45.まずはご挨拶
静岡県沼津に在住の日系人メアリーさん24歳の証言。
「あれは〜、アタイが朝のジョギングで海岸沿いを走ってた時だったさぁ、何か唸るような音が聞こえてきて海の方を見たのさぁ、するとピンク色に輝く光の玉がアタイの上を物凄いスピードで北の方に抜けてったさぁ、あれは絶対にUFOに間違いないさぁ」
貴子によって2基のジェットエンジンを追加されたMV−22改ミサゴ(通称オスプレイ)の操縦桿を握る児島が悪態をつく。
「チッ、パワーは有るのですが燃費が悪すぎですね、これじゃ1往復しか出来ません」
派手な蛍光ピンクの機体が461ノット(835km/h)で諏訪湖の真上をあっという間に通りすぎる、朝の山間に甲高いタービンの音を撒き散らしながら、鉄郎の住む松代を目指し、青く澄んだ空に白煙を残す。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン
松代総合病院の屋上にある急患用ヘリポートに鎮座するピンク色のMV−22改、ローターの起こした強風に舞う髪の毛を抑えながら、呆れ顔で見つめるのはこの病院の院長である藤堂京香だ。眼鏡のフレームを中指でクイッと押し上げながら目の前に立つ児島に話しかけた。
「病院のヘリポートはタクシー乗り場じゃありませんわよ」
「すみません、降りれる場所でここが一番近かったものですから、お代はこちらに」
児島が銀色に輝くアタッシュケースを京香に差し出した。
「これは?」
「キャッシュと今現在開示出来る新薬のレシピが4種、それなりの価値はあるかと」
「あら、いいんですの。 貰い過ぎは少し怖いんだけど(口止め料ってこと?)」
「黙ってお納め頂けばそれで」
「ふふ、越後屋お主も悪よの〜。とでも言えばよろしいのかしら」
「いえいえ、お代官様ほどでは。と」
「「フフフ、アーハッハハッ」」
女子高生のような見た目の児島と童顔のキャリアウーマンが寒風の中で笑い合っていると、背後の扉が開く音が聞こえた。
「おはようございま〜す! あ、京香さん」
「あらあらあら、鉄ちゃ〜ん、おはようございます」
くるりんと表情を変え振り向くとテッテッテッと鉄郎に駆け寄り抱きついてくる京香。甘い香水の匂いがフワッと鼻をくすぐる。
「わぷっ、ちょ、京香さん。 もう僕子供じゃないんだから」
「あら、ごめんなさい。 つい鉄ちゃんが小さい時と同じ感覚で、大人の男性にこんなこと、本当ごめんなさいね」
結局抱きついたまま、耳元で謝る京香に鉄郎は顔を赤くする。後ろで立っている麗華が年増のしたたかさに呆れ顔をした。
「しらじらしい、絶対わかってやってるわよね、この腹黒」
「なにかおっしゃいまして麗華さん」
「では、鉄郎様、麗華さんお乗り下さい。足元にお気をつけて」
児島さんがタラップの上から手を差し伸べる、そう言えば今日も学院の制服なんですね、気にいったのかな? パタパタとなびくスカートから伸びる黒いストッキングが目のやり場に困るんですけど。その格好でヘリコプターを運転してきたのか、絵面の違和感半端ないな。
両翼の先端に付けられたチルトローターが高速回転を始めると、大柄な機体がいとも簡単に浮き上がる。ヘリポートで微笑みながら手を振る京香さんに頭を下げて応えていると、操縦席の児島さんからヘッドホンにアナウンスが入る。
「では、出発しますね。 ちょっと揺れますがすぐに収まりますのでご安心を」
「へっ?」
キュイイイイイイイイイイ、バシューーーーーッツ!!!!!
機内にまで飛び込んでくる物凄い爆音、児島がアフターバーナーを作動させると次の瞬間には身体が座席に強く押し付けられる。ビリビリと震える機体が爆発したのかと錯覚するくらい暴力的な加速を開始した。うぷっ、ヘリコプターって初めて乗ったけどこんなに速いの?(特別製です)
ヘリポートに残された京香が、東の空に白い筋を残して遠ざかって行く鉄郎達を見つめながら呟く。
「爆発したのかと思いましたわ、大丈夫なんですのアレ」
「う〜〜〜ん、やっぱりヌイグルミの一つでも飾っといた方が女の子ぽいか?」
鉄郎達が長野を出発した頃、貴子と言えば必死に部屋の掃除をしている。薬品や機械が足の踏み場もない程に散乱する自室は、とてもヌイグルミ一つで印象がどうこうなるものでは無かった。なにせ生まれて初めて異性を部屋に招くのだ、少しは女らしさを演出したい乙女心の難しさであるが、「いっその事別の部屋を作った方が早かったのでは」と後で帰ってきた児島に言われハッとする事になる。
長野を発って1時間になろうと言う頃だった、やっとスピードにも慣れて小さな丸窓から洋上を眺めているとポツンと島が見えて来た、加藤貴子が誇る研究所、通称グリーンノアである。全長6kmにも及ぶ浮島はニミッツ級原子力空母が玩具に思える大きさを誇り、まさに世界最大の建造物と言っていいだろう。真っ青な水面に浮かぶ無数の建物は一つの街を思わせた。
「ふわぁ〜、凄い大きい。 これが貴子ちゃんの研究所……まるで島みたい」
「よくこんなのが浮いてるわね、なんで今まで見つからなかったのよ」
「伊達に人工衛星を掌握してませんよ、常に動いてますしデコイデータとジャミングは完璧です、目視でないと発見は不可能ですね。 あっ、そろそろ着陸しますよ」
長い滑走路をランディングで静かに着陸したMV−22改、格納庫前に止まり後部ランプが静かに降ろされると潮風が機内に入り込んで来て、ここが海上にある事を実感させられる、海の無い長野の山奥に住んでいる鉄郎はそれだけでテンションが上がった。
「ウェ〜ルカ〜ム、グリーンノア! 鉄郎君、私の家にようこそーーっ!!」
突然スピーカーから流れる大音量、格納庫の屋根にマイク片手に現れたのはこの島の主、加藤貴子だった。鉄郎の自宅訪問にうれション寸前だ、見えない尻尾がブンブンと揺れている。腰まで伸びる白髪を揺らし、いつも通り白衣を着込む彼女は、見た目だけなら白い妖精と言ってもいいほど可憐だ、まぁすでに中身を知っている者にとっては「頭はいいが残念な子」扱いであるが。
とう!と屋根から飛び降りると小さな身体をクルクルと回転させ猫のように着地した。まっしぐらに鉄郎に駆け寄るといきなり見事なスライディング土下座を敢行する、いや土下座ではないのか三つ指ついた状態で発する言葉は。
「ふつつかものですが、末永くよろしくお願いしま〜〜〜〜す!!」
「……………」
心地よい潮風が二人の間に流れる静寂を洗い去ると、鉄郎は貴子をスルーして児島に向き直った。
「じゃあ、児島さん、島の案内お願いできますか」
「はい、ではご案内致します。こちらへ」
土下座状態の貴子を残し児島を先頭に研究所に入っていく鉄郎と麗華。慌てて貴子もその後を追った。
「コラ児島、この犬畜生がーっ、主人を置いて行くなーーーっ!!」
春休み初日、鉄郎は貴子の研究所になんとか降り立った。この鉄郎の訪問がこの後世界の運命を左右する事となる。
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