48.行けぇー!!鉄人!!
チュイイイイイイ
黒夢に搭載された改良型の高出力モーターが唸りをあげる、10万馬力とは行かないまでも、前回麗華と対決した時に比べれば2倍以上のパワーを誇る正真正銘の化物だ。そのパワーにモノを言わせ一気にトップスピードに持ってゆく、常人にはまるで消えたように見えた事だろう。だがそれに反応する人間もまた化物ではないだろうか。
ゴウッ!
麗華が槍を思わせる中段蹴りを迎撃のため突き刺す、ドレスのスリットから白い太ももがチラッと見えるがおかまい無しだ。視認出来ないほどのスピードで突進してきた黒夢が、その蹴りを捌くためにヒールを地面に突き立て急制動をかける、そのまま見事な加重移動で麗華の蹴り足をクルリと回転しながら受け流す。
「この動き、この前の私の、チッ」
「カリは返すゾ」
前回の学院で戦った時の焼き直し、黒夢は麗華の動きを正確に再現していた。回転しながら右足を強く踏み込むと、真っ直ぐ伸びた肘が麗華の腹部を襲った。
パシッ
「「「?」」」
会心の一撃に、前回の黒夢のように麗華が吹き飛ぶ事を予想した黒夢と貴子だったが、その肘打ちは麗華の手の平で思いの外あっさり受け止められた。止めた麗華本人もこれには少し驚いていた、それほど黒夢の動きは完璧だったのだ。考えてみれば幾ら自分と同じ動きをしようと、八極拳の発勁まで再現出来る物ではない、そのせいで体重の軽い黒夢の一撃は非常に軽いものになってしまった。スピード重視の設計である黒夢に、いまだ科学で解明できない麗華の破壊力はトレースすることは叶わなかったのだ。
「ぐぬぬ……モーションキャプチャで動きは完璧に再現したはずなのだが、なぜあのチャイナのような威力がでないんだ?」
隣で貴子ちゃんがなにやら呟くが僕からすれば、あの姿を見失うほどのスピードに吃驚していた。黒夢すっげー!
「動きを真似るだけでは麗華さんの八極拳は再現できませんよ、人間というものは無意識に色々修正しながら打ってますから」
児島さんの解説が入る、なるほどこれは便利かもしれない。どうやら黒夢の今の攻撃は何か失敗だったらしい、バチリとお互いを振り払うように李姉ちゃんと黒夢は再び距離を取った。
「ミスッた、そのまま突っ込めばヨカッタ」
「ふん、動きは良かったわよ、一瞬身構えちゃたもの。只、功夫が足りないわね」
言葉を交わす二人、それを見つめる貴子ちゃんが拳を振り上げて叫ぶ。
「ぐにゅにゅ…おのれ〜デカ乳チャイナめ、よくも鉄郎君の前で恥をかかしてくれたな。コラーッ! 黒夢! SSSモード始動だーっ!! いてこませーっ!!」
「おお、貴子ちゃんが怒ってる。SSSモードって?」
「貴子さまは基本引きこもりなので、家に居る時の方が元気なんですよ。ちなみにSSSは凄い、素敵、最高って意味ですね」
「なんじゃそら?」
「パパにワタシの優秀さを証明スル……」
昼下がりの松代の町にカラコロと下駄の音が響く。小豆色の鮫小紋に黒の羽織、帯に差すのは鉄扇か、歩く姿は綽綽としており実に絵になる老人、武田春子である。風呂敷片手に目指すのは一軒の居酒屋であった。目的の店の前に立つと、まだ暖簾の出ていない玄関の引き戸に手をかけた。
カラリ
「あっ、すみません、まだ仕込みの最中なんですよ。って春さん」
「準備中にすまんね、冷やでいいんで一杯貰えるかね」
「ああ、春さんならかまいませんよ。 ただ、まだ炭も起こしてないんで焼き物は出来ないですけど」
「かまわんよ、板山葵と冷酒を一合もらおうか」
はいよっと元気に返事をした店の主人徳山幸子は奥の冷蔵庫に向かう、春子はカウンターの席に腰を下ろした。
程なくして幸子が板皿とガラスの徳利を手に戻ってくる。
「はい、板山葵お待ち! 冷酒は渓流の純米(長野県須坂の地酒)でいいですか」
「いいね〜、全然問題ないよ」
受け取った徳利を静かに傾け、おちょこに注いで行くと純米酒らしい甘い香りが鼻をくすぐってくる。酒好きの春子だけにどんな銘柄でも飲むのだが、この店では決まってこの地酒を飲んでいた。
「珍しいですね、春さんがこんな時間に」
擂り下ろしたばかりの本山葵を小皿に乗せてカウンターに置いた幸子が話しかける。いつもは夕食を済ませた時間に来ることが多い春子に疑問をぶつける。
「いや何、今日は鉄も麗華も出かけてるんで暇を持て余しちまってね。あ、これ家で漬けた野沢菜だよ、貰っておくれ」
「おっ、春さん家の野沢菜って美味しいんですよね。 ありがとうございます、お通しに使わせてもらいます」
「いつも麗華が入り浸ってるみたいだしね、そのお礼だよ」
まぁ、最近では麗華だけでなく住之江も入り浸ってエロトークをかましているのだが。
春子が山葵を乗せたかまぼこをチョンと醤油につけて頬張ると、つんとした香味が鼻に抜ける、それを洗い流すように冷酒を口に含めば只のかまぼこが何倍にも美味く感じるから不思議だ。二人しか居ない店内で、幸子が夜の仕込みをする姿を眺めながら一人、ごちる。たまにはこう言う時間も悪くない。
仕込み途中の洗い終わっていた鶏肉に岩塩を振りながら、幸子が思い出したように口を開く。
「ああ、そう言えば、昨日麗華が来た時になんかお金持ちの嬢ちゃん家に行くって言ってましたね、それですか」
「お金持ちの嬢ちゃん? まぁ、確かに金は腐る程持っているか」
麗華も案外と口が軽いなと呆れながら、もう一杯とおちょこに注いだ酒をクピリと飲み干す。あいつめ帰ったら説教だな。
「それより春さん、今度は鉄郎君も連れて来て下さいよ。いくらでもサービスしますから」
「あの子は未成年だよ、酒場にはまだ早いさね。それに鉄なんぞ連れて来たら、酔っぱらい共に何されるかわかったもんじゃない」
「ええ〜、そこは春さんが付いてれば大丈夫ですよ、この店で春さんとこの鉄君に手を出す奴なんかいませんよ」
幸子としても美少年を肴に飲んでみたいので結構真剣だ、時折酒を届けに行く時に挨拶くらいは交わすが、最近の大人びてきた鉄郎には女盛りの身としてはクるものがある。
「あっ、そうそう、今話題になってるインターネットのサイトって知ってます? 鉄君の部屋って言うんですけど」
「ぶっ!」
思わず冷酒を吹き出しそうになる、そう言えばこの前鉄の写真を撮っていいかと電話が有った事を思い出した。にしても匿名ならと許可を出したはずなのだが、思い切り名前がはいってるじゃないか。
「凄いんですよこのサイト、開設してからすぐに何百万人の登録で一時期はパンク寸前だったんですよ」
「ほぉ、わたしゃインターネットとかは見ないんだがどう言うもんなんだい?」
「ほら、これですよ。すっごい美少年の写真集なんですけどね、なんか鉄郎君の小さい頃にそっくりですよね? 親戚ですか?」
幸子がスマホをヌルヌルと操作して画面を春子に見せてくる。そこには鉄郎が新撰組のコスプレをして元気に微笑んでいた。うん、可愛いじゃないか、流石は我が孫だ。自然と頬が緩む。
「確かに家の鉄の小さい頃にそっくりだね、何処の子なんだい」
「流石にそれは公表されてないんですけど、毎日1枚づつ写真がアップされるもんだから、私も毎日楽しみなんですよ、こんな男日照りの世の中でこんなサイトを作る子が居るなんて、世の中捨てたもんじゃないですよね」
しらばっくれる春子だが可愛い孫を褒められて悪い気はしない、情報の統制は尼崎にでもやらせりゃ大丈夫だろうと楽観する、惜しむらくは公に自慢出来ない事だろうか。
「まぁ、世の女性達の癒しになってるならいいか。どうだいさっちゃんも一杯付き合わないかい、奢るよ」
「いいんですか、ありがとうございます!」
ちゃっかり一升瓶を持ってくる幸子に苦笑いしながら、二人で杯を重ねる。甘辛い鶏もつ煮まで出されると一合酒ではちと物足りない、春子は追加の酒を注文した。
「最近では麗華だけじゃなくて住之江先生もよく来るんですよ」
「へぇ、真澄先生も。あの先生はいい娘だよ、器量は良いし教育熱心で、いつも鉄の事を気にかけてくれてる、ありがたいことだよ」
「へっ、教育熱心? あれが?」
幸子には、いつも酔っ払ってエロトークかましてる印象しか無いのでイマイチ納得がいかない。
「料理の腕は多少偏ってるが、何、家に来たら私が鍛えてやれば問題ないだろうしね」
そ、それって真澄が鉄郎君の嫁になるってこと……あいつめ〜、春さんに気に入られてるって本当のことだったのか。なぜだ!あのエロ教師が気に入られる、理由がわからん、春さんてばボケが始まったんじゃないでしょうね。意外と失礼なことまで思っていると春子が言葉を重ねる。
「年上女房は金の草鞋を履いてでも探せって言うだろ、鉄はあれで抜けてる所があるからね、年上の方が上手くいくのさ」
「春さ〜ん、鉄郎くんだったら探さなくても入れ食いでしょう〜。あ、年上でも良いってことは私にもワンチャンありますか!」
春子は食い気味に身を乗り出す幸子を、冷酒片手に一瞥すると微笑みながら一言告げる。
「姑に夏子と私がもれなく付いてくるけど、それでも良いなら頑張んな」
「うぐっ」
そ、そうだった春さんはまだしも、夏子さんが居るじゃん。絶対いびり殺される、あの人凄い怖いんだよなぁ。
顔色が悪くなった幸子を見て、春子がカラカラと笑う。武田の嫁に来る事は簡単ではないのだ。
結局、6合の酒を飲み干した春子が居酒屋さっちゃんの外に出ると、山間から降りて来た冷たい風が頬にあたる、ほろ酔いの身体には中々に心地よかった。ふと雲が立ち込めた東の空を見上げて一人呟く。
「さて、鉄は今頃どうしているやら」
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次話は諸般の事情で17日の投稿予定となります。
※住之江のエロトークは夜想曲で。




