55.極東マネージャー
3月11日、夜の闇に紛れ、まるで城を思わせる巨大船が仙台塩釜港に入港する。
ナイン・エンタープライズ極東マネージャー専用豪華客船「青龍」である。全長300mの濃紺の船体に貴子自ら設計した船舶用高出力モーターを10基搭載したこの船は、徹底した軽量化と高出力モーターの組み合わせでミニッツ級の原子力空母と同サイズの巨体を60ノットで巡航させる化物である。実はこの巨大船は貴子がナインに匿われていた頃に、研究所で建造されたグリーンノアの姉妹艦と言えるものだ。
ナイン・エンタープライズ極東マネージャーである李 花琳はタイトミニから覗く見事な脚線美をズラッと並んだ黒スーツの部下に見せつけながらタラップをカンカンとリズミカルに降りる。
後ろで一本にまとめた長い髪が尻尾のように揺れた。
「ふむ、貴子さんはまだ来てないようね」
花琳が貴子と出会ったのは、彼女がまだ10歳の頃だった。多感な幼少期にあんなのに関わったのが運のつきと言える、母である先代のマネージャーが逃亡中の貴子を匿ったおかげで、貴子はその頃ナインの研究所で様々な研究開発を行っていた、男性が絶滅寸前となったことで、世界は常に労働力不足に悩まされてた、貴子が発明、開発した商品やアイデアは、徹底したオートメーション化を実現し、瞬く間に世界中に広がった、その結果ナインはあっという間に世界のトップ企業に躍り出る。
花琳にとって、貴子は犯罪者と言うより偉大な科学者だった、当時50の後半に入ってるにも関わらず、少女のようにキラキラと瞳を輝かせながら、思いつくまま無数の発明を続ける貴子は、幼かった花琳にとって現代のガリレオとも言える偉人であった。
そして先の武田邸襲撃事件のどさくさで、中東とアフリカ支部の石油と資源をその手中に収め、名実共にナイン・エンータプライズの頂点に立った彼女は、貴子のファンと言う、とても珍しい人間である。
バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ
花琳が潮風にその身を晒していると、目映いサーチライトが西の方角から近づいてくる、タンデムローター独特のエンジン音を夜の埠頭に響かせ、ターミナル埠頭にそっと降り立つのは、陸自のオリーブドラブに塗られたCH-47(チヌーク)だった。
ヒュンヒュンとアイドリングを続ける機体から出て来たのは、ロングスカートに編み上げブーツ、モスグリーンのMA-1を羽織った白髪の女性だった、その左手には朱塗りの日本刀が握られており、花琳の周りにいた黒スーツの護衛が一瞬ざわめく。
「いいわ、彼女の事は知ってる」
花琳は軽く手を挙げ部下を制すると、後ろに下がらせる。
「武田春子さんですね、ナイン極東マネージャーを努めます、李 花琳です。以後お見知り置きを」
船のラウンジに場所を移した2人、いかにも高級そうなソファーに春子が腰を沈めた。
「スコッチでいいかしら?」
花琳が琥珀色に輝く瓶を揺らしながら春子に尋ねた。
「ふん、ボウモアかい、嫌いじゃないね」
「ふふ、アイラモルトって好きなのよ、一応18年ものよ」
カランとグラスの氷が澄んだ音を鳴らす、独特のスモーキーさは好みの別れる所だが、中々癖になる味わいのスコッチを春子が口にした。ほぅ、と感嘆の声をこぼす。
「洋酒ではバーボンが好きなんだが、このスコッチは別だね、旨いよ」
「良かった、あの武田春子に振る舞うことが出来て光栄だわ」
添えられていたスモークドナッツを一粒口にすると、花琳が妖艶な笑みを浮かべる。その笑みに一瞬眉間に皺を寄せた春子だったが、かまわずグラスをあおった。
「で、状況は?」
前置き無しで尋ねる春子に、花琳はその長い脚をゆっくり組み直して、ため息を吐く。
「あら、せっかちなことで、折角お会い出来たのですから、もうちょっと会話を楽しみません」
「老い先短いもんに、そんな余裕を求めるんじゃないよ」
鋭い眼光で花琳を睨むが、動じた様子も見せず言葉を返した。
「ふふ、殺気がだだ漏れ、怖い、怖い。 そんなに心配しなくても、もうじき貴子さんも到着する頃ですわ」
「だれも貴子なんざ待っちゃいないよ」
その時、黒服の一人が近寄って来て、そっと花琳に耳打ちをした。
「噂をすれば、貴子さんが到着したそうですわ」
カツーン、カツーンとタラップを登る音が静かに響く。長い白髪と白衣が潮風に揺られはためいている、いつにない静かな登場に、ラウンジの窓から見つめる春子と花琳も怪訝な表情を作る。ほどなくして、案内された貴子達がラウンジに姿を現す。
「待たせたな、早速で悪いがマネージャー、コントロールルームを借りるぞ」
その一言でクルっと背中を向ける貴子、そのまま部屋を出て行こうとするが、春子が呼び止める。
「貴子!」
「詳しい話は児島に聞け、今は時間が惜しい」
一旦足を止めるも、結局振り向きもせずコントロールルームに向かう貴子、残された者は只その姿を見送ることしか出来なかった。今の貴子はまるで地雷の塊のようだった、ほんの少しの刺激で爆発しかねない危うい雰囲気を纏っていた。
「……では、今回の経緯をご説明します」
残された児島が、一礼してからその口を開くが、花琳が我慢し切れず言葉を遮った。
「と言うか、児島さん。なんで女子高生の制服なんですの?」
「似合いませんか?」
「いや、凄く似合ってますけど」
「ありがとうございます」
「ええい、そんなことより早く話さんかい!!」
春子の言葉に、児島が少し拗ねた表情を作った。難しいお年頃である。
薄暗いコントロールルームに無数のモニターが青白く光りを放っている、貴子は中央の椅子に腰を下ろすと静かに目を閉じた。今の貴子は恐ろしく静かだ、これが本来の姿と言ってもいい。再び目を開くと激しくキーボードを叩く音が鳴り響き、モニターは次々と異なった画面を写し始めた。小さな唇に舌を這わせて湿らせると、ニヤリと笑みを作る。
「さて、まずは現在地を割り出すか……」
人類最高の頭脳が深く深くその思考を回転させて行く。世界にとっては、とてもはた迷惑な頭脳の使い方だった。
ニュースを見た後、いてもたってもいられずに家を飛び出した住之江は、ロードバイクを走らせてフェリー乗り場を目指す。鉄郎に何度電話しても通じない、どうにも電波の状態が良くない、ネットの繋がりも悪く情報が足りない。とにかく一刻でも早く長野に戻ろうと、自転車のペダルを強く踏み込んだ。
「あの人工衛星の事件、絶対にちびっ子絡みやろ、確か鉄君、今日はちびっ子の家に行く言うてた、くそっ! 飛行機動いてるんかな!」
ロードレースでインターハイまで出た住之江だ、未だそのスピードは衰えていない、グングンと加速して夜道を行く、だがその行く手を遮るように、黒い塊が突如目の前に現れる。
「おわっ!!なんや!!」
キキャキャ!
後輪をスライドさせ急停止させると、目の前には何やら大きな蜘蛛のようなロボットが佇んでいた、顔と思われる部分のレンズがチキチキと動く、住之江はそのロボットと目が合ったような気がしてじっと見つめあった。
「……住之江真澄で間違いナイカ」
蜘蛛ロボットから、どこか機械的な少女の声が聞こえて来る。
「なんやワレ、ちびっ子の関係者か」
「パ、…武田鉄郎について話がアル」
「詳しく話を聞かせてもらおか」
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