59.戦闘開始の狼煙
種子島から海上200km沖、貴子はついに自身の研究所であるグリーンノアをその射程に捉える、まだ夜明け前の事だ。一体どれだけの速度で航行して、ラクシュミーは何回トイレに駆け込んだことか。
「児島! 景気づけだ、ワーグナーを流せ! ワルキューレの騎行だ!」
タラタターン、タラタターン♪
「ブフッ! 誰がウエディングマーチを流せと言った!! ワーグナーだ、ワーグナー!」
『すみません、わざと間違えました』
「わざとじゃないか!」
機先を逸らされた貴子はブリッジの児島にキッと鋭い目線を送る、児島なりに場を和ませようとしたのだが、選曲を間違えた、この時代ウエディンマーチは結婚出来ない女性にとって嫉妬心を煽るメロディだ、今度こそワグネリアンである貴子ご所望のワーグナーが流れ出すと、満足して端末からスイッチを押した。
「ポチッとな」
ズゴゴゴゴゴゴ
重量感ある金属音と共に甲板がスライドし、中から2本のレールが付いた台座が現れる、貴子謹製レールガンである。本来豪華客船である青龍に似つかわしくない装備、船体側面からも次々と隠しハッチが開かれ、磨き込まれたレンズがキラリと星の光を反射させた。これに驚いたのは極東マネージャーの花琳であった、なんか設計図に黒塗りの部分が多いなと思ってはいたが、まさか自分の船にこれほどの武装をほどこしているとは思っていなかった、彼女の想像を遥かに超えていたのだ。これではまるで軍艦である。
「客船に偽装してた方が入国審査が楽だからな」とは貴子の談だ。
「モーター全開、コイル接続、波◯砲用意ーっ!」
『貴子さま、本当に撃ってよろしいんですね』
「こう言う時は先手必勝だ、くらえーーっ、この泥棒猫ぉーーーーーーーっ!!!」
2本のレールに流された膨大な電力は、プラズマとなってバチバチと火花を散らし夜空を灯す、電磁誘導により生じた力は特殊弾丸を光速に近い速度で打ち出すのだ、その破壊力は現行の戦車砲とは比べ物にならない。
バキーンと空気の壁を切り裂いて、薄暗い海上に1本の火線が一直線に走る。超高速の弾丸は、グリーンノアの船尾に有った第4格納庫を轟音とともに一瞬で吹き飛ばした。追いついた勢いで、いきなり主砲と言うべきレールガンをぶっ放す貴子だが……
一方、鉄郎達は。
貴子ちゃんの乗った大きな船が随分と近づいて来た、なんかあの船浮いてないか?それに船首の部分が青白く光っている、なんだあれとモニターを3人で見ていると、黒夢が慌てて叫んだ。
「アレハ! イージス起動、火線を青龍の先端に集中!弾幕ヲ」
次の瞬間、貴子ちゃんの船の先端から眩い光が溢れてモニターが真っ白になった。
「うわっ、眩しっ」
ドォオオオォーーン!!!
次の瞬間、震度6レベルの地震のように研究所が激しく揺れる。バランスを崩した真澄先生を咄嗟に抱きかかえた。
「のわぁ! なんやねん! なんか撃ってきよった」
グリーンノアの消波装置が働いてすぐに揺れは治まる、回復したモニターに映し出されたのは、黒煙を上げる格納庫らしき施設、僕と真澄先生は抱き合ったまま呆然とそれを見つめる。
「黒夢、今すぐ貴子ちゃんに回線繋げて!」
「わーはっはー! 見たか、この◯動砲の破壊力、デスラーも真っ青だ、わーはっはー!」
船尾から黒煙を上げるグリーンノアを前に、甲板上で高笑いする貴子、そこにブリッジの児島から通信が入る。
『貴子さま、グリーンノアからの通信が入ってます、そちらに回しますね』
「ん、もしもし、泥棒猫か、ふっふっふっ、どうした〜、もう降参か?」
『ウルサイ、ロリババア、パパに代わる』
「へっ?」
『もしもし貴子ちゃん、いきなり撃つのは無いんじゃないかな、僕凄い怖かったんだけど』
「て、鉄郎君! ちち、違うんだ、決して鉄郎君を撃ったわけじゃ……」
『そう言う、すぐ暴力に走るの、僕はよくないと思うな』
「て、てちゅ郎くぅ〜ん、違うの、違うの、つい勢いで」
へなへなと膝をつく貴子に黒夢が追い打ちをかける。
『ソンナ、暴力オンナに、パパは絶対にわたさナイ、これでもくらエ』
『えっ、ちょっと黒夢、なにを!』
バシュバシューーッ!
グリーンノアから垂直に上る白煙、黒夢のAIによって誘導された2発のSM-3ミサイルが青龍に向かって発射される。SM-3は短・中距離のミサイル迎撃に使われるミサイルで、海上自衛隊のイージス艦にも搭載されているものだ、黒夢の正確な弾道計算で撃ち出されたそれは上空から高速で移動している青龍に落下軌道をとる。
いきなり撃った貴子も貴子だが、即座にミサイルを放つ黒夢も大概過激である、所詮似たもの親子なのだ。
「もう、だから撃っていいんですかって聞いたんですよ」
それに反応したのは甲板上で膝をつく貴子ではなく、ブリッジの児島だった。青龍の側面から飛び出たレーザー射出口を空に向けて一斉に放出する、無数のレーザー光が天空に向かって伸びる、それによって撃ち落とされたミサイルが船の上空で激しい爆発を起こした。
船の上空で花火のように飛び散るSM-3ミサイル、その余波の爆風で揺れる船内、格納庫に居た夏子が船内マイクに向かって叫ぶ。
「ちょっとー、何やってんのよ貴子!まだ寄せられないの?」
『並走するまで後2分お待ちください。それまでに向こうの迎撃システムに穴を作ります』
「あら、児島? 貴子はどうしたの?」
『ちょっと今、落ち込んでいまして』
「なによそれ、真面目にやんなさいよ」
グリーンノアに船足で勝る青龍が一気に距離を詰める、並走状態のグリーンノアの滑走路上に迎撃用の20ミリ機関砲が迫り上がって来るが、青龍左舷20門のレーザー砲がそれを薙ぎ払った。明かり一つない海上で放たれる光学兵器は、さながらSF映画のような光景であった。
『動線確保、行けます!』
「ちょっと夏子さん、本当にこれで向こうに飛び移るんですか?」
「大丈夫、このマシンなら人2人位、軽い、軽い」
「うへ〜、まぁ、ヘリで行って撃ち落とされるよりはましかぁ〜」
夏子と麗華が跨がるのは、川崎Ninja H2R。排気量998cc、直列4気筒、310馬力のモンスターマシンである、搭載されるスーパーチャージャーはジェットエンジンで定評のあるIHI製、フロントマスクにそのエンブレムがキラリと輝いている。花琳のコレクションとして格納庫に納めていたものだが、今回の作戦を聞いて気前よく夏子に貸し出された。刀といい、バイク(600万円)といい、金持ちのやる事は桁が違った。
リフトで甲板に姿を表す夏子と麗華、アイドリング状態でガラガラとクラッチが乾いた音を立てる、夏子がアクセルを捻るとウォンウォンとエンジンが即座に反応して唸りを上げる。
『動線確保、行けます!』
「鉄くぅ〜ん、待っててねぇ〜、今お母さんがイクからねぇ〜〜〜!」
児島の合図で乱暴にクラッチを繋ぐと、リアタイヤがパワーに絶え切れず空転して白煙を撒き散らす、アクセルを軽く緩めればリアタイヤが思い出したかのように路面を掴み、甲板の上を猛然と加速し始める、12,000回転をキープしつつギアを2速に放り込むと、フロントが一瞬浮き上がるが、それを夏子は力で捩じ伏せた。
「貴子ぉーーーっ!!どけぇぇええーーっ!!」
ダンッ!ギョブッ!!
へたり込む貴子の横を駆け抜けて飛び出したバイクが、空中で50mの綺麗な放物線を描くと、並走するグリーンノアの滑走路に着地する、サスペンションが悲鳴を上げてバウンドする、横向きに滑走する車体をハンドルとアクセルワークで強引に立て直すと、転倒すること無く滑走路を加速して行く。
夏子が向かうその先では、無数のルンバ改の群れが建物からワシャワシャと涌き上がって来ていた。それを目にした夏子がとても嬉しそうに呟く。
「抜刀」
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