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56.知らぬが仏

「ギャァーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


常磐道を北に向かって猛然と加速するのは、1台の白い日産GT-R。チューンドされて700馬力を誇る車体は100キロ前後で走る車など、まるで止まっているパイロンのようにすり抜けて行く。高速に乗ってからこっち、助手席から悲鳴が絶えることは無かった。


「ちょっとラクシュうるさいわよ! それにしても尼崎の奴、良い車持ってるわね、流石総理、金持ってるわ〜」


「所長、お願いします、もう少しゆっくり……ウプッ」


「何言ってんのよ、貴女が一緒に行くって言うから、スピード出るこの車借りたんでしょう。大丈夫、バイクと違ってタイヤが4つも付いてんだから転けることわないわよ! それにこれ4WDよ、安心なさい」


「ムリムリムリムリ、神様ぁーーーっ!!」


右に抜けるコーナーで3車線を目一杯使いながら、吹っ飛ぶようにスライドさせながら立ち上がる、助手席のラクシュミーは不自然に斜めに流れる景色に意識を失いかける。いっそ気絶してた方が楽だったかもしれない。心の中でシヴァ神に祈るが、あの神様は結構はちゃめちゃで怖いので、夏子の方が相性がいい。


「おっ、次の仙台港インターで降りるわよ、ほら見なさい新幹線より速いでしょ」


通常4時間はかかる400km近い距離を、わずか2時間半で走破した夏子。キリンビール仙台工場を横目に埠頭ターミナルを目指す、一際大きな船を視界に捉えた所で一気にサイドブレーキを引く、GT-Rの大柄なボディは、クルリと横を向いたまま白煙とスキール音を纏いながらその動きを止めた。止まった途端に海に向かってヨロヨロとゾンビのように歩くラクシュミー、褐色の肌が真っ青になっている。


「うげぇええー!」


「きちゃないわね、先に行くわよ」


防波堤で魚に餌を撒くラクシュミーを置き去りに、颯爽と白衣を翻し船に向かう夏子、何事かと見守っていた警備の黒服達が、ラクシュミーに哀れみの視線を送った。








「麗華!! あんたが付いていながらどう言う事ぉ!!」


バンッと乱暴にドアを開け放ち、ラウンジに入ってくる夏子、なんとも礼儀のなってない女である。春子がギロリと睨み、鉄扇を飛ばす。夏子が「おわぁ!」と声を上げるも寸前でキャッチした。


「今から詳しい事情を聞く所だよ、遅刻したんだから、隅っこでおとなしくしてな」


「なっ、こっちは車だったんだから、しょうがないでしょ!」



「ふふ、あの武田夏子にも会えるとは、今夜は本当に面白いわね」


春子との睨みあいに言葉を挟んで来た人物に、夏子が怪訝な表情を作る。


「貴女確か……ナインの」


「極東マネージャーの李 花琳です」


「李?」


「ああ、別に麗華さんとは親戚じゃありませんよ、中国では李や王は多いですからね」


目線を向けた麗華が首を縦に振って肯定している。そこで、夏子の登場で話を中断されていた児島が口を挟む。


「説明を始めてもよろしいですか?」


「ああ、悪いね。面子も揃ったみたいだし、始めておくれ」


ようやく児島が、今回の鉄郎拉致に至る経緯を説明し出した。








「……何それ、それじゃ貴子が2人になったようなもんじゃない! 最悪」


児島の説明を聞き終わった夏子の第一声である、一人でも厄介なのに、同じようなのがもう一人、人類にとって悪夢でしかない。


「それに今の話ですと、黒夢ちゃんより貴子さんの方が悪いんじゃ……」


「まぁ、あの人は子育てとか下手そうですしね」


ラクシュミーや花琳も若干呆れぎみに言葉をつなげた。


「で、その黒夢ってのは家の鉄をさらって、何しようってんだい」


「さあ? なにぶん貴子さまに似て、何するかわからない所がありますから、なんとも」


児島の回答にその場の皆が「あぁ〜」と納得した時、ラウンジの扉が開かれる。


「誰が、何するかわからないって」


「あら、貴子さん。早かったですわね、もう場所がわかったんですの」


「ああ、人工衛星も半分は取り戻したから、この船の航行くらい問題はない」


この時点で貴子は、黒夢に乗っ取られた人工衛星の半分近くを奪い返している、自身最高傑作のAIを相手に互角の勝負だが、グリーンノアの電波出力はこちらの船よりかなり大きい為、いまだに制空権までは回復していない、夜が明けるまで海上での航空機の使用は厳しいだろう。幸い、まだ日本の領域を離れていない今なら、この船でギリギリ追いつけると判断を下した。


貴子はニヤリと口元に弧を描く。


「ふふ、あーーはっはっは!! 出航だ! 私に逆らう愚かさを、あの娘に教育してやる!!」


「自省と言うものを知らんのか、あいつは」


春子が苦い顔をするがどこ吹く風だ。


こうして、貴子と愉快な仲間達は仙台を後にした。牛タンを食べる暇が無かったことが、若干悔やまれる。






一方、高知県室戸岬近くに停泊するグリーンノアでは、鉄郎と黒夢が暢気にお茶をしていたのだが、ティーポットを抱える黒夢の目が、突然青く光った。


「こうなったらママを倒して、ワタシが世界を獲る」


「なぜそうなった!!」


「所詮、イバラの道」


鉄郎のツッコミも空しく、黒夢が明後日の方を向きながら、拳を握って決意を固めた。意味がわからず、鉄郎が半笑いだ。


「世界征服の暁には、パパを王様にして全人類から税金をトル?」


「絶対やめてね!」





グリーンノアの冷蔵庫を覗く鉄郎、まあ冷蔵庫と言うより冷凍室と言っていい大きさではあるが。


「おお、凄い。肉に魚に野菜、何でも揃ってるね」


食に無頓着な貴子ちゃんが、これほどの食材を必要とするとは思えない、ならば、これは児島さんが買い込んだものかな?


「この食材って児島さんが使うの?」


「ママは料理しない、これは児島のまかない用」


「ああ、賄い付きなんだ、バイトって言ってたもんね。これ使っちゃてもいいのかな?」


「問題ナイ、ここはパパの家だと思ってイイ、それに料理なら黒夢が作ってあげル」


「あ、じゃあ手伝ってもらえるかな、一緒に作ろ」


「マカセテ!」




嬉しそうに微笑む黒夢に思わず頬が緩む。エプロンを取りに行った、黒夢の後ろ姿を見ながら一人呟く。


「どうせ貴子ちゃん達のことだから、すぐに追ってくるだろうし、それまではのんびりしているか。それに親子喧嘩は、お互いに言いたい事を出し切った方が、後腐れなく仲良く出来るでしょ、うん」


鉄郎にしてみれば、黒夢の反抗期とも言える、プチ家出に付き合ってる感覚でいたので、外の世界の混乱を知らない、それに加えて夜で海上が暗い上に、グリーンノアは揺れが少ない為、現在どこにいるのかもわかっていなかった。大らかと言うより、本当に流されやすい男である。


「そうだ、婆ちゃんに今日は帰れないって電話しなきゃ、って圏外。やっぱ海だと電波が悪いのかな?」


人工衛星はおろか、世界中にハッキングを掛けられる、貴子の研究所の電波が弱いわけないのだが、鉄郎は諦めてスマホをポケットに仕舞った。


「オマタセ!」


声がして振り向いた先にいたのは、裸エプロンの黒夢。鉄郎は思わず頭を抱えた。


「う〜ん、お父さんそう言うのは、黒夢にはまだ早いと思うな」


「デモ、男と女が一緒に料理をする時の正装だと、データにあったヨ」


「…………」


鉄郎は額に手をあてながら「貴子ちゃんの教育はどうなってんだ」と思ったが、前に夏子も同じような事をしてたなと思い出す、まさか自分が間違っているのかと思い始めた。そして現代の男に飢えた女性達は、本当にこれを実践しようとする女性が多かった、それゆえにネットの中にあった、その手のデータを黒夢は引用したのだ。


「いいから、下になんか着てらっしゃい」


「?……パパは着衣派?」


今度こそ鉄郎は床にガクッと手をついた。




気を取り直して2人で台所に立つ、鉄郎が目ざとく上海カニを見つけチャーハンを作る、黒夢はそれに添える、わかめスープを作っていた。あらゆるデータにアクセス出来るだけに、その料理の腕は正確無比、全く危な気のないものだった、これには鉄郎も素直に感心する。まぁ、作る事は出来ても、食べる事までは出来ないのだが。その間、いつのまにか集まって来た黒猫達には、大量にあった鯖を焼いて与えた、いつもは児島が餌をあげてるらしい。


「カニチャー、うまっ! やっぱりカニは美味しいよね、おっ、スープも良い味」


本当に美味しそうにチャーハンを搔き込む鉄郎に、黒夢が甲斐甲斐しくウーロン茶を差し出す、めっちゃ嬉しそう。そして思い出したように声をかける。


「そう言えバ、パパにプレゼントがアル」


「ん、プレゼント?」


「2人の将来には、必要かと思って用意しタ、使っテ」


パチリと黒夢が指を鳴らすと、入口のドアが開きやけに大きいルンバ改(お掃除ロボット)が数台、何かを運ぶように部屋に入って来た。

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