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54.行くぜ、東北。

夕暮れの小笠原沖を30ノットで爆進する、えのしま型掃海艇。黒潮に乗って北上し、千島海流に乗って南下してくるナイン・エンタープライズの船と合流しようと言うのだ。少し波が荒くなった海をひた進む、今は1秒でも早く力が欲しい。

その船の操舵室で冬眠開けのクマのようにウロウロと歩き回る貴子、鉄郎と別れてすでに5時間以上経っている、60ノットは出せるグリーンノアを補足する力は今の貴子には無かった、それだけに彼女のイライラは募る。


「ちょっと! 電話貸しなさいよ、春さんにかけるから」


ウロウロと歩き回る貴子からスマホを奪った麗華の画面を押す手が、ピタっと止まる。


「やばい、番号ど忘れした。普段番号なんか打たないからな…110番で繋いで貰うか……」


「アホかーっ! 春子の番号だったら登録してるわ、とっとと連絡しろ!」


うがーっと吠えるとまたウロウロと歩き出す、ウロウロウロ、いい加減うっとしいので止まれ。









その頃、東京の首相官邸では、総理である尼崎が部屋の中をウロウロと歩き回っていた。ウロウロ病が流行っているらしい。


「衛星落としって……またどっかのアホがあのマッド女に手を出したのか? アメリカで懲りてんじゃないの!!」


先月のバレンタイン、貴子によりペンタゴンに人工衛星が落とされたのは記憶に新しい。

日本政府代表である尼崎は頭を抱えていた、本当、なんで自分の任期中にこうも問題ばかり起きるのか、この時ばかりはあの白衣の幼女をぶん殴りたくなっていた。

その時、コンコンとノックの音が聞こえると、返事も待たずにドアが開かれ2人の女性が部屋に入って来る。あまりノックの意味はない。


「邪魔するわよ」


黒髪のボブカットに白衣姿、鋭い眼光が尼崎を捉える。鉄郎の母、武田夏子である、その後ろからは褐色の肌にブロンドのインド人、ラクシュミーが苦笑いで入って来た。この面子に尼崎は嫌な予感しかしなかった。


「鉄君と連絡が取れないの、ちょ〜っと空自の戦闘機1機貸してくれない、F-35Aでいいわ」


薮から棒に無茶な要求をしてくる夏子に、春さんの娘だなぁと思いつつ尼崎が問い返す。


「鉄君が……やっぱりあの衛星落としは、貴子の仕業なの!!」


「一緒に行った麗華とも連絡つかないし、十中八九間違いないでしょうね」


ジリリリリリリリ


夏子と話していると机の上で、直通回線の電話が鳴る。急いで尼崎が受話器を取った。


「どうした!」


『武田様からお電話が入ってます、お繋ぎしますか』


「春子さんから……回してちょうだい」




『やあ、すまないね忙しい時に、家の麗華から連絡が有ったんで聞いとくれ』


「一体何が有ったんです、夏子も、鉄君達と連絡がつかないって今ここに来てますよ」


『夏子が、じゃあ丁度いい。そいつに聞こえるようにしてもらえるかい』


尼崎が受話器からスピーカーに切り替えると、夏子が近寄って耳をそばだてる。


『まだ電話なんで、詳しい状況はわからないんだが、鉄が攫われた』


その言葉にガタッと電話に詰め寄る夏子、後ろでラクシュミーも驚きの顔をする。


「どう言うこと! 貴子の奴が鉄君を攫ったの!!」


『いや、貴子じゃないらしい、麗華によると、あいつの娘が鉄を攫ったらしい』


「はぁ? 貴子ってまだ処女バージンよ、娘なんているわけないでしょ!!」


『そうなんだけどね、なんにせよ麗華達と合流して詳しい話を聞こうと思う、尼崎、飛行機こっちに回せるかい』


「それが春さん、東京は今衛星の爆発の影響か、電波状態が悪くてレーダー関係が効かないんですよ、横田や熊谷はまだ未確認ですが、市ヶ谷や目黒あたりの基地は飛行機飛ばせる状態じゃないんです」


後から判明することだが、この時すでに人工衛星のほとんどがコントロール不可能になっていた、レーダー機器に依存している航空機は軒並みその力を失う、管制局からの指示が出来ないのだ。これは政府が制空権を何者かに奪われた事を意味する、重大事である。


『ちっ、しょうがないね。松本駐屯地のチヌーク(輸送ヘリ)借りるよ、ヘリなら有視界でもなんとかなるだろ』


「レーダー誘導無しですけど大丈夫ですか? これから夜になりますよ」


『まあ、なんとかするさ。夏子も自分でなんとかしな、仙台塩釜で合流な』


「仙台!! またなんで!」


『貴子達がそこでナイン・エンタープライズの船と合流するんだと、じゃあ、また後で』


プツッ


「ちょっ、春さん!!……切っちゃった、う〜〜っ、私はどうしたらいいのよ〜!!」


あまり有意義な情報を得られず、再度頭を抱える尼崎、その横で夏子が珍しく真剣な表情を作る。


「仙台か、バイクと新幹線どっちが速いかな?」


「えっ! バイクだと私一緒に行けないじゃないですか〜」


後ろで黙って聞いていたラクシュミーが、付いて行く気満々で不満の声を上げた。意外とこのインド人好奇心旺盛なのである。


なんにせよ、一同が目指すのはとりあえず仙台である。行くぜ、東北。









「知らない天井だ」


天井に手を伸ばし呟く、このセリフを口にするのは2度目の事だ。

鉄郎が目を覚ましたのは、天蓋付きの豪華なベットの上だった、貴子が先走って購入した新婚用の大きなもので、回転する上に、周りが鏡貼りで酷く落ち着かない代物である。回るベッドの想像が付かない人は、お父さんお母さんに聞いてみよう。


「パパ、起きた?」


突然隣から聞こえた声に、驚いてその身を起こす。捲れ上がった布団の中には、黒髪の少女が……


「なななな、なんで黒夢は裸なのかなーーーっ!!!」


スッポンポンで添い寝していた。長い黒髪がシーツの上で広がり、白い肌が惜しげも無く横たわっている、その妖精のような姿に鉄郎の心拍数が跳ね上がる。基本年上好きの鉄郎ではあるが、芸術品のような黒夢の容姿には、少なからず動揺が隠せない。


「パジャマが無かったカラ?」


黒夢が不思議そうに首を傾げた、そう言う事を聞きたいのでは無かったが、良く見れば鉄郎自身も服を着ていない事に気付く。下の方に目を向ければ、鉄郎の息子がコンニチハしていた。


「なななな、なんで僕も裸なのかなーーーっ!!!」


「パパ、すごく激しかった……」


「なにがーーーーーっ!!」


「寝返リ……」


鏡貼りの部屋に鉄郎のため息が小さく響く。










仙台に近づく頃には貴子の怒りゲージがMAXに達し、声にならない声を上げ始める、端から見れば只の狂人にしか見えない、そろそろ我慢の限界であった。

はぁ、はぁ、と荒い息を撒き散らし船内を転げ回る、流石に麗華も児島もどん引きである。だが、その怒りゲージが振り切れると、貴子の顔から表情が消え急に静かになった、麗華がどうしたのと覗き込むと、その背中にゾクッと寒気が走った。


普段とは違う凛々しい横顔、信じがたいことにまるで天才のように見えた。


「ふっ、ようやく見えたな」


そう呟いた貴子の視線の先には、仙台港に停泊する巨大な船、ナイン・エンタープライズ極東マネージャーが所有する青龍があった。




世界を混乱の渦に巻き込む、親子喧嘩が静かに始まろうとしていた。

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