが黒夢は第2の貴子と言える存在だ、単純に斬って、はいお終いと言えるのだろうか。麗華と児島を手玉に取る戦闘力に加え、電子戦では貴子と互角、その上貴子と同様人工衛星と言う切り札を掌握している。
「確かにあれは脅威ですね。追いつめ過ぎると何をしてくるか予想が出来ません」
「まぁ、斬るかどうかは本人に会ってから考えるさ、鉄には懐いてるみたいだしね」
「ふふ、鉄君は相変わらずモテモテのようですね」
「私の孫だからね、でも変なの(貴子)に目つけられるのも困ったもんさね」
お互い苦笑いを浮かべた後、エヴァンジェリーナはラウンジの冷凍庫からストリチナヤの瓶を持ってきて、2つのショットグラスに注いだ、よく冷えたウォッカはトロリとグラスの中で揺れる。春子とエヴァンジェリーナがグラスを掲げる。
「「ドリャー・パビエーダ!(勝利のために)」」
一気に飲み干したグラスをタンッと机に叩きつけるように置くと、春子は元部下のエヴァンジェリーナを後ろに従わせながらブーツを鳴らし部屋を出る。ちょうどその時船が激しく揺れる、どうやら貴子がグリーンノアに青龍を突っ込ませたのだろう。揺れる船内を物ともせず、二人は下船用のタラップに向かう。
武田春子出陣である。
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ナ・ズダローヴィエってロシアでは乾杯の時言うらしいんですが、直訳すると「健康のために」になるらしいです。なので今回は「勝利の為に」ってドリャー・パビエーダにしたんですが読み合ってるのかな、ロシア語詳しい方おられます?




