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51.白いものが旨いと思い始めたら大人だよね

遠くに八丈島がぼんやりと見える、東京都心から南へ約290km、貴子ちゃんのラボは随分と南まで移動していた、この巨大な船?は30ノット以上(約時速60km)のスピードを出せると言うのだから驚きだ。大きなジャイロスコープ(波を打ち消す装置)なるものを搭載しているらしく、船特有の揺れはほとんど感じない、島が見えるまで動いてる事すら実感が無かった程だ。この高性能ぶりは船酔いしないのでとてもありがたい。


まだ寒さが残る長野に比べると風が暖かくなったのがわかる、潮風が実に気持ちいい。僕達は今、舳先近くの滑走路でバーベキューに勤しんでいた。目の前に広がる大海原、洋上でのバーベキューとはなんとも贅沢な気分にさせられる、パチパチと炭が爆ぜる音が波音と交ざり、山育ちの僕はそれだけでテンションが高くなっている。僕の住む長野は反対に360度山ばかりなのだ。


児島さんから、焼きあがった牛串を受け取った貴子ちゃんが、僕に向かって差し出してくる。


「はい、焼けたよ、鉄郎くん。あ〜ん」


顔を赤くしながら僕の様子をうかがう貴子ちゃん、大人状態になって食べさせてもらう事に恥ずかしさはあったが、牛串の香ばしい匂いには勝てず、ぱくりとかぶり付いた。途端に口の中に極上の肉汁が溢れ出す、何これ、凄い美味しいんですけど、塩をふっただけの肉がこれほど美味いとは……。


「えへへへ、美味しい?」


「うん、本当に美味しい、これって凄い良いお肉なんじゃないの?」


「信州牛のA3ランクだよ、A5ランクに比べてサシは少ないけどバーベキューには丁度いいでしょ」


赤身肉に適度なサシが入った信州牛は、噛む程に旨味を増す。柔らかすぎない肉質は、確かにバーベキューには最適かもしれない、これならいくらでも食べられそうだ。しかし滅多に食べられないブランド牛だけに、良く味わって食べねば、罰が当たりそうだ。


「貴子ちゃん、ありがとう。こんな美味しいバーベキュー初めてだよ」


「鉄郎君……」


正面からニッコリと優しく微笑まれ、貴子の胸がきゅーんとなる。恋愛初心者ならではのチョロさと言える。と言うか児島が準備して焼いたのであって、貴子は何もしていない。


「ほら、貴子ちゃんも食べなよ、美味しいよ、あ〜ん」


人は美味しい物を食べている時は優しくなれる、先程のお返しとばかりに、鉄郎があ〜んとこんがりと焼けた牛串を、貴子の口の前に差し出す。麗華の教育のおかげか鉄郎は結構、天然のタラしに育っている。これといった自覚がないのがたちが悪い。


「ててて、鉄きゅん!」


貴子はドキドキと五月蝿い胸を手で抑え、瞳をハート型に輝やかす。差し出された牛串を、小さな口ではむっと咥えると、緊張で肉の味はわからなかったが、その代わりにとても幸せな味がした。

普段は栄養さえ取れればいいと食事には気を使わない貴子、ラボではいつも児島と2人だけだっただけに、今日の鉄郎との昼食は至福の時間となった。


「鉄郎君、今度は私の手料理を用意するね!!」


ニコニコとそんな事をのたまう貴子、いつぞやのカレー勝負を思い出して、鉄郎は苦笑いするしか無かった。





一方、アンドロイドだけに食事を必要としない黒夢は、どうやら魚を釣ってくれるようだ。大きな麦わら帽子を片手で抑えながら滑走路の端まで歩いて行くと、身体に不釣り合いの大きな竿を持ち出して針に餌を付け始めた。この辺では何が釣れるのだろうと見ていると、そのまま大きく竿を振りかぶった、チュインと音が聞こえると次の瞬間竿が消える、遅れてドォオオンと轟音と共に海が割れんばかりに波が立った。音速を超えた竿先がソニックブームを起こしたのだ。遥か彼方でボチャンと重りが落ちたのが見える、すげえ!200m近く飛んだんじゃないだろうか。


それほどのキャスティングを見せても、黒夢は何も無かったように無表情でカラカラと糸を巻き取り始める。


ジャリッ


「ふふん、なっちゃないわね。そんなキャスティングで私に勝ったつもり」


今度は李姉ちゃんがなんかデッカい竿を持ち出してきた、うわぁ、なんですぐ張り合うかな。それに李姉ちゃんは、釣りにはちょっとうるさいんだよな、時期になると千曲川で鮎釣りに出かけてるし、渓流でイワナも穫って来た事もある。僕が学院に行ってる間に何をしているのやら。




「ふふ、シマノ スピンパワーSFか、40号ってのも丁度いいわね」


釣り竿を手にニヤリと笑うと、くるりと海を背にして竿を構える、重りが糸の先でゆらゆらと揺れる。


皆が麗華に注目してシーンと静まり返り、波音だけがザッパザッパと聞こえる。カッと目を見開くと踵を支点に豪快に2回転「どりゃーーーーっ!!」と掛け声とともに竿を振り切る、シャーーーッとリールから糸が吐き出されると、遠心力が乗った重りは真っすぐ遥か彼方に飛んで行く。フルターンキャスティング、どこの三平だと言わんばかりの回転投法により、その飛距離は250mをオーバーする。投げ終わると、黒夢にふふんとドヤ顔を向けて、大きな胸をブルンと張り出した。それを見た黒夢が自分の胸元を見て、どことなく悔しそうな顔をした。


この場合、惜しむらくは、釣りと言うものは、遠くに飛ばせば釣れると言うものではない事だろうか。だがそこは持ってる女、麗華である、リールを巻き戻していると確かな手応えを感じた、ニヤリと口元を吊り上げると、竿をクンと1回引きつけた。


「フィーーッシュ!」




どれだけ嬉しいのか、満面の笑みでリールを巻き取る。李姉ちゃんは、結構釣りをしている時は性格が変わるのかもしれない、あんな笑顔見た事ないな。しばらくして真下に真っ赤な魚影が見えてくると、強引に引き抜いた。パシャと水しぶきがキラキラと舞い上がる、おおっ、見事な金目鯛。


「うわー、大きい! 30cmは軽く超えてるね」


「そうね、この大きさなら5・6歳ってとこかしら、煮付けも良いけど、釣りたてだし刺身がいいわね」


「じゅるり、良いねお刺身。 児島さん、包丁借りていいですか」


「出刃と柳刃はご用意できますが、鉄郎様が捌くのですか?」


「うん、まかせて! 僕、魚を捌くのは上手いんだよ」


女性陣が見守る中、鉄郎は出刃包丁を慣れた手つきでその身に滑らして行く。人口の減少によりオートメーション化が進み、料理が趣味の人間でも魚を捌ける者は少ない、スーパーには機械で切られた切り身や柵の状態で並んでいる。そんな中、男で料理をする者は天然記念物クラスに希少だろう、鉄郎は春子仕込みの腕前で、あっと言う間に3枚おろしを終わらせた。

ちなみに母夏子も3枚おろしだけは得意だ、ただ夏子の場合、何を切ったかわからない日本刀を持ち出すので、武田家の台所に入ることを禁止されている。


「鉄郎君、超絶素敵!!」


先程のあ〜んでテンション爆上がりの貴子は、その姿にまたもや瞳にハートマークを浮かべる。もはや鉄郎が歩くだけでも「素敵!!」とか言い出しかねない。チョロいババアである。


「パパ、料理、上手……」


いつのまにか戻ってきた黒夢も鉄郎の手元を覗き込む、手には中々の大きさのメジナを持っていた。ここって結構釣れるんだなと思いつつ、青黒く光るクチブトメジナに目を向けた。うん、メジナも刺身にして美味い魚である。


「黒夢、それも食べていいの?」


「うん、私だと思って食べテ」


「ちょっと、食べづらくなった!」




綺麗に盛られたキンメとメジナの刺身、メジナの透明感の有る白身、金目鯛も白身魚だが鮮度がいいのか、綺麗な桜色だ、コリコリとした弾力と上品な甘さがある。


「うまぁ! キンメの刺身うまぁあああ!」


釣りたてを捌いただけに塩でも醤油でも美味い、麗華など児島が持って来た、香梅の純米吟醸のおかげでご機嫌である、やはり白身には淡麗な吟醸酒がよく合う。コラッ、護衛役が酒を飲むな。


美味い肉と美味い魚、贅沢な昼食を満喫した鉄郎は、これだけでもここに来た甲斐があったと、すでに満足していた。あれ、何しに来たんだっけ?




食事を終えたメンバーが、ゾロゾロとラボの中に戻ってきた、児島が煎れた食後のお茶を飲んでいると、貴子が不満げに麗華と黒夢を見る。


「全く、お前達がバトルなんかするから、このラボの案内が全然出来てないじゃないか」


「何、このポンコツ以外に見るものがあるの」


「今度、ポンコツ言ったら、その無駄にデカい乳をもぐゾ」


2人の険悪なムードなどまるで気にしない貴子が、白衣をはためかしながら小さな胸を張る。



「ふふ、腹ごなしに所内の散歩と洒落込もうじゃないか」

お読みいただきありがとうございます。感想絶賛受付中!!

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