47.28号
「へっ? ごめん貴子ちゃん、もう一度言ってもらっていい」
「うん、ケーティ−28号はロボットだよ」
ソファーで僕の横にちょこんと座る黒衣の少女に目を向ける。するとニコリと可愛い笑顔で返された。?、僕の目がおかしいのかな、どうみても人間にしかみえないんだけど。
「やぁ。ロボットじゃないよアンドロイドだよ、パパ」
28号ちゃんがゆるく指を曲げてピースしてきた。あぁ、アンドロイドかぁ〜と納得しかけたがロボットと何が違うんだ?結局人間じゃないってことじゃん!
「28号ちゃん、ちょっと触ってもいいかな?」
「パパにならイイヨ、でもハジメテだからやさしくして……」
あっ、これ貴子ちゃん作だわ、今の一言で確信したよ。目を閉じて、小さな唇を突き出してくる28号ちゃん、いや、何をしようとしてるのかなこの子は。僕は恐る恐る、その柔らかそうな頬に手を伸ばした。
プニッ
「んっ……パパの指、ゴツゴツしてる。硬くてたくまシイ」
「ちょ、頬に触っただけだよね、何艶かしい声出してるの?」
おぉ〜、柔らかい。白くてキメの細かい肌、しっとりとした触感が伝わってくる、本当にこれがロボットなのかと思うが、ふにふにと弾力を確かめていると、そこには有るべき体温というものを感じることは無かった。むしろヒンヤリと冷たかった。
「アッ、駄目、パパ…もっとやさシク」
「…………」
なんか僕が持ってるロボットのイメージと違う、この裏切られたような残念な感覚をどうしてくれよう。
「ねっ、よく出来てるでしょ。その顔は私と鉄郎君のいいとこ取りなんだよ、ほら、ここの顎のラインとか鼻筋とか鉄郎くんが小ちゃくなった時のスキャンデータを使ってるんだ、目元は私から、だからこの子は私達二人の子供と言っても過言じゃないよね、きゃーーーっ!」
「ああ、それで僕がパパってこと?」
「うん、二人に子供が生まれたらこんな感じかなぁ〜って、も〜う、照れるね〜」
イヤンイヤンと頬に手をあてて頭を振る貴子ちゃん。いや、なに勝手に作っちゃてるんだろうね貴子ちゃんは、でも僕の子供ってこんな感じなのかな?出来れば性格は貴子ちゃんに似せないで欲しかったな。改めて28号ちゃんをまじまじと見つめる。
「パパ、そんなアツい目でみないで、ワタシ達、親子なんだヨ」
…………性格って今からでも修正出来るのかな?
「だけど28号ちゃんって言いづらいね」
「ダカラ、そんなダサイ名前は、シラナイ」
「そうそう、そうなんだよ! だからパパである鉄郎君に名前を付けてもらおうと思ってね、やっぱり二人の子だから私だけで決めるのも悪いから、まだ名前を決めてないんだよ、決して面倒くさくて28号って言ってるわけじゃないからね、本当だよ」
「…僕が名付け親」
28号ちゃんが期待を込めてなのか、じっと僕を見上げてくる。こうして見ると本当に可愛い少女にしか見えない、そうとなれば何か良い名前を付けてあげたくなるのが人情ってもんだ。イメージは黒でいいのか、う〜ん、貴子ちゃんと僕の名を使って鉄子、うん、これは無いな、黒子、黒乃、黒曜……あっ
「黒夢ってのはどうかな」
「黒夢?」
28号ちゃんが静かに目をつぶって「クロム、クロム」と小さく呟いた後、再び僕の方を向いてニコリと笑った。
「うん、パパ。黒夢でイイ。気に入っタ」
どうやら気に入ってもらえたようだ。可愛い笑顔で抱きついてくる黒夢、頭を優しく撫でていると、一瞬本当の娘が出来たみたいな錯覚をしそうになる。はっ、これが貴子ちゃんの作戦か! なし崩しに既成事実を作られる所だった、気をつけねば。
「クロムねえ、いいんじゃないかなサビ止めにも使ってるし、使い勝手の良い金属だよ」
「ママの科学バカ…」
黒夢が不満そうに貴子ちゃんを睨む、そこで李姉ちゃんが話に加わってきた。
「そろそろいいかしら。ところで、この黒ちゃんが鉄君へのプレゼントってどう言うことよ」
「ん、おお、チャイナ。 おとなしいから忘れてたぞ、お腹でも痛かったのか」
「私はあんたと違って空気読める女なのよ、ひと段落するまで待っててやったんでしょ!」
「クロちゃん、言うナ、乳オバケ」
「あんた達ねぇ〜」
ピキリと怒りマークをこめかみに浮かべる李姉ちゃんを慌ててなだめる、まったく貴子ちゃんは人を怒らすのが本当に上手い。
「まぁまぁ、李姉ちゃん。それで貴子ちゃん、プレゼントって?」
僕からの疑問に、揃ってきょとんとした顔をする白と黒の少女、シンクロ率高いなぁ、流石親子?だ。
「いや、そのまんまの意味だが、私の分身と言ってもいい28号、じゃない、黒夢を鉄郎君の好きに使ってもらってかまわん。自慢じゃないが良い出来だぞ、私の最高傑作と言ってもいい」
「好きに使ってって、こんな小さな子に一体何が出来るのさ?」
「炊事、洗濯、何でも出来るよ。でも一番は護衛役かな、もうこの前のように鉄郎君が傷つくことが無いようにね」
ピクッ
「はっ、護衛役なら間に合ってるわよ、このポンコツはあんたの老後の世話に使いなさいよ」
ゾワリ、うわっ、鳥肌たった。李姉ちゃんが殺気を込めて貴子ちゃんを睨む。李姉ちゃんもこの前に僕が撃たれた事を随分と気にしてたからなぁ、でもこんな小さい子が護衛役なんて出来るわけないのにね。車の免許だって持ってないだろうし、家に来ても掃除くらいしかやる事ないぞ。
「言っとくが今の黒夢は完成品だぞ。その戦闘力は魔王、夏子に匹敵する、春子はまぁ別格だから無視するとして、格闘において貴様に遅れはとらん」
「ほぉ〜、夏子さんと同じとは大きく出たわね、テストしてあげるわ、表出なさいよ」
うわっ、李姉ちゃんがとても怒ってらっしゃる、貴子ちゃんてば何挑発してるの、このままじゃ黒夢が殺されちゃうよ〜!ってなんで黒夢も中指立ててんの、誰が教えたのそんなサイン!
海の上しか知らない風が研究所の滑走路に流れてきて潮の香りがする、目の前には真紅のチャイナドレスの李麗華、黒のワンピースの黒夢が対峙している。二人の長い黒髪がサラサラと潮風に揺れていた。睨み合う二人の間に火花が散るのを幻視する、お互いやる気満々である。
その二人を少し離れた場で見つめるのは鉄郎、貴子、児島の3人の瞳、貴子は口元を緩めて笑みを作ったかと思うとマイクを手に取った。
「お〜い、チャイナ。武器の使用も許可するぞ、負けてから言い訳すんなよ」
「ちょ、貴子ちゃん! あんまり李姉ちゃんを刺激しないで、黒夢が殺されちゃうよ。児島さんも見てないで止めてよ」
懇願するように児島に目を向けるが、児島の返答は期待するものでは無かった。
「大丈夫です鉄郎さま、麗華さんなら結構いい勝負になると思いますよ」
「?、ん、それってどっちの心配なの?」
「あのレベルになるとそんなに差はでないものです、武器なしの格闘だけなら麗華さんはまさに天才ですからね。貴子さまの予想通りには行きませんよ」
児島さんの言わんとする所が理解出来ず首を傾げていると、貴子ちゃんがいつの間にか手にした木槌をゴングに叩き付けた。
カーーーーンッ!
「ファイト!!」
高らかに響く鐘の音、麗華と黒夢の第2ラウンドが開始された。
先に動いたのは李姉ちゃんだった、ツカツカと黒夢に歩いて近寄って行くと、無造作に右拳を前に出して胸の辺りにとんっと押し当てる。黒夢はニタリと笑ったまま動かない。
「ん? 挨拶かな?」
「余裕持ち過ぎですね、あれは避けるのが正解です」
児島さんが僕の隣で話し始める、どうやら解説役らしい。この人も強んだよね? 傭兵さんに襲われた時は拳銃バンバン撃ってた印象だけど、あの時は婆ちゃんが凄かったからな。正直、児島さんの実力がよくわからない。
「ハッ!!」
拳を当てたまま、さらに一歩右足を踏み出すと激しく息を吐く。見た目だけなら黒夢がちょっと押されただけに見える、しかし麗華の使う八極拳には発勁と言う、体内で練りあげた気を一気に爆発させる気功に近い技が存在するのだ。天才拳士と謳われる麗華は、21歳という若さでこの技を自在に使いこなす化物である。その結果は……
バゴッ!!
「ウギュッ」
密着した状態から拳が爆弾と化す。大きな破砕音、麗華の拳が胸を突き抜けたかのように見えた、次の瞬間には黒夢の身体が木の葉のごとくクルクルと縦に回転しながら後方に吹っ飛ばされる。まるでトラックに轢かれたように滑走路をゴロンゴロンと転がる様は「その時カメラは見た」の特番で流れそうな衝撃映像であった。
「「なっ!!」」
僕と貴子ちゃんの声がハモる。黒夢に駆け寄ろうとした所で、児島さんに肩を掴まれ止められる。
「まだ終わってませんよ」
「へっ?」
次の瞬間、アスファルトに転がっていた黒夢がビョンと勢いよく立ち上がった。ちょっと起き方が元気なゾンビみたいで気持ち悪かった。
「ナンだ、今のは。 物理法則を無視した破壊力ダナ、そんなのデータにないゾ」
パンパンと服に付いた埃を払い落とすと、何事もなかったように喋り出す。だ、大丈夫なの? それを見ていた李姉ちゃんも呆れたような表情を作る。
「ふん、生身の人間と違って発勁が通りずらいか。基本的に人間用の技だから仕方ないわね、いいわ、今度はそっちから来なさい」
李姉ちゃんはニヤリと笑うと腰を低く落として構えを取る。あまりの強さに笑うしかない。こういう所が、格好よくて困る、思わず惚れてしまいそうになる。
「カカカ、では遠慮なク」
黒いワンピースがぶれると忽然と消える、僕は黒夢の姿を見失った。
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